獣耳天国   作:黒樹

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この章は数話で終わる予定。
その間、クオン視点の話になるかなぁ……。


クーちゃん奮闘記
私のお父様


 

 

 

ムックルが引く車はサクヤを降し、再び帝都中枢を目指してゆっくりと進んで行った。「またあとで」とアルルゥとカミュは言い残して、その後ろ姿を見送ったのがほんの少し前、何をするわけでもなく白楼閣へと戻って来た。

 

「長旅で疲れただろう。今日はゆっくり休め」

 

「ヨミナ様も一緒ですか?」

 

「そうして欲しいならそうさせてもらおう」

 

大通りから握って離さない手を恋人繋ぎのままに、これでもかというほど腕に尻尾が絡み付いている。上機嫌なユズハはすりすりと擦り寄りながら、だいぶリラックスしているようだった。

その対面にクオンが無言で固まったまま正座して、呆然とした表情で見つめているがそれを全く気にした様子もない。

 

そして、その空間を取り囲むように他の面々が着席し、行く末を見守っている。

 

「ヨミ様、ユズハ様、お茶をお持ちしました」

 

全員が全く動けないこの気を逃しまいとしたのか、フミルィルがお茶を四人分用意して現れる。この時ばかりはウルサラもルルティエもエントゥアも手が出せず、彼女だけが空気に臆されることなくいつも通りに動いていた。クオンと俺とユズハ、それとサクヤに一つ置くとクオンの斜め後ろに座る。

 

「クスッ、フミルィルも久しぶりですね」

 

「はい、ユズハ様が元気そうで何よりです」

 

まるでなんでもない会話。

此処でようやく、クオンが再起動を果たした。

 

「……あ、あの、お母様」

 

初めて見た母親の奇行に困惑気味に触れるクオンの表情は硬い。だが、決心したのか確認の言葉を紡ぐ。

 

「えっと……一応、聞くんだけど、そちらの人は?」

 

其方の人、で視線は自分を指していた。

そんな娘に対して、ユズハは何を言ってるのこの娘は?である。

 

「何って……クオンのお父様ですよ」

 

叩きつけられた現実。

もはやクオンには逃げる術もない。

否定の意味も込めて願ったのだろうが結果はご覧の通り。

衝撃の事実である。

 

「…………私のお父様、うん、お父様……えぇ?」

 

なおも認めたくないのかクオンは受け入れがたい現実と闘っていた。諦めか、困惑か、感情が抜け落ちたような表情を一瞬見せたかと思うとお茶を啜る。

 

そして、一言。

 

「取り敢えず、判ったから二人とも離れてくれないかな?」

 

平静を装った娘からの辛い要求であった。

 

「気にしないでくださいクオン、お母さんはこのままがいいです」

 

「もう恥ずかしいからやめてって言ってるのぉ!」

 

目の前で母と父がいちゃいちゃと絡む様子など誰が見たいだろうか。一見、ただのカップルがくっついているだけに見えるがクオンからすれば恥ずかしいことなのだろう。自分も他人の前でそういうことをするのは気が引けるがそれはそれ、ユズハが望むなら妥協も辞さない覚悟である。

クオンが無理やりに引き剥がしにかかろうとして、手を引き剥がすことに成功するが、厄介なのは尻尾の方であった。

 

「お、お母様、尻尾を離してください!」

 

「……何故でしょう。尻尾が私のいうことを聞きません」

 

「そんなことあるわけないでしょ!?」

 

まるで他の生き物のようにぴったりと張り付き、腕から離れようとしない。もう私達は引き裂けないと言わんばかりである。

 

「ところでサクヤは何故遠巻きに見つめているんだ?」

 

再会してからずっとべったりなユズハとは対照的に、サクヤは自分に近寄って来ない。エントゥアと意気投合したようで、あっちはあっちで楽しくやっているようだ。

 

「私はちょっと……今は……」

 

ぴょんぴょん跳ねて此方に来ると、真っ赤な顔でユズハに耳打ちする。

そこまでして自分と話したくないのか。

何か怒らせることを自分がしたか。

それも当然かと、悩んでいたら……。

 

「あの……サクヤは発情期で、近寄り過ぎると……」

 

ユズハからサクヤの伝言が返ってきた。

つまり、自分と今話せないのはそういうことらしい。

再びエントゥアの横に戻ったサクヤは彼女を盾に此方を見ていた。

 

「まぁ、それは仕方ないか」

 

悪戦苦闘していたクオンがようやくユズハの尻尾を引き剥がすと、またしゅるりと腕に絡み付いた。

 

「っていうかフミルィルとヨハネはなんでいつも通りなのかな!?二人からも何か言ってやってよ!」

 

一人では無理だと悟り応援を呼ぶがきょとんと小首を傾げるばかり、クオンの期待する役には立ちそうにもなかった。

 

「おめでとうございます、ユズハ様」

 

「右に同じく」

 

「そうじゃなくって!」

 

二人は興奮気味のクオンを見て更に小首を傾げる。顔を見合わせて一言、何を言いたいのか察した。

 

「だって最初から知っていましたし……」

 

「知らないのはクーだけ」

 

「えっ!?なんで教えてくれなかったの!?」

 

裏切り者がいたことにクオンは驚愕し、二人に詰め寄る。

そこでふと何かに気づく。

 

「ん?待って……フミルィルの好きな人って……それに最初から知ってたって……」

 

顔が青褪め血の気が引き、目まぐるしく顔色が変わる。

ついには詰所の床にぱったりと倒れてしまった。

 

「えーっと、クーちゃんには刺激が強すぎたみたいですね」

 

倒れたクオンの顔を覗き込みながら、フミルィルは呑気にそう言った。

 

 

 

 

 

 

「うぅっ…うーん……」

 

–––酷い夢を見た。

 

ヨミの奥様を迎えに行ったら私のお母様が出てくる夢。

ヨミに抱き着いて、キスして……終いにはお父様だって紹介するの。

それだけでも驚愕なのに、フミルィルが懸想しているのはよりによって私のお父様という事実が判明したり、実はそれ自体前から知っていたと重大な告白をされる夢。

そこで夢は終わって、私は眠りから目覚めた。

実に生々しくてリアルな夢だった。

 

「……あははは、まさかね?」

 

布団から上半身を起こして周りを確認する。

珍しく同じ部屋でフミルィルが寝ている以外は不審な点が見当たらない。

いつもは何かと理由をつけてヨミと寝たがるのに、今はすやすやと私達三人の部屋でぐっすり。

それが異常と思えてくるあたり、フミルィルの想いは本物なのかもしれない。

 

「……でも夢に出てくるあたり、心当たりがないわけじゃないんだよね」

 

嫁が二人。トゥスクル出身。この二つだけで、私の探しているお父様と条件はほぼ一致する。そう考えて邪推するあまりあんな夢を見たようだ。

でも、まさか自分の父親であるはずがない。

そんな都合のいい展開があるはずないと私は何処かで決めつけていた。

 

「そういえば今日はヨミのお嫁さんがトゥスクルから来る日だっけ」

 

前日どころか手紙が来た日からそわそわしているヨミの慌てっぷりと言ったら見るに耐えない。私も父と会うことになればそうなるのかな、なんて少し共感しながら、身支度を始めた。

寝巻きの浴衣を着替えて、いつもの私服に。

準備が完了して、私はいつも通り詰所を覗きにいく。

 

「まぁ、まだ誰もいないよね……?」

 

襖を開けた時だ。

ブワッと、濃い酒の匂いが詰所の中から広がった。

 

「うわっ、皆こんなに飲み散らかして……男衆皆いるし。まぁ、いつも通りヨミだけがいないんだけど」

 

詰所の中にあったのは死屍累々の酒に溺れた男達の山。案の定、酒精が苦手なヨミだけが詰所には居らず、他の面子が転がっている有様である。

 

「でも、昨日飲み会なんてやってたっけ?」

 

前祝いだとかなんとか言って飲んでいた気がする。

妻と再会するヨミのための前祝いなのに、本人はいないのだろうけど。

所詮は飲みたいだけの男達。

飲む理由なんて、あればなんでもいい。

 

「取り敢えず、ハク達を起こして掃除しないと」

 

この惨状では客人を招くことも出来ない、そう思い立ったが為に常世と化した詰所に足を踏み入れようとした瞬間だった。

 

「大丈夫か、クオン?」

 

「あっ、うん、おはようヨミ–––」

 

背後から声を掛けられて振り向くと、ヨミがいた。

それも見知った二人をはべらせて。

両手に花とはまさにこのこと。

私の実のお母様だけでなく反対側にはサクヤお母様までくっついていた。

腕を組み、とても歩き難そうだとは現実逃避の感想。

夢の内容より更に酷く、あの時は良識的だったサクヤお母様まで……。

 

「–––と、お母様達」

 

もう諦めた。

これは現実。

受け止めるしかないのだと。

 

お母様が幸せそうならそれでいいかと。

それで私が受け止められるかは別問題だけど。

でも、文句があるなら一つだけ。

手を繋いだりラブラブするのは出来るだけ控えて欲しいと、私は切実に願った。




ロスフラ次の実装キャラはなんだろうか。
流れ的にアトゥイ出たからあっちの方からだろうけど。
やっぱり当たらないんだよね、新キャラ。
それはともかくムネチカ欲しい。

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