結果、アトゥイ、アンジュ、ムネチカ、カミュが当たりました。
ピックアップって都市伝説ですかねぇ……。
ムネチカさん欲しかったんだけどさ。
フミルィル……。
私のお母様は一言で表すなら『病弱で儚げな女性』だ。故郷では傾國の美女ほどではないにしろ民の間では噂になるほど綺麗で、兵達は揃って見惚れる。盲目で、病弱、そんな弱々しい姿が保護欲を誘うのだとか。その物静かな雰囲気とか、優しい笑顔に惹かれて、玉砕覚悟で告った猛者もいるらしく……その後、その者がどうなったかは知らないが、とにかくお母様は密かに人気を博していた。
これはきっと他者の主観が入ったお母様の話。
私の中でのお母様は自慢の母だ。
綺麗で、優しくて、強くて。でも、病弱で、盲目で。
時折、そんなお母様でも弱くなることがあって。
病に伏せるといつも泣いていた。
貴方は–––父は、何処にいるのだろうと。
そんなお母様を元気にしたくて、私は薬師を目指し、お父様を探す決意をした。
私はお母様の強さも、弱さも知っている。
全部知っていたつもりだった。けれど、それはあまりにも傲慢で……。
「あんなお母様初めて見たかも……」
私は何も知らなかったことを知った。
今、私の目の前には笑顔のお母様がいる。お父様と腕を組みながら帝都を練り歩くお母様が。その笑顔は私に向けるものとは違って、なんというかこう本当に幸せそうな笑顔でよく微笑うのだ。そんな姿、私は一度も見たことがないというのに……。
「で、クオンはんはどうしてこんなところで隠れて見てるのけ?」
対して、私とアトゥイ、ネコネはまるで尾行でもするかのように離れた場所から二人を盗み見ていた。
「気になるんやったら一緒に行けば良かったのに」
「……いや、ほら、二人の邪魔しちゃ悪いかなーっと思って」
そんなの嘘。いや、本当に邪魔をする気はないしお母様の邪魔はしたくないとは思ってるのだけど。本当のことを言えば、私はお父様とどう接していいか判らないのだ。
「夫婦水要らずですか、さすが姉様です!」
そんなことも知らずネコネに尊敬の眼差しで見られると、罪悪感が沸々と沸き上がる。
「そうけ?なんやクオンはんお父様と接し辛そうやったけど」
「うぐっ、そんなことは……」
ないとは言い切れない。実際にあの人のことは避けているし、どう呼んでいいのかも判らず顔を合わせることもない。鉢合わせればその場から即離脱して、今は避けている状態だ。
私のそんな対応に反して、あの人はいつも通りだったけど。
「……じゃあ、逆に聞くけど。一度も会ったことがない父親がいきなり現れて、しかもそれが旅の仲間だった場合、二人はどうする?」
開き直って二人に聞き返せば、まるで困ったような顔。
「恋しとったら大惨事やぇ〜」
「いや、それはアトゥイさんだけなのでは……姉様のお気持ちは心中お察しするのです」
そして、他人事みたいに流される。
「うひひ、でもクオンはんの父様も母様も綺麗やえ。こうしてみると美男美女のカップルでクオンはんが生まれたのも納得いくえ」
「はい。そうなのです。まぁ、ヨミさんが姉様の実の父親っというのにはびっくりしましたですが」
「本当にね!」
鬱憤を晴らすように声を大きくして、すぐに愚行だったと口を塞ぐ。見れば夫婦揃ってデートに夢中なようで此方に気づいた様子はまるでない。ちょっと複雑な気分だ。そんな私の気分を現実に引き戻すネコネの質問が飛んでくる。
「それで姉様、どうして私達はヨミさんの後を尾けてるです?」
「どうしてって言われても……ねぇ?」
「やっぱりクオンはんも気になるんやえ」
アトゥイに代弁され、私は否定することもなく肯定の意を示した。
「だって、お母様ってば盲目だから一人にしておけないし……」
言い訳がましくそう呟けば、目の前の光景がそれを否定する。さっきから観察しているがお母様が転びそうになればお父様が支えているし、不自由な代わりの補助を完璧な所作で行っているのだ。それこそまるでお母様の躰の一部のように自然な動作で支える姿に他人が割って入るような隙はない。
言いたくはないが、二人はお似合いの夫婦。
ただ、少し新婚ほやほや感があるのが否めないが。
「見ている限り、大丈夫なように見えるですが」
あっさりと私の逃げ場をネコネは塞ぐ。
「でも、二人とも気になるでしょ?」
二人は否定しなかった。つまりはそういうことだ。
夫婦を尾行するのも、二人が望んだこと。
この場にいるのは二人も望んだのだ。
私がお父様のことを知りたいのと同じように、二人にも好奇心というやつがあったのだ。
「って、あ、見失ったですよ姉様!」
人混みに消える二人を追って、私達も後を追いかけた。
◇
「まさか見失うなんて……」
結果を言えば、私達は撒かれてしまった。尾行していることに気付かれたのか、それともただ単に見失ったのか、白楼閣に戻って来た私達はお風呂に入りながら今日の疲れを癒していた。
主に精神的な疲れを。お母様とお父様が売店で食べさせ合いっこをしていたり、白楼閣で露天風呂を貸し切って混浴していたり、一緒に寝ているとか、そんな諸々の精神的ダメージをケアするために。
湯船に浸かりながら、私は今日一である寝起きのお母様のお父様への甘えっぷりを記憶から消し去ろうとした。
私は見てない。
何も見ていないのだ。
見てはいけないものを見てしまったような気分で、私は映像を記憶から消す。
「あそこからが面白くなってきたところやのに残念やえ」
意外にもノリノリで尾行していたアトゥイがはふぅと一息つく。そんな様子の彼女を横目に、肩までお湯に浸かったネコネが呆れたようなため息を吐いた。
「案外、ヨミさんって鋭い人ですから尾行に気づかれていたかもしれないです」
その話はあり得なくないのだ。普段、のんびりしているように見えて割と抜け目ない、というのがこれまでの印象。私が彼を父だと知る前の印象でも、それを感じたことは事実、覆ることはない。
きっと今日、私が尾行したのも現実逃避からで未だ彼が父親だと信じたくなかったからなのか、私の複雑怪奇な心を納得させる理由が欲しかったからなのかもしれない。
あれはお母様に相応しくないと–––勿論、そんなこと言えないし、あんなお母様の幸せそうな顔を見ればそれが間違いだというのも判っている。素直に祝福はしたいけれど、こんな形で父親と知らなければ他にもやりようはいくらでもあったはずで、今の私は駄々を捏ねている子供みたいなものだ。それも判っている。
結局、私が何を求めているのか……それもよく判っていないが、判ることは一つ。
今、お母様は幸せなのだ。
「私、何やってるんだろ……」
ヨミは悪い人ではない。旅の途中も、お母様と一緒にいる時も、私は見てきたはずだった。そんな相手を疑うような素振りをしている私がどうにも情けなくなってくる。
それでも何故か、まだ納得出来ていないのだ。
あれが父だという実感がないせいかもしれない。
「姉様、まだ続けるですか?」
そんな私の心中を察したかネコネは直接問い掛けてきた。今日のようなことをまだ続けるつもりかと聞いているのだろう。私が受け入れるにしろ、拒絶するにしろ、彼女達は変わらないと思う。そう確信ができる温かい言葉だった。
「うん。まだ判んないこともあるし……」
一瞬、脳裏に先日受けた遺跡調査の途中で出て来たタタリのことが過ぎった。人から化け物へと、変貌した怪物の不気味な姿を。もしかしたらあれになるかもしれないと、そう思って……チクリと胸が痛む。
「あ、そういえば……」
「どうしたですか姉様?」
「ちょっとお父様に関わることで、私の國に伝わるお話があってね」
タタリとは別の話だ。
興味津々なネコネに語って聞かせる。
「実は私の故郷では、幼い頃から言い聞かせられる怪物の話があって」
「え、怖い話ですか……?」
ネコネの顔がさっと青褪めた。
「悪い子にしてるとコトゥアハムルから死神がやってくるって」
「ま、待って、聞きたくないです。何処がヨミさんの話ですか怖い話です!?」
「……それで常世から来た死神はね。悪い子にしてる子供の尻尾や耳を斬り落としたり、女の子だと攫って行ってしまうの」
「……そ、それで、どうなるですか?対処法は?私はきっといい子だから大丈夫ですよね姉様!」
怖いながらも耳を抑えながら、ネコネは続きを促して来た。知らない方が怖いということもある。ついでに自分が対象外だと主張しておくところになんだか可愛らしさを感じた。
「いや、まぁ此処までなんだけど」
「……こ、子供騙しです。よくあるやつなのです」
強がっているようだけど、まだいけるだろう。私はそう判断する。
「此処からが本題というか、フミルィルに聞いた話なんだけど」
「あの人あんな優しそうな微笑みで怖い話するですか!?」
子供の頃から聞かされたコトゥアハムルからの死者の話。
それには盛大なオチというか、元ネタがあるわけで。
「実はこれの元になった話があって」
「ま、まさか、実際に存在する……ッ」
「うん、そうらしいの」
私がネコネの予感を肯定した瞬間、彼女はどんどん真っ白になる。血の気が引いた様子だが此処からが本当に面白い話というか、呆れた話であるのだが。
「私が生まれる前、トゥスクルは戦争をしていたらしいんだけど。その時に現れたのがコトゥアハムルの死神でトゥスクルに襲いくる敵を一騎当千の勢いでばっさばっさと切り倒したらしいんだ。戦の時に突如現れて、戦が終わると共に消えた伝説となって今は語り継がれているその話が元になっているらしいの」
「尻尾や耳を斬り落とす、ですか……?」
見ればネコネは湯船の中で寒そうに震えていた。
「実はコトゥアハムルの死神って大の尻尾好きで耳も好きらしいの」
「だから、子供の尻尾や耳を斬り落として回って……!」
そう、私も子供の頃はそう思っていた。怖かったし、でも逆に子供を守るという話もあったくらいで。フミルィルはその話を聞きたがった。今思えば納得だ。
「で、その正体がお父様らしいんだけど」
「…………え?」
私が告白した瞬間、ネコネの表情が抜け落ちた。
そして、血の気の引いた顔が真っ赤になる。
「あ、姉様、揶揄ったですね!?」
「くすくす、ごめんね?ちょっとネコネが可愛くてつい」
うがーっと唸るネコネから逃げるように浴場を出た。
※補足。
時系列的に既に遺跡調査には行っています。
ヨミは行ってません。