翌日、ノイズが出現した路地裏に再び顔を出すと、見事に綺麗サッパリと残骸は消え果てていた。
キープアウトテープも貼っていないどころか、道中で噂になっている様子もなかった。
箝口令が敷かれたという情報も無い。だが、アレだけ派手にやれば多少は人目についている筈だ。なのに、一切の情報が広まっていない。
手際の良すぎる情報規制。遭遇する可能性が低い筈のノイズとの、日を置かない二度目の邂逅。
ノイズが出現することが稀だと言うのであれば、何故ここまで迅速かつ的確な対応を取ることが出来たのか。
昨夜の野次の正体が情報規制に繋がるものだとして、何故そのようなことをする必要があったのか。
偶然と片付けるには、楽観が過ぎる都合の良さ。ここに来て、この国――否、この世界についての疑問が一層湧いて出るようになってきた。
悪魔と違い、ノイズと言う存在自体は世間的に認知されてはいるようだが、その割に然るべき情報が開示されていないように思える。
ノイズがいつ出現するようになったかは不明だが、痕跡処理の手際と情報規制の鮮やかさといい、ここ数年というのは考えにくい。
本当にノイズが観測される確率が低いのであれば、解析や対策を練るにしてもどれだけの年月を要するか考えられない。
そもそも、マスターの言葉を真に受けていたが、マスター自身の実体験で得られた情報だとは言っていない。
つまり、マスターの情報もまた、情報規制によって流された嘘のものという可能性だってある。
適度に都合の良い情報だけを流し、重要な部分だけは曖昧にするなど、情報操作の常套手段だ。
そう、悪魔だ。
まるで、この世界は悪魔の代わりにノイズがいるかのように立場がすげ替えられている。
これが、母さんが言った自分達に縛られたくない、という言葉の答えなのか?
分からない。分からないことだらけだ。
「――アンタ、昨日ココで会った奴だよな!?」
耳朶を打つのは、昨日聞いたばかりの声。
――いや、違う。それ以前に、もっと前。嫌という程聞き飽きた、この声は。
「やっぱり……昨日の兄ちゃんか。やっと見つけたぜ」
逆光に隠れてシルエットとなっていた顔が顕になると、そこにあったのは、やはりと言うべきか。想像通りの人間だった。
「……エンツォ?」
エンツォ・フェリーニョ。
裏社会に精通し、悪魔絡みの仕事を斡旋してもらったりと、何かと世話になった男だ。
「お、俺のことを知ってるのか?ヘッ、やはりアンタも、裏を知るクチだった訳だ」
その反応は、どう捉えようともダンテの事を知らないそれ。
出来ることならば二度と顔を見たくない、等と事ある毎に口にしてきたエンツォが、こんな棘のない反応をするなど、いよいよもってここが異世界であると言っているようなものだ。
「それで……昨日の件。聞かせてもらいたいんだが、いいか?」
「……相応の代価は頂くぞ」
「それでいいさ。お前さんのような奴とは、WIN-WINの関係でいたいからな」
「気が向けばな」
エンツォが何を考えているかは知らないが、どうせ金儲けの算段だろう。
此方としても、彼ならば一般では知られていない情報も握っている筈。
分の悪い賭けではない。有能だと理解しているからこそ、長い付き合いをしてきたのだから。
「さて、じゃあ俺様の城に案内するぜ」
路地裏の奥へ奥へと豪快な足取りで進むエンツォの後を追う。
辿り着いた先には、路地裏には不釣り合いだが、謙虚か臆病かは知らないが過剰とは言い難い成金趣味な装飾をした建物が建っていた。
エンツォの性格を表した、ある意味で素晴らしい建物と言えよう。
建物に入るが否や、近くにあった椅子にいたわりなく豪快に座り込む。
どうでもいいことだが、内装は割と地味だった。予想通りではあったせいで、語るべきことさえ思いつかない。
「そう言えば、一方的に名前を知られてるってのもアンフェアだな。教えてくれよ」
「……トニー・レッドグレイブだ」
以前と変わらない偽名を名乗ると、取り敢えずは納得したようで下手な追求をしてくることはなかった。
ダンテを名乗っても良かったが、エンツォに呼ばれるのならば偽名の方が慣れているというのもあっての判断に過ぎない。
「OK、トニー。単刀直入に聞くが――アンタは、何者だ?」
「その情報に、お前はどれだけの価値を見出す?」
「お前が今一番知りたい情報に答える、ってのは?」
「それを知ってる保証は?」
「裏事情に精通するエンツォ様を舐めんなって話よ。ここだけの話、バル・ベルデのきな臭い行動もある程度掴んでらぁ」
自信満々に語る姿は一見誇張しているように聞こえるが、この男に限っては真実であることが多い。
と言うよりも、嘘を吐くならば相手を選んでいるというところか。
単純に生き残る上での勘が優れているのだ。
裏事情に精通する人間であり、悪魔にさえ関わっていたエンツォが平然と仕事を続けられてきたのも、その辺りが関わっている。
俺から言わせてもらえれば、生き意地汚いだけだが、それもまたエンツォらしいと言えばそれまでだが。
「……俺は、怪物退治を生業としている、ただの何でも屋だ」
「怪物?まるで、ノイズ以外にもとんでもなバケモノがいる風な言い回しだな」
流石に鋭い。だが、それを掘り下げることは重要なことではないので敢えて聞き流す。
「何でも屋を謳ってはいるが、生憎と根無し草でな。金もコネもないからその辺りを期待されても困る」
「安心しな、俺が期待しているのはノイズを殺せるお前さん自身にあるからな」
「そうかい。なら、回りくどいことをしないで、本題に入ろうぜ」
適当な椅子に腰掛けると、二つのグラスにウィスキーが注がれ、その片方を渡される。
本気で腰を据えて話をさせるつもりらしい。本気で取り込もうとしているのが分かる。
「その前に、俺の質問に答えろ。……お前が知っているノイズについてのすべてを吐いてもらおうか」
「全部?ていうか、知らないのにノイズを殺せるってのか?」
「最低限の知識さえあれば、後は腕の問題だ」
「いや……だって、ええ……」
エンツォの困惑を他所に、グラスを軽く煽る。
やはり、ノイズというのはこの世界における脅威であることは間違いないらしい。
「まぁ、いい。じゃあ、俺が話すノイズの情報は、一般人が知るそれとは異なる、下手すれば万金の価値があるものだぜ」
「それを判断するのは、俺の役目だ」
「はいはい……。ノイズは世間一般において、物理攻撃が効かない存在とされているが、それには理由がある。アイツらは此方とは異なる位相――位相差障壁と呼ばれている、ノイズ自身の現世に対して「存在する」比率を自在にコントロールすることで、物理的干渉の可否を選択しているんだ。だから、ノイズの攻撃する瞬間のみ攻撃が通る。ノイズを討伐する上で、最も安全に倒せる方法が、遠距離からの飽和攻撃ぐらいだと言われている。数撃ちゃ当たる理論だな」
「随分とお粗末なことだ」
「ああ、全くだ。ノイズ自身の出現率の低さも相まって、研究もはかどらない為対策も立てられず、砂粒のような情報を掻き集めた足掻きぐらいしか出来ていない――ここまでは、俺以外の情報屋でも調べようとも調べられる、比較的機密としてはレベルの低いものだ」
「勿体振るな、話せ」
「急かすなよ、女に嫌われるぜ?――どうやら、偉い奴らはノイズに対してのカウンターとなる兵器の存在を認知しているらしい。詳細までは流石に掴めなかったがな」
「ブラフの情報に引っかかった線は?」
「恐らく、無い。そもそも、対ノイズ用の兵器が開発されているなんて、仮に嘘だろうとしてもそれを真実として語るのは問題がある。大抵の奴らは真に受けないだろうが、何を切っ掛けにその言葉の裏を取ろうと動く奴らがいるか分かったもんじゃない。ノイズに対する明確な対処法が今日まで確立されて来なかった中、そんな情報が世界に漏れてでも見ろ。国家単位で震撼するレベルの重大な案件だ。ブラフとして流し、その結果違う重要な情報に行き着かれる可能性だってある。それぐらい、ノイズを殺せる兵器なんてものは望まれているものなんだよ」
「リスクを鑑みればこそ、か。何にせよ、その対ノイズ兵器の存在そのものは確実に存在していると見ていいんだな?そして、それを踏まえた上で俺に何をさせたい?」
エンツォはその問いかけに言葉を切る。慎重に言葉を選んでいるのだろう。
「別にその兵器に関してどうこうしろと言うつもりはない。丁度、NPO活動団体とやらがここを経由してバル・ベルデ共和国で奉仕活動をするようでな。その護衛に当ってもらいたい」
「……非営利組織とは言え、国の援助が無いとは思えんが」
「国連が護衛も兼ねて使節団を同行させてはいる。だが、如何せん猫の手も借りたいというのが実情らしい。戦火に見舞われる可能性だって低くはない上に、市民活動団体としての立場上、国家に還元される実績は程度が知れている。その上金も掛かるとなれば、世間の評価に僅かに色をつける程度の行為に、余計に人材を割きたくないんだろうさ」
俗な現実を語るエンツォの苦笑いは、果たして自分へも向けた感情によるものか。
金と人間ひとりの命、どちらが価値があるかなど千差万別だが、国家の視点で見れば間違いなく前者だ。
組織は善政では成り立たない。悪に染まろうとも最良の結果を保証させなければ、容易く瓦解する砂上の楼閣でしかない。
癌を取り除けば救われる命があるのならば、たとえその癌に五分の魂が宿っていようとも切除する。
それが正常な判断だ。――感情論を埒外に置くのであれば、の話だが。
好悪なんてもは、個人の裁量によって委ねられるもの。こと集団に於いて、そんなものは端金程度の価値しか無い。
なればこそ、人は対局を見据え、多くを掴み取ることを是とする。
TVのCMで例えるならば、1グラムと表記せずに1,000ミリグラムと表記することで如何にも量が多いと錯覚させるのと似ている。
少ないよりも、多い方がいい。一般的な感性からすれば、至極当然の思考の帰結。
それが錯覚だったとしても、身体に収めてしまえばそんなもの瑣末事でしかない。
全ては結果。実感が得られてこその価値。それに勝るのは、数を圧倒する質のみ。
だからこそ、人は数を重視する。分かりやすく、条件を満たしやすいからこそ、基準にするのも容易いからだ。
当然、何事にも例外はある。しかし、例外であるが故にそれは『予想外』という形で処理される。
絶対的な法則ではないが、確率で言えば過半数以下の優先順位下位の案件レベル。
普遍性を凌駕するようなものは、決して例外とは言わない。
「察するに、宛てがわれた使節団のトップ辺りが此方に打診してきたってところか」
「俺みたいな得体の知れない奴を、秘密裏にとは言え頼ろうとしているんだ。余程必死なんだろうさ」
「この上ない説得力だ」
命あっての物種とは良く言ったものだが、その命を護る為の代価は幾ら程なのか。
秘密裏というぐらいだ、癒着やら横領でもしていない限り、痛めるのは自らの懐か援助が関の山。
だが、ボランティア団体とは違い、此方は護衛の名目で入らなければならないとなれば、相当に金を積まなければならない。
ハッキリ言って、期待は出来ない。
だからこそ――エンツォの真意がそこには無い裏付けが証明される。
金儲けが好きな男が、こんな泡銭な仕事を引き受ける道理はない。
コイツの得体の知れない嗅覚は、その先にある金銀財宝を見据えていることだろう。
「……で、まさか俺に護衛をさせたいと言ったが、本命は何だ。実入りも少数、命をチップにするにはあまりにも暴利な依頼だ。本命は、そうじゃないんだろ?」
そもそも、その程度の事ならば他にアテがあるだろう。
少なくとも、出会って間もない男に依頼する案件では無い。
「――流石だな。護衛は建前、本命はある情報に探りを入れてきて欲しいんだ」
「何だ?」
「――パヴァリア光明結社。如何にも、悪の組織染みた名前だろう?」
NPO団体が各々の足取りで街へと訪れる姿を、影から眺めている。
誰も彼もが戦争に対する憂いと、そんな状況を打開しようという気高い意志を抱いているのは、その目を見れば明らかである。
数にして、護衛を含めれば百にも満たない。しかし、紛争地帯に訪れるボランティア団体であることを考慮すると、多すぎると言って差し支えない。
護衛はさておいて、ボランティアに文字通り命を懸ける
ボランティアと違い金が出るとは言え、生命を秤に掛けて得られるものとしては端金でしかない。
本気で自分達の善意で何かが変わると信じているのか、集団心理に呑まれただけか。
何にせよ、これの護衛は確かに面倒だ。正義を内に宿す人間ほど、扱いづらいものはない。良くも悪くも。
そうして、団体が通り過ぎるのを見守っていると、最後尾にふと注目する。
団体の中で、唯一の家族連れだった。
一人娘の両手を夫婦が片方ずつ握り、笑顔で歩いている姿は、余りにもこれから向かう場所には不釣り合いな輝きを秘めている。
それにしても、まさか娘も連れて行くというのか。それは、正気の沙汰とは思えない。
そもそも、周囲の人間も何故止めなかったのか。
正義に酔った自殺願望者であるならば、流石に一計を案じることも考えたが――何故だか、それは全くの見当違いであると直感が告げていた。
そんな家族同士の団欒を見守っている内に、次第に此方との距離が縮まっていく。
本来ならばただ通りすがるだけに終わる筈の邂逅だった。
「――――」
目が、合った。
眩しい太陽に照らされた表通りをしかと眺めていた筈の男の視線は、気配を殺していた此方の姿を一切の淀み無く捉えた。
気のせいではない。職業柄、気配を殺すことにも長けていないとままならない境遇も多く、必然と磨かれた叩き上げだ。
少なくとも、一般人に見破れるような安い偽装ではない。それだけは確かだ。
時間にして、一秒あるかないかの視線の交わり。
それは、軽い会釈と微笑みによって終わりを告げた。
変わらない足取りで街の喧騒に消えていくその姿を、見失う直前まで見守っていた。
「……退屈はしそうにないか」
見破られたこと自体、何か問題がある訳ではない。
だが、あの目を見た瞬間から。あの家族のことがどうにも気になってしょうがない。
アレを見ていると、痒い所に手が届かないようなもどかしさを感じる。
しかし、そこに覚える不快感や憤りはない。寧ろ、懐かしささえ感じていた。
この感情の根幹を成すものの全容は一切不明。
だからこそ、惹かれる。
退屈な護衛の仕事が、色彩を放った瞬間だった。
そこからは、使節団の人間と顔を合わせ、役割を言い渡されてあっさりと開放された。
此方の役割は、有り体に言えば斥候だ。
軍との連携を行わない、独立した情報伝達役。NPOにいち早く情報を伝え、万が一の被害を避ける為の捨て石。それが求められる役割だ。
外部から雇った傭兵であれば、被害が出た所で自己責任。相応の金さえ払えば経歴に傷を付けることなく利用できる、都合の良い駒が出来るという訳だ。
それに、対面した使節団の現場責任者の顔。あれは、『寧ろ死ね、そして契約金も有耶無耶になれ』とでも考えていそうな悪辣なものであった。
幾らエンツォがやり手とは言え、これは非正規の契約。ましてや相手はデカイ組織で、此方はローカルレベルの知名度しかない情報屋。勝てる道理はないだろう。
それでもアイツなら転んでもタダでは起きない程度には毟り取るだろうが、そこは此方の問題ではない。
別段、あの悪辣さに思うところはない。
伊達に純粋な悪意の塊である悪魔を相手にしていない。俗なだけの感情など、そよ風に等しい。
度胸だけは人一倍と買うが、所詮は権力に縋った内弁慶。ちょっと吠えれば逃げ出す程度の小物に裂く思考など、それこそ蛇足だ。
だが、あの男と逐次会話しなければならないと考えると、軽く憂鬱になるのは否定しない。
こうして、昨夜訪れたバーで煽る酒も不味くなるというもの。
エンツォの所では落ち着いて呑めやしないので、こうしてなけなしの金を使ってでもまた訪れた訳だ。
「――隣、構いませんか?」
流暢な英語で語り掛けて来たのは、日中に見た家族の夫だった。
気を緩めていたのは事実だが、まさかこうも気配を悟られないとは。ますます面白い。
軽く隣の席との距離を空け、肯定の意思表示とする。
「では、失礼して。マスター、軽めのを一杯貰えるかな」
人の良い笑顔でそう告げると、それ以上は何も紡ぐこと無く視線を真っ直ぐに酒の到着を待っている。
「……酒の匂いを漂わせて、ついでに浮気の可能性も匂わせるつもりか?」
「ご心配なく。私と妻は今でもラブラブですから。互いに浮気を考えられない程度にはね」
痺れを切らし、端を発したのは此方からだった。
偶然とは思えない二度目の出会い。これで何もないというのは嘘というもの。
「何のようだ?」
「いえ、大したことでは。ただ……懐かしさを感じてね。貴方も、そうでは?」
やはり。あの時の違和感は間違いではなかった。
しかし、相手方も同じ感情を抱いていたとは、予想外だった。
「さてな。歳を重ねれば既知が増えていく。ただ錯覚しているだけじゃないか」
「まだまだこれでも気持ちは若いつもりですよ。……つもり、ですよ」
自分で言って、勝手に影を背負って落ち込みだした。
振ったのは此方だが、抉ったのは自業自得だ。
どうせ娘にでも何か言われたのだろう。犬に食わせておけばいい。
「~~~~ッ、ハァ。お酒の味も、人間と同じで千差万別。それでも、人と人が争うことが正しいことではないのぐらい、分かりきっている筈なのに。どうしてなんでしょうねぇ……」
マスターから手渡されたグラスを勢い良く煽ったかと思うと、今度は愚痴りだした。
いよいよもって、彼が何をしにきたのかが分からなくなる。
「おい」
「はい?」
「話があるんだろう。道化を装って管を巻いているなら、俺は帰るぞ。酔っぱらいを介抱するのは、美人以外は受け付けていないからな」
立ち上がり、勘定を支払いその場を後にしようと踵を返す。
「待ってください。……誰にも聞かれない場所に心当たりは?」
背後から、酔っているとは思えない程にしっかりとした声色が響く。
先程までのは演技か、或いは切り替えが速いだけか。何にせよ、やはり食えない男だ。
「……付いてこい」
男が勘定を支払うやり取りを背に、再び歩きだす。
小走りで付いてくる男と共に向かうのは、エンツォの屋敷。
ただでさえ露骨なアンダーグラウンドな雰囲気は、夜の帳によって増長されている。
それでも、それ程遠くない場所で紛争が行われているにしては、ホームレスやら難民は見かけない。
バル・ベルデの内戦が以外と規模が大きくないだけなのか、或いは出ようとする人間を一人残らず阻止しているのか。
前者は余りにも浅慮が過ぎるので除外するとして、残る後者も憶測レベルの話でしかない。
ただ、エンツォが話した組織――パヴァリア光明結社とやらが内戦に何かしらの形で関わっているとするならば。
そして、その組織が何かしらの漏洩を恐れているとして、NPOがさも当たり前のようにバル・ベルデに入ることが出来る理由。
入る分には問題はないが、出すのは絶対に許さない。そんな蟻地獄のような発想が齎す意味。
きな臭いを通り越して、腐臭がする。欲望に取り憑かれた、何者かの意思の存在を感じずにはいられない。
「――そういえば、自己紹介をしていませんでしたね」
屋敷まであと数分といった距離。人気の欠片も無い暗がりの路地裏の中、何の気負いもない声色が背後から聞こえた。
普通、慣れていない人間がこんな場所を歩けば警戒のひとつはするものだが、この男からそんな様子は一切見られない。
どこまでも自然体で、散歩をしているような足取りは、より一層男の謎を深めるばかり。
「私の名前は、雪音雅律。今更だが、どうぞよろしく。半人半魔の御方」
そう、何でもなく名乗った男の言葉は、この世界に来て最もダンテを驚愕させるものだった。
しかし、硬直は一瞬。音もなくホルスターから抜かれたアイボリーの照準が、闇夜の中に悠然と佇む雪音雅律の眉間を捉える。
しん、と静まり返っていた空間に、更に緊張が走る。
「そう構えないでくれないか。別に、君を害する気なんて欠片も無い上に、そうしようものならあっさり返り討ちに遭うだろうからね」
穏やかな笑みを浮かべ、雅律は諭すように語りかける。
眉間に皺を寄せたダンテと、変わらず平静を貫く雅律。しかし、本来有るべき余裕の表れはまるで逆。
普通ならば銃を突き付けられようものならば、何かしらの反応をする。
それが迎撃にしろ、防衛反応にしろ、身を守るという意味においては同列である。
しかし、雅律はそのどちらでもなく、優しい笑みを浮かべたまま近付いてくる。
その佇まいに一切の恐れはなく、あまりにも異質な光景を生み出している。
「……お前は何者だ」
「何者、か。抽象的かつ漠然とした問いだね。ただの音楽家だと言って、信じてくれるかい?」
「もしそうなら、ペテン師に転職するのを薦めよう」
実際、拳銃を突き付けられて平然としているような男にはお似合いだろう。
「生憎と、愛しの妻と娘がいるものでね。後ろめたい事はしたくないんだ」
「堂々と裏道に侵入しておいて良く言う」
「手厳しいね。――さて、そろそろ本気で撃たれそうだし、素直に答えようか」
口慰み程度の会話を切り上げると、雅律の雰囲気が穏やかなものから一変して、感じ慣れた気配を発する。
裏稼業における日常、その象徴とも言えるそれ。
彼と目が合った時に感じた違和感の答えが、形となって浮かび上がって来た。
「流石に気付いたようだね。ご察しの通り――私は、悪魔だ」
2ンテの癖に喋り過ぎな気もするが、必要なら彼も喋るでしょう。そういうことにしておいて欲しい。
小説形式で喋らせないというのは、地の文で殆ど描写しないといけない分文字数が多くなってただでさえ遅い展開が更に遅くなるので、過剰じゃない程度には喋らせていくつもり。