メインは偽りの仮面あたりですのでだいぶ飛ばしますご了承ください。
「全軍、進め!」
大量の兵と全ての将を伴った進軍をハクオロは開始した。残る負傷兵などの雑兵を除くと、戦力はかなり削った形になる。残ったのはオンカミヤムカイの使いとアルルゥにエルルゥ、ユズハととても心配な面子である。
エルルゥに至ってはアルルゥと共に負傷兵の手当てに赴き今や庭で駆け回っている頃であろう。
見慣れた白輪がふらふらと浮いている様を想像するととても愉快である。
「行ってしまいましたね」
「そうだな」
部屋の窓辺から見える兵隊の進軍、その音を聞くユズハは不安そうな声を出す。自分の兄が戦に行くという事実を知っているだけに不安なのだろう。
対して、淡白な反応を返してしまったことを反省しつつ励ます。
「大丈夫だ。そう簡単に死ぬような連中じゃない。それに優秀な指揮官もいることだしな」
「ハクオロ様のことですか?」
「あぁ、今はそんな名前だっけか。どこの世界に行っても愚か者は絶えないが、ハクオロはどうもそんな愚直なやつではないしな」
自分が優れていると疑わない貴族だとか、王だとか、科学者だとか。そういう奴こそ没落するのだ。過去の人間がそうであったようにこのトゥスクルも似たような経緯で王を打ち倒し、国となった。
「しかし、準備しておくに越したことはないか」
「どこか行かれるのですか?」
立ち上がった事を咎められる。何処か不服そうなユズハは服の袖を掴んで離さない。子供かと突っ込みたかったが、彼女にははぐらかしたことがわかるだろう。
「ちょっとした準備だ。刀の一本くらい護身用に持っていてもいいだろ?」
「それなら、兵装用の蔵がある筈ですのでそこから一本お持ちになってください」
場所はわかってるから早く帰ってきて、と言わんばかりの真剣な表情を背に感謝の意を伝えて、心内では少しばかり祈っていた。
気鬱だといいなぁ……。と、こういう嫌な予感ばかり引き当てる不運は、事前に察知できるだけマシなのかもしれない。
その嫌な予感は的中する。
兵装用の蔵から戻った後、眠そうなユズハに昼寝を誘い自分も同衾を願われた。せめて布団で一緒にではなくムックルを毛布代わりに仕方なく受諾して、何時しか自分は目覚めてから一度も眠りに就いていないことに気づいた。
ハクオロ達の出陣から僅か二刻。
木陰でムックルを枕に眠る三人娘達と幽霊、もしくは生霊の元へと焦ったような足音が聞こえてくる。
その足音は眠りこける三人娘の前で立ち止まると、焦ったように叫んだ。
「敵襲! 起きて、三人とも!」
エルルゥがアルルゥの肩を揺さぶる。まだ寝ぼけ眼のアルルゥは重いまぶたを擦りながら返事をした。
「おねーちゃ……敵?」
「うん。見張りの人からさっき伝令が来て、半刻もしないうちにここに来るって」
「数は?」
「およそ百らしいわ」
「なら、ムックルと私で充分。起きて、ムックル」
ぺちぺちと寝そべっている獣を叩くと、拒否もなく主の声に応えた。咆哮を上げる。やる気は絶大なようだ。だが、百という数は子供には重過ぎる。
「いけません! 何かあったらどうするのっ。あの人もいないし兵は負傷して動けない。あなた一人で、他には誰もいないのよ」
「う〜っ」
妹を行かせまいと奮闘するエルルゥに少し唸りながら、自分を見る。アルルゥはいいこと思いついたと言わんばかりだ。
「一人じゃない、二人」
確かに戦っても良いが、ダシにされるくらいなら一人で戦う方が性に合うのだが。
もちろん、エルルゥには見えていない。ムックルかカミュだと思ったのだろう。腰に手を当てて仁王立ちだ。
「違う。ヨミニィ、いる」
おい、誰が兄だ。嬉しいが。嬉しいのだが。いつから自分は兄として認識されていたのだろうと思うと、謎は深まるばかりだ。
「私には兄も弟もいません! それならこの状況を覆せるその人を連れてきなさい!」
「わかった」
アルルゥがちょいちょいと手招きする。俺は従って耳を寄せる。ユズハから何やら不穏な空気を感じたが今はいいだろう、緊急事態だ許せ……いや、一体自分は何故許しを乞うているのか?
背中に感じる視線に震えていると、アルルゥは耳元でこう囁くのだ。
「おねーちゃんのスカート捲って」
「ちょっと自分に死ねって言ってらっしゃる!?」
ハクオロの(未来と過去の)嫁だぞ。
それこそ、ウィツアルネミテアに何されるかわからない。
「大丈夫。アルルゥも一緒に謝る。それに、バレなきゃ大丈夫」
「証明しようとしてんのにバレなきゃ大丈夫って無理があるだろ」
「やり放題」
「悲しい悪戯だな。バレたら怖いし」
「男の人はそういうのが好きって……?」
「一理あるかもしれんが偏見だ」
どこでそんなことを覚えたのか。あれだけ兵がいるのだからそのうちに変態がいてもおかしくはない。よし、その兵隊さんをお兄さんに紹介しなさい。
「む〜〜〜っ」
「唸ってもダメだぞ。悪戯をやるのは結構だが、その悪戯に俺を巻き込まないでくれ」
犯罪性がなければやる。と、伝えるとアルルゥは数拍置く間もなく妙案を思いついたように、
「……アルルゥの服が捲りたい?」
「いや、あのな、ちょっと需要と供給が追いついてないというかなんというか。俺は変態幽霊のレッテルを貼られるのだが」
妙案だ。確かに妙案だ。
果たして、牢屋に放り込まれるだけで済むかどうか、そして後ろの死線はどう掻い潜ればいいのか。
「じゃあ、ユズっちのにする?」
「まずはそういう路線から離れようか。シスコンのオボロに殺されかねん」
しかも、犯罪性から遠のいてない。
こら待て。犯罪から遠のいたのになんでユズハは不服そうなんだ。そんな視線がひしひしと伝わってくる。
結局、論より証拠――姿を見られないのならば刀を浮かせればいいだけの話だ。信じるかは別問題として、アルルゥに伝言を頼むことにした。
□■□
門を閉鎖する。城内へ入るための一つの道は今絶たれた。断絶した壁を前に俺は腰に一本の刀を携えて、残り百程の刀を道に突き刺した。
まるで、刀の並木のような道に罠を張り巡らせ、見えないながらも仁王立ちで敵を迎える準備は万端だった。
「そろそろか」
アルルゥには一人で戦うと告げておいた。
不服そうなアルルゥには納得させる為、門の向こうで討ち漏らした敵を仕留めてもらう手筈でなんとか納得させたが、言うことを聞かない様子が目に浮かぶ。
無論、撃ち漏らす可能性など無いに等しいが、警戒だけはさせておいた方がいいだろう。
「……少しよろしいですか?」
門の前に立ち塞がる俺の背後から、羽音と共に透き通ったような声が掛かった。カミュではない。もう一人のオンカミヤムカイの使い。名はウルトリィ。
白く綺麗な翼が生えた女性、金髪の淑女は慈愛の天使の様相すら連想させる神々しい姿。彼女に振り返るとやはり認識しているようだった。
「もうすぐ此処は戦場となる。できるだけ手短に頼もうか」
承知していると頷く。お約束の見えるかどうかの質問は省いても良さそうだ。
急ぎのようではないのですが、消えてもらっても困りますし、なんて素直な理由を述べてから、彼女は早速と本題に入ろうとする。
「私達の大神ウィツアルネミテア。その御方が私達の祖先を解放した、と伝承には記されています」
「ハッハッハ。俺が事実を知るとでも?」
「はい」
彼女達が大いなる父と呼ぶ存在と、大神ウィツアルネミテアと呼ぶ存在。その事実関係は長い時の流れを経ながらも何処からか伝承として残るようだ。昔の人間にも思ったことだが、よく過去の事実などを掘り起こせるものだと思う。
しかし、そんな事実確認はどうでも良かったようでウルトリィは清涼な声で語る。
「しかし、それとは別にもう一つの物語も存在するのです。我が皇家とオンカミヤムカイだけにしか伝わっていない真実。かつて私達の祖先が大いなる父に生み出され、人として扱われない『実験体』そう呼称される時期がありました」
「それが君達の大神ウィツアルネミテアを崇める理由と、オンヴィタイカヤンの違いだな。彼らは崇拝できるほど崇高な存在ではなかった」
この世界の理。伝承では、古代人は獣人を生み出した大いなる父とされ獣人はウィツアルネミテアの神の子らとされている。
まさか、実験の為に彼らを創り出したなどとは真実を知らなければ夢にも思わないだろう。
ウルトリィは彼方を見据えたような瞳でこちらを見つめると「そうかもしれませんね」と頷く。
「ですが、そんな中に一人だけ私達を人として認めてくれる人がいた。家族のように接してくれた、友人のように接してくれた、私達を愛した存在がオンヴィタイカヤンにもいるのです。その方は私達を命懸けで解放したもう一人の神として言い伝えられています」
「随分と優しい人がいたものだな。実験動物相手によくもまぁ命を賭けられたものだ」
話は終わりか。言葉を吐き捨てると、手で払う仕草をして追い払う。
「ほら、話が終わりなら行った行った」
「そうですね。また、後日お話をさせてください」
翼を広げて空へと飛び立ち、閉ざされた門の向こうへと消える翼を見送った。
大群が地鳴り響かせる音が近づく。
敵は目前まで迫っていた。
「門をぶち破れェェェ―――!!」
トカゲのような動物に乗った一団が姿を現した。剣を掲げ命令と共に大地を駆ける。先頭のリーダーらしき男の声に兵達は続く。
敵がいないことに好機と見たのか進撃は疑う余地なく実行される。
目前の二十メートルあたり、ウォプタルなる馬に跨った兵がそこを通り抜け、激突目前に迫ると、
――ボト。
と、馬の上から崩れ落ちた。
上がる血飛沫に場は騒然とする。落ちた仲間を見つめると首から上が転げ落ち、胴体と離れている姿を目にした。
「なんだ。たった十人か。もっといけると思ったんだがな」
「き、貴様何者だ!? 何処から湧いて出た!?」
「酷いな。人をゴキブリみたいに。幾らなんでも俺は百も千もわかないぞ」
今まで見えなかった敵方が突然、俺の姿を認識したのはともかくとして。
十の屍に降り立つ俺は敵兵の残存戦力を確認した。
おそらく、馬を用意出来なかったのであろう、ざっと見て敵の数は六十。
「まったくせっかく用意したのに剣が四十本も無駄になったじゃないか。労働力返せよおい」
「何をしたか知らんが敵は一人だ。かかれぇ!」
再度の突撃命令。見えない罠にまた一人喰われる。崩れ落ちる兵に恐怖し足が止まる。
まだ、敵兵には血の滴る糸が見えなかった。完全に罠という発想ではなく、突然目の前に現れた脅威に注視する以上の行動を奪われてしまったのだ。
見えることは計算に入っていなかったとはいえ、結果論的には万々歳と言えよう。
作戦を変えて、ジリジリと詰め寄る兵達。
その兵の一人がふと空に浮く赤に気づいた。
「なっ! 糸だ、糸が張ってあるぞ!」
「正確にはワイヤーつってな、この時代むちゃくちゃ貴重なんだぞ」
罠に気づいた兵が刀でワイヤーを叩く。しかし、並の攻撃では糸は切れない。ならばと糸を避けて前進した。
「かかれぇぇぇ―――!!!!」
「うおおおぉぉぉぉ!!!!」
数人の敵兵が接近する。刀を腰から抜かない俺に容赦なく斬りかかる。振り下ろした刀、突き刺した槍はどっぷりと胴体に突き抜けて、そして敵の思考を削ぐには十分な結果を生み出した。
腹に刺さった槍は手応えなく、振り下ろした刀は霞を斬るような手応え、まるで何も触れていないかのような感覚に兵達は訝しむように手元を見る。
俺に与えられた現象は『内蔵を揺さぶられたような違和感』だけ。血も吹き出してなければかすり傷一つない。
「さぁ、反撃の時間だ。兵がいない事を知りながら、女子供に手をだそうとしたこと後悔して死ぬがいい」
戦場に吹く一陣の風。
コトゥワハムルの死神。
後にトゥスクルに残された大いなる伝説の一つとして語り継がれていくことになる。