獣耳天国   作:黒樹

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ミトが当たらない


三つ巴の戦争

 

 

 

歩く度にジャラジャラと金属が擦れ合う音が響く。その発生源は双子の首元、首に嵌められた首輪に繋がれた鎖が擦れ合う音が原因だった。

 

「…………」

 

そして、双子の首に繋がれた鎖の先は俺の手にある。双子を鎖で繋ぎ散歩をする奇妙で犯罪的な光景に住人達はひそひそと指を刺さないようにしながら話題に上げ、不審な者を見るような目を向けた。それは皆も同じで唯一、フミルィルだけが微笑みを絶やさないでくれる。だが、大内裏で自分を待っていた時から何処か不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。少し背中に刺さる若い娘達の視線が痛い。

 

「此処が白楼閣だ」

 

現実逃避も佳境に差し掛かった頃、ようやく見えた宿にほっと息を吐き、逃げるように回廊を抜けて詰所に入った。その間、ゆっくりと足を遅らせるように歩く双子に歩調を合わせて、首を引っ張らないように気にするだけの余裕はあった。

 

「まったく一体どういうつもりなんだか……」

 

どっかりと長椅子に座り、羞恥と疲労を一気に解放する。

恨み言を吐きながら、襟を緩めて深く溜め息を吐く。

 

「……それでこの方達は?」

 

浮気じゃないですよね、と言わんばかりに双子にちらりと視線を向けてからフミルィルはそう告げて、自分の居場所を主張するように俺の隣に座る。

 

「だからさっきも言っただろう。帝から下賜された褒美だ」

 

その場におまえもいたんだから説明できるよな。と、ハクに視線を向ければ無言でしらを切るように視線を逸らされる。あの兄にしてこの弟あり、裏切りやがった。

 

「ハク様?」

 

「お、おう……兄貴がヨミナに褒美として贈ったのがそいつらだ」

 

美女の無言の圧力に気圧されてハクは吐いた。

しかし、まだ納得していないのかフミルィルは俺と双子の間に視線を右往左往させていた。

気になることでもあるのか。

此方は包み隠さず話すつもりだ。疚しい事は何もないのだから。

 

「でも、似ていますよね……?」

 

見比べるように視線を右往左往していたが、やがて俺の顔に視線を止めるとにっこり微笑む。何を疑っているのだろうか。

 

「実は隠し子……なんてことはありませんよね?」

 

「断固否定する。隠し子はいない」

 

あくまで姉の模造品から生まれた、遺伝子が酷似した別の生命だ。この場合、姪ということになるのだろうか。

 

「肉人形」

 

「隠し子ではありません。肉人形です」

 

そんな自分の否定も双子の一言で一瞬にして打ち砕かれる。フミルィルの頰がぴくりと引き攣り、笑っていない瞳が目蓋の間から覗く。

 

「肉、人形……?」

 

「お世話する」

 

「いつ如何なる刻も主様にご奉仕を。おはようからおやすみまで、食事に不浄、お望みとあらば夜伽の相手も受け付けます。むしろ推奨します」

 

空気が凍るとはこのことを言うのだろう。大昔、姪に獣人とベッドに裸で寝ていたのを目撃されたのと同じくらいの動揺が、自分の背筋を寒気となって疾った。

それに対して三人娘の反応を見てみると、クオンだけ顔を痙攣らせたまま冷たい視線を寄越し、ヨハネは双子に何かを感じたらしくじっと双子を見遣り、フミルィルだけは顔を俯かせて表情が窺い知れなかった。

 

「ふ、フミルィル?」

 

「……それは私のお仕事です」

 

するりと腕が伸びて俺の腕をフミルィルの指が捉え、胸に引き寄せる。柔らかな胸に沈み込むように腕が抱き締められ、抵抗も虚しく二の腕が幸せになった。

 

「ヨミ様のお世話をするのはこの私です」

 

堂々たる宣言をして、自分の存在をアピールする。もっとも主張が激しいのは胸部装甲の方であったが。

 

「そ、それなら、私だって……」

 

恥ずかしそうに小さな声でルルティエが呟くが、その小さな声が一体どれほどの人に届いているか。宣戦布告を受けたフミルィルとウルゥルとサラァナは鋭敏に反応したが、表情は動かない。

 

「聖上の命」

 

「これは聖上の勅命です。勿論、私情もありますので精一杯のお世話をさせていただきますのでお引き取りを」

 

ウルサラは権力に訴えた。

 

「うふふ……私はヨミ様の妻より直々にお願いされているのです。私がお世話を任されているのです。そこに他人が入る余地なんてありませんよ」

 

母は強し、とフミルィルが訴える。

恐妻ではなく愛妻なので効果は抜群だ。

 

「う、うぅ……」

 

今回に限ってはルルティエの分が悪く、上手く自分の取り柄をアピールすることが出来ず歯噛みして、どうにか形成を逆転させようと頭を回転させているところだった。

 

「こ、此処はヨミナ様に決めてもらうのはどうでしょう。お茶の腕等を競うというのは」

 

苦し紛れに出した回答は意外にも的を射ていて、ウルサラとフミルィルはコクリと頷く。

 

瞬く間に茶を入れるべく動き始めた四人は本人の了承もなく対決を始め、数分後にはそれぞれお茶を一つずつ淹れてきた。

 

「勝負」

 

「私達のお茶からどうぞお召し上がりください」

 

「お、おう……」

 

ウルサラが差し出したお茶を見る。湯呑みの中には澄んだ緑色の液体が注がれており、この世界特有の乳や蜂蜜を入れたお茶とは異なったお茶のようだった。それに香りが……。

 

「むっ、これは……!」

 

確信を得て茶を啜る。口の中には懐かしい渋みが拡散し躰中に染み渡る。後味の良さにほっと一息、紛う事なく緑茶がこの世界には存在していた。

 

「この緑茶は何処で?」

 

少なくともこの世界で緑茶を飲めるとは思っておらず、双子に問い掛けると二人は瞑目して答えた。

 

「聖上から賜った。大いなる乳に勝つために」

 

「帝より最終兵器としていただきました。大いなる乳……大いなる父には効果抜群だと」

 

何故、フミルィルの胸を最後に見た?

 

「そうか……まぁ、あの男なら可能か」

 

植物の栽培くらいどんなものでも環境を整えることができるだろう。緑茶の栽培くらいお手の物ということか。だが、称賛すべきは双子の緑茶を淹れる技術かもしれない。

 

「では、次は……」

 

「私のです」

 

間髪入れずルルティエが踏み切ってくる。ずいっと湯呑みを差し出してさぁ飲めと、湯呑みを受け取るとじっと見つめてきて随分と飲み辛いのだが、ルルティエは手に汗握るといった様子で此方の緊張にも気付いていないらしい。

 

「じゃあ、いただこう」

 

湯呑みの中には白く濁った茶が入っている。動物の乳を混ぜたのだろうか、仄かに甘い香りが漂う。ちょうど良い量で注がれた動物の乳入りの茶を一口含み、味わうようにして飲む。すると口内には茶の独特の苦味と仄かな甘みが広がり、飲み込むと滑らかに喉を下る。それに程良く緩くなっておりホットミルクのような味わいだ。

 

「ルルティエの國の茶か」

 

「はい。乳もクジュウリから取り寄せました」

 

「美味いな」

 

「っ、はい!」

 

ルルティエは花の咲いたような笑みを浮かべた。

優勝にしてやりたいところだが、選ばなければ収まらないだろう。

 

「では、ヨミ様。ご賞味ください」

 

最後にフミルィルが湯呑みを自分の前に置いた。その横には茶菓子としてトゥスクルで食べていた煎餅が二つほど乗っている。塩辛さが丁度いいのだ。

まずは煎餅を一口食べて口の中の甘さを掻き消す。

次に湯呑みの中を覗き込んだ。中身はルルティエと同じく動物の乳が入っており、白く濁っていた。

 

「では、いただこう、か……?」

 

湯呑みを持ち上げて口をつけようとした瞬間だった。

緑茶と同じく懐かしい香りが鼻腔を満たした。

その発生源はフミルィルの淹れた茶。

飲む直前、喉の奥が蓋をしたように一瞬息が詰まる。

 

今度はゆっくりとその液体を口に流し入れる。

すると広がったのは懐かしくも遠い第二の故郷の味。

 

「おぉ、これは……っ」

 

動物の乳と蜂蜜をお茶に混ぜたものだ。

とろりとした蜂蜜が舌を滑り、乳の甘さと混ざり合う。

茶の渋味を殺さず、甘過ぎもせず。

いつもとは違うのは蜂蜜を使っていないからか。

 

「……教えて貰ったのか」

 

「ヨミ様の好みの味だとお聞きしています」

 

道理で懐かしいわけだ。

トゥスクルで飲んでいた茶なのだから。

 

「勝者、フミルィル」

 

文句なしに勝者の名を告げる。

そこに異議を唱えたのは双子だ。

 

「不正行為」

 

「思い出を使うのは狡いです」

 

「そ、そうです。狡いです!」

 

同調するルルティエだが、言わせてもらうことがある。主にそこの双子。

 

「狡いと言うならウルゥル、サラァナ、緑茶を引っ張り出してくるのは反則ではないのか?」

 

そもそも同じお茶を淹れさせればいい話なのだが、個性としてそこは見逃しておこう。だから、双子を諫めるために緑茶の件を出せば双子は沈黙した。

 

「後学の為」

 

「転んでも只では起きません」

 

「お茶を拝借」

 

「味見です」

 

双子は負けをあっさり認めると俺の手からフミルィルが淹れた茶を引っ手繰る。競うように一口含み、味を確かめること数秒、不思議そうに首を傾げた。

 

「知らない乳、と蜂蜜」

 

「お茶そのものもトゥスクル産のものを使用しているようです。そして、これは……」

 

動物の乳、その謎を解明しようとして双子は顔を見合わせた。

 

「エラー」

 

「知らない乳です。この乳は何処で?」

 

「うふふ、さぁ何処ででしょう」

 

微笑み誤魔化すフミルィルが勝者の特権とばかりに俺の腕にくっついた。たゆんと大きな胸が揺れて、腕が押し返されそうになる。なんたる暴力か。

 

「あの胸部装甲……」

 

「一番の脅威と認定します」

 

「驚異。脅威。胸囲」

 

「私達では遠く及びません」

 

自分の胸に手を当てて恨めしそうにフミルィルのおっぱいを見詰める。

第一次世話係戦争は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

その数日後には全く同じような光景が広がっていた。三つ巴で誰が俺の世話をするか歪み合う闘争が繰り広げられる。食事の世話から始まり、風呂にまで乱入し、寝床まで侵入して来るともう誰も止める者はいない。元より傍観の姿勢で周りの者達は状況を遠巻きに見守っていたのだから。

 

「どうぞ、主様」

 

「あーん」

 

食べさせようとしてくれるのは嬉しいが双子で同時にアマムニィを突き出すのはやめて欲しい。切に願う。

 

「ヨミ様、今日も不埒な輩が侵入して来ないか一緒の部屋で寝させてもらいますね」

 

一度、双子が寝床に夜這い目的で侵入して来たことがあり、フミルィルは防波堤として毎晩自分の部屋で眠るようになった。本当の脅威はフミルィル自身だが、それに気づいた様子はない。もっとも本人は襲われてもいいと思っているようだが。

 

「はい……ヨミナ様、お茶をどうぞ……」

 

ルルティエの出してくれるお茶を飲み、「どうしてこうなった」と頭を抱える。取り敢えず、ユズハが来るまでにこの修羅場めいたどうにかしておかなければならないのだから。

 

「フミルィルだけなら大人しかったんだがなぁ……」

 

妙に対抗心を燃やし始めた彼女の行動に心当たりがないわけでもなく、見て見ぬ振りをして平和な日々は過ぎていく。




ロスフラ、ベリーハードの最後のクリアしたけど星が一つ。
最近、ウルサラでゴリ押しができなくなった。
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