「…助手、全然痛みがなくなったのだが」
「ええ、一時的なものですが。ライの手術の時に使った麻酔薬をさらに希釈して、痛み止めとして使ったのです」
「ミミちゃん助手、そんなものまで…」
キングコブラの治療が終わって、息をついた三人。傷口をきれいにして消毒するくらいしかできませんが、彼女たちにはそれで十分なのかもしれません。あとは、自己再生力に委ねるしかないのですから。
授かった能力を再認識する機会にはなりましたが、その上で助手は知識をさらに深めて応用し始めているのです。ライの手術の後も、ノヴァやライに負けじと様々な勉強をしていました。鎮痛剤としての利用も助手の努力の賜物なのです。
「…あとはサンドスターの補給なのです。ちょうどラッキービーストが持ってきたので食べてるのです」
「…といいつつ最初に口をつけるのはお前らしいな、助手」
「まあまあコブラさん。ミミちゃん助手だって、結構飛び回ってたんですよ?お腹も減ってしまいますよ」
「…ああ、ノヴァの料理が恋しいのです。火を克服しなければ、ノヴァの域にはたどり着けないのです…」
一口かじって、はぁ…とため息をついた助手。知識を身につけても、実際に弱点を克服できるかと言われれば、そうではないものです。
ノヴァの作った甘味を思って同じくやってみても、火への恐怖はそう簡単に拭えるものではありません。それを越えなければ料理を作るなど絵に描いた餅なのです。
「火、ですか。ノヴァさんって、ああ見えて器用なんですね」
「職人気質、なのです。人付き合いは不器用なくせに、自分の作るものは妥協を許さない…まあ、多少丸くなったとは思うのですが」
「まあ、誰のおかげなんでしょうか」
「…なぜ私を見る?」
いきさつを助手から聞かされているクジャクは、からかうような笑顔でキングコブラの瞳を覗きます。事実とはいえ、そうやって誉められるのは得意ではないことをクジャクは知っているのです。案の定キングコブラは嫌そうな顔をしています。
「いえ、お手柄なのですよ、キングコブラ。ノヴァの指導役を頼んで正解だったのです」
「いやいや。あいつは自分で学んで、自分で考えて、自分で動いていたんだ。私が何かしなくてもノヴァは…」
「そんなことはないと思いますよ。コブラさんが心で寄り添ったから、ノヴァさんの心を育てられたんです」
「やめてくれよ、私があいつを変えたなんて…」
クジャクはずっと笑顔のままです。夢中になりがちなキングコブラを制するのか役目だと思っていますが、その代わりに弱々しくなった彼女を見て役得な目を見るくらいいいですよねと思っている節があります。
対して助手は怪訝な顔をしました。キングコブラがノヴァを見る眼は、何か違うと感じているのです。
「…ノヴァはそれほどできたフレンズではないのですよ。卓越した知能と技術と身体を持つ代わりに、心はまだまだ未熟な子供なのです。…お前からは、妄信的な崇拝を感じるのです」
「助手、それは聞き捨てならないな。あいつはもう私たちとなんら変わりないくらいに大人だ。それに…仮に子供だったとしても、私はついていく。求道者に大人も子供もない」
「まあまあ、ケンカはだめですよ二人とも。とにかくコブラさんは休んで、ミミちゃん助手は現場に合流してください。あとは私が看ますから」
不穏な空気を感じとってクジャクは横槍を入れました。仮にもパークの危機の真っ只中なのでケンカしている場合ではないと二人もわかっているはずなのですが…。
「…では、私はノヴァと合流するのです。キングコブラは大人しくクジャクに看られてろなのです」
「そうだな。ノヴァがしくじるはずないからな。養生してるさ」
助手は振り返らずに詰所を飛び立っていきました。
「…もう、コブラさんってば」
「……治療のお礼、言いそびれたな」
「それは完治したあとでいいと思いますよ。さあ、寝てください寝てください」
「ああ。…雨、上がるといいな」
_____________
ズッ ギィッ ジュゥ
強く打ち付ける雨音に混じって、不快な接触音が渓谷の中道に響き渡ります。
先陣を切ったフォッサは、山肌を蹴ったりセルリアンを踏み台に飛び回りながら赤熱した短剣で首に傷をつけていきます。効果は十分で、外殼を破って身に突き立てる度に煙を上げて焼いていきました。
崖の中道はセルリアンにとっては少し狭いようで、動きは直線的なものになります。その単調な攻撃では、身軽なフォッサを捉えることはできません。
「へへ、私も強いでしょ?だって強くなろうとしてるからね!」
「やるねーフォッサ。これは私もいいところ見せないと」
彼女と対をなす動きをするのはジャガー。飛び回るのはフォッサと変わりませんが、落下する速度を利用して拳を打ち下ろしたり時には首に貼り付いて外殼を打ち砕きます。ナックルダスターの効果も大きく、彼女の打撃はセルリアンをよろめかせたりしているようです。
「二人とも、時間です!後退してください!」
「うん、わかったよ。あとお願いねキンシコウ」
「次の場所で待ってるね!」
進行方向からやってきたキンシコウから号令がかかり、二人の軽業師は攻撃をやめて後退します。
「さて、ひとつやるかね」
「はい、アクシスジカさん!そのまま相手の注意を引くようにお願いします!あと、武器は地面を擦って熱を持たせると効果的です!」
「ノヴァの教えの通りだね。安全第一で、行こうじゃん」
キンシコウの影から現れるように彼女の隣に立つアクシスジカ。両手の手槍は既に降り注ぐ雨粒を焼いています。
「ほーら、うっとうしくなってきただろう?」
両手の槍の柄をくるくると回しながら左右にステップを踏みます。熱を帯びた刃が同周円を描いて、岩肌と曇天の灰色に暖色を加えました。
動きを止めてアクシスジカを叩こうと、セルリアンは首を彼女の動きに合わせています。そのまま攻撃しても彼女を捉えられないのを知っているのか、セルリアンは同じ動きを繰り返すばかりです。
「私もいきますよ!」
「うん、任せたよ」
アクシスジカの動きに合わせて、キンシコウが崖を蹴ってセルリアンの上を取りました。一つの首を迎撃しようとぶんぶん振り回していますが、彼女は無視して本体の方へ飛び込みます。
「今ですよ!」
「はいなー」
意識がキンシコウに向いたところで、アクシスジカが前に駆け出します。一手目に強烈な突きを首の根元に打ち込み、刺さった槍を踏み台にしてもたげた頭をもう片方でかち上げました。ジャガーが強打して半分砕けた顎を完全に叩き割って、弾力の強い肉まで刺突します。
同じ箇所への執拗な熱攻撃は耐えられぬ一撃になったようで、頭骨も顎もなくなった頭は力なく崖の下へと倒れ始めます。
「おっと、いけない。一つ取り損ねた」
「もう十分です!しばらく動けないと思いますから一度下がってください!」
「ダメだよ、ノヴァからもらった大切な武器なんだ」
本体に棍を突き立てて、そのしなりを利用してまた上空へと繰り出すキンシコウ。鳥のフレンズでもないのに天地を駆け回る技こそ、彼女がハンターとしてセルリアンを制圧してきた力なのです。
アクシスジカのフォローに回るように、もう片方の首との間に降りて攻撃を受け止めます。
「ううぅっ!なんてバカぢから…!」
「よし、私も援護するよ」
棒の中央でセルリアンの牙を抑えましたが、野生解放の力無しでは簡単に崖の底に突き落とされてしまうほどの怪力です。ノヴァがこれを食らってまだ戦闘していたと思い起こして、どっちも怪物なんだと思ってしまいます。
動かなくなった首から手槍を引き抜いたアクシスジカも援護に入りました。それでも、押し返すどころか持ちこたえることも難しそうです。
「キンシコウ、せーので退くよ。らちがあかない」
「はい…!」
「うおぉぉぉ!!ノヴァさんのかたきを取るのだぁぁ!!」
「えっ、アライグマさん!?」
その声は上から聞こえました。崖の上からです。
崖を滑り降りてきたのは、ノヴァと一緒に旅をしていたというアライさん。勇ましい声と共にセルリアンの頭へ飛び掛かります。
「これがノヴァさんとっ、アライさんの一撃なのだぁ!!」
アライさんの手には木と鉄で組まれた不思議な道具。ここにいるフレンズには、これが何か知っているものはいません。
アライさんはノヴァからの説明通りに尖った先を頭骨に打ち付け、握り手にある引き金を力いっぱい絞ります。
ドンッッ
「うおっ!」
「きゃっ!」
「おあっ!」
アクシスジカにとっては初めての、アライさんとキンシコウには聞き覚えのある破裂音が豪雨鳴る渓谷に響きました。それと同時にアライさんの持っていた道具は木片を弾き飛ばして、さらに青い液体をばらまきます。
「こっ…これでどうなのだ…!」
鉄のパーツはセルリアンの脳天を串刺しにするどころか、頭ごと吹き飛ばしたようでした。役目を終えた鉄の杭はカランカランと音を立てて地面に落ちます。
破裂した青い液体と木片まみれになった三人は、後ろへ飛び退いて動かなくなったセルリアンを観察しました。
「やった…のか?」
「すごいですね…その武器は…?」
「ノヴァさんの“ひみつへいき”なのだ。一回使ったら壊れるけど、一回でセルリアンを倒せるのだ」
「…油断はしない方がいい。何かおかしいよ、このセルリアン」
「ええ。普通なら、四角の箱型になってバラバラになりますから」
その後は、ザアザアと雨の音が鳴るばかりでした。セルリアンも三人も動こうとしません。お互いの発する気を読み合っているとでも言うのでしょうか。
「…なあ、こいつのいしはどこなのだ?」
「ツチノコさんやキングコブラさんも弱点は発見できてもいしは見つからなかったって言ってましたし…」
「…今のうちに探しておくべきかな?」
「…いえ、私たちの役目はあくまで誘導です。無理して倒す必要はないです。…この程度で倒せるならノヴァさんが倒してしまっているはずですし」
…しかし、動かなかったのはミスでした。
崖の下へと垂れた首がどのような動きをしたかを見なかったのが失策なのです。
「…?出てきた青い水、こんなに多かったか?」
「いえ、首から流れ出ていませんし…え?」
「はっ!!みんなよけるのだっ!!」
アライさんだけは経験と直感で気付いたようです。セルリアンの頭が地面に埋まっていたとこ、青い液体を吹き出せること、ノヴァでさえ驚くほど賢いこと。それが合わさると、地面の下から攻撃してくるなんて訳もないのです。
アライさんが山側へ飛び出した時には、間欠泉のごとく噴き出す青い粘液が他の二人を打ち上げていました。
「うわぁっ!」
「きゃぁっ!」
「二人とも、大丈夫か!?…なぁあっ!?」
二人の方へ振り向いたアライさんも、頭のない首で殴打されて山肌へ叩きつけられます。
「いっ…いったい、なんなのだ…?」
頑丈なノヴァを負傷させるほどの威力なのです。小型のフレンズのアライさんが食らえば一撃で戦闘不能となってしまいます。
かすむ視界に捉えたセルリアンの姿は、海を知らないアライさんにとっては身の毛もよだつ化け物でした。
「…な…なんなの、だ…?あれ、は…!?」
_____________
「…!!」
「えっ…?」
「??どうしたの二人とも?」
負傷者のノヴァがいた横穴には、自由に動けないライと二人の介助を申し出たハシビロコウがいました。
突然二人が瞳を小さくして驚いた表情をしたのを見て、ハシビロコウは疑問符を並べています。ライとノヴァはお互いの顔を合わせて、言葉を交わしました。
「今のって…」
「ああ、感じ取れた…」
「…何を?」
「腹ペコのあいつと同じ力…だよな…?」
「ええ…“龍”の力、よね?」
傍若無人なライや冷静で剛胆なノヴァが焦って怯えるような表情をしています。それを見たハシビロコウにも不安な空気が伝わって、心配そうな表情をします。
「……行かなければ」
「ちょっ、ノヴァ!あんたケガしてるんでしょ!?武器作ってる時だって苦しそうにしてたって…!」
「だめだよノヴァさん!絶対戦っちゃだめだって博士が!」
「だとしてもだ。…このままだと、全滅だ」
おもむろにノヴァは注射器と針をポケットから取り出して、組み立てます。そのままためらいもなく針を自分の腕の関節の近くに差し込みました。
「うっ…!」
「な、なにやってんのよノヴァ!!それって…!」
「……助手からの、お守りだっ。…もしもの時は使えってっ…」
ノヴァは注射器の中の液体を一滴残らず身体に入れました。
すぐに彼女の身体に異変が起こります。刃と呼べないくらいに鉄材が剥がれた尻尾は異常なまでに加熱します。吹き出す息にも黒煙が混じり、髪の先の排熱板からハシビロコウにもわかるくらいの熱が放出されています。
傷などなかったかのように立ち上がって、ノヴァは横穴の出口へ歩き出しました。ハシビロコウが止めようとしますが、彼女が発する熱のせいで近づくことも叶いません。
「ど、どこに行くですか!?ノヴァさん!」
「決まっているだろう。奴のところへ、だ」
「バカっ!あんた、何を」
「…初めてなんだ。何かを失いたくないと思うのは」
雨を浴びても湯気が天を衝くばかりで熱は一向に引きません。そのままノヴァは崖道を駆けていきました。
「あいつ…死ぬつもりなのっ…!?」
「えっ?」
「あんな薬で誤魔化したって、効果が切れたら…!」
「な、…なんなんですか、あれは…?」
「…私の予想が正しいのなら…あの薬はコカインよ。…ミミのやつ、あんなものまで…!」
「…ノヴァさんは、どうなるの…?」
「…少しの時間だけ、痛みなんて感じなくなるくらいに意識が高ぶるけど…効果が切れたら戦いなんてできないくらいに無力感に襲われる。その上…」
「そ、そんな!!」
「…もう遅いわ。あいつ、もう誰の言葉にも耳を貸すとは思えないし。…それにあいつを止められるのは、それこそ双頭のセルリアンくらいよ」
「…そんな…」