ゴーグルの向こう側に映っていたのは、黒々とした噴煙でした。マグマが煮えたぎる火口からもくもくと噴き上げて、陽の光を遮断して辺りは薄暗いです。
鼻腔をくすぐる懐かしい硫黄の匂いを感じますが、なぜか違和感がありました。なぜ火口付近で横になっているのか、説明がつかないのが原因でしょうか。
自分には使命があったはずですのでこんなところで油を売っている暇はないのですが、使命とは何か…なぜか思い出せないのです。疲労した身体を起き上がらせることもできず、横になってただマグマを見つめます。
「……なんだろうな」
大きなクレーター状の火口の外壁に、漆黒の鉱物が見えました。他とは違う硬度のなさそうな石。研磨剤としては使えなさそうなので無視してした石です。
じーっとその石を見つめていると、火口自体が蠢動しました。噴火か、と思いつつ火砕流に巻き込まれてはいけないと腰を上げます。
その衝撃のせいなのか、漆黒の鉱物は外壁から崩れ落ちてマグマに飛び込みました。たちまち巨大な火柱を上げて薄暗い曇天に光を放ちます。
「……あれ、あんなに燃えるのか」
自分の熱なら鉄だって燃やせますが、あんなに勢いよく燃える鉱物があったのは知りませんでした。岩のような外殻をもつあいつが食べていたのもそういう理由か、となぜか納得しました。
尚も上がり続ける火柱を眺めて、らしくもなく感慨にふけっていました。世の中わからないことだらけだと、自分の無知を鼻で笑ってしまいます。
…しかし、いつまで経っても消えない火柱に疑問もわいてきます。灰になれば火は消えるだけ、その道理は知っているので、おかしいなとマグマの表面を観察します。
「なんだろうか…何かあるのか」
“何かとはなんじゃ、何かとは”
火柱が一層大きく火口を貫いて、熱波を彼女に浴びせました。普通の生き物ならのたうち回るほどの熱さですが、なぜだかけだるさを解き放ってくれるような優しさを感じます。
火柱に一つ影が現れて、羽ばたくように宙を滑って彼女に姿を見せました。
「…フレンズ、か」
「いかにも。というか、少しは驚いたらどうなんじゃ」
「別に驚くほどのことでもない。逆に火に囲まれて安心感がある」
火柱のフレンズの姿を彼女は目に焼き付けました。自分と同じく炎を纏う強者というのなら、最悪の場合戦わなければならない…いつでも剣を引き抜けるように腕を上げて構えます。
彼女よりも鮮やかな真紅の衣装と、鳥のフレンズのように頭から広がる美しい翼。幾重にも分かれた尾羽は紅の極彩色で飾られ、芸術的美に疎い彼女も息を飲む美しさです。
「…そなたは思ったより冷静なのじゃな。我の輝きを引き継ぐ者なのに感心した」
「…何を言っている」
「やはり我の輝きだけじゃなく、かの者の成分も含んでおるのか。冷徹なまでに鋭い切っ先、我とは違うものよのう」
「…質問に答えてくれ。あなたは私の何を知っている」
上空から彼女の青い剣や甲殻をまじまじと眺める火柱のフレンズ。話が噛み合わないことに少し苛立ち始めた彼女は剣の柄に手が伸びます。
「はやるでない、我が眷族。そなたと仕合うために会ったわけではないのじゃ」
「………………」
「…よく聞け、我が眷族。そなたに危機を知らせに来たのじゃ」
「…危機?」
彼女は構えを解きません。ゴーグルの奥から火柱のフレンズを見上げて、怪しい動きをしないか探っているのです。
知ってか知らずか、真紅のフレンズは言葉を続けます。
「我ら四神の輝きを集めて使おうとする者が現れたのじゃ」
「……四神?」
「パークを守護する四柱の神器。我はその南門を担う器じゃ」
「…眷族と言ったが、私のことなのか」
「左様。そなたは何者かが我の輝きとサンドスターで再現した新たな存在。ゆえに、火の力を自在に振るうことができよう」
「元々私は炎で自らを鍛える種族だ。誰かに与えられたものではない」
「では、そなたのその記憶自体が作り物であるとしたらば。そなたの存在自体が虚構であるとしたらば。…それを偽と証明できようか?」
「!!!」
他のフレンズならば証明できたかもしれませんが、彼女の場合は不可能です。記録を残せるヒトが記したものならば、フレンズになる前の自分を証明できますが…彼女は記録にない存在、起源の仮説すら立てられない未知の存在です。誰かに恣意的に生み出されたと言われても、それを否定する材料がないのです。
考えないようにしていた最悪の予想を突き付けられて、汗をかかない彼女の頬に冷や汗が流れてます。
「…ディノバルド。かの者は我の輝きを持つ新たな存在をそう呼んでおった。ヒトによって生み出されし火の輝きを刃に宿す竜…そなたの真の名よ」
「………………」
ディノバルド。彼女が一番知りたかった彼女の本当の名前。
それは自身の実在を否定する名前。元の生き物など存在しなくて、全てが作り物の存在。
彼女が仲間だと思っていたフレンズたちとは、全く別の存在なのです。
「……ディノ、バルド」
「そうじゃ。ディノバルド、我が眷族の一人」
「……違う」
焦土に降り注いだ転生の炎は、大地を生き返させたりしませんでした。獄炎がなおも地表を焼き払い、全てを滅して終わらせます。
そこにただひとつ立つのは、青い鋼鉄。不浄の土を焼き清め、新たな生命を育むもの。
そこに自ら刻んだ碑文は決して消えることはありません。彼女が生きる限り、獄炎を灯りに意思を伝え続けるのです。
「……博士と助手がくれた名前が、私にはある。仲間を救うという使命が、私にはある。ヒトの心を知りたいと願う想いが、私にはある」
「ほう」
「私が何者であるかなどどうでもいい。私には…“星の終わり”という名前があるんだ…!」
彼女の昂りに呼応するように、陽炎が空間が揺らめかせました。真紅のフレンズに負けず劣らずの熱。視界がどんどん歪んでいくようです。
「…それでよい。そなたはそなた。我の輝きを持つとはいえ、魂までは誰も支配できん」
「ああ、わかったよ。悩みが焼ききれたようでスカッとした」
「それは良かった。これで、我も安心して休めるというものじゃ」
「…?」
「そなたならば、我のかわりにパークを守り豊穣をもたらす者となるであろう」
「そんな大ぞれたことを任されても困る」
「いいのじゃ。そなたはそのままで。それが我の意思でもあり、そなたの行く末なのじゃ」
「…私の選択が、あなたの選択なのだな?」
「そうとも。そなたがやりたいように何かをするのであれば、我は満足じゃ。…我が子として、いつも見ておるからな」
空間はどんどん歪みを強めて、現実感が薄れてきます。はっきりと見据える真紅のフレンズの声しか聞こえません。
初めて笑った真紅のフレンズは、彼女の前に降り立ってゴーグルの奥を覗き見ました。
「…これは助言じゃ。聞くも聞かぬもそなた次第」
「………………」
「そなたと同じく四神の輝きをもつフレンズが他に三人おる。電の飛竜、泡の海竜、雪の巨獣…かの者らを護るのじゃ。決して別の世界の神に手渡してはならん」
「…それはどういう」
「でなければ…パークの均衡は崩壊してしまうぞ」
真紅のフレンズが彼女の手を握ると、激しく爆ぜました。それと同時に視界の歪みがより一層広がって、暗黒に覆われていきます。
「…そなたの行く末、楽しみにしておるからな」
「待ってくれ、まだ聞きたいことが」
「スザクじゃ。今教えられることはそれだけ」
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「おい、ノヴァ!いい加減目を醒ませよっ!」
「ダメなのだっ…!まだアライさんはありがとうって伝えきれてないのだ…!」
「お前とならパークに遺された秘密を暴けそうなんだ…!こんなところで寝てる場合じゃないだろ…!」
聞きなれた声が聞こえてきました。珍しく取り乱したキングコブラと、今にも泣きそうな声のアライさん、そして面白そうな提案をしてくれるツチノコです。
そんなに大げさに騒ぐほどかとノヴァは身体を起こそうとしますが、背中と脇腹に激痛が走りました。思わず声が出てしまいます。
「ぐっ…」
「まだ起き上がってはいけないのです。普通なら命を落としてもおかしくない傷を負っているのです」
「……助手…?」
光を正しく捉え始めたノヴァの瞳には、助手の姿が映りました。その隣の三人とはうって変わって無表情で彼女の額を押さえつけます。
「はい、ミミちゃん助手なのですよ。ハンターたちから事情は聞いたのです」
「協力者がこのじゃんぐるちほーに集まってきてるのだ。ミミちゃん助手の他にもいろんな場所のフレンズが来ているのだ」
「例の双頭のやつも別の連中が見張ってる。私たちはやつを倒す作戦を考えているところだ」
三人の背後にはうっそうと高木が立ち並び、茂った緑や極彩色の植物が視界を覆います。ノヴァが横たわっていた場所は木材の屋根がありますが、外では激しいスコールが不規則なリズムを刻んでいます。
「……そうか、私は…。…すまない、迷惑をかけたな」
「全くなのです。最もセルリアンに有効打を与えられそうなお前がそんなんでは、作戦など立てられないのです」
「まあまあ、ノヴァさんが無事だっただけでも本当によかったのだ」
「一時はどうなるかと思ったぞ」
「…今はしっかり休んでおけよ。…私たちが何とかするからな」
「……そうはいかない。…奴の狙いは私と…泡の海竜だ」
四人に順々に視線を合わせながら、ノヴァはわかったことを伝えます。夢の中の話かもしれませんが、事実としてつじつまが合います。しつこく泡のフレンズを付け狙ったり、自分を捕らえようとしたり。
他の四人の反応は微妙なものでしたが。
「…仮にそうだとしても、お前は寝ていろ。お前が無理をしたら、それこそあいつの思うつぼだろう」
「その通りなのです。…ですが、お前を付け狙う理由は何なのです?わかれば何らかの対策が打てるのです」
「…あいつは、四神の輝きをもつフレンズを探しているらしい」
「!!!」
「四神だと!?お前、何言って…!」
そのワードに助手は瞳を小さくして驚きました。同時に思考があらぬ方向に回転していったようで、口に手を当ててうなります。
ツチノコはかなり興奮気味でノヴァのすぐそばまで詰めよりますが、相手がケガ人と思い出して自重しました。
「ノヴァ、それをどこで知ったんだ?」
「直接会いにきたんだ、その一人がな」
「…光炎の輝き…つまりはスザクが、ですか?」
「そうだ。私の意識の中に入ってきて、助言をくれた」
「意識の中…?夢の中でなのか?」
「そうだとよかったんだがな。他にも電の飛竜や泡の海竜がその輝きを持つって聞いて、信じざるを得なくなった」
キングコブラとアライさんは首をかしげたままです。四神という言葉も今初めて聞きましたので、理解は追い付きません。
ツチノコや助手は更に話を聞き出そうとノヴァに詰めよります。
「探して、どうするんだ?」
「…セルリアンは輝きを奪うのだろう?つまり己のものとするんじゃないのか」
「…それはとんでもなく不味いことなのです。あの力が碑から失われて久しいですが…」
「助手、ツチノコ、教えてくれ。四神とは一体何なんだ。それを奪われると何が起こるんだ」
「……簡単に言えば、パークにセルリアンが溢れ返るのです」
ノヴァは特に驚いた表情は見せませんでしたが、忌々しそうに舌打ちしてまぶたを閉じます。
他の二人は助手とツチノコを挟むように押し掛けて質問攻めにします。
「ど、どういうことなのだ!セルリアンが溢れ返るって!」
「やまのサンドスターを押し込める蓋が壊れて、セルリアンを成長させるものがパーク中に降り注ぐんだ」
「今はどうなってるんだ!?ノヴァがその一つを持っているんなら…!」
「確かめたところ、北門の力のみで何とか押し留められている状態なのです。ゆえに蓋が完全ではなく、最近セルリアンが自然消滅せず増えているのもそのせいなのです」
相変わらず淡々と答える助手と、つまらなさそうに言い放つツチノコ。想定以上の危機と感じた二人との温度差は大きいです。
「その双頭のセルリアンとて例外ではないでしょう。サンドスターロウの供給を止めない限り、再生を繰り返すのです。…つまり、また蓋で塞がれないように、四神の力を手中に納めておきたいのでしょう」
「蓋でふさげばあのセルリアンを倒すチャンスがあるということなのか?」
「チャンスは、あるな。実際に倒せるかは別問題だがな…」
「倒すさ。弱体化すればノヴァがぶつ切りにしてくれる」
「…仮にノヴァが四神の輝きをもつとして、それを四神の像に返したとしましょう。そうすれば、炎の力を失って生命を維持できなくなるのです」
「……え」
何とも情けない声をあげるキングコブラ。やっと見えてきた勝機は、かけがえのない仲間の命と引き換えだったのです。先ほどまでの意気は尻込みして、彼女の足を止めてしまいました。
「…あくまで推測にすぎませんが。私だって、ノヴァを犠牲にしたくはないのですよ」
「……まあ、他に方法がないなら。…私はそれに賭けてみようと思う」
「!!何を言っているのだ!!」
「ふざけるなよ!そんなこと私は許さないからな!」
「お前だってフレンズの一人だ…!この奇跡を無下にしてたまるかよ…!」
「落ち着け。まだ手札が尽きたわけじゃないだろう。困難な状況でも、知恵と勇気で覆す…それがヒトだろう?」
当の本人は妙に落ち着き払っていました。自身が犠牲になることも選択肢の一つでしかないと言って、別の肢を探そうと思考の海へ繰り出しています。
「お前自身のことなのですよ?少しは慎重に考えて」
「行き着く結論なんて決まってる。あらゆる手段を試して、それでダメなら最後の手段だ。迷っている時間で手札が失われていくのなら、即決断するべきだろう」
「…それを無機質というべきなのか野性的というべきなのかは置いておくのです。ノヴァがどうしたいのかはわかりましたので」
「おい、助手っ…」
「止めろよ!あいつ、本気でやる気だぞ…!?」
「ダメなのだっ!自分から犠牲になるなんて許されないのだ!」
「誰が進んで犠牲になるものか。そうならないように手を打つんだ。…協力してくれ」
横になっていたノヴァは上体を起こして、四人の眼を見渡しました。青く燃え上がる瞳の視線には、絶対の自信が見て取れます。必ず双頭のセルリアンに借りを返すと。
有無を言わせぬ強い視線がツチノコとアライさん、そしてキングコブラの言葉を詰まらせてしまいました。どうにもならなければ、ノヴァは自分を生け贄としてセルリアンを止める…協力することを認めてしまうとそれも含めて肯定することになってしまうのです。
「…わかったのです。私はノヴァに従うのです」
「……………………ちっ」
「…途中までは協力してやるよ。けど、輝きを返すのは意地でも止めてやるからな…!」
「……わかったのだ。…アライさんが絶対にあのセルリアンをぶっとばすのだ!そうすればノヴァさんは…」
「…ふ、頼りにしてるよアライサン」
いつもの表情で不安を圧し殺したのは助手とアライさん。そうしなければノヴァの足手まといになってしまうと察知したのでしょうか。
一方、キングコブラは苛立ちを隠せませんでした。尻尾の先が目に見えないほど振れて、恐怖心をあおる音を鳴らしてします。その感情は自分のものだと気づいているのでしょうか。
ツチノコの決断はもう決まっていたようです。ノヴァが生きる選択なら喜んで協力するし、犠牲になる選択なら全力で止めてやると。神妙な表情がツチノコも本気だと伝えます