おそらくここが終わるまでほのぼのもない。
クーヤの遊び相手をサクヤに代わってもらい、桜の木の下で月を見上げる。夜闇に一人の寂しい感覚に全神経を集中させ、雰囲気を味わうこと何分と経ったのだろう。突如として、月に黒の斑点。ひらひらと舞い落ちて来るそれに手を伸ばす。掴み上げると真っ黒な羽が握られていた。
「来たか……」
影が一瞬だけ顔に差し、月の光が遮られたかと思うとそいつは平然と降り立った。
俺の目の前まで来て、ばさっと髪を後ろへと靡かせる。
瞳をゆっくりと開けると、俺の顔を見て喜色を浮かべ、軽く地面を蹴ると羽ばたき一直線に抱きついて来た。
受け止め、頭を撫でる。
鼻を押し付けるあたり、嫌がる様子もない。
ムツミは人懐っこい笑みで抱きついたまま見上げて来た。
「ヨミ!」
「随分と挨拶が遅かったじゃないか」
「怒ってる?」
「そうだな。怒ってる」
争いがとても嫌いだ。誰かを虐げるのは好きじゃない。
ムツミがやったことは、クンネカムンを滅ぼした行為は決して許されるようなものではない。
少なくとも、自分はそんな子に育てた覚えはない。
影響があるとしたら、ディーなる男か科学者達のせいだろう。
泣き出しそうなムツミの頭に手刀を落とす。
重力による自由落下で。
「痛いっ」
「俺は言ったよな? 仲良くしなさいって。特にシャクコポルってサクラと同族だろ。おまえらが喧嘩するたびに教えたはずだが?」
サクラと仲良く。それは過去に約束させたことだ。喧嘩ばかりする二人を止めるたびにそんな説教を繰り返していた。そのことについて咎める。彼女の弁明なら聞いてやらんでもない。
「どうしてこんなことをした?」
「……」
拗ねたように口を利かなくなった。
そっぽを向いて知らんぷり。そのくせ回した腕は離さない。
そっちがその気ならこっちにも手はある。
「おまえが喋らないなら俺も喋らないぞ」
「……うぅ」
唸ってもダメだ。可愛いからって許さない。一応、親の務めは果たさなければいけないからな。ちょっと揺らいだかもしれないが良い子にするには鬼にならなければいけない。
待っていればムツミは不貞腐れたように頬を膨らませ、真っ赤にして駄々を捏ねるように……。
それはまるで、ただの子供の嫉妬のように叫んだ。
「サクラとはしたくせに私とはしてくれなかった!」
……女の嫉妬って怖いな。
責任全て押し付けられた気分だが、ムツミだけが悪いとは言えない。かといって、じゃあしようか、というのもおかしな話だ。誰だ元凶。
次に言い訳をさせてもらうなら、自分は一応は被害者だしムツミの嫉妬もコントロールできなかった点を除けば無実を証明できると思う。
クンネカムンの子孫を残したが、滅ぼすのも自分とは、なんたる数奇な運命。
あれは、本当に俺の子孫かどうか危ういが。
「シャクコポルってのはサクラの子孫だよな」
「ヨミと……あの女の遺伝子」
苦々しげに呟くとぶくっと頬をさらに膨らませる。
なるほど、どうやらクンネカムンを滅ぼしたのは自分らしい。
ついでに、天然うさぎ娘を孕ませていたことが確定した。
「だからって、やり過ぎだろ」
「末代まで恨む。絶対にこれは曲げない」
因縁が深い。もうどこまで行っても女のドロドロした昼ドラのような戦いにしか見えない。むしろ非がないのはシャクコポルで、とんだとばっちりを受けているようなものだ。
なら、逆に–––。
有効な手段を考えてみる。今のムツミに届きそうな言葉といえば。
「そうか、俺の子孫を恨むんだな」
「そ、そういうわけじゃなくて……!」
「サクラと俺の間に生まれた命があぁなったわけだろ。サクラの子孫なら、俺の子孫だ。おまえはそれでも恨むっていうのか」
自分の子孫だと言われて、はいそうですか、と受け入れられるわけもない。釈然としない感じのままこの手を使ったが果たして気取られないだろうか。
ムツミは頬をぷくっと膨らませた。唸っては悩んでいるようである。絶対に曲げないという決意が揺らぎつつある。
「……ごめんなさい」
ついには、ムツミは謝罪の道を取った。
素直に謝ったので頭を撫でると嬉しそうに頬を緩める。
反省が足りないんじゃないか?
そういうわけでもなく、これから改善するだろう。
自分の教育方針は褒めて伸ばすだ。
「罪というものは償うだけで赦されるものではない。赦してもらえてこそ、罪というものは初めて償えるんだ」
「……それなら貸しを作ってるからサクラの方は問題ない」
珍しい。意外にもムツミはサクラと関わっていたようだ。
「因みにどんな貸しを作ったんだ?」
思わず、迷わず聞いてしまった。
何気ない会話の一つだった。
そのはずなのに、俺は聞いて後悔することになる。
「サクラがリンカーネイションできるように術をかけた」
「……は?」
「ヨミの魂と同じ時を生きる。そのための、リンカーネイション。さすがに血が薄れ過ぎると私でも不可能だけど、サクラとヨミの血が混ざっているから成功率は高い」
聞いてもいないのにムツミは淡々と答えた。
つまりだ、サクラはもう一度この世に生まれる。
生を受け、新しい人生を歩む。
俺はもう人間離れした技に溜息すら出なかった。
この際、そんなことはどうでもいい。
もう一つ用事を済まそう。
「カミュの身体を返してくれないか?」
「……ヨミってたまに意地悪なこと言う。卑怯。でも、もうすぐ返すよ」
ムツミは腕の中から離れて飛び立とうとする。その背中に待ったをかけた。
「それはいつだ⁉︎」
「明日かもしれないし明後日かもしれない」
答えたムツミは思い出したように振り向いた。
「そうだ。ヨミの求めている機械、あるよ……私達のところに。壊れているところも、故障しているところもない、保存状態は極めて良好だから多分使える。またね」
去り際に重要な情報を置いて行く。
その所為か追いかけることも出来ず、呆然と立ち尽くした。
ぐっと握り締めた拳と震える身体、喜びが身体中を駆け巡る。
ディーとムツミの居場所の特定には数分とかからなかった。灯台下暗しとはこのことか、ウルトリィが居場所を知っていたのである。ムツミ達はオンカミヤムカイの聖廟奥にいるらしい。翌朝、決行するはずだった全員での潜入を控えて自分はユズハを起こしてトゥスクルを出立した。
何も言わずについてきてくれた彼女がようやく口を開く。
「どこへ向かわれているのですか?」
「カミュのところだ」
淡々とわかりやすいように簡潔に述べて、馬車の荷台ユズハの膝枕でゴロゴロとしながら欠伸をする。なお、手綱を握りはしているが前は見ていない。
「眠そうですね。おやすみになられては?」
「これ扱える奴の一人くらい連れてくりゃよかった」
拒否の代わりに文句。どうやら自分に馬での長旅など到底向いていないらしい。
膝枕は名残惜しかったが、ちょっとした休憩は終了。起き上がって手綱の操作を始める。真面目にしていないと大事故に繋がりかねない。
そんなグダグタとゆるい小さな旅。目的地のオンカミヤムカイの総本山は目の前に。何時間かかったのだろうか既に太陽は山々から顔を出し朝の来訪を告げている。馬車を降りて背筋を伸ばし体をほぐす、ユズハの手を取りゆっくりと降りる彼女を抱き留めた。
「じゃ、あいつらが面倒なこと始める前に終わらせるか」
暴れて機械を壊されてはたまったものじゃない。故の早めの到着だが、今頃はトゥスクルもユズハと自分の不在に気づいて大慌てで後を追ってきているだろう。
二人だけで不安もあるがきっとムツミなら助けてくれると信じて、迷うことなく進んできた。その矢先に自分は大きな壁に道を塞がれることになる。
「……行き止まりじゃないか」
聖廟の奥に進むと壁が張り巡らされて行き止まりとなっていた。
物理的に進めない壁。そういえばウルトリィはここが聖域とされていて封印を施してあると言っていたが、なるほどこれは呪法の類を使えない人間では侵入することすら叶わない。
一か八か、俺はユズハの手を握りながら壁に向かって叫んでみた。
「ムツミ〜、開けてくれー」
敵とか仲間とかへったくれもないお願い。友達の家に来た感覚で声をかけると、突如として壁が発光を始める。驚き罠が作動したかと身構えるとどうやら違ったらしい。素直に壁は開き奥への道が開いた。
これはこれで罠の気がしなくもないがもっと奥に進むと別の扉が。昔、見たような鉄の扉だ。それは研究員だった頃の自分の職場の地上と地下を繋ぐゲートである。マスターキーを掲げると難なくパスを通過して奥へと進む。広間に出たかと思うとその気配に気づいた。
「誰だ?」
一瞬、俺の声に反応して身を寄せてくるユズハを背中に隠す。
暗がりの奥からやがて白い髪のオンカミヤリューの男が出てきた。その背後にはムツミが控えている。
「よく来たな、古き友よ」
フッと笑う優男、なんとなく察するがこいつがディーという奴なのだろう。しかし、俺にこんな知り合いがいた覚えもないがその気配からまるでハクオロと同じことがわかる。
「ウィツアルネミテアが分離したのか……?」
「確かに私は半身だ。あの男と同じ存在であり元は一つであったもの。君の解釈で間違いはない、あの日に私とあいつは分離しこうして合間見えているのだから」
「あぁ、なるほど、合点がいった。つまり、おまえはウィツアルネミテアであり存在で言うならハクオロが白でディーが黒と言ったところか」
「私を悪と捉えるか古き友よ」
それだけ人の命で弄んでいれば致し方ない。ディーは悲しそうなことを言うが全然顔が悲しんでもいない。むしろその瞳は虚無だ。やはり、ハクオロが善の心を宿し、ディーは負の感情を蓄積したウィツアルネミテアということだろう。やることがえぐいし。
「間違いではないな。あの日の怒りを今のように思い出せる」
「だから、おまえは人類の進化の為に犠牲を出すと言うのか?」
「あのような間違いは本来あってはならないのだ。わかるだろう、旧友よ。おまえもまた怒りに我を忘れて暴走した者の一人なのだから」
そうだ。グチャグチャにしたかった。同じ末路を辿らせたかった。自分達がしていることの重さを理解させたかった。それは全て自分のエゴと並々ならぬドス黒い感情によるものだ。
研究員達を殺したのは紛れもない自分、そうだと知っている。
その後にウィツアルネミテアが世界の人間達をスライムのような生き物に変えたことで、過ぎたことだと忘れ去ってきた。自分の殺しを正当化していた。
「なんでこんなゲームのようなことをやっているかわかった。だが、こんなものただのゲームでしかない。人類の進化? 嗤わせる、おまえがやっていることはあいつらと何も変わっていない」
「……私はあの悲劇を起こさない為にッ! そして、君にまで手を汚させてしまったこと、君の身内にまで怨念と憎悪を向けてしまったことを–––」
「確かに後悔した。だが、俺が後悔したのは唯一おまえたちの幸せを守れなかったことだ! 研究員を手にかけたことなど後悔はない、あいつらは死んで当然だと今でも思っている。姉や姪も巻き込まれはしたが恨んではいない。……しかし、おまえは同じ道を辿っているのをまだ気づかないか、人類の進化の為とその度に犠牲を出す姿勢が奴らと同じことを!」
息を飲む音で我に帰る。
ユズハとムツミが普段は見たことのないだろう二人の怒声に縮み上がっていた。
俺はなんでこんなにも熱くなって、ユズハを怯えさせているのだろう。
頭を冷やせ。俺の目的は……ユズハが幸せになれることにある。
「話は後だ。……邪魔はしてくれるなよ」
「勿論だ。……古き友である君の邪魔をすることはしないと誓おう」
ユズハの手を引いてディーの横を通る。
お互いに視線を交わさず、交差する進路。
所在無さげな羽音だけがゆっくりと後をついてきた。
ウィツアルネミテアの独自解釈。
ハクオロが白なら、ディーが黒。
ハクオロが善なら、ディーが悪。
なら、ミコトを殺された時に生まれたのがディーというウィツアルネミテアの存在意識なのでは。
つまり、ハクオロは嫌なことを忘れた。
知識量が足りないから大目に見てくれると助かる。
……色々と言ったがディーが主人公の前ではいい子してる気がするのは仕方ないな、うん。
誰が誰をどう呼んでるのか複雑過ぎて頭パンクしそう。
それと誤字報告ありがとうございました。
とくにアルルゥの口調で一人称間違ったり、アニメ見直して気づいてましたが修正忘れてたり、取り敢えずガチでマジな修正報告を届けてくださった方ありがとうございます。