獣耳天国   作:黒樹

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古代の遺産2


根絶やしにしたはずなのに……

 

 

 

「逃げろおおおぉぉぉッ‼︎」

 

ハクオロ達と合流する直前、人々の怒号と悲鳴が聞こえてきた。おそらくハクオロ達が最終局面に突入してしまったのだろうがそれはあまりにも優勢とは呼べなかった。遠目に見て巨大なシルエットが闇夜に浮かぶ。それは一つ目の鬼のような顔に鋼鉄の体をした機械。そう、あれは確か作業用機械として量産された–––。

 

 

 

–––ザク。

 

 

 

専門分野外だから忘れたが確かそんな名前だった気がする。

いや、ザクゥだったか? バクゥだったかドルゥだったか。名前はどうでもいい。問題なのはその作業用機械が単騎で暴れていることにある。いったいどうしてあんな骨董品が持ち出され動いているのか理解に苦しむが、それ以前に暴れているのなら止めなければ被害は甚大なものとなりえる。

 

『カルラはワタシのものよぉぉ!』

 

ザクゥの操縦者の声が夜闇に響く。まさか、この時代にもそのような種族がいただなんて、歴史をリセットしてもなんら変わらない未来に俺は呆然と突っ立っていた。

 

「大変、助けないと!」

 

主に襲われているのはカルラだった。巨大兵器の魔の手がカルラを掴もうとするがあっさりと躱す。攻撃を繰り返すがただの一撃すら有効打にはなっていなかった。

ようやくカミュの声で我に帰り持ってきた大鎌を構える。身の丈ほどの長さに巨大な錆びついた刃を携えた人間大の凶器。溜息と共に柄を握り直すと同時に胸の内にふつふつと怒りが湧き上がってきた。

 

古代の遺産。とやらは、どうも自分に縁があるらしい。十八禁の書物然り、ちょっとストレスが溜まりつつある。別にザクゥだか作業用機械に恨みはないがここで晴らさせてもらおう。主に八つ当たりだ。

 

そうと決まれば、行動は早い。

ムックルにユズハ達を任せて丘を駆け下りる。大鎌を重力に任せて後方へと引き、疾走した。

 

「しまっ–––!」

 

『チャンスよ!』

 

足を滑らせて反応が遅れたカルラ。そこへ覆い被さるように巨大な手が迫る。

慌てて飛び退るカルラと入れ替わる形で俺は前へと躍り出た。

互いに視線が交わる。目が合ったと思う頃には、カルラは驚いた顔でこちらを見ていた。

 

「あなた……!」

 

「悪いな。もらうぞ」

 

足を踏み込むと同時に大鎌をできるだけ後方に引く。空中で腕がカルラへと伸びた時、繋ぎ目を狙って大鎌を大きく振りかぶり遠心力を利用して切り裂いた。鈍い感触が伝達したが構いなしに叩き斬る。次いで胴に抜け、すれ違い様に大鎌の先を突き刺し巨兵の速度による力の反発を利用して喰い千切るように裂く。

着地をした背後では巨兵が地に沈む轟音が鳴った。大鎌を肩に担ぎ振り返ると、唖然としたハクオロ達の視線がこちらに降り注いでいた。

 

「あれ……もしかしてやっちゃいけなかった?」

 

なんだろう。古代の遺産が見つかってからロクなことがない。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

デリホウライ率いるカルラゥアツゥレイがナトゥンクを滅ぼしカルラゥアツゥレイを樹立した。一言で全てを締めくくるならばそれだけで十分だろう。デリホウライ皇は手始めに同盟を結ぶことで他国からの侵略を避けるといった方針をとったようだ。あの時は旅人扱いだったハクオロと対面している頃だろう。

 

「君は行かなくていいのか?」

 

眺めのいい回縁で呑気に昼間から酒を飲んでいるカルラに言ってやると、彼女は徳利をゆらゆらと振る。

 

「いいんですのよ」

 

フッと笑ってまた呷る。今日もまた少しだけ酒の量が少ない。ほんのりと酔ったカルラは青い空を仰ぎ見て横になった。

 

口を挟んではいけないことなのかもしれない。だが、それでも。口を出さずにはいられない。いつ会えなくなるかもしれない家族と会わないという選択が見過ごせなかった。

 

「……もう二度と会えないかもしれないぞ」

 

「そうですわね。でも、それはもう済ませましたから」

 

今回の一件のことを言っているのか、果たしてそれだけで良かったのか。いずれにせよカルラはこれを最後にするために今回の一件に首を突っ込んだのだろう。言いたいことがいくらかあったはずだが出るのは溜息のみ。まるで自分の後悔を押し付けているようで嫌になってきた。

 

「そういうあなたは後悔していることがあるんですのね?」

 

酒が回っている癖に察しがいいカルラはここぞとばかりに攻めてくる。

失言だったか。いや、何故だろう……妙に話したい気分だった。

酒を飲んでいるカルラの空気がそうさせるのか、それとも。自分としては彼女に後悔だけはして欲しくないのか。我ながらお節介だと思う。

 

「あったな。もう少し姪に構ってやれば良かったとか、結婚相手をもっと早く見つけていれば姉さんも安心できただろうにとか。まぁその姉達は既に死んでいるんだがな」

 

時代の流れでユズハは生まれたのだから時間云々は仕方ないだろう。むしろ獣耳娘を嫁ですなんて連れて行ったらどんな顔をされるのかわかったもんじゃない。それでも姉は仲良くするだろう。そういう人だった。あんな研究馬鹿な義兄と結婚したのだから。

しかし、死んでいると表現していいものか、姉達はスライム状の生物となってしまっている。果たしてそこに人間の魂があるかは定かではない。意思疎通もできなければそれはもう別の生物だ。

 

あの呪いは……。

なぜ俺だけを化け物へと変えなかったのか。きっと今のハクオロでは覚えていないだろう。

 

また深く考え込んでいるとカルラは「そうですのね」と言って徳利一つを豪快に一気飲みする。徳利とはそんなぞんざいな扱いをされるものではなかったはずだが。

 

「まぁ太古の昔に栄えたオンヴィタイカヤンですものね。死んでいてもおかしくないですわ」

 

だから、まぁ、そう落ち込まないで。と言わないあたり気を使ったのか彼女らしいのか俺ははっきり言われることなく空を見上げた。いくつかの雲が空を漂う晴天。なんとも言い難い感情が胸を突く。

 

「いつかは死ぬ。早いか遅いかは生き方次第か……」

 

それを受け止めるのも逃げるのもまた人間で、きっとそれはあの科学者達が余計なことをしなければ人間はもっと栄えていたのだろう。こうであらなければこの世界はなかった。そう考えれば悪いことばかりでもない。

そうなるよりも先に、最初からずっと決めていた。

実験体達が平和に暮らせる、そんな世界になればいいと……。

後悔こそあれど望んだ結果こうなった。

あるのはあの日の後悔ではなく、それより以前の問題だった。

 

「説教臭くなるがもう一度だけ言わせてくれ。後悔のないように生きろよ」

 

「ふふっ、心配してくれるのなら付き合ってくれないかしら」

 

「断る。断るが……できれば、都合のいい話だが手助けをしてくれると助かる。俺のためではなく、ユズハのために……」

 

「恩人ですもの。断るわけにはいきませんわ」

 

酒の付き合いを丁重に断り逃げるようにその場を立つ。

一杯くらいなら……。そう思ったが、悲惨な結果を再現するわけにもいかずやはり逃げるようにその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

「キサマアアアァァァーーー‼︎」

 

突然、廊下に怒号のようなオボロの声が響き渡った。毎度毎度、飽きもせずによくシスコンなんて続けられるものだ。そのせいで被害を被る被害者にとって一番楽なのは奴に遭遇しない、その一つに尽きる。……だがそれはわかっていてもできないことである。なにせその御本人様がこちらに向かってくるのだ。逃げても逃げても追いかけてくる。しかし、わかっている故に自分がとった行動といえば至極単純なものだ。

 

「まったく……逃げよ」

 

格子を外して外へと出る。十分な高さ故か落ちたらタダでは済まないだろう。だが、捕まってもタダでは済まないのなら選ぶべきは一つしかない。脱兎の如く逃走を図る。それは生存本能だ。

たぶん、理由もまたしょうもないのだから。

 

外壁を利用して瓦の上を歩き、下へと降りる。

その間にもドタドタとうるさい足音が頭上–––先刻、降りてきた廊下を通り過ぎ様に止まった。

 

「ユズハを他国へと連れ出すとはどういう了見だ! きっちり説明してもらうぞ!」

 

廊下の上から見下ろし、鬼のような形相で睨んでくる。視線だけで人を殺しそうな顔だ。もしあれをユズハが見たのならなんて言うだろうか知りたい気もするが不可能なことに思考を振り切る。

そもそも、何故か自分の場所はどこへ逃げてもバレてしまう。情けないことにユズハに頼ればなんとかなってしまう兄だが、俺もまたちょっとした意地とプライドがあった。

毎度のこと、距離を測りながら見上げてジリジリと離す。

 

「……どうしてここにいるとわかった」

 

「キサマにはたっぷりとユズハの匂いが付着しているからなぁ。キサマがどこに行こうが俺の鼻は誤魔化せんぞ!」

 

なにこの変態お兄ちゃん怖い。

余計にユズハに頼るのが嫌になった。

 

「そうか。悪いことは言わないから自分の胸の内だけに留めておけよ」

 

何をとか言わない。ユズハに嫌われても俺は知らない。日頃の行いを改めるがいい。

 

「キサマこそそっくりそのまま返してやる」

 

「いや、なんだよ」

 

「可愛い俺のユズハに情欲を抱くのは当然のことだ。だが、そんなことをしては嫌われるだろう。その時こそキサマは終わりだ。化けの皮を剥がして城門に吊るしてやる」

 

つまり、だ。オボロは妹に情欲を抱いていると……?

 

深追い禁止の思考を停止させる。たぶんそういうことではないのだろう(だと信じたい)。それくらい可愛いって話だ。家族的な目で見て、しかしここでもシスコンは払拭できない。

 

「助言か?」

 

「違うわ!」

 

もう峠は既に超えた。あの書物を掘り起こされるという奇跡を経て自分は深いダメージを負うと共にちょっとした苦難を乗り越えたまであるだろう。少し天然というか箱入りが過ぎるが。

 

「キサマそこで待っていろ!」

 

「わかった」

 

あっさりと返事をする俺に訝しげに視線を向けるオボロ。ドタドタと廊下をかけていく。おそらくこっちにくるだろう。だが、待てと言われて待つ馬鹿もいない。今日中に進めなければいけない案件が残っているのだから。

 

 

 

 

 

「さて、それでは始めようか」

 

ハクオロ、エルルゥ、カルラ、トウカ、ベナウィ、クロウ、ウルトリィ。オボロ他、幼き面々を除いたこの面子で新しい会議を始めようとしていた。無論、ドリィとグラァも除外だ。あの二人はオボロの部下であり情報が漏れる可能性がある。特にオボロに漏らす可能性のある二人は声をかけることをやめた。幼い面々も無茶をしかねない節があるためにこの会議のことは伝えていない。

 

「皆の者、集まってくれてありがとう。最初に礼を言わせてくれ」

 

頭を下げて感謝の意を伝える。

するとウルトリィが聖母の微笑みで慌てたように言うのだ。

 

「そんなお気になさらず。微力ですがお力添えできるかどうかもまだわからないのですから……」

 

「命の危機とあれば仕方ないだろう。私としても助かる方法があるのならそちらに賭けてみたいと思う」

 

「あら、私への協力を渋っていた主人様とは思えない発言ですわね」

 

「ぬぐっ……」

 

カルラの毒がハクオロの急所に当たった。渋面を浮かべるハクオロはともかく、俺も人のことは言えないので弁護はできない。心の中で安寧を祈りながら場が収まるのを待っているとベナウィが挙手した。

 

「聖上、此度の件と何か関わりがあるのでしょうか。先日、急に皆して雲隠れしたことも合わせて理由のご説明をいただかなければ……」

 

「いただかなければ……?」

 

「–––数日分の仕事と共に部屋に監–––いえ、軟禁させていただきます」

 

「そ、そうだな、話さなければいけないか」

 

なお、納得のいく理由がなければ問答無用で執務室行きだと語っている。監禁とか言おうとしたぞこの忠義に厚い男は。それだけ本気なのだろう、冗談の通じない男でもある。

 

「よ、ヨミナ殿っ」

 

「え、弁明もしくは弁解は?」

 

「こ、これは参謀としての其方の力量を……」

 

勝手に参謀にされた。丸々押し付ける気の皇に俺はジト目を向ける。いったいどうしてそうなるのか検討もつかないので無視しようとしていると、諦めと共に妙案が浮かんだ。

 

「うむ、では今回の件について説明させてもらうが……一言で言うと新婚旅行だ」

 

「そいつはめでてぇ」

 

ノリがいいクロウは大して気にしてもないのだろう。微妙におかしな点を見つけるのもまたクロウだ。和かな男前スマイルの後に何やら喉に小魚の小骨が刺さったような微妙な顔をして、

 

「しっかし、新婚旅行ってのは夫婦水入らずで行くもんだと思ってましたがねぇ」

 

とんでもない正論を吐いた。俺もそう思う。だが、新婚旅行というのも建前で実は他国へ武力介入してましたなんて言ったらどんな反応が返るだろうか。想像に難くない。國もままならない状態で他国への援助など馬鹿ですかアホですか、口には出さないがきっとベナウィは視線だけで語るに違いない。

 

「まぁ、そういうことだから」

 

「おかしいですね。なら、聖上が行く必要が見当たりませんが」

 

目敏いベナウィが鋭い視線をハクオロに向ける。ギクリ、と冷や汗を浮かべるハクオロからアイコンタクトが飛んでくるが俺はウルトリィのまっしろな翼を眺めていた。

見捨てたら、ウルトリィと目が合う。いつもの如く聖母の微笑みを浮かべる彼女はなんと美しいことか天使に違いない。様相から元は天使をイメージとして造られた種族だから当然かもしれないが、それだけでは説明できないほど神々しい存在だ。

 

「–––聖上」

 

もはや逃げられぬか。諦めさえ顔に浮かべたハクオロ、その左後方で控えていたエルルゥが俺を見た。いったい自分にどうしろというのだろうか。

 

「ところでヨミナさん?」

 

本当に「ところで」だ。どこに繋がっているのか、ニコニコうふふと自然な笑みを浮かべる。何故かこういう時だけ女性には恐怖を感じることを避けられない。横で青白い顔をしているハクオロをなんのその、全く気にしていない様子で俺から視線を外すことはしない。

ぞくっ、と背筋に冷たいものを感じているとそのまっさらな笑顔のまま話しかけてきた。

 

 

 

「先日はどうもアルルゥをありがとうございました。……ところで、性教育なされたそうですね」

 

 

 

サッ。ハクオロに向いていた視線が全てこちらへ。

唯一の救いがウルトリィの浮かべる、あらあらうふふ、のような微笑み。

自分にハクオロを救えと? 捨て石になれと?

エルルゥはそう言っているのだろうか。報いだと。

ウルトリィは何を思ってあんな笑みなのだろうか。

 

わからない。

 

ただわかることは……。

この前のアレをそっくりそのまま返された。

そういうことである。

アルルゥをエルルゥに向けるのはミスマッチだったか。

 

「あー、いや……ごまかしついでにそちらに向けたのはマズかったか?」

 

「びっくりしましたよ、いきなり子供が欲しいなんて言い出すんですから。ダメなんて言ったら言うこと聞かなくて説得にどれだけかかったか……お相手は決まっているようですが」

 

「ちゃんと教えておいたほうがいいぞ。時期ではないのかもしれないが」

 

子供には早過ぎる。理解はしているがこちらとして聞かれるとはぐらかしても知りたがるのがアルルゥの強みだ。責任の押し付けというかこれもう姉の仕事ではなかろうか。とんだとばっちりだ。

 

「まぁ、早いですよね……。でも、いいんですよ? 姪っ子でも甥っ子でも作ってくださっても」

 

すみませんでしたすみませんでしたすみませんでした。

これ以上は泥沼だ。なんかもうわかる劣勢なのが。

「カミュもお願いしようかしら」とかほらそこ、ウルトリィが妙な提案してる。

俺はわざとらしくこう言うしかなかった。

 

「あぁそういえばハクオロは同盟のためにナトゥンクへ遠征に行っていたんだったなぁ!」

 

やけくそ気味にそう言うとベナウィは納得といった表情で今日の来客の顔ぶれを思い出したようだ。ナトゥンクは滅びカルラゥアツゥレイがトゥスクルと同盟を結んだ。ちゃんと仕事をしていたのである。

バレてはいけないのは、他国への武力介入だ。皇としての自覚が足らない。執務放棄の時点で逃れようのない事実だが、ハクオロの弁明をベナウィが納得しようがしまいが俺にできることはもうない。

 

「う、うむ、そういうことだ。逸早く噂を聞きつけて調査にな」

 

「まぁ、いいでしょう」

 

案外あっさりと引き下がる。功績を前にしてベナウィでも問い詰めることはできないのだろう。しかし、俺の運命はどうなったのだろうか。エルルゥはほぅと息を吐いていた。

 

「まぁ、何もなかったようでなによりですが……私の大切な妹です。でも、ヨミナさんなら安心ですね」

 

いやいや、フォローどころか訂正にもなっていない。

それだけエルルゥの怒りを買ってしまったのだろうか。

もういいや、どうせアルルゥもそのうち飽きるだろう。

子供の気まぐれなんてそんなものだ。

 

「それより、相談があったんじゃないんですか?」

 

「そうだったな。実は、ユズハの件についてなんだが……」

 

 

 

 

 

改めて、今日を選び大きめの……皆で食事をする部屋に集まった理由は他でもない。

ユズハに関してだった。一人で調査を続けていたが土地勘はなく世界の地図もまた曖昧で、まるで戦国の世に放り出されたみたいな感覚だった。その問題もマスターキーにより全ての権限を得た端末を使えば衛星による大陸の地図の作成など一時間もかからないがやはり足りないものが出てくる。

 

–––時間だった。正確には、ユズハのいつ壊れるかもわからない命の残りの時。

そんな不確定な時間さえなければ……。

きっと自分だけでも、目的を達成することは簡単だっただろう。

一年あるか、二年あるか、それは自分でもわからない。

ただ、漠然と終わりの時が近づいていることはわかる。それだけの理解力で怠け呆けている場合ではない。

 

–––だから、力を貸して欲しいと俺は頭を下げる。

わかっているのだ、ナトゥンクのことを棚に上げているのは。

ナトゥンクへの武力介入と同じようなことをしようとしている。それはつまり他国への介入に他ならない。敵国であらば問題になりかねない事案だ。もしかしたら遺跡として過去の研究所を保管している国があるかもしれない。そうなれば争いは免れないのだ。

この国は少なくともウィツアルネミテアを信仰の対象とし、オンヴィタイカヤンを禍日神とする傾向からそういう遺跡は重要視されてはいないとは思うが……。

人の数だけ、方針があるのだ。

 

 

 

「へぇ〜、治るんですかい。病気」

 

愛想よく相槌を打ってくれたのは聞き上手なクロウだ。こんななりして人の話はよく聞いてくれるもんだから雑兵からは信頼の熱い大将として知られている。あの時はいなかった男だが、随分と早く理解したようだ。

そして、ハクオロ達と別行動を取った時のことを話した(いかがわしい書物は除く)。

 

「そういや詳しくは聞いてやせんでしたが嬢ちゃんの病気ってのは不治の病なんでしょう?」

 

初耳だ。不治の病。確かに技術レベルの低いこの世界ではそう思われても仕方ないのだろう。

エルルゥ曰く、「大神が身体の中で暴れ回る病気」らしい。具体的な原因が解明されていないと、もはや手の施しようがないということだろう。

 

「どんな病気なんですかい?」

 

「あっ、私も気になります」

 

そういえば自己完結していて誰にも話してなかったか。

元々、話しても意味のないものだと思って言わなかった。

というか、聞かれなかったし……。

隠していたわけではないが、聞かれれば話さなければいけないだろう。

 

「ウルトリィ」

 

「はい。……暗く、すればよろしいですか?」

 

人の思考を読むのと情事直前の夫婦のやりとりみたいな会話はさておき、ウルトリィの不思議な力によって昼なのにこの部屋だけは夜のように闇の帳が落ちる。何も見えなくなって、端末からホログラムを壁に投影した。

一切にびっくりした声が上がる。

古代の技術にわっくわくしてるウルトリィもさておき。

一番わかりやすい反応といえば「へぇ〜、ほぉ〜」と感慨深げに感心してくれてるクロウだ。

 

「まず、おまえたちの先祖の生まれは知っているだろう」

 

「伝承では私達は解放者ウィツアルネミテアの子らというのが常識です。大いなる父と矛盾している点があるのですが……」

 

どちらが父と呼んでも遜色のない回答だろう。

ウィツアルネミテア然り、オンヴィタイカヤン然り。

半々の様々な反応を見ながら、ホログラムを投影した。

螺旋のような遺伝子図。

それと白衣の研究員達、昔一緒にいた獣人達。

私用ですまないが獣人達との写真は全員で撮ったものだ。

 

「元々、獣人はオンヴィタイカヤンである科学者達の手によって造られていた。そこで使用したのがウィツアルネミテアの遺伝子情報なんだよ」

 

「……え?」

 

受け入れろとは言わない。事実として知っていて欲しいだけだ。

 

「神を材料に、ですかい?」

 

「当時、ウィツアルネミテアの遺伝子は研究材料とされていてな。強き人を生むために未知の力を持つ彼を利用しようとしたのだ」

 

「その結果が私達……?」

 

「–––の、祖先だ」

 

あくまで祖先だ。そっから先は人間が栄えたようにまた獣人も繁殖しやがて大きなコミュニティとなった。

 

「言うなれば、ウィツアルネミテアは遺伝子の父。オンヴィタイカヤンは生みの親ってところか」

 

「なるほど、しかしあの娘の病と何の関係が?」

 

イマイチ理解できないとベナウィでもお手上げのようで問いかけてくる。

俺もまた隠すつもりはなく、一つの写真を投影した。

 

「そ、そんな……酷い……」

 

エルルゥには少し刺激が強過ぎただろうか。ここにアルルゥやユズハがいたならば、出すことのできなかった写真だ。

積み上げられた獣人の死体、後に科学者達から失敗作と罵られたガラクタの山。

異常が発生し解体、殺処分されず延々とデータ取りに使用されたり、命を弄ばれた実験体達の画像だった。

 

「これは全て失敗作と罵られ廃棄された先人達だ」

 

「ど、どうしてなんですか、どうしてこんな酷いことを!」

 

「さぁな、俺にはわからん」

 

「ふざけてないで答えてください!」

 

ふざけるも何も……。俺だって過去に思ったことだ。死体を見て嘔吐しそうになった。積み上げられた死体の山に夢も希望も絶望も芽生えた。きっとこの時は何をしてでも救ってみせると誓っていた。死体の山に、願いを掛けるように……。

 

今でも目に入った死体の顔は覚えている。

脳裏に悲痛に顔を歪めた獣人達の顔を思い出していると、ウルトリィが声を荒げた。

 

「おやめなさい、エルルゥ様」

 

「で、ですが……!」

 

「あなたは彼の何を見てきたのですか? 彼にとって私達がただの玩具に過ぎないというのなら私はその身を捧げるべきだと思いますよ。そんな必要はないでしょうが」

 

「ど、どうしてそこまで信頼できるんですか? 私にはわかりません」

 

「さっきと言っていることが矛盾していますね」

 

そりゃこんなショッキングな画像を見せられたら誰だってそうだろうな。信じていた人に裏切られるという感覚は。手のひら返ししたくなる気分もわかる。

 

やれやれとウルトリィは溜息を吐いた。

お淑やかな佇まいをそのままに、説教するような口調で、

 

「彼はその同族–––大いなる父達を裏切り反逆した唯一の救いだからです。当時、玩具同然に弄ばれていた獣人達を守り続けた唯一の守護神。……といえばわかりますね? 彼はその手を獣人達のために血で汚し、血を血で洗う戦いをたった一人で行いました。そんな彼を私達が無碍にできましょうか」

 

のたまりおった。

 

「ウルトリィ」

 

「言わない約束でしたね。ですが悪く言われていると思うとつい」

 

てへっ。擬音にそうつきそうな顔をする。

ウルトリィにしては珍しい顔だった。

 

「ウル」

 

「話の腰を折ってしまいましたね。すみません」

 

続けてください。

なら、無視して続けることにしよう。

確か、ユズハの病気の正体だったか。

 

「簡単に言うとだ。ユズハの病気は獣人を作り出す時にウィツアルネミテアの因子に耐えきれない個体が複数出た。いわゆる拒絶反応というやつだ。これを治すには薬では一時凌ぎでしかなく、生体を調整するしかない。昔、俺が作った施設の捜索の手伝いが俺の依頼だ」

 

いたたまれない空気だがウルトリィがなんとかしてくれるだろう。なんか理解しているみたいだし。

頭をポリポリと掻きながら、気を逸らすことにする。

こんな時でも戦に慣れた連中は平常運転だった。

 

「それをなんであの若大将に言わないんすかねぇ」

 

「面倒だからだ」

 

「嘘ですね」

 

ベナウィまで。

ここは無関心を決め込んで欲しかった。

 

「……手のひら返されたら気持ち悪いだろ」

 

「ちょっと本音混ざってますが嘘ですわね」

 

カルラまで……!

 

「最初はあんなものだったぞ。私も初対面の時は武器を突きつけあったな」

 

「あ、そういややりそうですね」

 

初耳だ。いや、それはいい。別にハクオロとオボロがどれだけいがみ合っていようと知らん。シスコンの事実には変わりないのだから。

昔話に花を咲かせ始めた奴らはほっといて部屋を出て行こうと襖に手を掛ける。

バッと開けて、踏み出そうとして、見慣れた足が見えた。

 

「あっ!」

 

「……」

 

やばい。目があった。

部屋の前に立っていたのはオボロだった。

しかし、無言のままゆるりと掴みかかってきたせいで避けることはできず。

オボロの背後に控えているドリィグラァに視線を向けると苦笑いされる。

 

「……本当なのか」

 

「は?」

 

「さっきの話は本当なのか?」

 

「あ、あぁ……」

 

迫力に気圧されてなんのことかわからず適当に頷いてしまった。

 

「……ユズハを頼む」

 

わぁ、どういった心境の変化で?

 

「……兄者と呼ばせてくれ」

 

「普通に嫌だよ」

 

きもいよ。手のひら返すなよ。いつもの威勢はどうした。あと呼ぶなら弟とかそこらへんだろう。

ドリィグラァはなんで微笑ましい顔で見てくるのか。

 

「若様は既に認めていたんですよ」

 

「ユズハ様が毎日楽しそうにしているから」

 

「ただ素直になれなかっただけで」

 

「妹愛極まれりですね」

 

まったくだ。

 

 

 

 

 

……もうこいつらやだ。





根絶やしにしてもなお……。
特殊な遺伝子を組み込んだ科学者がいたに違いない。
だからきっと科学者のせいだ。
オボロがシスコンなのもホモっぽいのもツンデレなのも。
だから僕は悪くない。
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