「おはよう、ヨミ」
「……あぁ、クオンか。おはよう」
その日、ヨミナは様子がおかしかった。
戦争が終わって数日、いつも通りの日々に戻ったというのに彼は毎日眠れない様子でいる。その日というか、ここ数日ずっと様子がおかしいと思う。眼の下には隈ができ、顔色は良いのだけど何処か影を帯びている。何処かそわそわと落ち着かない様子で出掛けたりしては、夜遅くに帰って床に着く。
はっきり言ってもいいかな。
–––おかしいというか、心配だ。
ハクが別に何をしていても不思議には思わないんだけど。
ヨミナは……拾った手前、特別に気になる。
「ねぇ、ちょっと」
だから私は、ふらふらになりながらぼーっと何処かへ行くヨミナを引き留めた。
「ん、どうした……クオン?」
「どうしたってそれはこっちの台詞!もしかして、眠れないの?」
「あぁ、まぁ、な……」
そう歯切れの悪い言葉で返すが、困っているようではなく、何処か嬉しそうな笑みを溢す。ますます訳が判らない。
「何かあったの?」
「まぁ、そんなところだ」
いや、私が聞きたいのはその先のことで。
勿体ぶるヨミナに私は膨れっ面を見せた。
「できれば教えて欲しいかな」
「うん。実は知り合いから手紙が来てな、嫁がもうすぐこの帝都に来るらしい」
「そっか……」
「子供っぽくて悪いが、楽しみで緊張して眠れん」
なんというか心配して損した。
私は安心してほっと息を吐いた。
「そんなに奥さんに逢うのが楽しみなんだ」
そして、揶揄う。心配させられた意趣返しに。
「愛しているからな」
「……」
そんな素直な答えが返ってきて聞いていた私が恥ずかしくなってしまう。そんな彼の影響だろうか。
「そっか。そうだよね。私も……会いたいな」
父に、母に、私も会いたくなってしまった。
「じゃあ、私はヨハネ達を起こしてくるから」
「……」
「あれ、ヨミ?」
返事がなくて訝しげに顔を覗き込むと、立ったまま壁に凭れてヨミは寝ていた。
◇
行動を起こしたのは今日の用事が済んだ昼頃。詰所にてヨハネとフミルィルを中心に数人の仲間が集まった。なお、ヨミナは倒れるように寝てしまって今頃はエントゥアに介抱されて自室で休んでいる頃だろう。
「姉様、もうヨミさんは大丈夫なのです?」
「うん、もう大丈夫かな。よく効く睡眠薬を飲ませて寝かせてあるから」
皆も最近のヨミナは大分心配していたらしく、ネコネが異様に気にしていた。フミルィルはヨミナのお世話をしたがったがエントゥアの気迫に負けて今は私の隣でおとなしくしている。
「でも、ヨミナさんがあそこまで浮かれているってなんだか不思議ですよね」
キウルがそう言って、お茶を啜る。
「まぁ、確かにあの人は不思議な人なのです。本当にハクさんの義弟とは思えないくらいです」
「おい、そりゃどういう意味だ」
「ハクさんよりヨミさんの方がしっかりしているという話です」
ネコネの吐いた毒に言い返すことができず、ハクはむぐっと口を噤んだ。ニヤリとしてやったりなネコネの顔がとても満足げに見えるのが微笑ましい。
「ところで、ヨミさんの妻ってどんな人なのです?」
それから一息お茶を飲んで、ネコネが呟く。
そういえばそれ私も聞いてないかも。
ヨミナがそこまで気にする相手、というのが想像できなくて。
そもそも結婚しているのが想像できないかも。
と、失礼なことを思ってみたり。
「二人は何か知ってる?」
フミルィルとヨハネはよくヨミナの側にいるからそれなりに知っているだろうと思い話題を振る。
「んー、どう説明したものでしょうか」
「勿体ぶらないで教えてくれよ」
どうやらハクも気になるみたいだ。
フミルィルとヨハネは顔を見合わせてひそひそ話す。
やがて、結論が出たのか此方を向いた。
何故か、私の方を注視している。
「とっても綺麗で優しい方ですよ」
「……ん?まるで会ったことあるみたいな言い方だよね」
「クーちゃんだって会ったことありますよ」
「私が会ったことあるって……」
会ったことある人が多過ぎて見当がつかないのだけど。
私の知っている人……なわけないよね。
「正直、私なんかではあの人にはきっと敵わないと思います」
「そ、そんなに綺麗な方なんですか?」
ネコネは驚いているようだった。それもそのはず、フミルィルこそトゥスクルで一番綺麗と言っても過言ではないほど、絶世の美女という言葉が似合う女性はいないわけで、私もそんなフミルィルが誇らしくて自慢の親友で幼馴染なのだから。自意識過剰なタイプではないけど、フミルィルがそこまで言うのも珍しい。
「姉様は心当たりがないのですか?」
「うん、正直フミルィル以上に綺麗な人なんて見たことないから」
誇張しているわけでもなく、事実だ。
「しかし、そんな相手があいつと結婚か……想像できん」
「少なくともハクさんと比べるまでもないと思うのです」
「自分だって……」
「相手がいないのです」
「でも、あいつが結婚できたんだぞ。自分にだって–––」
「ヨミさんは普段、のほほんとしているように見えますが、仕事はちゃんとするし怠けたりしないのです」
「あいつが仕事しているところなんて見たことないぞ!?」
「最近、白楼閣で人気の甘味類は全部ヨミさんが作ったらしいですし、その他甘味処でも働いていてヨミさんは厨房に引っ張りだこみたいですよ」
何か言う度にハクはネコネに言い負かされ、いつもの戯れが始まる。
それを尻目に見ながら、気になることを思い出した。
「ねぇ、そういえばだけど……フミルィルはヨミナにお嫁さんがいるって何時から知ってたの?」
フミルィルは前からヨミナに好意を寄せている。
ヒトとしてではなく、男女関係のそれだ。
それは依然、ヨミナに妻がいると判っても変わっておらず。
フミルィルが強かなことに私は驚きを隠せない。
大丈夫だとは思うけど、もしフミルィルを弄ぶようなことがあれば、ヨミナには地獄を見てもらうことにしようと思っている。
そんな私の決意も他所に、フミルィルはあっけらかんと言い放った。
「ずっと前から知ってましたよ?」
「……もう私、この件に関わらなくていいかな」
心配しても無駄ということに気付いて、私は手を引くことにした。首を突っ込むとフミルィルに振り回される気がしてならない。
「話せば話すだけ気になってきたです」
ようやくあの二人の喧嘩が終わったのか、ネコネが不満そうな面持ちでそう呟く。
「皆さん、何の話をしてるんですか?」
「ヨミのお嫁さんの話。エントゥア、ヨミは大丈夫だった?」
「はい。死んだように寝て起きません」
「それ本当に死んでないよね……?」
「ちゃんと脈はありましたし、呼吸も正常、問題はないかと」
ヨミの世話が終わり、エントゥアが顔を出す。淡々と報告しながらも随分と心配するあたり、彼女もそれなりにヨミの人柄を好いているのだろうか。
「ねぇ、ヨハネ」
その夜。私達三人の部屋の隅で妙な板を弄っているヨハネに声を掛けた。彼女はジッと板を見つめながら、顔を此方にも向けず「なに?」と返す。とても興味がなさそうだ。
「私達のお父様ってどんなヒトだったんだろ?」
そんな疑問を呟いたと同時、ヨハネが珍しく視線を寄越した。板を弄っていた手を止めて不思議そうな顔。
「気になる?」
「それは勿論。気にならないと言えば嘘になるかな」
私も母に一度くらい聞いたことはある。
どうして私には父がいないのかと。
他の子供にはいるのに。何故、私にはいないのかと。
どうしても気になった私は母に聞いた。
そうすると寂しそうに告げるものだから、私は父の話をしてはいけないものだと思っていた。
だから、私は父の事をよく知らない。
知っているのは母が父の事を好きな事だけ。
逆に私には他の子供にはないものがあった。沢山の母親、大きな家、大家族と言えばそうなんだろう。血の繋がりもないけれど、それは紛れもなく家族というやつで。だから、寂しくはなかった……というのは少しだけ嘘。私も父が欲しかった。だって、父の代わりは何処を探してもいないから。
だから、私はこの旅に出たのだ。
父を探すために。
もう、今は見つかったらしいけど。
「ねぇ、ヨハネは今も会いたいと思う?」
昔から、ヨハネは会いたがっていた。
今はどうだろうか?
「別に」
と、思ったら辛辣な答えが返ってくる。
「え、昔はあんなに会いたがっていたのに!?」
どういう心境の変化だろうか。
私の変化を面白可笑しそうに見ている。
「きっとすぐに判る。認識していないだけで、ずっと傍に……」
「え、なに?」
「なんでもない」
悪戯兎は微笑みながら、月を見上げた。
エントゥアがそのうち実装される事を信じてる。