獣耳天国   作:黒樹

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ロスフラ、ベリーハード4で二十回も躓いたでござる。


闇が渦巻く朝堂

 

 

 

荘厳な扉の奥は薄暗い空間が広がっていた。

 

長い通路の先には段差があり、その頂点には玉座のようなものがあった。顔を隠した一人の老人が座り、側にはホノカが楚々と立ち控えている。

そこでようやく、他のものにも目が移る。

奥に続く通路には八柱将が勢揃いしており、右近衛大将と左近衛大将の姿まで。欠席者といえば、國を持っているオーゼンとソヤンケクルの二人。その代わりと言ってはなんだがハクがオシュトルの隣にいる。ニヤニヤと手を振ってきやがった。

より遠くには文官のような者達までおり、この國の中枢に位置する人間であれば殆ど揃っているだろう。文字通り私腹を肥やす癌細胞のような人物もいそうだな、と感想を心の内に留めていると不意に躰が前に引っ張られる。

 

逃げ出さないように腕を組んだムネチカが前に進むに連れて、柔らかな胸が当たり同時に肘が壊れそうなほど軋んだ気がした。

 

「聖上、此処に彼の者をお連れしました」

 

朝堂まで態々引っ張られた腕組みを解くと、ムネチカは膝をつき頭を垂れて報告する。

 

「本当に何をやっているにゃも!本来の予定の時刻を大幅に遅刻した挙句、その謝意もないなんて八柱将としての自覚が足りないにゃも!これだから–––」

 

口を挟むように喚き散らしているのはでっぷりと太った悪代官のような男、唾を吐き散らさん勢いでムネチカを責め立てる。

きっとあの男にはムネチカが謝意を口にしなかった理由も判ってはいないのだろう。それですら言い訳になると判断したためか、騒ぎ立てる醜男に反論はしなかった。

文官供の間からもひそひそと声が上がる。それはムネチカへの批難を同調させるように伝播していった。

 

「ムネチカ、あの悪代官のような男は?」

 

「あぁ、騒ぎ立てている男のことか。元八柱将のデコポンポだ。今は降格させられただの武官だが、まぁ色々とある」

 

頭を下げたまま、ムネチカはデコポンポと呼んだ男にチラリと目を向けることもせず、説明を終えると此方に視線を寄越した。何をしているおまえも跪けと。

 

「–––良い、面を上げよ」

 

喧騒となりかけた場を義兄–––この場では帝と呼ぼうか–––が一声で鎮めた。

 

「……ふむ。随分と手間をかけさせたな」

 

「はっ。もったいなきお言葉」

 

簾のようなものの下は顔が隠れてよく見えないが、きっと眉間には皺が寄っていることだろう。随分と皺が濃くなったものだが、その声音は呆れというより懐かしむようなものだった。ムネチカの気苦労を労っているようにも聞こえた。

 

「–––せ、聖上!」

 

しかし、ムネチカが気に食わないのかデコポンポが声を荒げる。

 

「くどいぞ。聖上がお許しになったのだ。どの分際で口を挟んでいる!」

 

「にゃぷぷ……!」

 

ミカヅチが吠えるとデコポンポは顔を真っ赤にして反論しようとしたが、八柱将としての体裁とか色々と小言を囁いているが誰に相手にもしてもらえず、段々と尻すぼみに言葉が消えていく。

ライコウとウォシスという男は傍観の体勢で様子を窺うばかり、オシュトルは表情には出さないものの目だけは面白そうに爛々と輝いていた。

 

「……だが、理解し難い」

 

その時、ドンッと俺の前に立ちはだかる巨影が降りた。ムネチカの斜め後ろに控えていた自分の前にヴライが巨木のように見下ろし立ち塞がっていた。

 

「汝は何故、そこに立っている。–––跪け。聖上の御前である」

 

礼を尽くさなかった俺が気に食わないとばかりにヴライが唸りにも似た低い声を発し、威圧するように殺気を放つ。もしかしてそれは自分に向けているのだろうか?

 

「ヴライ殿–––ッ!!」

 

さっと顔を青褪めさせたムネチカだが既に遅し、ヴライが拳を振り上げる方が疾かった。瞬く間に拳は振り下ろされ俺の顔面を捉えようとしていた。

 

–––パンッ。

 

乾いた音が一発、音を鳴らす。

朝堂には衝撃波が響き渡った。

ジンジンと掌が痛む中、俺はヴライを見上げた。

拳を受け止める形で突き出した掌をそのままに、精一杯の殺意を視線に乗せた。

 

「ほぅ……我が拳を受け止めるか」

 

何を感心しているのかヴライの表情が緩んだ。

好敵手を見つけたと言わんばかりの笑みに、背筋が寒くなる。

 

「おやめください、ヴライ様」

 

そんな地獄にホノカが声を張り上げ、間に割って入るように妨げる。

 

「その方は聖上の義弟にあたる者、無礼はお控えください」

 

そして、そう宣った。

 

騒然とする場。

混沌、と言った方が正しいだろうか。

 

「多少の無礼は良い。……むしろ此奴が従順な方が恐ろしい」

 

帝からのお墨付きが出たところで、俺はようやく口を開いた。様子を窺おうと思ったがその計画もご破算。帝との関係性を公言されては隠し通せるものも隠し通せない。詰みだ。ヴライも聖上の命とあって引き退っていく。

 

なら、自分も自由にやらせてもらうとしよう。

 

「チッ、相変わらず何考えてるか判らないやつめ」

 

「さて、ヨミナよ」

 

ムネチカにしか聞こえないように悪態を吐き、ガシガシと髪を掻き乱すと帝が一際大きく声を上げた。

 

「その方が我が娘を救い出したそうじゃな」

 

「可愛い姪のためだ、当然だろう」

 

此処はあえてそう言っておく。

褒美は受け取らないスタンスだ。

 

「天晴れである。その方に褒美を取らす」

 

「不要です」

 

帝の言葉を遮り俺はそう断言した。

自分の声は聞こえていたのか、側にいたホノカに命を下すと彼女は頭を深々と下げた。申し訳なさそうに戯れに付き合ってくれと言わんばかりに微笑を顔に張り付けている。

 

 

気がつけば楽が奏でられていた。

何処から聞こえているのか、謁見の間に鳴り響く。

美しい旋律に聞き惚れているとふわりと黒い二つの影が舞い降りた。

外套を深く被ったあの二人。

その二人は互いに背中合わせに立つと示し合わせることもなく、旋律に合わせて手を翳し踊り始める。

音に揺れるように手が降りて、ゆらゆらと扇情的に腰が揺れる。

手を大きく振っては脚でリズムを刻み、互いに大きく離れたところでバッと交差するように跳んだ。

外套が舞い、中から現れたのは–––。

 

 

–––女だった。

 

 

双子の少女である。白い肌と褐色の肌が対照的な二人、その髪は絹のように美しく小さな光を反射して輝き、肌は滑らかに艶やかに瞳に写り汗が光った。

 

曲調が激しくなっていく。

 

双子はクルクルと踊りながら、俺の周りをクルクルと円を描くように舞う。

何度も交差しながら目の前に–––。

やがて、目前ですっと跪いたかと思うと楽が鳴り止む。

褒美にしては随分と良いものを見せて貰った。

何故か、少女達からキラキラとした視線を感じるが–––。

 

「それが其方への褒美だ、ヨミナよ」

 

『それ』を探すが少女達は何も持っていない。二人は顔を上げてじっと見つめてきていた。

 

「ウルゥル」

 

「隣が姉のウルゥル。私はサラァナと申します」

 

訳が判らないまま呆然と立ち尽くしていると双子は更に深く頭を下げた。直後、湿った感触が足の甲にしてその理由を知るや背筋にぞくっとした寒気が奔った。

 

(なんだ急に寒気が……)

 

足の甲に湿った感触がしたからではない。何か別の思惑による寒気を感じて振り返る。それは大内裏の門がある方角だった。一体そこに何があるというのか。

 

「「主様に永久なる忠誠を」」

 

紡いだ言の葉が更に寒気を強くさせた。

依然、物凄い圧力を門の方から感じる。

更に謁見の間の騒めきが酷いことになっているが気にならなかった。

 

「……何が褒美だって?」

 

俺は目の前の少女達に視線を向けた。次いで、帝を見上げる。

 

「今この時より鎖の巫は其方のものだ。大切にするもよし、玩ぶもよし、その全てが許される」

 

「許されるわけがないだろうが」

 

「無論、其方のことだ……姪を守るための力ともなろう。これからも期待しているぞ」

 

「人の話聞けよ。……こんなもの貰っても困るんだが」

 

おそらくは監視役として送り込んだのだろう。

ならば、尚更受け取るわけにはいかない。

釈然としない気持ちのまま突き返そうとすれば、更に周りがどよめいた。

一体この少女達が何なのか。

帝からの褒美を突き返そうとしたことへの反感かもしれないが、自分には全く関係のないことだと言っておく。

 

「有意義な時間であった。ヨミナよ、何れまた……」

 

そんな言葉を残して帝はホノカに車椅子を押されて出て行った。玉座と思ったものは車椅子だったのだ。世界広しといえど豪華な車椅子などあれくらいであろう。

 

去り際にふとホノカが振り返る。

目と目が合い、彼女は朗らかに笑った。

 

「私の娘達をどうかよろしくお願いしますね」

 

む、すめ……?

 

目の前で今も跪く少女達に目を向ける。

言われてみれば、面影があり似ている部分も多々あった。

 

「…………」

 

「全く大変なことになったな」

 

放心しているとムネチカが隣に立ち、袖を引っ張る。

 

「それより騒ぎが大きくなる前に帰るぞ。事態が事態だ、聖上の縁者とあらばすぐに面倒なことになる。その前にさっさと出て行った方がいい」

 

「全くどういうつもりなんだか」

 

「小生には聖上のお考えを理解する事は到底不可能だ。だが、関係性を公言した理由は幾つもあるだろう。後継者争いのようなものがあるかもしれないが、ヨミナ殿は國を出るから問題はないと判断したのだろう」

 

そう語るムネチカの頰は若干吊り上がっている。

さっき尻尾を辱められた意趣返しか。

 

「それにだ。大遅刻をかまして何の咎めもなしにするには縁者であることを大々的に宣言するしかないだろう」

 

「辞退したかった」

 

「それこそ打首で済むかな」

 

褒美か、打首か、選択肢が大雑把過ぎやしないか。

 

「しかし、別の噂も立っているようだぞ」

 

言われて外野のひそひそ話に耳を傾ければ、帝がいた時よりも大きな声で噂を広げていた。

「やはり、多くの巫を輩出する一族は帝の縁者なのでは……」「あの男もホノカ様と同じ一族の血が」「いやもしかしたらあの双子の巫はあの人の血縁者である可能性も」「にゃぷぷ、この私を差し置いて鎖の巫など……」「俺じゃなくてよかった」

最後のは紛れもなくハクだ。

 

「まぁ、用は済んだしさっさと帰るか」

 

長居は不要とばかりにムネチカの手を引き、謁見の間を逃げるように去った。

 




これから色々と巻き込まれたり巻き込まれなかったり。
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