獣耳天国   作:黒樹

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ウズールッシャ編突入。


國境の開戦

いつもの朝市。だというのに妙に騒がしい帝都の姿が今此処にあった。

 

「朝から賑やかですねー」

 

「うん、鬱陶しい」

 

朝の低血圧から不機嫌そうに耳を垂れさせているヨハネとは対照的に、フミルィルは市場を覗き込みながら物珍しそうに物色を始める。そんな二人の背中を見ながら、俺とクオンは朝の通りを歩いていた。

理由は単純、朝食の材料の買い出しに付き合わせられているからである。まだ重い目蓋を抉じ開けるためにも散歩は効果的で、誘われた手前断れずに付き合う羽目になっているのである。

 

「戦が近いって話だけど……」

 

そんな中、クオンが不穏な言葉を漏らした。

 

「実際、辺境にある國が陥落したって話もあるくらいだし、ヤマト側も軍備を増強して戦の準備に取り掛かっているらしいっていうのがオシュトルからの話かな」

 

それも右近衛大将という役柄からの御墨付き、疑う余地もなく断定されてしまった。

 

「なるほど、そうか……」

 

それが他人事ならまだしも。今となっては他人事とは言えず、内心で唇を噛む。あぁ、きっとそれは良心的な話などではなく、帝を心配しているわけではない。この國に妻達を呼んでいるのだ。それも戦時に入ろうとしている國に。懸念すべきはその事のみで、この國がどうなろうが関係はないわけである。

ただ惜しむらくは、獣耳の血が流れる事でそれは戦争に参加した男衆のみならず女子供の血も流れる可能性があるという事だ。実に耐え難い事態である。

 

「まぁ、心配するだけ無駄だろうがな」

 

「どうしてかな?」

 

「そんなの決まってる。帝がいるからな、この國は」

 

しかし、心配するだけ無駄というもの。この國を支配しているのは義兄である。そして、何より八柱将とやらの存在は伊達ではなく、あの仮面からはとても嫌な予感……力を感じたからだ。ウィツアルネミテアに近い何かを。

 

「ふーん。そうなんだ」

 

「オシュトルやムネチカのような強者がいる。義兄はともかく、腕だけは確かだろう」

 

当然のことながら、トゥスクルの連中クラスの実力者が多い時点で獣人という存在は地力と底力が知れないものだから、他國もそれなりの武力はあるはずだ。そう考えれば、よく大いなる父は獣人の手ずから滅ぼされなかったものだ。

 

「それに結局、戦うのは八柱将の仕事だろ。この國の奴らに任せて高みの見物といこうじゃないか」

 

そんなことを宣いながら、白楼閣への帰路を歩いた。

 

 

 

白楼閣、朝食の後。食後に俺を甘やかそうとしてくるフミルィル達の攻防は熾烈を極めていたが、ルルティエのいない争いはあっさりと終息しヨハネの勝利に終わった。決め手は漁夫の利、お茶出しである。

抜け目のないウサギ、ヨハネが出してくれた手慣れていない渋いお茶を飲みながらゆっくりしていたが、今朝から妙にルルティエの様子がおかしいことに気づいている。

 

そろそろ問う頃かと、俺は湯呑みを置いた。

 

「さて、と……ルルティエ」

 

「……あ……はい、ヨミナ様……あの、なんでしょうか……?」

 

「それは此方の台詞だ。今朝から元気がないぞ。どうしたんだ?」

 

クオンが気付いていたんだ、みたいな顔をしたが無視をする。それほど鈍感ではない。

ルルティエは問い返されて返答に困った様子で視線を下げ、なおも迷う。どうやら相談するかにも悩んでいる様子である。

元気がなさそうなのはルルティエだけではなくアトゥイもなのだが、其方はハクに対処して貰う。あくまで自分が相談に乗るのは何時もルルティエには世話になっているからだ。無論、相談してきたなら対処するが。

 

「遠慮するな。言いたくないことなら言わなくてもいい。これは普段、世話になっている礼……にはならないと思うが、感謝の気持ちととって欲しい」

 

当たり障りのない言葉を選びつつ踏み込む。するとルルティエは決心がついたのか、懐から一枚の書簡を取り出した。

 

「実は……その……私宛に父から、名代として参加するようにと……」

 

「読んでいいのか?」

 

「は、はい……」

 

こくこくと頷くルルティエから書簡を受け取り、要領を得ない彼女の説明に疑問を抱いているとそれはすぐに解決した。

 

「あー、なるほど、それでか……」

 

ルルティエに宛てられた書簡にはただ一つ、クジュウリ皇、八柱将オーゼンから戦争に名代として軍を率いて戦うようにとの要請があったのだ。父は國から離れられないからと。

この分だと、アトゥイも似たような悩みだろう。書簡をすぐに返して腕を組む。

 

「怖い、か」

 

「あ、えと……私には父の代役などとても……」

 

本人の自身の無さを引いても、ルルティエは女の子だ。獣人の中では割と珍しい勇しくないタイプの守ってあげたくなるような娘だ。トウカやカルラ、ムネチカはどうも例外に見える。それにアトゥイもお嬢様というよりは中々に強そうな女というイメージが定着しており、獣娘を甘やかしたい身としてはそれだけで十分だった。

 

「ふむ、そうだな……」

 

自分にも無害とは言い切れず、少し考え込む。

ユズハ達が来る。その時、戦時中であればどうだろうか。まず間違いなく危険だ。そんな國についてしまえばどうなるか判らず、最悪の未来がある可能性も否定はできない。

その戦争に参戦するのがルルティエとあれば、無視することなど到底不可能と判断する。

もしそんな選択を取れば、クオンやフミルィルに見放されてしまうかもしれない。

 

–––決断は疾い。

 

「なら、俺も行こう」

 

自問自答を繰り返した結果、戦に首を突っ込む事になってしまった。その事に驚いたようにルルティエが目を見開く。

 

「で、でも……」

 

「ダメだよルルティエ。私達も友達を見捨てて逃げるなんて、出来ないから」

 

ガン、と頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

 

「クオン。君も来るのか」

 

「当然だよね、お友達が困ってるんだもん」

 

「できれば来ないで欲しいのだが」

 

「なんで?嫌だよ、ねぇ……フミルィル?」

 

「はい、私は何処までもヨミ様と共に。死が二人を別つまで……とは言いますが、死んでも離しませんよ」

 

当然の事ながら、クオンはそう言ってのけ、フミルィルはジッと真剣な眼差しを向けてきた。親の心子知らずとはよく言ったもので、誰に似たんだかと思えば、自分から首を突っ込んでいる俺が言えた義理ではなかった。

 

「さて、他の者は?行く奴は挙手だ」

 

当然の如く、全員が–––ハク以外の全員が手を挙げた。

 

「……おまえ意味判ってるのか?」

 

「当然だ」

 

「待て、冗談だ。行くって。確認だ確認、冗談だからそんな目で自分を見るな」

 

慌てて挙手するハクだが、ネコネの冷たい視線とキウルの呆れた溜息がハクの心臓を冷たく刺す。

 

「と、いうわけだ」

 

「みなさん……」

 

「気にするな。皆、ルルティエを護りたいんだ。それに無用な血が流れるのも見てはいられない」

 

その無用な血はあくまで自分の知る命のみ、それ以上を護れると思えるほど自分は強くない。分相応の振る舞いというのを心得ているし、手加減などできるはずもない。

 

「満場一致だ。準備に取り掛かるぞ」

 

 

 

 

 

 

それから二日後、帝都を出立した。馬車に必要な物資を詰め帝都から三日ほど旅を続ける。相変わらず、のどかな山道や街道が続くばかりで戦の気配もない。

 

「皇手」

 

「ま、待った、手が滑ったこっちだ」

 

「じゃあ、こっちかな」

 

「あぁ、私の飛車が……!」

 

馬車の中では遊戯による戦争が繰り広げられており、女衆が一塊りになって楽しんでいる声が聞こえてくる。自分は御者、そして他の男衆は別の馬車に物資と一緒に積まれて、ハクの御者で列となりついて来ている。

そんな自分の隣に座るのはフミルィルとヨハネ、誰が自分の隣に座るか別の戦争を繰り広げた結果、遊戯にて勝利を収めた二人だ。荷台の簾から双子が恨めしそうに見ているのを察するに、二人は負けたのだろう。

 

「平和だな……」

 

「そうですね。ヨミ様も昔は、トゥスクルのために戦に出た事があるとか」

 

「昔の話だ。まぁそれより、あと何日すれば着くんだ……?」

 

もう既に三日、北西を目指して馬車を走らせている。だというのに一向に戦場に辿り着く気配がなく、ヤマトに棲まう民が避難した気配もなく、通りがかった集落は未だにのほほんと平和に暮らしている獣人の姿があった。

 

「すぐそこ」

 

「もう数分ほどで見えてくると思います」

 

そんな自分の訝しげな質問に対して、双子は口々に教えてくれる。地の理で言えば二人は巫として叩き込まれており正確な位置情報が判ってしまうのだろう。もうすぐとのことだ。

 

そんな噂をしていれば–––。

 

「おっと」

 

ヒュン。と、音がして何か先端が光る棒状のものが飛んでくる。懐から鉄扇を取り出し仰ぐとフミルィルに刺さりそうだった矢はキンと金属が擦れ合う音がして弾かれて木の根に刺さった。

 

「お見事」

 

「主様、本当に人間ですか……?」

 

それは最近、疑わしくなってきたところだ。

 

「大丈夫か、フミルィル。怪我はないか?」

 

「はい。ヨミ様が守ってくださいましたので」

 

さっきまで死が直面していたというのに、なんでもないようにフミルィルは微笑み応える。声は弾み何処か嬉しそうな印象があり、ならいいんだと言い聞かせる事にした。細かいことまで気にしていられない。

 

「ねぇ、今さっき矢を弾いたみたいな音がしたけど……」

 

「敵襲か?」

 

騒ぎを聞きつけて、クオンとノスリまでもが顔を出す。

 

「いや、流れ弾が飛んできただけみたいだ」

 

近くでは合戦の怒号、複数の金属が擦れ合う音が響いてきており、戦場が近いことを指し示す。遠目には開けた平原で武器を張り合う両軍の戦いが繰り広げられている。

 

「さて、どうしたものか」

 

「ならばまず、私が偵察に出よう。行くぞオウギ」

 

「はい、姉上」

 

停車した馬車の上にノスリとオウギが立っていた。示し合わせると二人は荷物を置き、駆けるように木を登っていく。そうして数分、高い所から周りの情報を収集して、二人は戻って来た。

 

「で、どうだ?」

 

「うむ、奴ら背後から別動隊に奇襲させるつもりらしい。谷の方から敵國の兵が迫っている」

 

正面では合戦。ヤマトとウズールッシャ軍の両軍によるぶつかり合い。それを挟み撃ちするためにウズールッシャの軍が迫っていると報告を挙げられ、少し考え込む。

 

「しかし、妙だな。ウズールッシャは他國でも丸め込んだのか?」

 

「あぁ、もしかしてあのウズールッシャ軍の方にいる鎧が違う人達のこと?」

 

気になるのはウズールッシャ軍の方にいる鎧の違う妙に疲れ切った兵達であったが、クオンの説明によると剣奴と言われる奴隷らしい。あの國は人質を取り、他國の獣人を無理矢理戦わせているという話だ。

 

「女子供の獣耳を人質に捕るのか奴らは」

 

「ん、ヨミ……?」

 

「許せんな。断じて許せん」

 

「あ、ヨミの変なスイッチ入った」

 

何時も無表情なヨハネがクスクスと妖艶に微笑む。嬉しそうに、楽しそうに、懐かしそうに。それは親愛の証を秘めた揺るぎない感情の一つで、それを見たキウルは縮み上がる。まるで恐ろしいと言わんばかりに。

 

「よし、やることは決まったな。まずは別動隊を叩き、人質の居場所を突き止める。そして、判明したら人質の解放だ」

 

これで剣奴は無力化できるだろう。

無駄に戦わなくて済むし、無益な血も流れない。

 

馬車はまた、戦場を求めて動き出した。




此処は脳みそが足らず原作通り。
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