ユズハとカミュにアルルゥ、それからムックル。三人と一匹の愉快な仲間を連れてナトゥンクを駆け巡る。三人はムックルの背中で揺られ、俺はひたすら走った。
透過も浮遊も出来ず。
ウルトリィ曰く、この身に起きている現象は時代への定着であり、半実態を保ったいま子作りができるとかなんとか。確かに誰かに触れられる上、困ることではないが、反応に困る。
言うなれば、やることやっちゃえ的な意味だろうか。不安材料しかない。
ユズハを傷物にしてみろ、オボロがブチ切れる。
子供が生まれよう、果たしてその子は正常で元気に生まれてくれるだろうか。
子供なんて面倒なばかりだと思っていたが、姪が出来てからは少し心は改善された気がする。もちろん姉の娘は可愛いし構うことも多いどころか甘やかす節があって姉に怒られていたが。
要するに、子供を持つのは悪くないと思いはじめているのだ。
きっとユズハの子なら素直で良い子に育つだろう。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
ユズハを見つめていたら気づかれた。慌てて取り繕うと彼女は小首を傾げて、深く追求はしなかった。
「ウルトリィの地図によるともうすぐのはずなんだがな……」
そっぽを向いて、見惚れて熱くなった胸を冷却する。
悟られまいと視線を泳がしていたら、妙に時代にそぐわない苔の塊を生やした建物が視界に入った。旧ブレーキで止まるとアルルゥもムックルを止める。安全運転思考の減速から停止。少し行き過ぎて戻ってきた。
「見つけた?」
「あぁ」
–––間違いない。苔生していようと独特な雰囲気で何かわかった。過去に自分の家としていた建物がいま目の前に存在する。
「怖えな。オンカミヤムカイ」
破れたステンドグラス、欠けた木製の扉、魔を祓うシンボル十字架。これだけの材料が揃えば誰だってわかるだろう『教会』だ。どうやって調べたのか間違いなく自分の家だ。普段はここを拠点に活動をしており、身寄りのない子供達を引き取って育てていたこともある。
感慨深く畏怖し現実逃避をしていると、カミュが口元に手を当てて驚いたように言った。
「そういえばここ来たことある! ウルトリィ姉様と一緒に」
「で、どうだった?」
「確か地下に生活出来る空間があるだけで何もなかったような……」
当然だ。科学者達ですら深層を見ることはできないのだ。例外として姉や姪、義兄達が押し掛けてくるくらいしか知るものはいなかった。住んでいた子供達ですら、見つけられない隠し部屋もある。
尤も、身寄りのない子供達というのは殆ど一年かそこらでサヨナラバイバイする仲で、すぐに誰も来なくなる寂しい教会だったが。
「まぁいい、ついてこい」
触るだけで崩れる扉を開け中に入る。
複数の並んだ長椅子、祭壇、オルガン、燭台、女神像。
並ぶ全てにアルルゥは興味を持って眺めている。もう既に見たのかカミュは退屈そうに後をついてくる。ユズハはムックルの上で匂いと雰囲気に身を任せ……。
「ここはどんなところなんですか?」
そんな質問をした。目が見えない故の不安だろうか。ここがよくない何かに見えたらしい。
「とても怖いです。……いえ、寂しい?」
怯えたようなユズハにカミュは納得と頷く。
「確かに人が住みそうじゃないもん。よくないものが住んでそう」
「今の俺でもそう思うな。天使どころか悪魔の住処みたいだってな、姉さんや義兄や姪やらに散々言われたよ」
真っ黒な翼のカミュが住んでそうだと思ったことは黙っておくとして、自分は女神像の両眼に嵌められた青い宝石を取り除き、近くの祭壇から赤い宝石を取り出す。そして、それを代わりに女神像に嵌める。次に女神像に纏わりついていたキメラのような生き物の双眼に女神から取り除いた青い宝石を嵌める。
すると、妙な機械の噛み合う音と共に女神像が退いた。
「きゃっ!」
音に驚いたユズハが抱きついてくる。頭をポンポンと撫でながら、地下への道に足を踏み入れる。
火をつけた燭台を片手に長い石の螺旋階段を下り、下へ下へひたすら降りる。
真っ暗闇の中、ビクついたようにアルルゥやカミュもひっついて来た。
それに構わず歩くと、数分ほど後だろうか。淡い光が見えた。最下層に存在する部屋へと辿り着いたようだ。ここに入れるのは自分以外に家族のみ、知るのは仲の良かった獣人くらいだろうか。連れ込んだとも言えるが、まぁそれはおいおいの話として、部屋の前に辿り着くとパスコードを入力、扉が開いた。どうやら設備は生きているようだ。生きていなかったら爆弾でも刀でもなんでも使ってこじ開けるつもりだったがその必要は無くなって安堵の息を吐く。
部屋に入ると、照明が点灯した。
カビ臭い匂いが鼻をつく。三人と一匹は顔をしかめた。
「うぅ、鼻が……」
「ウォォォ〜〜〜ン」
母親に同意する獣。悩ましげな弱々しい鳴き声で耳を垂らす。
「特にあの二人はキツそうだね」
「えぇ、はい、そう、ですね……」
ユズハも心なしか元気のない返事をカミュへと返すが、それもそのはず目が見えない分、嗅覚、聴覚、触覚が発達していてムックル程ではないがアルルゥと同等くらいには感じるのだろう。いつもの表情が歪んでいる。
「空調機を直すから一度上に戻っていろ。カミュ、一度来たなら案内頼めるか?」
「了解〜」
こうして三人と一匹は戻っていった。
この時の俺は、この先の苦難をまだ知らない。
「やはりダメか……」
三機のうち一機は内部の一部が劣化し起動できなかった。空調設備の直った部屋で必要な部品だけを取り除く作業を敢行。使える部品だけを掻き集めていく。
休憩ついでに昔、武芸用に使用していた大鎌を見つけて手入れをした。
どうやらだいぶ錆びてはいるようだが、まだ使えるようで自分の獲物として持っていくことにすると、ちょうど三人が戻って来たところだった。楽しそうに会話する声が螺旋階段の上から近づいてくる。扉から姿を現したのは30秒後。
「ん、匂いがなくなった……森の香り」
逸早く反応したアルルゥがスンスンと鼻を鳴らす。満足気に表情を綻ばせると室内へとのびのび入ってくる。続いてカミュもユズハも顔を出すと各々の座りたい場所に座った。
「あんまり触らないでくれよ。俺はちょっと調べものをしてるからな」
背を向けて、パソコンへと意識を向ける。エルルゥから借り受けたマスターキーを端末にセットし全てのデータベースへと接続を試みた時だった。
「わぁ、なにこれ!?」
カミュが甲高い悲鳴にも似た声を発した。振り返るとカミュを囲む形で少女達が姦しく騒いでいる。何か面白いものを見つけたのだろうか退屈凌ぎになるならそれもよしと作業に戻ろうとすると、とんでもない一言がアルルゥの口から発せられた。
「女の裸……」
–––ゴフッ⁉︎
唾が気管に入り咽せた。
追い討ちをかけるようにユズハも加わる。
「どうしたんですか?」
どうしたもこうしたもない。俺は必死で過去の記憶を辿るとなにやら不穏な記憶に思い当たった。姉や姪が来るたびに見つける現代では珍しい紙の書物がここに隠してあったことを。しかし、ここでその書物を取り返そうものならユズハに見られてしまう可能性があるわけで……前門にユズハ、後門にうら若き乙女達、私はどうしたら良いのだろうか?
いや、見られてもシュレッダーにかければ或いは……。
幸いにも彼女達が古代の文字を知らないのが救いだが、こう時間もかけていては絵だけで内容を悟られてしまう。思い立ったが吉日と一瞬の隙をついて奪取へと移行。
「わっ!」
目にも留まらぬ速さでカミュの手から書物を奪い取る。虚を衝かれたカミュには対抗する術もなく早速シュレッダーへ。これが姉と姪であれば上手くいかなかっただろう。だがしかし、ここまで来て想定外の事態に遭遇する。
「おのれ裏切ったなシュレッダー‼︎」
シュレッダー御臨終。天は我を見放した。
起動しないポンコツにさらなる追い討ちの鉄拳制裁。ポンコツはガラクタへと進化した。
「ねぇ〜、なにそれ〜?」
「興味ある」
「隠しているものをお見せしてもらえないでしょうか?」
にじり寄って来るのはそれぞれ違う反応を見せる三人娘。ニヤニヤと面白い玩具を見つけた子供のような反応で手をわきわきと動かすカミュに、興味津々といった様子で純粋無垢な眼を向けてくるアルルゥ、夫の全てを知りたいのだろう聖母の微笑みを向けるユズハとどこを見ても逃げ場などない。
いや、待て。まだ階段の上に逃げれば或いは。
隠す時間が増える。取り敢えずユズハに見られずに済む。今は体で隠しているため見えてないがそれも時間の問題だと悟る。というか、隠し事はなしですよ、って視線が痛い。
「すまない、義兄と同じ道を辿るわけにはいかないんだ」
アダルトな雑誌や映像を姉と姪に見つけられた義兄。同じ末路を辿るのは絶対に嫌だ。お父さん変態と言われた義兄の気持ちがわかるだろうか、わかりたくもない。
姪だからダメージは少ないが、それが嫁となると……。
想像が頭の中に映像を作り出す前に出口へと駆ける。
出口からの脱出に成功、勝ったと思った瞬間、白き壁は現れた。
「ぐぉっ⁉︎」
弾き返され部屋へとカムバック。
待ってましたと言わんばかりに、両脇を固められた。
「ムックル、えらい。あとで倉からお肉あげる」
「エルルゥに怒られるぞいいのかっ?」
「夫婦の不安の種を解消するのに必要な経費」
よくそんな難しい言葉を……!
なんて感心してる場合じゃない、これだけは抹消せねば。
前門の虎。後門の乙女達。
追い討ちをかけるのは、ユズハの純粋無垢な心だ。
もはや観念した俺は甘んじて罰を受ける所存、拘束も解かれて妻の前で正座する始末。そのユズハさんといえばカミュとアルルゥに挟まれて相談していた。どうやらカミュとアルルゥは中身に興味があるだけらしい。自分に任せて欲しいと言うとおとなしく引き下がる。もっとなにかしらしてくると思ったが、ペラペラと書物を捲っているだけだ。
「それではヨミナ様。これはヨミナ様の持ち物で間違いないですね?」
「違います」
「違うのですか? 嘘はダメですよ。私はヨミナ様の嘘ってすぐわかりますから」
「すみません、俺のものです」
十八禁の書物は間違いございません、俺のものです。
諦念すれば簡単に口から言葉が出てきた。はっはっ、泣けてくる。
「じゃあ、このままでは私は見えないので持ってページを捲ってもらっていいですか?」
「……」
拷問だ。素で拷問してくるよこの娘!
仕方ないのはわかっているが、しかし……。
義兄だってこんな仕打ちされたことがないぞ!
「早く早く〜」
「続き見たい」
カミュは完全にからかい半分、アルルゥは興味本位で煽ってくる。任されておいてなんだが、エルルゥさんごめんなさい保健体育の授業が始まります。
心の謝罪と共に書物を手にする。ようやく視認できたユズハは一瞬にして顔を真っ赤にした。
「ひゃっ⁉︎」
表紙にはちょっとエッチな絵。写真ではなく絵だ。
腰まで届く白い髪、琥珀の瞳、はだけた巫女服を纏う女性の姿が描かれている。目立つのは髪と同じ色の狐耳ともふもふな尻尾。腰は引き締まって、非常に艶かしい肢体と胸、真っ白な肌は色褪せないカラーでご丁寧に健在しており、もはや劣化するどころか新品同様なのが異様に目につく。
元々、実験体の研究計画を勧めてきたのはこれが理由だったりする。人の性癖–––ではなく、趣味を考慮した上での選択は間違いなどではなかった。姉にとって苦渋の決断だったろう。まさか、こんな趣味全開のいかがわしい本を持っているやつに本物がいる職場を勧めるなんて正気の沙汰ではない。
「ご満足いただけましたか?」
「……ヨミナ様はこういうまっしろ狐の女の子の方が好みなんですか?」
思い出すだけでライフはゼロなのに痛いところを突かれてしまった。拷問がさらなる拷問を呼ぶ。そして、その拷問が脳内麻薬の一種を開発してしまったようだ。
ここで挙げるのはユズハの特徴であった方が良い。と、わかってはいるのだが、ユズハに嘘をつけない謎の症状が自分を正直者へとさせてしまうのだろうか。
「まぁ、そうなるな」
「……そうですか」
見るからにしょんぼりと落ち込むユズハ。尻尾や耳を触って確認する。絵と違う自分の体に溜息をつき最後に自分の胸へと手を持っていき絶望した。
いや、あの……?
あればいいというだけでもう十分育っていると思うのですが、というか適度にある時点で自分は満足ですので落ち込む必要はないかなぁと。
一つだけ言わせていただきたい。
好みは好みであって、惚れた腫れたとは別問題だと。
過去のデータでは、好みどストライクの女性と結婚できた男性は一割にも満たず、1%の奇跡とすら言われているのだ。好み直球の異性ではなく違う異性に惚れるパターンはいくつもある。だいたいがそういう結婚であり、それでもなお幸せであると人は言うのだ。
正直に言って、好きな人の好みを知って落ち込むユズハを可愛いと思うし原因は自分であることを棚に上げれば慰めてあげたいと思う。逆にいじめてみたいとも思う。
そして、彼女のそんな姿を見て愛おしいと感じてしまう。
ユズハに寄り添うのは二人だった。
「まぁまぁ、男の人なんてそんなもんだよ」
いったいカミュは何を知っているのだろうか。
「わたしと一緒」
いや、少なくともアルルゥみたくぺったんこでは……びくっ⁉︎
なんだこの感じは……。
殺気を感じたが背後にはムックルがいるだけだった。
「おねーちゃんも悩んでる。ムックルがおねーちゃんのは小さいって」
おいやめてやれ。なんて言葉が出る代わりに背筋が凍る。
地下だからか、今日は妙に体調が悪い。
慰められるユズハはそうでもないようで、恨めしげにカミュの方へと顔を向けた。
「カミュさんにはわからないですよ、この気持ちは」
「ユズっち何か怒ってる?」
「いえ、別に……」
明らかに不機嫌度が上がったユズハはなんでもないような顔でそう言ってみせると俺の方へと向きなおる。正座している俺の元へと歩くとぽすりと膝の上に収まった。
「それではヨミナ様、続きをお願いします」
「あぁ」
呑み込み終えたのか吐き出し終えたのか、背中を預けてくるユズハの背後から手を回して書物を広げる。まるで子供に読み聞かせをしているようだがそんな甘っちょろい場面ではない。絵本でもない。エロ本である。
彼女とエロ本鑑賞という特殊な状況下、慣れればどうってことはない。腹を括ったが最後、悟りを開き始めていた俺に敵はいない–––。
「そういえばこの文字のようなものはなんですか?」
と、ストーリーシーンのページを捲っているとユズハが古代の言葉を指して言う。そういえばこの時代の文字を見たことがない気がする。同様にこの世界ではこの文字は使われないのだろう。
「大昔、使われていた言葉だよ」
「読めないです」
カミュでも読めないようで同意している。興味があったら今度教えてやろうと軽く思っていると、とんでもない革命が始まる。
「声に出して読んでいただけないでしょうか?」
–––いた。思わぬ伏兵が存在した。レジスタンスだ。
敵はいない発言は前言撤回させてもらう。エロ本の朗読劇とか聞いたことない。
「……すみません、勘弁してください」
「ダメなんですか?」
「一部だけでいいですかね」
「内容を全て知りたいので全部です」
前述のストーリー部分だけ朗読しようとしたら阻止された。カミュとアルルゥもワクワクと続きを待っている。
期待しているところ悪いが、これはエロ本だ。保健体育の教科書でも、国語の教科書でもない。
–––バイブル。
そう、バイブルだ。聖書であるなら聖典の朗読も許されよう。もはやここに神はいない。あるのは困惑した自分自身の魂のみ、エロ本ではないバイブルなのだから。
待て。落ち着け。
確かに拷問だがこれは逆手に取れるのではないだろうか。
純粋無垢とは時に残酷だ。
だから、合法的に言えば言わせてきてるんだからこっちに責任はないというわけで知りたがったんだからしょうがないんじゃないのか。
バイブル云々はどこいったか、もうそんなことはどうでもいい。
むしろどんな反応をするか期待している自分がいる。
「じゃあ、読むぞ」
「はい……っ⁉︎」
ページを捲りついに濡れ場のシーンへ。ユズハの体が硬直するのが背中越しに伝わってきた。後ろから表情を覗き見るに頰は赤く染まっている。視線はキスシーンへと釘付けだ。
次のページへ。
キスが終わった二人、男の方が狐型獣耳娘の服に手をかけた。
「脱がしてもいい?」
これは朗読劇である。実際に脱がすわけではないが、書物と同じようにユズハを後ろから抱き締める形で耳元に囁く。観客が少々いるっぽいがなんら問題はない。朗読劇である。
耳に直接囁かれたユズハといえば、最初の一言だけで処理限界を超えたようで顔から火が吹きそうなほど熱くなっている。まだこれは序盤で始まったばかりだというのに。僅かに頰と頰を擦り合わせるだけで体温の上昇具合がもろわかりだ。
「やっ、あの、ヨミナ様……!」
「俺は君の全部を知りたい」
女性向けの恋愛漫画のような歯の浮く台詞に死にたいと思うより、顔を真っ赤にして狼狽えている彼女の反応が面白くて羞恥心はどこへやら。割とノリノリでページを捲る。全部といったがもちろん女性の台詞は読まない。そこはほらもう察してほしい。
まぁ、そういうわけだがユズハの言葉は気にせず進めることにする。
「ダメなのか?」
「え、えっと、その……」
迫られた経験がないからかユズハは肩を縮こめ俯いてしまう。
彼女にとっても初めての経験であれば、こちらも初めての経験だ。
初々しい反応に喜ぶとか、そういうことでもなく、彼女いない歴=年齢の人間の男にとってはとつくが。
そもそも研究に没頭し過ぎていなかったのだ。作らなかったわけではない。よく浮いた話の一つでもないの?と姉に言われていたが、俺はいつも淡々と同じ答えを吐き続けていたっけ。
感傷的に過去に浸っていると、まるで書物と似たような言葉をユズハは口にする。
「わ、わたしなんてそんな綺麗ではないですし……カミュさんやこの本の女性ほど胸はないですし、スタイルは良くないですし見てもおもしろくないですよ……」
書物に書かれている台詞は「私は人間ではないですから」「こんな化け物の私となんて」「気持ち悪いだけです」なんて自虐的な言葉が獣耳娘の口から吐き出される。
ストーリーとしては、結ばれることのない『人間』と『人外娘』の恋。ひた隠しにした獣耳娘の気持ちと人間の男の心が交わることを許さない世界での、切ない恋。人間の男から向けられた純粋な好意に閉ざし続けた獣耳娘の心はやがて溶かされ身を結ぶというなんともありふれたものだ。
次のページへ。
獣耳娘の心の鍵を開けた言葉が載っている。
「構わない。俺が好きになったのは君なんだ。他の誰でもない君とこうしたいって思ったんだ」
「っ〜〜〜」
ついに耳を抑えてユズハは膝の上で丸くなって身悶えてしまう。その姿が可愛くて俺は首に手を回す形で抱きしめる。からかうように続きの朗読はどうするか、聞いてみる。
「続きはどうする?」
パラパラと台詞は飛ばして卑猥な光景がずっと続く。それはもうあられのない姿で組んず解れつの性的描写が数ページに渡り、艶かしく描かれていた。
「ぼっ……」
「ぼ?」
「ぼ、没収です!」
ユズハを抱き締めるために置いた書物を膝の上から抜け出すと同時に取り、さらに距離を取るとこちらを威嚇するように腰を低くする。さながら猫のような仕草は尻尾からも見てとれた。
別に没収されても痛くも痒くもない。多大な犠牲があったようだが、もう色々とどうでもよくなってきていた。
「まぁ、それはいい。そろそろハクオロ達のところに戻るぞ」
マスターキーを繋げた持ち運び用の端末を回収し、地下室を出る。
その際にちょっと怒っていたはずのユズハが袖を引いてきた。
俯いたままで表情は窺えないが少し赤い頰を見るに何か恥ずかしいことでもあるのかと当たりをつけていると、かぼそい声で猫が鳴くように問いかけてくる。
「ヨミナ様は、あ、あんなことをしたいって思いますか……?」
言うべきか迷っていたのか、決死の覚悟だということが伝わってきた。
俺は裾を払うと同時にユズハの手を握り返す。
「思わなくもないけど、お互いの気持ちが大事なんじゃないか?」
「……そうですか。考えて、おきます…」
ところで、と話は変わる。
ユズハはきょとんとした顔で尋ねてきた。
「あれって何をしていたんですか?」
「……」
いや、まさか、な。知らなかったとはつゆ知らず驚愕の事実に俺の体は硬直する。つられて思考も停止した。
さすがに恥ずかしいことをしているとはわかっているようで何よりだが、あの好意の意味するところを知らないところは箱入り娘というかなんというか、オボロが大切に保管(保護ではない)しているだけはある。
興味を持ったのはユズハだけではなかった。アルルゥも興味津々に寄ってくる。
「何であんなことをしていたのかわからない」
「そりゃあな……」
性的欲求というか、色欲というか、情事というか、それがしたいとか愛し合いたいとか理由は多岐にわたるが最終的なものは一つだけじゃなかろうか。
「あぁしたら子供が産まれるんだよ」
「わかった」
アルルゥの返事は返されたはいいが理解しているのか微妙なものだ。淡々と答えただけとも言える。そんなアルルゥの言葉の次が問題であった。
「ヨミニィと子供作る」
「……はい?」
わかった。から、どうしたらその結論に至ったのか。
ユズハの肩が大きく跳ねたのを横目で確認しながらアルルゥに向き直る。
「いったいどうしてその結論に至ったのか聞こうか」
「ヨミニィはあれがしたい。アルルゥは子供が欲しい。……解決」
「利害の一致というわけだな」
聞いたことがないわけでもないが初耳だ。アルルゥにそんな願望があったなんて。
「だけど受けるわけには……」
「なんで?」
「なんでって……こういうのは好きな人とな?」
自分で言っておいてなんだが。乙女チックな幻想を理由に説き伏せようとするとアルルゥはきょとんと首を傾げてしまう。しかし、数秒後には迷いもなく淡々と言い放つ。
「大丈夫。アルルゥはヨミニィ好き」
「っ⁉︎」
「ヨミニィはアルルゥのこと嫌い……?」
「いや、嫌いじゃないが……」
むしろ好きな部類だ。というよりも大好きかもしれない。嫌いになる要素なんて何一つないわけで、昔のドウデモイイ人間に比べたら天と地ほどの差があるだろう。
なんて答えるのが正解なのだろうか。
というか、そもそもの話、根本的な好きというものが間違っているんじゃなかろうか。
「アルルゥ。それはいったいどういう好きだ?」
「特別」
「えっ⁉︎」
ユズハからユズハらしくもない声が上がった。
これはもうあれだ。面倒だ。丸投げしてしまおう。
別に自分としては問題はないのだが……そこのところは他の人に。
修羅場を掻い潜るにはこの手しかなかった。
「とりあえず今のままではダメだな」
「どうしたらいい?」
「エルルゥとハクオロに聞いてきなさい」
「わかった」
素直で良い子だ。ユズハと違って変に天然なところがあるが、おそらく彼女の好きというのはユズハに対しても同じものだろう。わかっていながら放置する自分もあれだが、これは仕方ない。お姉ちゃんの教育不足ということにしておく。
「そろそろムックルもお兄ちゃんになるべき」
最後の言葉は聞かなかったことにしよう。明日になって忘れていなければその時はその時だ。犠牲になるのは俺ではなく主にあの二人なのだから。
(笑)とタイトルにつけようか迷ったが断念。