獣耳天国   作:黒樹

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夢とは醒めるものだ。
良い夢も、悪い夢も、平等に。
そして、誰もが現実の夢を追う–––。


夢の終わり

 

 

–––ドゴオオオォォォン‼︎

 

 

 

大地を揺るがす破砕音が轟いた。私はヨミナ様の言いつけ通りポッドと呼ばれる匣の中、不安に身を震わせて丸くなる。

 

「な、何が起こっているのですか……?」

 

「心配するな。俺が守ってやる。絶対にだ」

 

安心する言葉を掛けてくれるヨミナ様。だけど、今の私が聞きたいのはそんな言葉じゃない。別れを覚悟したような声で言わないでほしい。そんな予感がした、不安だった、きっと彼は遠からず離れて行ってしまうと理解していた。

私の不安を肯定するかのように、彼の姿が薄れてしまう。

今まで見えていた姿が、朧げになる。

見ることのできない目を擦っても光は消えたまま。

不安を煽る言葉が、彼の口から告げられた。

 

「ムツミ、ユズハを頼む……」

 

そして、最後の別れの言葉が彼の口から発せられた。

 

「ユズハ、今までありがとう。幸せに生きろよ」

 

ゆらゆらと幽鬼のように揺れる影。

光が、消えた……。

 

「ま、待ってください。ヨミナ様!」

 

私の必死の叫びは届かないのだろうか。彼は何を差し出したら止まってくれるだろうか。私ではダメなのでしょうか?サクヤ様でもダメなのでしょうか?だったらいったい何を差し出せば……。

ポロポロと瞳から涙が溢れる。液体の中に溶けて消える。

せめて、もう一言だけ言葉を交わしてくれてもいいではないですか。別れの言葉くらい言わせてください。じゃないと、別れるに別れられません。一方的だなんてあんまりじゃないですか……。

 

「お願いします、ここから出してください。ムツミさん」

 

「ダメ。治療が終わるまで出せない。あそこに行こうがどこに行こうがもうヨミの夢の時間は終わり。勝ちも負けもない、最初から決まっていたの」

 

「だとしても、最後がこんなのってあんまりじゃないですか……」

 

「あなたはヨミの思いを無駄にするつもり? あなたの治療が最優先。だから、私はヨミの願いを叶える。あなたのお願いを聞くことはできない」

 

そうだ。その為に彼は尽くしてくれていた。

でも、あなたを失った私はどう生きればいいんですか?

考えたくなかった。

ヨミナ様のいない日常を。ポッカリと空いてしまった穴を。埋めることはできないと知っているから、私は余計に虚しさが込み上げてきて涙が溢れる。

 

そんな私にムツミさんはゆっくりと近づくと、ぴったりとガラスの壁に手を合わせてきた。

 

「大丈夫。あなたは一人じゃない。あなたの命は一人で二つ、二人で一つ、もうすぐ新しい命が生まれてくる。それにガツンと言う時間くらいは残されてるから」

 

「命……」

 

「ヨミの子。あなたの子。昔、私は彼に教わった。女の子の喰い逃げは許すなって」

 

「……そう、ですね」

 

私は液体の中で自分のお腹に触れてみる。

確かに何かがいるような、そんな気がした。

きっと赤ちゃんというのは、今の私みたいな気持ちなのだろう。

この治療用ポッドというのは母親のお腹を模したものなのかもしれない。

なんだか、懐かしい気さえした。

幸福感が私を包んでいる。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「神だろうがなんだろうが知るかよ。干渉するのは間違っている? 見守るべきだ? 確かにそうかもしれないが俺に言わせればその上から目線が腹立つわ!」

 

間に合った–––と、同時にヨミナ様の声が響いた。私はムツミさんに支えられて地上へと戻り、皆さんの隣へと連れて行ってもらった。一番に私を見つけたのはアルちゃんで、次いでお兄様。

 

「ユズっちにカミュちー」

 

「いや、あの……私はムツミなのだけれど」

 

「ユズハ! いきなりいなくなるから心配したぞ」

 

アルちゃんにムツミさん共々抱き着かれて、困ったようなムツミさんの声が隣から聞こえた。たぶん、おそらくお兄様は行き場を失って手をわきわきとしていることだろう。

 

–––せめて、もう一度、彼の顔が見たい。

 

今にも消えそうな蝋燭の灯り。たった一度でいいから、ちゃんと顔を見てお礼を言いたい。またね、と一時の別れくらい言いたい。きっと彼の本体は別にある。そう信じていた。なら、それを探せばいいだけのこと。たとえ、何年かかっても彼を見つけ出す覚悟が私にはあった。

私の決意を感じてくれたのか、アルちゃんに解放されたムツミさんは私のおでこに手を当てる。

 

「あなたの盲目は治ることはないけど、せめて一度だけこれっきりだけど、脳内に直接外の映像を流してあげる。先に言っておくけど、今回だけ特別。やり過ぎると死ぬから」

 

是が非でも、私はそれを拒否することはなかった。ムツミさんの手から力が流れ込んでくるのがわかる。流れ込んでくる度に光が目に色彩を得ていく。目を瞑っているのに変な感じだ。

そして、私は目にした。色鮮やかな世界を。

 

 

 

–––あと、黒い巨人に平伏する白い巨人を。

 

 

 

ヨミナ様の姿は見えない。もしかして、遅かったのだろうか。じゃあ、さっきの声はいったい……。

やっぱり涙が溢れてきてしまって、視界は滲んでしまう。こんな感覚いつ以来だろうか、視界が滲むなんて子供の頃にも経験しただろうか。

嗚咽を漏らして泣き噦る。そんな私に黒い巨人が慌てたように視線を合わせる。

 

『どうしたユズハ、まだ不調か?』

 

「ふぇ……ヨミナ様?」

 

驚いた事に黒い巨人からヨミナ様の優しい声が響く。雑音が混じったその声は、紛れもない彼だった。

 

「ヨミナ様なのですか?」

 

『あぁ。ディーに消えかけの半身半霊を乗っ取られはしたが逆にのっとり返してやったわ』

 

「お強いのですね」

 

『一度も勝てたことのない俺に挑んだのが運の尽きだな』

 

快活に、豪快に笑うヨミナ様が笑う度に地鳴りがする。なんとなく、強がっているのがわかってしまった。それならもう私も諦めてしまおう、顔を見れなかったことは残念だけど、また会えると信じて。

 

「ヨミナ様」

 

『なんだ?』

 

「どうせ守ってくれないと思うので一方的に約束させていただきます。私があなたともう一度出会うことができたのなら、もう一度夫婦になってくれますか?」

 

『一方的に約束すると言っておいて謙虚だなぁ』

 

私は精一杯の言葉で約束を紡いだ。生きることを教えてくれた、生きる道を与えてくれた、恩人であり最愛の人にもう一度出会うために私は生き続ける。だから、どうか。どうか……。

この切ない想いをまだ胸に抱いていていいですか?

なんて、思うのだ。願うのだ。夢くらい見ていてもいいじゃないですか。

 

私の心は例え距離が離れようと変わらない。

言葉を紡ごうとして、また涙が溢れる。

 

『俺は他のけもみみに浮気するかもしれんぞ』

 

「存じてますよ。だから、私を本妻にしたくなるように綺麗になってますから」

 

『それだと他の雄が寄ってきて困るな』

 

「なら、早く帰ってきてくださいね。父親がいないなんて可哀想ですから。子供の顔くらい見るために帰ってきてくれてもいいじゃないですか」

 

『むぅ……』

 

今度は、嬉しくて涙が溢れる。悲しみの涙じゃない。

お兄様が傍で「どういうことだそれは⁉︎」と吠えているけど、蚊帳の外でヨミナ様は白い巨人に向き直った。

 

『神が人と過ごしてはいけないと誰が決めた? 俺は少なくとも、おまえとミコトが俺の大好きだった姉のように幸せになるのを見て微笑ましく思っていたんだ。残される方の悲しみを忘れたわけではないだろう』

 

『痛みいる……すまない』

 

『悪かったと思うなら俺の身体を探せ。大至急』

 

『善処させてもらおう』

 

『記憶が戻ったからって俺を探さないのはナシだぞ。時間稼ぎしたところで説教はまだ終わってないからな。目覚めたら今度はおまえの説教だ』

 

『あぁ。いや、だが、しかし……ヨミナ殿もユズハを置いて行くのだから人のこと言え–––』

 

『好きで消えるわけじゃない。おまえの説教先にしてやろうか? その場合、俺が目覚めるまで延々と続くがな。もちろん、封印の中でだ』

 

白い巨人が全力で平伏した。完全服従状態。何か思うところがあるようにガクガクブルブルと震えている。

 

『ムツミ、ウルトリィ頼む』

 

『ま、待て、もうしない。旧友の肉体は必ず探し出すと誓うから赦せ。というか、そもそもムツミが負けた時点で私に戦う意思などなかったのだ。悪いのは白いのだ!』

 

「お父様、往生際が悪いわ」

 

『どちらにしろ説教させてもらう。両方ともな』

 

示し合わせたようにムツミさんとウルトリィ様が前に出る。断末魔のような悲鳴をあげるディーという男とヨミナ様に最初から知っていたような素振り。

 

「よろしいのですね?」

 

『魂は肉体へと引っ張られる。問題はない。それにもう消えるんだ。また、こいつに暴れられても困るしな。話相手も見つかって一石二鳥だ』

 

「では……」

 

「不本意だけど、約束だから」

 

大封印の儀が始まる。ウルトリィ様とムツミさんの協力した、魔法陣と呼ばれる式を使った封印術。光が満ちて空へと昇る。彼の魂は肉体へと還る。それはこの世界の何処か–––私は絶対に諦めたりなんかしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界は平和になった。戦は終わりを告げる。トゥスクルは今や強き繋がりを持ち、繁栄と小國の代表となってしまった。雑務に追われるハクオロ様は執務室を抜け出す。尻拭いに追われるベナウィ様。お兄様はドリィグラァと旅に出た。カルラ様やトウカ様も物見遊山しながら彼を探してくれるらしい。カミュちゃんとアルちゃんも私の為に尽力してくれている。目が見えず目の届かないところで悪さしている娘達を叱ってくれたり、と。

 

「平和ですね」

 

「そうですね。クーヤ様も姉となられて少し成長してくれたみたいで」

 

ぽかぽかと陽気な縁側で私はサクヤさんと一緒にお茶を飲んでいた。庭では私の子供のクオンと、サクヤさんの産んだヨハネ、とある事情により私達の子となったフミルィルがいる。その三人娘を束ねるクーヤ様が流石は皇女様か引っ張る姿が見られるがどうも上手くいかず引き摺り回されているらしい。お転婆な性格のクオンは誰に似たのかひょっこりいなくなる。ヨハネはもう良い人がいるらしく女の子を磨くのに忙しいらしい。フミルィルはふわふわと二人について行っているだけだ。

 

「そうだ。クオンがもう少し育ったら、旅をしてみようと思うんです」

 

「三年経っても見つかりませんからね、あの人は。そういえば妙なことをヨハネがやってるんです。耳を澄ませてじっと動かなくなる時があって」

 

「シャクコポルにはよくあるんですか?」

 

「ないです」

 

聞けば特異体質だとか。耳の性能が良過ぎる故の行動らしい。ただ、周りの雑音すら耳障りな程だからたまに耳を抑えては蹲っていると。

 

「お母様」

 

噂をすれば、ヨハネがサクヤさんのところへてくてくと歩いてきた。母親が嫉妬する程の綺麗な桜色の髪だとか。

 

「おそといきたい」

 

「ダメよ。あなたのおそとは遠いんだもの。それに疲れたら私がおぶるんでしょ」

 

「城下に行きたいだけじゃないんですか?」

 

「違うの。この前はオンカミヤムカイまで行ったもの」

 

ひょっこり居なくなるクオンより大変かもしれない。実害を被るのはアルちゃんやカミュちゃんだけど、おとなしい割りに手のかかりそうな娘。これでも勉学はまるで最初から知っていたかのように凄まじい。お兄様なら裸足で逃げ出すレベルだ。将来が楽しみでもあり不安でもある。出来の良い子なのですが。

 

「子供といえば、ハクオロ様はどうする気なんだろ」

 

「そのうちエルルゥ様とデキちゃうんじゃないでしょうか。そうでなくとも、昔は血筋関係なく國の代表が代替わりしていたらしいですよ」

 

「一番良いのはハクオロ様の子なんだけどね」

 

まだ駄々を捏ねていたヨハネがむくれて離れていく。

そんな時だった。のっしのっしとムックルが現れたのは。

 

「あ、おかえりアルルゥお姉様、カミュお姉様」

 

わらわらと子供達が群がっていく。白い毛玉に突撃するクオンとは対照的に、やはりカミュちゃんには近づこうとしないヨハネがサクヤさんの元に戻ってくる。子供二人に囲まれながらアルちゃんとカミュちゃんは一人一人に挨拶をする。そのままの体で子供達を引き連れて私達の目の前まで来た。サクヤさんを盾にするヨハネのもぞもぞする音が聞こえる。

 

まぁ、いつものことなので放っておいて私は成果を聞いた。

 

「どうでした?」

 

「匂い一つも見つけられない」

 

「クオォォ〜〜〜ン」

 

首を横に振るアルちゃんと悩ましげに鳴くムックル。

なんとなくわかる。また、ムックルに無茶を言って匂いを辿ろうとしたのだろう。

 

「もう全然ダメ。そもそも大昔の匂いなんて残っているわけもないし、手掛かりの一つでもあると変わるんだけど……お姉様に聞いても、最後はうさぎ?が連れ去ったとしか伝承に遺されてないみたい」

 

うさぎ?なるものは確か『シャクコポル族』だとか。暇さえあれば昔話に耳を傾けていたことが功を奏したようで、件の出身のサクヤさんに視線を向けてみる。

 

「だそうですが」

 

「そう言われても、故郷は灼かれてしまいましたし、ヨミナ様の大切だったシャクコポルの誰かさんももう既に故人ですし」

 

八方塞がり。本当にこれで終わりなのだろうか。何処かに何か遺されてはいないのだろうか。ヨミナ様の遺したもの……。

そういえば、最近一つ一つなくなっている気がする。その度にヨハネが何かしらサクヤさんに取り上げられていて、ヨミナ様の遺した物は私の部屋にしまって……。

どうしてあそこまで欲しがるのだろう。怒られても何度も諦めず、似たものを渡しても必ずヨミナ様の物を欲しがる。大きくなったらクオンとヨハネに分けようと思っていたけど、妙に固執している。

 

「ねぇ、ヨハネちゃん。どうしてあの部屋にあるものを欲しがるのですか?」

 

目線を合わせて尋ねるとまじまじと私の顔を見る。

最初、会った時から思っていたけど、まるで普通の子供とは呼べない雰囲気。

澄んだ瞳で見つめられた気がした。

子供らしくないとは、私だけの談。

そうであることが当然のように彼女は答えた。

 

 

 

「–––ヨミナの持っていた物の価値を何一つわかってないから」

 

 

 

自分ならわかる、と。彼女は物語る。

 

 

 




ハクオロ早めの救済。やっちまった気がするが後悔はしてない。
補足。やるべきことを終えてしまった彼は消える運命にあった。未練を残した幽霊などがこれに該当する。つまりそういうありきたりな理由で消えました。
第1章–––完。
閑話。挟んで第2章に移行します。
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