額から伝う汗を鬱陶しそうに拭う。
頭上に我が物顔で見下ろす太陽と張り付く湿気は、ダンテにとっては慣れない環境であり、一刻も早くどうにかしたいと思うと同時に、どうにもならない現実に嘆息する。
ダンテが居る場所は、ジャングルと呼ぶに相応しい密林の集合地帯だった。
遺跡の入り口からでは判断がつかなかったが、進めど進めど木々に覆われた視界が晴れることがないともなれば、この熱量も合わさってそう結論付けるのは、決して不自然ではない。
いっその事大胆に走り抜けるかとも考えたが、太陽と同じく空に飛ぶソレのせいで、それも許されない。
「ヘリまで来たか……。ここまで事が大きくなっていたのか?」
軍用ヘリと思わしき造形のソレは、まるで蟻の子一匹見逃さない気概で飛び回っている。
こんな僻地と思わしき場所で、多少の時間があったとはいえ、これだけの数の軍が出動するなどと有り得るのだろうか。
無い、とは言い切れないが。それでも、一番納得する理由としては、予め飛行ルートとして確立されていたという可能性。
それはそれで、何故軍人がこのような所にいるのかという疑問が残る。
疑問が呼び水となり、新たな疑問が連鎖する。
何であれ、絶賛面倒事に巻き込まれていることには変わりがない。
あの時即座に遺跡から離れたのは英断だったが、それで危機が去った訳ではない。
「恨むぜ、母さん」
いっその事暴れてしまうことも考えたが、地に足が着いてない現状では、あまりにも下策。
ダンテの気質を一言で表すならば、ムチャクチャである。
やること為すこと全てが規格外で、理に収まらない行動は日常茶飯事。
だが、常識知らずという訳ではないし、無意味な殺生をしたいと思えるほどの悪人でもない。
売られた喧嘩は買うが、悪魔が相手でもない限りは基本は無関心を貫く。
どこまでも自分勝手で、それ故に自分の中にあるルールだけは遵守している。
それは例え、自分が得をする選択肢があったとしても、意に背く選択であれば損をする方を選ぶことに躊躇いはない。
故に、今は耐え忍ぶ。
それで万が一見つかってしまったならば、開き直ればいいだけのこと。
結論から言うと、見つかることはなかった。
ヘリも数多く配置されてはいたが、その殆どが遺跡へとすぐに向かったお陰で、その隙を突いて離脱は容易だった。
問題は、このジャングルが予想を遥かに上回る大きさで、脱出に二日近く掛かってしまったこと。
更にそこから、一日掛けて人通りの多い道をどうにかして探し出し、ようやく都市と思わしき場所に辿り着いた時には、流石のダンテも精神的に疲労が目立っていた。
まともな水分補給はジャングルに生えた果実でどうにか凌いだが、そろそろ酒のひとつでも恋しいとさえ思える程に、口の中は甘露で満たされていた。
因みにリベリオンは、廃棄されていたギターケースを発見したことで、それに隠して持ち歩いている。
エボニー&アイボリーは、偽装してはいるがホルスターから離してはいない。
悪戯に挑発する理由はないが、だからと言って武器を手放す程無警戒ではない。
日も暮れた中、手頃な酒場を探し出しおもむろにバーカウンターの前に座る。
「マスター、オススメは?」
「ラム酒のストレート、と言いたいがこうも暑いならロックだな」
「ならそれだ」
「呑み過ぎるなよ?酔っ払いが軍人に突っかかってどうなろうと構いやしないが、うちの店の評判だけは落とさんでくれよ」
「酒と女ほど溺れて後悔するものはない事は、経験済みだ」
「そうかい」
それ以降は何も言わずに、注文通りのラム酒のロックが置かれる。
口内へと少し流し込み、独特の酒気と高揚感を楽しむ。
「それにしても、見ない顔だな」
「今日来たばかりだからな」
「こんなご時世に、酔狂だな。音楽でもやってんのか?」
マスターの視線はギターケースに向く。
そういう思惑があった訳ではないが、図らずも良いカモフラージュになっているようだ。
「想像に任せる」
「まぁ、何にせよ夜は出歩かん方がいい。俺としては商売上がったりだが、死人が出たともなれば目覚めも悪い」
「随分と物騒なんだな」
「物騒も何も、バル・ベルデ共和国での内戦が終わらないもんだから、その皺寄せがこっちまで届いているってことだ。先日も、エル・ミラドールにバル・ベルデの軍人がヘリを引っ提げて来たもんだから、何事かと思ったね」
「エル・ミラドール?」
「知らんのか。マヤ文明最大の遺跡で、ジャングル奥地にある巨大遺跡のことだよ」
巨大遺跡、と聞いて思い出すのは数日前の記憶。
「ジャングルの奥地にある奴か」
「そう、それだ。俺は直接見てる訳じゃないが、以前からあの遺跡ではバル・ベルデの奴らが発掘か何かをしに向かっているらしいが、詳細はさっぱりだ。私見ではあるが、内戦なんてやっている国が、遺跡発掘に行くなんて、それだけ金も人材もあるのか、或いは戦争を終わらせられるとんでもないナニかが眠っているかのどちらかだろうな」
「小競り合いと同時に墓荒らしか。やることが派手なことだ」
飲み干したグラスをマスターに見せつけると、二杯目を注ぎ出す。
「戦争もそうだが、ノイズだってそうだ。滅多に見かける筈の無いアイツらが、最近になって目撃情報が多くなり初めたってんだから、きな臭いったらありゃしない」
「ノイズ、ねぇ……」
突如出てきた、ノイズという言葉に敏感に反応する。
雑音を代表とする名詞としての使い方ではない、それこそ生物に対して使うかのような表現。
マスターの口振りからして、数日前遭遇した未知の生物こそノイズであると仮定して探りを入れる。
「マスターはノイズに詳しいのか?」
「全然だね。せいぜい、現代兵器は殆どの確率で効かないのと、触れた人間を炭素にしてしまうとか、放っておけば勝手に自壊していくとか、そもそも遭遇する可能性が馬鹿みたいに低いってことぐらいだな。これぐらいなら常識の範囲だろうが、お前さんはどうなんだ?」
「生憎と、同じ程度だ」
「だよなぁ……」
炭素分解とは、随分と物騒な能力を持っている。
あの時は一切触れられること無く狩ることが出来たから気付かなかったが、分解の程度によっては厄介極まりない。
ダンテは外傷による死は起こらない。腕をもがれようとも、眉間を撃ち抜かれようとも、即座に再生する。
彼を殺すには、魂そのものに傷を付けるか、跡形も残らない程に肉体を消滅させるぐらいしか可能性はない。
魂への干渉は悪魔の十八番であり、如何な強者であるダンテであろうとも、万が一のことが有り得る。
物理的に消滅させる方法に関しては、そもそもそんな状況に陥ったことが無いのだから、あくまで可能性の域だ。
仮に核爆弾の真上から直接浴びせられようとも、ダンテならば五体満足で復活してしまいそう、と思われても不自然ではないぐらいのタフガイである。
そもそも、齢を重ねたデビルハンターとしての実力は、悪魔相手であろうともダメージを受ける機会さえ無くしてしまっている為、証明する機会を作ること自体が難題である。
事実、魔帝ムンドゥスに次ぐ強さを持つ覇王アルゴサクスを、不完全な蘇生だったとは言え汗一つ流すこと無く勝利を収めたのは、ダンテにとっても記憶に新しい出来事。
今更何が出てこようとも、ダンテの死を証明する機会は訪れないかもしれない。
結局の所、体感していない以上断言は出来ないが、ただ肉体が分解される程度ならばダンテにとっては実質ノーダメージに等しい。
それこそ、ノイズの連鎖自壊を起こす特性を鑑みれば、ダンテをノイズ発生地点に放り込んでおけば勝手にノイズがいなくなってしまいかねない。
それ以前に、半分は悪魔の血を宿すダンテに、人間を炭素化させるという定義が当て嵌まるのかさえもハッキリしていないのだが。
「また来るよ、マスター」
勘定を置き、酒場を去る。
酒に金を使ったせいで、手持ちも心許ない。
宿を取れる余裕もなければ、この都市を去るにしても纏まった金が必要になる。
無茶をすれば何とかなるかもしれないが、土地勘の無い場所であてもなく彷徨う選択が出来るほど切羽詰まっている訳でもない。
こういう時、拠点と呼べる場所がないのが非情に辛い。
あのボロ屋も、やはり住めば都という奴で相応の愛着があるようで。慣れ親しんだ椅子でないとどうにも尻の座りが悪くて、落ち着けない。
しかし、無い物強請りをした所でどうにもならないのが人生。
仕方なく、目に入った適当な屋根の高い建物に飛び乗り、そこで一夜を明かすことにした。
「金もコネもない、あるのは俺自身だけか」
それでも、悲観することはない。
莫大な借金を背負って生きていた頃に比べれば、何のしがらみも無い分寧ろ楽であるとさえ考えるのが、ダンテという男だから。
「ヒッ、ヒィィィ!!」
突如、路地裏の方向から悲鳴が聞こえ、おもむろに飛び上がる。
屋根伝いに声のした方へと向かうと、眼下にノイズの群れがすし詰めの如く路地裏に密集しており、ノイズの視線の先には腰の抜かしている中年の男が一人。
立てないながらも抵抗の意志はあるのか、手元にあるゴミやら何やらを必死に投擲するも、当然ながら効果はない。
面倒な場面を見てしまった、と早々に後悔するも、見てしまった以上見て見ぬ振りは出来ない。
その辺り、ダンテは薄情に見えて意外と人情がある。少なくとも、被害者と加害者がハッキリ分かれているのが見て取れる以上、躊躇う理由はない。
ダンテが飛び降りるのと、ノイズが男に迫るのは同時だった。
ギターケースを上に放り投げ、続いて降下しながらエボミ―&アイボリーをホルスターから抜き取り、ノイズへ向けて撃ち込む。
男の目と鼻の先までノイズが迫った瞬間を狙い撃つと、ノイズに見事な風穴が空き、そのまま崩れ落ちる。
後続のノイズが足を止め、ダンテは男の間に割って入る形で着地する。
「騒がしい夜は嫌いじゃないが――」
ノイズはダンテを標的とし、一斉に襲い掛かる。
そして、遅れて落下するギターケースから露わになったリベリオンを掴み取り、横に薙ぎ払う。
「近所迷惑を考えたほうがいいぜ」
忠告を終えた頃には、ノイズは無に帰していた。
残ったのは、背後で呆然とダンテを見上げる男だけ。
しかし、ダンテはそんな男を無視して月光に身を寄せんと路地裏から去ろうとする。
薄情ではないが、一から十まで手を貸す義理もない。脅威を払った以上、後は自分でなんとかしろというスタンスだ。
「ま、待ってくれっ!!」
静止の言葉に耳を傾けることなく、ダンテは進み続ける。
手助けしてしまったが、今更ながらに多少後悔する。
ノイズを事も無げに狩る事の出来る人間がいたともなれば、目立たない訳がない。
幸いにも、闇夜がダンテをある程度覆い隠していたので、人相が割れる事は恐らくは無いだろう。
過ぎた事を悩んだ所で仕方ないと思考に区切りを付け、発砲音に惹かれて集まってきた野次に見つからないようにその場を後にした。
オッサンとノイズしか出ないフォギア