獣耳天国   作:黒樹

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満月の夜

 

 

 

幽閉。

幽霊を閉鎖空間に閉じ込める――この行為を略して幽閉と俺は思う。なんてことは無い。しかし、幽霊を幽閉などとまずどうやって捕まえるのか。その方法は多岐に渡り方法すら存在しないかもしれない。そんな馬鹿な事を考えながら、小さな灯と外界と自分に隔てられた檻を見てふっと笑う。

 

「退屈だ〜」

 

土塊に手を広げて寝転ぶ。あっ、気持ちいい。

冷たい感触に懐かしさを感じる。そう。あれは人類がまだ生まれる前、そして死によって土に還る輪廻転生の理を基づき――うむ、召される。

人は土に還るのだ。空じゃない。大いなる大地に養分として吸収される。実に建設的だ。血肉も骨も全てが母なる大地へと還元される。

 

こうなったのも一刻ほど時を遡る。

 

 

 

□■□

 

 

 

血塗れた戦場から罠と武器を回収、閉じた門を透過し敷地内へと戻った瞬間だった。

門の前で待っていたのだろうユズハが危ない足取りで走ってくる。あまりにも危なっかしい足元に駆け寄るとユズハは足をもつれさせ倒れ込んでくる。それを受け止めた俺は抱きつかれるような体勢になってしまった。

 

「あ……」

 

「ふむ。どうやら支えることくらいはできるらしいな。でも、戦場は危ないからせめて屋敷に戻っていれば良かったのに」

 

「そ、そうですね。心配をおかけしてすみません」

 

少しだけ心此処に在らずといった様子で顔を離すとユズハは腕の中から離れた。

その時、白い影が覆いかぶさった。

 

「ヨミニィ」

 

「ガワアァァ!!」

 

「キャッ……!」

 

近くにいたユズハ諸共巻き込み倒れる。

そんな病弱な彼女の背中に腕を回した瞬間、小さな揺れに思考は一時停止。直後、とても近くにユズハがいることに気づき、同時に温かく柔らかな感触が唇に。

 

「す、すみません、すぐ退きます」

 

「あぁ、こちらこそすまない」

 

そんな事故に対して、アルルゥはきょとんとした面持ちで尋ねてくるのだ。

 

「ん? ユズっち、ヨミニィ、なにしてるの?」

 

「ユズハーーー!! 無事か―――……。おまえ、ユズハに何をしている!? 無抵抗な女に対して貴様ァァァ!!」

 

そして、運の悪い事に全てが終わった直後に嵐は帰ってきた。

 

 

 

□■□

 

 

 

簡単に説明すると、だ。

殲滅。一瞬の気分の高揚でユズハに抱き着かれ、ムックルやら何やらに押し倒された上、事故だったのだろうキスをされた。急いで帰ってきたお兄ちゃん目撃。激怒。憤怒。嫉妬。何故か透過できなくて投獄。以上。

「俺だってまだされたことないのにっ!! ユズハに何をする」とやたらシスコンめいた台詞は意味不明の一言に尽きる。

ユズハやアルルゥは反論してくれたが、頭に血の昇ったオボロには届く筈もなかった。

ただ唇の感触を思い出してはニヤニヤしている自分がいる。ちょっとキモイ。

 

「看守殿、暇だ。何か面白い話はないか」

 

そんな幽閉の身にして幽霊な俺は、陰湿ジメジメとした不清潔な穴蔵で手だけを牢の外に出し、駄々を捏ねる子どものように要求する。

せめて、監視役は女の子の方が良かった。むさ苦しくなくて見てるだけで癒されるような存在。尻尾か獣耳を触れればなおよし。

 

「静かにしていろ。得体の知れない者とは会話しないように仰せつかっている」

 

「あっそ。……知りたくないか。そうかそうか、女子の下着には興味無いか魔法使い諸君」

 

何か言いたそうな看守。チラチラとこちらを気にする。話の続きでも待っているのだろうか。こりゃ面白い退屈しのぎだ。

そもそもの話、この時代の衣服については知識がないのだがそのことについては黙っていよう。

そんな馬鹿な話をしていると気配が一つ近づく。お近づきになりたくないあいつがやってきた。

 

「そうやって見張りを騙して牢から出るつもりか」

 

「あぁ、ユズハの兄貴か。なんだ妹の服の下が気になるのか?」

 

「なっ、貴様ユズハとどういう関係だ!?」

 

「うん。見た通りの関係じゃない?」

 

オボロの見たものはハプニングキスシーン。誤解すら生まれかねない衝撃的な事実だ。別にユズハが忘れろというなら忘れる。忘れられるものだったらだが。

青筋をぴくぴくと浮かべるオボロは相当、妹に何かしら言われたのだろう。今にも斬りかかるのを我慢しているように見える。

 

「おい、見張り番。鍵を開けろ。そして、俺が入ったら鍵をかけろ」

 

「はっ!」

 

オボロの命を受けた看守は即座に牢の鍵を開き、オボロが入ると鍵をかける。所定の位置に戻った。

どっかりと腰を下ろすオボロに俺は隙だらけの背中を見せる。どうやら奴は攻撃する気はないらしい。

 

「それで何の用だ? ユズハのお・に・い・さ・ま」

 

「気色の悪い声を出すな、それと誰がおにい様だこの怪しい奴め!」

 

「つれないなぁ。チェンジで」

 

男の獣耳に興味はない。ムックルなら可愛げもあるしそちらの方がマシだ。と、要求するとそんな要求は通らんと足蹴にされてしまった。

 

「まったく……せっかく妥協したというのに、なら仕方ない女の子で――て危ないな!」

 

「貴様のいる牢に女と二人きりの方が危険だ。貴様のような得体の知れない男がユズハと会っていたなど、くそっ」

 

刀を鞘に納刀したまま振りかぶる。しかし、刀は通過し当たることは無かった。悪態を吐くオボロは苛立たしげにこちらを睨む。

 

「まぁ、そう怒るなよ。嫌がるなら何もしないっての。嫌われたくはないからな。君だってそうだろう?」

 

「貴様、どうやってユズハに取り入った」

 

「……会話になってないぞ」

 

取り合うつもりはないらしい。人の話を聞かない面倒な頑固者だ。

嘆息する。飽きた。面白くない。

それにそろそろ獣耳成分が足らなくなってきた。この世界に目覚めてからというもの、尻尾等は自分にとってかなり重要なものとなっているらしい。

昔から好きだったが、今になって重症患者もはや末期レベルだ。ターミナルケアが必要かもしれん。

 

「あー、暇だ。退屈だ。何も無い退屈と平凡は俺の敵だ。じゃあな、オボロ」

 

すうっと檻を透過して通り抜ける。オボロ唖然。気づいた時にはもう遅い。幽霊っぽい自分はポルターガイスト的な事を行えるらしく、遠隔操作で物を浮かせる事ができるらしい。そのまさに幽霊じみた能力を使ってオボロの刀を取り上げる。鍵のかかった檻に幽閉されたオボロはもう出ることはできまい。

ついでに看守達を奪った刀で昏倒させ、鍵は容赦なく奪っておく。

 

「は、貴様何をした!? どうやって牢から!」

 

「無礼な奴に教える義理はない。少しは頭でも冷やすんだなオボロくん」

 

ついでに昏倒した見張りを他の牢屋に放り込んでおく。鍵をかけたら最後、オボロの入った牢屋の向かい側に鍵を吊るしておいた。

 

 

 

 

 

牢を抜けてふわふわと歩く。そんな俺に対して、どんな反応をしていいのか半信半疑で目を疑う兵達が呆然と突っ立っている姿は妙に滑稽だ。

満月が昇る月灯りの下、廊下を歩いていると様々な者に出会う。エヴェンクルガのトウカ。侍大将べナウィ。ラクシャライ副長のクロウ。いずれも挨拶をすると気楽に返してくれる。いったい自分の処分はどうなったのだろうか。クロウには手合わせを願われたが遠慮願いたい。

そして、パタパタと走り回る美少年の双子の姿も月の下にあった。

 

「若様ー!」

 

「あっ、若様を知りませんかヨミナ様」

 

はて、俺は投獄中の身。こんな風にいきなり扱われるのはとてもむず痒いものがある。その上、この二人の主様は自分が投獄――は語弊がある。むしろ自分から入ったのだ俺は兵を片付けたに過ぎないのだから堂々としていようと思い直して、ドリィとグラァに向き直る。

 

「オボロなら牢獄だ。今頃、助けを求めて叫んでいる頃じゃないか?」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

「しかし、そんなことを教えてよろしいのですか? 解放したらまた若様に……」

 

「一応は、恩人ですし。ユズハ様の良い人であらば若様も耳が痛くなるほど注意されていたので、何も無いとは思いますが……」

 

「「どうかお気をつけて」」

 

ドリィとグラァは礼をすると去っていく。

不穏な忠告を残されたが、まぁオボロも妹の前では無力だろう。

廊下をさらに進むとバルコニーのような場所を見つけた。そこにはカルラが月見酒を楽しんでいる姿があった。

 

「あら、これは珍しいお客様ね。あなたも一献お付き合いくださらない?」

 

「酒は好まないのだが。……酌をする程度なら」

 

誘われカルラの隣へと座る。もう随分と飲んでいるのか酒の匂いがやたらと強い筈なのに……そこまで酒臭くはなく自然な風の匂いが漂う。

カルラは空になった杯を出す。俺はその杯に酒を傾け注ぐと、カルラは少し薄く笑って、

 

「ふふ、伝説のオンヴィタイカヤンに酌をされるなんて私が初めてではないかしら。ヨミナ様はお酒は嫌いかしら」

 

ぐいっと飲み干す。

空になった杯に酒を注ぐ。

 

「姉さんに止められてるんだ。どうやら俺は酒を飲むと何かやらかすみたいでな。しかも性質の悪いことにその記憶が全部あってな……数日は顔を合わせづらくて思い悩んだものだ」

 

「何かとは何なのかしら。気になりますわ」

 

「……そうだな。一番新しい記憶は獣人の女の子と一緒の部屋に泊まり、挙句に姪に目撃されたことかな」

 

普通、実験体の部屋は統一されている。それを酔っ払ったままどうかっぱらってきたのか。我ながら獣人相手になるとどうも常人を超えてしまうらしい。

 

「だいぶぼかした言い方をしますのね。でもまぁ、ご愁傷さまというかなんというか……ごめんなさい」

 

「いいさ。後悔はしてない。多分、尻尾や耳に触っただけだと思うから……」

 

「あなたさっき記憶は全部あると言いませんでした?」

 

「都合の悪いことは全部忘れる主義なんでな」

 

それより、と続ける。

 

「俺は釈放か?」

 

「ええ。恩人に対しての無礼。エルルゥさんやアルルゥ、ウルトリィやユズハの証言がありましたから、というかあなたあの残念な兄に牢を開けてもらったのではありませんの?」

 

「抜けてきた。大丈夫だ。俺の代わりにオボロが牢に入ってくれている」

 

「……何があったのかは問いませんわよ」

 

やや呆れたような愉快そうに微笑むカルラ。

さて、と立ち上がると酒の入った徳利を手にひらひらと手を振る。

 

「どこに行くんだ?」

 

「私はお邪魔のようですし、酒の肴でも蔵で探してきますわ」

 

「邪魔……?」

 

はっ。と振り返る。まさかオボロが追ってきたのかと思い座ったまま見上げると、ユズハが手探りにこちらへと歩いてくる姿が目に入った。

 

「ヨミナ様? 少しだけ……お話をよろしいですか」

 

 

 

□■□

 

 

 

満月の下。ヨミナ様と二人で空を見上げる。

果たして、私には見えない月と星が彼には見えているのだろうか。

妙によそよそしい態度の私、変だ。自分に違和感を感じながらも、目に見える距離感がそこにはあった。いつもとは少し離れている場所に座る私は距離を図りかねているようなそんな感覚。

 

「先程は…………すみませんでした」

 

「オボロのことか? 気にするな。仕返しに牢屋に置き去りにしてきたから」

 

「そ、そうではなくて……! それもそうなのですが、そうではなく」

 

言い辛い。とても言い辛そうに手を膝の上に置くと擦り合わせ、困った様に告げる。

 

「キス……です」

 

「……いや、事故とはいえこちらも本当にすまない。嫌な思いをさせただろう」

 

「そ、そんなことは。むしろ私は嬉しく……その、不快な思いをさせたのは私ではないのですか?」

 

「何を言うんだ。何を不快に思うことがある?」

 

打ち首にされても可笑しくないのは彼の方だと言う。過去より不埒を働いた男は厳しく処罰されると決まっているのだ。それは過去、獣人には適応されなかった。

実験体相手に欲を抱く者もいなかった。彼らにとって実験体は実験体でしかなかったからだ。それはとある一人の特例を除いて。

 

そんな特例相手に、ユズハは怯えたようにしているのはどうしてだとヨミナ様は聞いた。懺悔するように、何かを恐れるように私は口を開く。

怖い。初めて見つけた。彼の反応が。本心を知ることが。

 

「私は体が弱く、命も短いです。そんな私に好かれ了承もなしに口付けをするなんて、とても迷惑ではなかったのですか」

 

「……」

 

多分、その時のヨミナ様は間の抜けた顔をしていたのだろう。自分の質問が頭に痛く響いた。勇気を出した告白にも聞こえた。私の中で恐怖と羞恥の感情が浮き上がる。

 

「とんでもない。ユズハのような女の子にキスされて嫌な奴なんているのか?」

 

「だって……私はとても迷惑を掛けています。私なんかよりアルルゥのような元気な子の方がいい、ってわかっていますから」

 

「そうか」

 

では、逆に。

と彼は続けた。

 

「いつ消えるかもわからない俺だ。そんな俺が誰かを好きになっていいのか?」

 

「なら……もうすぐ死んでしまう私が誰かを好きになってよろしいんですか?」

 

まるで手探りにお互いの気持ちを確かめ合っているようだと、私は思う。

 

「俺はユズハより先に消える」

 

「私はヨミナ様より先に死んでしまいます」

 

「もしかしたら、俺は死んでいるかもしれない」

 

「なら、私はヨミナ様の後を追う形になりますね」

 

……。そこまで言って、ヨミナ様は深い溜息を吐いて床に寝転がった。

そして、まるで浅い息をするように小さく漏らされた一言が、夜闇に消える。

 

「……それでもいいだろ。好きなんだから」

 

「……!」

 

その一言が堪らなく嬉しくて。

やだ、どうしよう、尻尾が止まらない。

ぶんぶんと振ってしまう。

千切れんばかりで、この感情のやりどころに困ってしまう。

見つけた。感情のやりどころ。

 

「……改めて、口付けをしてもいいですか?」

 

「そうだな。だが、それは俺の仕事だ」

 

今宵、満月の夜。

月が私達を祝福してくれる。

寄り添う私達に邪魔するものはいないと。

まるで、語りかけてくるようだった。

 

「キーサーマァァァ!! またかぁぁぁ!!」

 

――ただ一人、認めてはくれないようだけど。




……だいぶ飛ばしたなぁ。
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