エースの体が宙を舞い、そのまま重力に従ってドサっと落下する。背中を強打し肺が圧迫され苦悶の声を漏らす。
戦う意思はあれど、体が言う事を聞かない。仰向けに倒れた状態から立ち上がれない。
勝敗は決した。シルヴィアの127勝目である。
「ぐっ…くそ…!」
「これまでかな。エース強くなったね。」
「待て!俺はまだやれる!何を…勝手に決めてやがる…!」
エースが必死に起き上がろうとするも出来ない。身を起こすこともままならない。
「エース、私が終わらせようと思ったら簡単なんだよ?それをしなかったのは実力を測るため、私がこれまでと言ったら終わりなんだよ」
「…テメェ本気じゃなかったのかよ!」
「うん、だって私は海軍中将。おじいちゃんと肩を並べる海兵だよ?本気出したらエース死んじゃうし」
「はぁ!?ジジィと一緖…?!」
「そうだよ。だからね、その程度で海に出たところで、運悪く私の目の前に現れた瞬間に海賊人生が終わりなんだよ。」
私は暗に海賊なんぞやめておけと忠告する。それに対してエースは眉をひそめた。
「…ジジィに頼まれたな?」
図星。ま、バレたところで困るわけでもないし。
「まぁ、そりゃねぇ。私が説得なんて面倒くさい事を自主的にする訳ないでしょ」
「だろうな」
エースの迷いのない返答。それはそれでちょっとムカッとした。私が無気力人間か何かと勘違いしてるんじゃないか?なんか気に入らない。
「でも、さっき言った事は本当だよ?相当運が良くなければ捕まるか“死ぬ”。私はエース達にそうなって欲しくない。海兵にならなくてもいい、でも海賊になるのはやめーー」
エースがダンっと地面を殴りつけた。私を捉えるエースの目は闘争心ではなく怒りで燃えていた。
私は堪らず口を閉ざした。
「…うるせぇ!俺は死なねぇ!俺は、俺たちは誰に何を言われようが海に出る!絶対に…“くい”のないように生きるんだよ!」
何がエースの琴線に触れたのかは分からない。ただ、私は急変したエースが酷く不安定な様子に見えた。
「…エース、なにかあったの?」
エースを心配しての一言だった、しかしそれは火に油を注ぐようなものだった。
エースは痛む体を無理矢理起こして私の襟首を掴んだ。怒りの色は更に増している。
「お前…!何も知らないくせに!」
“何も知らないくせに”その言葉は私の心を大きく揺さぶった。ここへ来る前に貰ったマキノの言葉、エースの怒り。
私の知らないところで、弟達に何かが起こっていたのだ。
何があったのか聞き出さなければならない。だが、酷く喉が渇いて上手く言葉が出せない。
いや、私の本心が聞きたくないと拒否しているのかもしれない。聞いてはいけない、知ってはいけない。私の防衛本能がそう訴えかけている。
「エース!」
ルフィの悲痛な声でハッと我に返る。それはエースも同じだったようでエースは私の襟首をパッと離して私の横を通り過ぎて行った。
「……悪りぃ、頭冷やしてくる」
「待って!エースどこにーー」
今にも壊れそうな雰囲気で森の奥へと消えるエースを追いかけようとした瞬間、服の裾を掴まれる。
「姉ちゃん、エースは大丈夫だ。それより、話があるんだ。」
普段からは想像出来ないような真剣な表情のルフィ。よく見ると目尻に涙を浮かべている。
「…うん、聞かせて。あなた達に何があったのか」
未だに心はやめろと訴えかけている。だが、私は知らなくてはならない、彼らの、弟達の姉として。
▽
ルフィの慟哭が森の中に響いた。ルフィは嗚咽を漏らしながらも何があったのか、それからどう決意したのか語ってくれた。
私はそれを他人事のように相槌を打って聞いていた。
「…そっか、サボが…」
サボの死。ルフィの口から放たれた話は酷く現実味がなく感じられた。エースと同じクソガキで変に礼儀正しくて、いつも試合と称してエースと一緒に突っかかってきた。その都度軽くあしらっては“どうやったらそんな強くなれるんだ!?”と助言を求めてきたり。
エースはまだシルヴィアなんて呼び捨てするけど、サボは私の事を姉ちゃんと呼んでくれていた。最初はエースの姉貴なんて他人行儀だったけど、いつからか自然と姉ちゃんと呼んでくれていた。
そんな可愛い弟が、死んだ。
「…ひっぐ…姉ちゃん。」
「なぁに?」
「俺たちは…ひっぐ、海に出るって約束したんだ…」
「うん。」
「だから…姉ちゃんが止めても俺たちは海賊になる…!」
「どうしても?」
「なる!!」
「…そっか。なら私は海に出て好き勝手してる弟達を見つけたらとっ捕まえなくちゃいけないね。」
「姉ちゃん…!へへっ、捕まらねーよーだ!」
「お?なんなら今捕まえてあげよう…」
にししと笑って胸を張っているルフィの首根っこを掴んで持ち上げる。空中で激しく手足をばたつかせるが私からは逃げられない。
「うわー!!?離せーー!!」
暫くは悪魔の実の力で腕を伸ばしたりして暴れていたけど遂に力尽きて手足をプラーンとぶら下げた。
私はルフィの顔を覗きこんで彼らの姉としてお願いする。
「…ルフィ、今は弱くていい。でもいつかは私に捕まらないように強くなって」
「言われなくても!!」
「なら良かった、これで私も気兼ねなく海兵を全う出来るからね」
「俺は海賊王になる!!」
「なら私は海軍大将。」
「にししっ」
「あはははっ」
2人で笑いあった、互いに涙の跡は渇いていなかったし、目が充血して目を腫らしていた、それでも2人は笑いあった。
▽
海が展望出来る崖の上にエースは居た。ただ何もすることなく水平線を眺めて立ち尽くしていた。
「エース、やっと見つけた」
「…何か用かよ」
「ルフィに話は聞いたよ」
「だから何だよ」
「エースは、どうするの?」
「さっきも言った。“くい”のないように生きる」
「…そっか。」
「……サボからお前に伝言がある」
「なんて?」
「“海軍に行って会う機会は少なくなったけど、今でも俺は、シルヴィアの事も大事な兄弟だと思ってる。もし海の上で会ったらお手柔らかに頼む”だってさ」
「…」
「シルヴィア、俺たちはお前を敵に回してでも海に出る。俺はお前より弱い。だけど俺は誰よりも自由に生きるために、今以上に力をつける。お前なんかに捕まってやるか!」
「生意気」
「なんだとォ!?」
「ルフィにも言ったけど、エース達が凄い海賊になるって言うんなら、私は海軍大将。私に出くわしたら素直に諦めるといい」
「やなこった!返り討ちにしてやるから覚悟しとけ!」
「ふ、実は秘密にしていたが私はあと二段階変身を残している…」
「どこの化け物だテメェは!!」
「姉に向かってテメェだのお前だの…もう一度
「上等だオラァ!!」
結果は言うまでもないがシルヴィアの128勝目となる。
これは彼女の海兵としての姿勢、掲げる正義に大きく影響を与える事になる。
サボの死(生きてるけど)を知らなかったのは任務で忙しかったからです。