獣耳天国   作:黒樹

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ウズールッシャ編という名のエントゥア編。


迷子と敗残兵

 

 

 

全て順調に進んでいた筈だった。

 

「まさか、こんなことになるなんてな……」

 

ウズールッシャ軍を打ち倒し、ヤクトワルトという剣奴であった仲間も増え、彼の情報に従いウズールッシャの國の方にある人質が集められている地点を目指していた時だった。運悪くウズールッシャ軍と鉢合わせ、撤退も撃退も不可能な状況に追い込まれた。ならばと自分が馬車を降り、『此処は任せて先に行け』と皆を逃した。

 

それだけが唯一、実行可能な作戦だったからだ。

 

その後、十分に時間を稼いだ自分は運良く逃げ仰せ、クオン達の後を追ったのだが……行く先々でウズールッシャ軍が網を張り巡らせており、痕跡を見失ってしまった。

 

「この歳で迷子とは……」

 

合流地点を決めていたわけでもなく、示し合わせていたのは目的のみ。その上、現在地点も判らないときた。合戦の音は遠くに聞こえるものの、あまり近づくと敵として処理される可能性もある。困ったものだ。

 

「幸いにも食料はある。それだけが救いか」

 

逃げる際、クオンが投げ渡してくれたのは薬と食料が入った袋で、中身は干し肉等が入っていた。

 

「まぁ、なんとかなるだろう」

 

目指すは人質がいる後方の拠点だ。

 

 

 

迷子二日目。

合戦の音がなくなった。

だいぶ遠いところまで来たみたいだ。

此処は既にウズールッシャの土地なのだろう。

戦火が広がるのはヤマトの國ばかりで、ウズールッシャは平穏そのものだった。

 

迷子三日目。

よく考えたら正確な場所を知らないことに気づいた。

そして、此処が何処かも判らない。

 

迷子四日目。

ウズールッシャの部族の集落を見つけた。

女子供、老人が固まって生活しているようで若い男の姿がない。

徴兵されたのだろう。

 

迷子五日目。

部族の娘が怪我をして荒野で蹲っていた。

助けたら懐かれた。

集落に連れて行かれ、好待遇を受ける。

戦争中のなのにこんなことをしていていいのだろうか。

 

迷子六日目。

泊めてもらったお礼に食料になりそうな獣を狩った。

随分と集落の人達は喜んでくれた。

 

迷子七日目。

人質達のいる場所を集落の人間が教えてくれた。

集落の獣人に別れを告げて、その場所へ向かう。

 

迷子八日目。

ようやく目的地に辿り着いた。

だが、その場所は既にもぬけの殻で人の気配がない。

天幕が焼けた痕、兵糧の残骸。

他には何もなかった。

きっとあいつらが上手くやったのだろう。

 

 

 

そして、更に三日が過ぎた……。

 

 

 

 

 

 

薄暗い森の奥深くを歩いていた。既に大規模な戦闘音は届いて来なくなり、各地では残党狩りが始まっていた。逃げ惑うウズールッシャの兵に追い討ちを掛けるようにヤマトの兵が侵略を開始する。

 

そんな時、自分のいる方向へ走ってくる気配があった。慌てて樹の上に登り、茂みに身を隠して様子を窺う。すると丁度、自分がいる樹の真下を少女が逃げるように走って行くところだった。

 

「はぁ…はぁ…!」

 

「待て、そこの女!」

 

必死に逃げ惑う女性の後を追うようにヤマトの兵が姿を現す。

ひー、ふー、みー。三人の兵が武器を手に女に迫って行く。

 

「あっ–––!」

 

そんな時、逃げていた少女は樹の根に躓き、うつ伏せに倒れ込む。

彼女を取り囲むようにヤマトの兵が包囲網を敷く。

我先にと距離が縮まり、ついに女の腕を捕らえた兵の一人が苛立った様子で声を荒げていた。  

 

「ったく、てこずらせやがって」

 

「しかし、随分と身形がいいな」

 

「きっとかなりいいご身分のお嬢様なんだろうよ」

 

兵達の言った通り、少女の身形は良い。服は何処か気品に溢れていて、髪は少し汚れているが整えられており、泥で汚れた頰はそれさえ落とせば美人に見える。特にあの尻尾に耳、かなり色艶が良かったのだろう。汚れながらも艶々とした色を放っており、それだけで目を奪われた。

 

「だけど、運が悪かったな。俺達はデコポンポ様の部隊でよ。あの野郎、手柄は全部自分の物にする癖して不味いことがあれば全部部下に押し付け、挙げ句の果てには賃金だってロクに払いやしねぇ。こういうところでいい思いをしないとよ」

 

「まぁ、そういうことだ。あんたらだってやってんだろ」

 

「お互い様ってやつだな」

 

兵達は弱り切った少女に群がった。

 

「いやッ、誰か–––」

 

暴れて助けを求める少女。

その前に降り立つ、一つの影。

 

「呼んだか、お嬢さん」

 

俺は一息にそう呼び掛けた。

慌てて、ヤマトの兵が振り返る。

 

「な、なんだお前っ!?」

 

「敵……なのか?」

 

突然、樹の上から飛び降りた自分を警戒して兵達が呆然と此方を見る。如何に間抜けでも武器を握ることは忘れず、その矛先を俺に向けることで牽制しているようだ。

 

「いや、俺は帝都から来たのだが……」

 

「なんだよ脅かしやがって」

 

安堵したように肩の力を抜き、兵は武器を下ろした。

こいつら、少し無警戒過ぎないだろうか。

問題はそこではなく、この兵達のしようとしたこと。

確か、軍では禁止されていたはずだ。

 

「単刀直入に言おう。その女性を此方に引き渡せ」

 

任せておけば最悪の結果になると判断したため、引き渡しを要求する。すると奴ら、武器を構えてあからさまに抵抗の意思を見せる。

 

「ウズールッシャの兵に身の程を弁えさせるのは聖上のご意志、楯突く奴は誰であろうと極刑に処すぞ!」

 

それはおそらく侵略に対して、相応の地獄を見せるという意味だったのだろうが、権力を笠に思い上がっている馬鹿は意外にも多いらしい。きっとこういう奴らはムネチカやオシュトルの率いる部隊にはいないのだろう。

 

「一応、聞かせてもらうがその女性が何をしたって言うんだ?」

 

「この女はウズールッシャの兵を率い、侵略を繰り返した将だ。敵将を討ち取るのは聖上のご意志。そこには何人も口を挟むことはできないと知れ!」

 

「なるほど……」

 

随分と可憐で美しい少女……は、よく見ればより美しく。まだ十代の少女にも見えた。目を合わせると僅かに視線を下げ逸らされる。この状況が絶望的だと悟ったのだろう。

 

「だがな、実に惜しい。そんな獣耳や尻尾をお前達に無遠慮に傷つけられるのはどうも看過できない」

 

「馬鹿め、楯突くか!」

 

「馬鹿はそっちだ。確かデコポンポの部隊だと言ったな?」

 

「それがどうした?」

 

「俺はオシュトルやムネチカに顔が効く。聖上にも話を通すことが可能だ。末端の兵と比べて、どちらが偉いかな?」

 

秘技–––虎の威を借る狐。

実はやばいやつと話してるんだぞ、という脅しに兵達はたじろいだ。

しかし、それも一瞬のこと。

そんな筈がない、と喚き始める。

 

「黙れ!貴様、ウズールッシャの兵だな!」

 

「結局、そうくるか……」

 

次の瞬間には槍が迫っていた。兵の一人が突き出した槍だ。それは俺の心臓目掛けて一直線に伸びる。

 

「流石に屑でも殺すのは忍びない。寝てろ」

 

戦場に来た時より腰に差していた刀を一閃、槍の刃先を切り取り、返す刀で峰打ちする。一人があっさりと崩れ落ちたところを見て驚いた二人も一緒に眠ってもらうため、峰打ちで昏倒させておく。

三人の兵が気絶したところを確認して、俺は少女に手を伸ばした。

 

「大丈夫か?」

 

「–––ッ」

 

差し出した手から遠ざかるように少女が身を引く。

警戒したような様子で、自分を睨み付けていた。

 

「何で私を助けたんですか……?」

 

「はぁ……?」

 

「私は敵です!」

 

そう主張する少女はヤマトの兵が落とした刀を拾い、俺に突きつけるように向けた。

 

「あなただって知っているでしょう。ヤマトとウズールッシャは戦争をしていて、私達が今まで何をしてきたか知らない筈がないでしょう。そして、たった数日前に敗走を始めたんです」

 

だから、助ける必要などなかった。

こうされることは当然だった。

生きるも、死ぬも、全ては結果。

私達が招いたことだと。

彼女はそう言いたいらしい。

 

伏した瞳からは、大切な何かが零れ落ちる。

 

「そうだな。敢えて言うなら一目惚れというやつだ」

 

そんな泣いているように見える少女に対して俺は言う。

 

「敵の女を好きになった。そういうものでいいんじゃないか、助けた理由なんてものは。少なくとも綺麗な理由だけじゃないぞ」

 

一目惚れしたのは本当だ。あの獣耳と尻尾、存分にもっふもふしたい。そんな娘を悪い兵の毒牙にかけるなど間違ってはいないだろうか。

 

「感謝される謂れはないな。うん」

 

「……バカ、なんですね」

 

呆れたように少女が言う。

 

「名前……」

 

ふと、思い出したように少女は呟く。

 

「貴方の……名前は……?」

 

「ヨミナだ」

 

「私はエントゥアと申します」

 

黒髪の少女はそう名乗ると、俺の手を取った。

 

 

 




デコポンポの兵にはこういう輩がいそう。
逆にムネチカの兵にそんなのがいたら汚物を見るような目で見られる。汚物を見るような目でな!
大事なことだから二回言った。
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