翌朝のとしょかんは、明け方から忙しそうな雰囲気を醸し出していました。
博士とノヴァがあちこちから物資を建物の中に運び、並べています。
「博士、これは?」
「縫合糸なのです。遺された施設からもらってきたのです」
「…これで切断部を縫い合わせるのか」
「お前のその指では針の扱いは難しそうなので、我々がやるです」
針すら切断しそうな鋭いグリップの指では、縫合は難しいでしょう。ノヴァも無理だなと感じています。
指示された物資を全て建物に入れて、一息つきました。
「……ところで博士。助手はどこに行ったんだ?」
「麻酔に使えそうな植物と、注入に使えそうな牙を探しに行ったのです。夜中に出て行ったのでもうそろそろ帰ってくると思ったのですが」
「本当にやる気だったんだな」
ただの独り言のつもりが、とんでもないことになってしまいました。一つ間違えれば大変なことになります。
荷物を所定の場所に配置しつつも、助手を信じるしかないノヴァでした。
「噂をすれば戻ってきたのです」
「ただいまなのです。博士、ノヴァ」
「おかえり助手…と、お客さんか?」
「今回麻酔薬の取り扱いを請け負ってくれるフレンズをご招待したのです」
助手はフレンズを一人抱えて飛んできました。そのせいか少し疲れた顔をしていますが。
助手が連れてきたフレンズは、日に焼けた色の肌の、ノヴァより長い尻尾を持つフレンズでした。大きく膨らんだフードの裏には、まるで威嚇するような目玉の模様が描かれています。
「あなたは?」
「キングコブラだ。ミミちゃん助手に助けたいフレンズがいると聞かされて協力することにした。何でも、毒草を使うとか何とか」
「そうだったか、協力感謝する。キングコブラ」
「これも一族の頂点に立つものの義務だ。…そしてお前が噂の火のフレンズか」
「ああ、噂は知らないが。私はノヴァ、今回のしゅじゅつに参加する一人だ」
「ああ、よろしくな」
キングコブラが手を差し出しますが、ノヴァは少しためらいます。手のグリップは爪ではないのでしまえない、握手をすれば簡単に相手を傷つけてしまうから。
しかし、ヒトの作ったコミュニケーションの方法を実践したい気持ちも強いです。指先の研ぎ澄まされた牙で握るのを避けて、相手に手のひらを握ってもらうことで信用を確認します。
「キングコブラ、あなたは薬の扱いができるのか?」
「助手が用意したこの木の実は知らないが…牙を使っての注入はできると思う」
「調薬は任せるのです。キングコブラには指定した箇所に牙で薬を投与するのです」
「任せてくれ。…で、この薬にはどんな効果が?何で敵でもない者に投与するんだ?」
説明してなかったのかとまゆをひそませるノヴァでしたが、助手も博士もどこか抜けているところがあると再認識しました。
「少しの毒ならば命を奪わない。身体の痺れが起きるくらいだ。その間なら痛みを抑えられる。…だから、その間にあいつの壊死した足を切除する」
「足を切る…?どういうことだ」
「言葉の通りなのです。もう再生しない足を切除して、壊死が広がるのを防ぐのです」
告げられた事実は、キングコブラにとってもショッキングなことだったようです。毅然とした表情が一転して焦りを色濃く映します。
「…博士、それで本当にそのフレンズを助けられるのか?」
「…それは…」
「現状よりまし、としか言えないのです。足を失えば普通なら淘汰されてしまいますので」
言いよどむ博士に代わって助手が状況を説明します。かつては動物を狩っていた猛禽であったからこそ、助手は身体の欠損に耐性があるのでしょうか。
「だが、私たちはヒトの叡知に触れる力がある。代わりの足を作り出すことも可能なんだ」
「…とまあ、 この二人はヒトの技術への挑戦に夢中なのです。…長としては少し懸念もあるのですが」
やれやれと手を振る博士ですが、彼女も個人としては楽しんでいる節があります。知の追求はアイデンティティでもあるので。
「…気を害してしまいましたか?キングコブラ」
「いいや、ノヴァの心の熱は確かに伝わってきた。本当にそのフレンズを助けてやりたいというのに嘘はなさそうだ」
「ああ。あいつがここでフレンズとして楽しく暮らせるようにしたいんだ」
キングコブラの感覚器もノヴァが放つ炎のような熱を感知しています。それが単なる体温だけでなく、冷めることのない熱意であることも。
力を貸すのに相応しいやつだ、とキングコブラも納得しました。
「…ぜひ協力させてくれ。この灼熱の刃も“王の資格”を持つ者だ」
「ノヴァが王ですか?…まあ、元々が強さと知能を兼ね備えた生き物だとは思いますが」
「王はやめてくれ。あの臆病者を思い出す」
かつて火を操る空の王を気取る者と戦いましたが、火がノヴァに効かないと知るやすぐに退散しました。ノヴァも同じことですが、彼女には剣というもう一つの武器があったので逃げはしなかったのですが。それ以来空の王はノヴァの目の前には現れなかったのです。
「これで準備は整ったのです。ライを運んでくるのです、ノヴァ」
「わかった」
落ち着き払った様子を見せるノヴァですが、心の中では炎が荒れ狂っています。失敗の恐怖に怯えていたり、自分を認めてくれる仲間が増えて嬉しかったり、この後の活動をどうしようか悩んだり。
揺れ動くのがヒトの心なのだと、ノヴァが気づくのにはもう少し時間がかかりそうです。
しかし、判断に時間はいらないようです。どうなるかわからない未来への考え事はズバッと切り捨てて、としょかんの建物を出てライが待つ休憩所に向かいました。
_____________
「待たせたな、準備ができた」
「ノヴァ…」
ベンチに座って青空を眺めていた様子のライ。健康であればそこを縦横無尽に飛び回っていたのでしょう。
「…あたし、ちゃんとここで生きていけるのかな」
「できるさ。ここにいるみんな、全部信じていいのだから」
「…あんた、意外と能天気なのね」
「外敵はほぼいないからな。同族しかいないのなら、疑うことの意味がなくなる」
「同族同士のいざこざだってあるでしょうに」
ライの表情は晴れません。博士やノヴァが処置に失敗するとは思っていませんが、全てを疑ってきたライが全てを信じることはできないのです。不安、猜疑心、絶望感、その他の負の感情ばかりが思考を駆け巡って一切の光を遮断します。
そんなの知らない、気づかないと言わんばかりに、ライの身体を抱き上げるノヴァ。この手術がライをいい方向に導くと信じてやまないのです。そう、信じたいのです。
「考えていてもしょうがない。ほら、行くぞ」
「…まったく。こっちはわけもわからず見知らぬ場所に見知らぬ姿で放り出されたっていうのに…」
「それは私も同じだ。だがそんなこと延々考えているより、ここで今できることをした方が賢いだろう」
「…その前向きさ、一体何なのかしらね」
二度もため息をつくライ。この冷淡と熱血が同居している変人には少しうんざりしています。
彼女の刃のような歪みのない真っ直ぐな性根だからこそ、すぐに順応できたのかな、と少し羨んだりもしていますが。
「話は終わってからだ。しゅじゅつのために来たお客さんもいることだし」
「そうなの?」
「毒を上手に使えるやつらしい。麻酔をやってくれるそうだ」
あっちも待たせてしまっているな、と少しノヴァの歩調が早くなります。ライを抱えていてなお、およそヒトの歩くスピードを越えています。
「さて、主役の登場だ」
「ふむ。その者が…」
「…種族不明のライよ」
「ライ、だな。私はキングコブラ、今回のしゅじゅつの手伝いをさせてもらう」
ライがどこか不機嫌に自己紹介すると、キングコブラも何かを察したようです。それ以上は言及しませんでした。
「ではさっそく始めるのです。ノヴァ、ライをこの台の上に置くのです」
「わかった」
「……よろしくお願いするわ」
博士の指示の下、ひとまず横向きで台に寝かせました。
おもむろに博士は、ライのパイロットスーツのような被服に手をかけ、あっという間に脱がせます。服が脱着できることを初めて知ったキングコブラは少し驚いて、既知の助手とノヴァは気にも止めていません。対してライは、理由のわからない恥ずかしさで声にならない声をあげました。
もだえるライの後ろに回って、博士は腰のあたりに丸い印を書きました。
「麻酔を打つ場所はここなのです。しるしをつけた脊椎の部分へ、血ではなく透明な体液が出る深さまで差し込むのです」
「…私自身の目ではわからんぞ」
「大丈夫なのです。我々が確認するので」
博士がそう言うなら、とキングコブラも納得したようです。台に近づいて位置をしっかり目で確認しています。
しかし、ライの緊張が高まってきたのかバチバチと身体に電気が回ってきました。
「うおっ、なんだこれは」
「ライ、やっぱり怖いか」
「ち、違うわよっ…!で、でも…」
「……大丈夫だ。私たちに任せてくれ」
バチっと電気がキングコブラを襲って飛び退きました。威厳のあるキングコブラでも、雷は未知の恐怖の存在です。
ノヴァはしゃがんで視線をライと合わせます。そして牙で傷つけないようにそっと彼女の手を握ります。
体温の高いノヴァの手は、震えを止めるには十分でした。ピリピリした電気はノヴァの金属質な尻尾を通して、地面へ放出されていきます。どうやら、電気はノヴァの生命を脅かすには至らないようです。
ライはノヴァのゴーグルの奥の温かい眼差しで、落ち着きを取り戻しました。ただ一人で孤高に生きてきた彼女にとって、信じられなくも信じたいものでした。
「まったく、毎回放電されては羽毛がちりちりになってしまうのです」
「ノヴァ、しっかりアースするのですよ」
「…あーす?」
「そのままライの手を握ってろということなのです。…ではキングコブラ、お願いするです」
「ああ、…これでいいんだな、助手」
「こっちが衛生管理用の消毒液、こっちが“こかの実”から抽出した薬なのです。希釈はばっちりなのです。…あ、先にこっちで消毒するのです。…あと、お前も少し痺れるかもしれないのです、キングコブラ」
「どれ…」
助手が二つのシャーレの蓋を開けて薬品をキングコブラに差し出しました。ライを連れてくるまでの時間で調薬できるあたり、本当は一人で料理もできるのではないかと疑うノヴァでしたが、今は突っ込みを控えます。
キングコブラは指示通り消毒液で指を清めた後、麻酔薬につけてしばらく待ちます。
毒をもって毒を制すと言いますが、キングコブラ自身も毒に耐性があります。それゆえに他の蛇たちの上に立つ存在なのです。
「……ああ、確かに。この毒は私でも防げない」
「それくらいでいいのです。あまり吸いすぎると大変なことになるのです」
この植物由来の毒には抗体がなかったようです。指先の針のような牙からヒリヒリしてきました。
「さっさとやろう。時間をかけると私までやられそうだ」
「ああ、私も電気が流れ続けて変になりそうだ」
印の場所に牙を刺し込みます。長さは足りるようです。
「うっ……っく……」
「大丈夫だ、ライ。少しの我慢だ」
ノヴァの手を握る手に力がこもります。その締め付けはすさまじく、メキメキと音を立てて骨を軋ませました。頑強なノヴァでなければ砕かれていたことでしょう。
「…体液が溢れてきたのです。キングコブラ、薬を注入するのです」
「承知した」
じーっと牙を注視していた博士。その周りから透明な体液が出てきたのを確認してから、キングコブラに指示を出しました。
しばらくした後、キングコブラは牙を抜きました。すかさず助手が跡に消毒液と綿をあて、博士はキングコブラへ消毒液のシャーレを差し出します。
「キングコブラ、具合は大丈夫ですか」
「私はな。しかし、この薬が効いているかはわからん」
「効き目が出るまで少し時間がかかるのです。それまで待つのです」
「…どうなんだ、ライ」
「…わからないけど、少しこっちの足に違和感が出てきたかも」
苦しそうな表情はしていないので、ノヴァは少し安心しました。
助手がノヴァの隣まできて一緒にライの表情を覗きます。
「異常はありませんね。ではノヴァ、お前は切除の準備をするのです」
「…わかった」
「………………」
再度ノヴァの手をライは強く握りました。ノヴァも無言で握り返します。うまくやってみせるさと念じて。
手をほどいて背中の大剣を引き抜きました。昨日念入りに研いだ刃は、美しくすらあります。
「すごいなあの武器は。シカやサイの角が木の枝に見えるぞ」
「切れ味は極上ですが、それゆえに諸刃の剣。手入れの上手なノヴァだからこそ扱える業物なのです」
消毒液で指の牙を清めて、さらに刀身にも消毒液を流しました。青い刃は滞りなく液を弾いて、手のひらも熱を帯びて赤くなります。
その指の牙で強く刃をなでつけてやります。熱が瞬く間に広がり、青い剣は灼熱の刃へと変貌します。
少し離れた場所の椅子に座るキングコブラも、その熱量に驚かされるばかりでした。
「…本当に、炎、なのね」
「ああ。これなら引っ掛からずに切れる」
「線のしるしにそって真っ直ぐ、一発でいくのです。下手に刃を止めるといたずらに苦痛を与えることになりますので」
博士は苦虫を噛み潰した顔でライを仰向けに倒し、蝕まれた足に印を入れます。膝の上まで色を失った足を見るのは、気持ちのいいものではありません。
「私は準備できているのです。練習はたくさんしてきたので」
「あとはライの効き具合次第なのです。生きてる足をつねっても痛みを感じなくなったら言うのです」
「…わかったわよ、コノハ」
助手は縫合と止血の準備を完了していました。いつも通りの無表情でライを見つめます。
博士に言われた通り、ライは自分の痛覚を確認して反応がないのを伝えました。
「コノハ…もう感覚はないわ。…切除を、お願い」
「わかりました。…ノヴァ」
「……ああ」
肩に担いだ剣は未だ盛んに燃えています。
ノヴァは刀身の先の方を持って、手元が狂わないように合わせました。灼熱がノヴァの手を真っ赤に染めますが、彼女は意に介しません。
反対の手は動かないライの足首を押さえました。牙が入って黒ずんだ血が手を汚しますが、彼女の熱はそれを焼き清めます。
「……いくぞ」
「あ…ぅう……あ…」
らしくもない弱々しい声。手で顔を覆って必死で恐怖を圧し殺す姿。通電する部位を触らなくても伝わる放電。いくら痛みがないとはいえ、自分の足がなくなる光景を見せつけられれば正気を保っていられるはずがありません。
ライがどんな思いをしているか、ノヴァにはわかりません。後ろ向きな感性が無いのか、それとも後ろ向きになることこそが恐怖と知っているのか。
けれど、今それは必要ありません。ライを助けるのは前向きな熱い思いなのだから。
ザッ
「うあぁぁぁぁぁっっっ!!!」
___________
耳を押さえたくなる悲鳴と共に、雷鳴がとしょかんに轟きます。光と音と衝撃で他の四人は一瞬意識が飛びました。
「……っく。こっちがくたばるところだったぞ」
「ノヴァ!ライ!大丈夫なのですか!?」
「…ああ、私は問題ない。思い切り電撃を食らっただけだ」
「全然大丈夫じゃないのです!普通なら死んでるのです!」
しりもちをついたノヴァの髪ははね上がって、皮膚にもすすがついています。彼女の息でついたものかもしれませんが。
驚異的生命力に驚きと感謝を覚える博士。ノヴァを打ち負かせる生き物などいるのかと思ってしまいます。
「それよりライは?どうなった」
立ち上がりながら視線を上げていきます。手を離れた大剣は台に深い爪痕を残し、床に突き刺さっていました。
「はぁ……はぁ……」
「しっかりしろライ。…切除は無事に終わった」
台の上には顔を覆って息を乱すライと……ライの足、だったものがありました。出血は最小限のようで、敷き詰められた布は放電で焼け焦げているばかりです。
「…剣の熱が血を焼き潰しているのです。血が思ったより少ないのです」
「それはよかった。助手、さっそく縫合を頼む」
「任せるのです」
助手も駆けつけて切断部の縫合を始めました。どの本からやり方を学んできたのか、手順に迷いがありません。
「ライ、やったぞ。もう苦しいことは過ぎ去ったんだ」
「はぁ……はぁ…ノ、ヴァ」
「…よく、頑張ったな」
ノヴァ自身も何だか高揚して、何をしていいかわからなくなっています。気持ちだけが先走って、ライの首を抱きしめました。
「ちょっ……ノヴァ」
「私もどうしたらいいかわからないんだ。だから、何も言わないでくれ」
「あ…熱い…」
「…これでいいんだな。博士」
「はい。これで行程は終わりなのです。ご協力ありがとうございました、キングコブラ」
「…ノヴァか。面白いやつだな」
「あげないのです。ノヴァは、我々の研究対象なので」
「…まあ、友達になるくらいなら構わんだろう?」
「それくらいの報酬は許容してやるのです」
「……あと、少しここで休ませてくれ。あの薬のせいか、変な気分になってきた…」
____________
手術は無事に終わって、疲れ果てたライはとしょかんのソファで熟睡しています。後始末を終えたノヴァも外のベンチで一息入れました。
「……ふぅ」
ため息と一緒に出てきた火の粉が風に乗って舞います。すぐに消えてしまいますが、焼けた匂いは残ります。
「お疲れさまなのです、ノヴァ」
「助手か。そっちは大丈夫なのか」
「はい。というより、片付けはノヴァがほとんどやってしまったでしょう?」
助手が静かに飛んできました。ベンチの隣に腰をかけてじゃぱりまんを半分こしてノヴァに手渡します。…よく見てみればノヴァ用のじゃぱりまんでしたが。
博士と助手は片付けが得意ではないフレンズのようで、後始末があまり進んでいませんでした。それを察したノヴァが率先して片付けを九割方やったのです。
「…火葬は、うまくできましたか」
「……ああ。“はか”も立ててやったよ」
切断したライの足は、火葬という形で葬られました。石の上で焼いて、灰をビンに詰めて、石を集めて立てた墓の中にしまいました。
これの意味をノヴァは理解していませんが、ヒトはこのように同胞の死を弔ってやるのだと博士に教わりました。自身の身体の一部だって同じです。
「浮かない顔をしていますね」
「……そうか?…そうかもな」
「誇ってもよいのですよ。ノヴァは仲間の命を救ったのですから」
「…理由はわからないが…あの時のライは、確実に怖がっていた。…もっといい方法があったのではないかと、今でも探してしまうんだ」
熱が引いてから、こみ上げてきたのは後悔。自分の判断がライに不要な苦しみを与えてしまったのではないのかと、この姿になって得られた思考回路が旋回しています。不明な未来を案ずる思考はなくても、選ばなかった過去に思いを寄せる感傷はあったようです。今まで経験したことのない感情に、なかなか前向きになれません。
助手は何も言わず、考えているようでした。ノヴァがどうしてそんな気持ちになったのか考えているのか、それともノヴァが元気になる方法を考えているのか。
ジリジリ照らす真昼の日射しが沈黙を余計に助長します。耐えきれずに沈黙を破ったのは助手でした。
「我々にできるのは、ライが自分で生きていけるまでのお世話と、義肢を作り上げることなのです」
「…それはわかっている」
「他に方法があったとしても、…もう後戻りはできないのです。さいは投げられたのです」
「わかっているさ。…でも何故か、らしくもなく後悔を断ち切れないんだ」
「…それこそヒトの思考なのです。お前が重んずるヒトの心…それは時に足かせにもなるのです」
ヒトの思考はいいことだけではないと、助手は無表情のまま言いました。複雑に絡む事象を紐解こうとするゆえに、糸口が見えなければ立ち止まってしまうこともあります。
ノヴァはその時初めて、自分の足に悩みの糸が絡んでいることに気付きました。今までならそれに気づかず力ずくで踏み進んでいましたが、その存在を知ればほどきたくなるヒトの思考が足を止めます。
そしてもう、それを元に戻すことはできません。完全にほどききるか、蛮力で断ち切るか、それしかないのです。
「…それがヒト、か」
「はい。ノヴァは特別思考が発達しているようなので。フレンズによってはそんな悩みを抱えず野生に近い暮らしをしていますが」
「……いいや、返ってよかった。私にもヒトに近づけるチャンスはあるということだからな」
この葛藤を制し生きていくヒトはやはりすごいな、とノヴァは畏敬の念を覚えます。そして、越えなければならない壁であると確信しました。
「その克己心こそノヴァの本質なのです。さあ、腹ごしらえが終わったら料理でヒトに近づくのです」
「…結局それかよ」