「どうして私達はノイズだけでなく、人間同士でも争っちゃうんだろう。どうして世界から争いが無くならないんでしょうね」
「それはきっと」
「人間に力を与えた神ですら恐怖し火種を残す。それ以下である人間にはわからないんじゃねえかな」
「ちょっと! なんで被せてくるのよ」
流は響に自己紹介をする機会を伺っていたが、ここ数日はずっと翼がくっついていたため接触できなかった。
彼は緒川に翼の予定を聞いて、今日は仕事が入っていると聞いたので二課に来た。響は弦十郎と了子、藤尭と友里の四名と共に休憩スペースで会話をしていた。
了子が変な事を言おうとしていたので、流はインターセプト。
「また普通は理解できないこと言おうとしたよね?」
「そんなの流だって同じじゃない。なにが神が争うよ」
「だってそうでしょ? 人間が力を持ち始めたのが怖くて封じてるんだから。普段お世話になってる巫女にお別れの挨拶くらいしろよと俺は思うね」
「そう簡単なもんじゃないのよ」
言葉を遮られ、神の侮辱をされて多少機嫌の悪くなった了子から目を離すと、流の目の前に立花響が迫っていた。
「近い」
「ひゃあああああ!」
響は彼に近づいて、首元のガングニールの欠片を覗き込もうとした。だが、その事しか考えず行動したので、男の顔が目前まで迫っていた事に気が付かなかった。指摘されると全力で飛び退いた。
悲鳴をあげられて、全力で後ろに避けられた流は少しだけ落ち込んだ。アニメでは人懐っこい響でも、会って間もない異性にはこうなるようだ。
「ほとんどの奴とは自己紹介したが、流とはまだだったな。自己紹介してやれ」
「そのつもりで来たんだよ。お久しぶり、俺は旧名轟流、今の名前は風鳴流です。ふらわーでは豚のお好み焼きばかり食べる。ツヴァイウィングのファン一号で、名字で分かる通りそこの司令が義理の父親。ある意味で了子は俺の母親だし、緒川さんも父さんかな?」
「……えーと? 沢山家族がいるんですね?」
「あはは、まあよろしくね、響」
そう言って流は手を差し出したが、響は何故かへんてこな戦闘ポーズで叫んだ。
「いきなり名前!?」
「戦闘中に呼ぶなら短いほうがいいしね。なんで構えてんの?」
「いきなり名前で呼ぶような男の人がいたら、狙われてるから気をつけろって未来が言ってましたので!」
流は響が思っている『狙われている』は物理的なものだが、未来が言ったのは多分異性的な意味だろうとわかったが、藪蛇になりたくないので指摘はしない。
へんてこに見えていた構えを何度か組み直すと、それっぽい構えになった。
(あれ? もう父さんに習い始めたのか……早くね? まだネフシュタンクリスに、
響が早速アニメとズレ始めているが、まだ想定範囲内だと流は言い聞かせる。
「別にそんな意図はなかったんだけどね。なんて呼べばいい?」
『ストーカーが聞いて呆れるぜ』
頭をペシペシ叩いてくる妄想の奏を無視し、もう一度手を差し出す。
響がライブ被害者として虐められていた時に、自殺などをされては堪らないので見守っていた時期の事を奏は言ったようだ。
「なんでもいいですよ。えっと、改めまして、わたしは立花響です。よろしくお願いします! あとそれって」
右手で握手を返してきて、余っている左手で流が首に掛けているガングニールの欠片を指さした。
「天羽奏、ツヴァイウィングのもう一人の遺した欠片だよ。響の中に残っているのと一緒かな」
「そうなんですか……」
響は奏の死を思い出し気分が下がり、顔まで下を向き始めた。が、ここには最古のムードメーカーがいる。
「そして風鳴流は! 小学校すら! 卒業出来ていない子なのでした!」
「……へ? えええええええええ!!」
さっきまでの暗い顔から一転、響はものすごい者を見るような仰天顔で流を見つめる。
「よし、母さん、いっぺん拳骨喰らおうか!」
「きゃあー! 弦十郎くん助けてぇー」
了子は棒読みで叫びながら弦十郎の後ろに行き、こちらにあっかんべーをしてくる。流はフィーネの時との差に、吹き出しそうになり、フィーネの時にモノマネをして仕返ししようと誓う。
「響」
「はい!! 九九から教えた方がいいですか!?」
「俺はお前より何倍も頭いいからな? 高校の課題で四苦八苦してる人間よりは頭いい!」
「酷い!」
騒がしかったのが一度収まり、友里が温かいものを流にも持ってきて話が再開された。
「俺の登場で話が吹っ飛んじゃったな。確か、何故争いがなくならないかだったよな?」
「はい。みんな、本当は争いなんてしたくないと思ってるはず。だけど、世界から争いはなくならない」
響が錬金術師ですら絶対に解けないであろう命題を改めて投げかける。
「それはね、人類に」
「さっきも言ったけど、人間は完璧じゃないから争いはなくならない」
「だから!」
「了子のそれは外部に責任を押し付けすぎ。だから拗らせる」
横に座っている了子が一瞬だけ、目の色を変えて鋭く睨んでくるがすぐにできるお姉さんに戻った。
「人間には感情がある。人は喜び、悲しみ、怒り、驚き、様々な思いがある。そしてこの世界には物の数が限られている。人より幸せになりたい。自分の友人にもっと幸福になって欲しい。そんな思いはきっとあるだろう。それがなくならない限り、争いは残念ながら起きるだろうな」
「……未来には幸せになって欲しいです」
了子は弦十郎の言葉に目を逸らしながら聞いていた。最古から生きる女性にも、解けない命題はやはりあるようだ。
**********
「時間通りね」
「狙ってきたからね。で? 呼び出したってことはなんかやるのか?」
響が人類最難関の問題に頭を悩ませてから数週間が経った。
前日にフィーネから明日の正午に集まるように言われたので、怪しさ満点のローブと仮面を持参して流はフィーネの隠れ家である屋敷に赴いた。
「そうよ。これから作戦を説明するから座ってちょうだい」
「その前に飯食った?」
流の父親である弦十郎がラザニアを食べたいと言い出したので、思いつきでフィーネとクリスの分も作って持参してきた。昨日映画を借りていたので作中に出てきたのだろう。
それを温め直し、飲み物と一緒に研究機材なども一緒に置かれている長テーブルのある部屋に持ってきた。
「そういえばあなたも料理出来たわね」
「父親は和食がメチャクチャうまいよね。俺は父親基準で洋食と中華がまあまあ、和食は結構できるらしい」
食は体の資本という言葉の体現者である弦十郎は、自分の息子に武術だけでなく料理や家事も教えた。
「……食べていいのか?」
「ああ、存分にどうぞ。いただきます」
「いただきます」
「いただくわ」
流はラスボス状態の了子と食事をするという不思議な体験をした。クリスは何度もお代わりをして、とても汚い食べ方で食いカスが飛び放題だったが、流は美味しそうに食べてくれたので大変満足だった。
「今日、立花響を誘拐してきてもらうわ」
「拒否する」
「知ってるわ。契約ですものね。シンフォギア装者と戦うのはいいけど、殺したり誘拐したりなどをするのはなしとなっている。だけど、クリスが誘拐するのを援護するのはいいのよね? 直接貴方がそれを実行しないならいいはず」
「確かにそれなら契約に接触しないけど、あまりやる気が出ない」
「なら、契約と賭けはなしにしましょう」
フィーネはオーディンと結んだ契約書をこれみよがしに取り出した。契約書を破こうとするのをオーディンは無理やり止める。
「やるからやめてくれ。クリスには治療以外では何もしてないんだな?」
「それでいい。当たり前、契約は遵守するものよ」
「一々お節介なんだよ」
フィーネとの契約の一つに『雪音クリスに暴力という名の愛を与えるのをやめること』とあるので、それの確認をしてクリスにも確認をとったが問題ないようだ。
「ならいい。あとアレは出来たの?」
「出来ている。だが、あのような物は必要なのか? 武器を使うよりも肉体の方が強いと思うのだけれど」
「必要だ」
「そう。詳細説明を始めるわよ。まずは襲撃地点……」
**********
「もうすぐ襲撃だけど大丈夫?」
「何がだよ。なんも問題ねえよ」
襲撃地点になっている公園の近くで、クリスと共に身を隠している。クリスの足元には大きなケースがあり、中にはネフシュタンの鎧が入っている。
「暴力が嫌いなのに、暴力を振るおうとしてること」
その言葉にクリスはこちらに振り向き、キレながら胸ぐらを掴んでくる。それに流は抵抗せず持ち上げられた。
「お前に何がわかる!」
「多分クリスの今後の事は俺の方が知っている」
「変態かおめえは!」
「ははは。そうだね、これ渡しておくから」
初めての給料で買ったリディアンの近くにあるマンション一室のスペアキーと、その住所の書いてある紙を渡す。
「……は?」
「もし放逐されたらそこを拠点にするといいよ。フィーネも二課も知らないから」
「んなもんいらねえよ。オーディンに施しを受ける謂れもねえ!」
「いや、ある。お前の両親を見殺しにして、クリスが捕虜として辛い目に会い、フィーネの元に行くのを止めなかった詫びの一つだから」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ! お前が見殺しにした? ちゃんちゃらおかしいわ!!」
オーディンが訳の分からない事を言うので、怒る気すらなくなり、そのまま突き飛ばした。
「だがまあ、貰っといてやる」
何だかんだクリスは鍵を受け取るだけはした。内心フィーネにいつ切られるかわからないと思っているのか、それとも……。
オーディンは時間を確認する。作戦開始時間にあと数分でなりそうだ。それをクリスに伝えると、彼女はネフシュタンの鎧が入っているケースを開けた。
「は!? 鎧が入ってねえ!」
「……え?」
「二重底とかそんな奴じゃねえよな? なんで鎧がねえんだよ!」
クリスは急いで胸元から端末を取り出すと、フィーネ、今は了子に連絡を取り始めた。
『なあ、鎧の箱とあの箱をすり替えたのお前だよな?』
「ああ。クリスは戦うべきじゃない。特にネフシュタンではね。仲良くなるなら、今のフィーネに植え付けられた考えで戦うよりも、自分の意思で喧嘩した方が仲良くなれる気がするし」
奏にしか聞こえない小さい声で呟いた。
「作戦の時間だ。今ちょうど天羽々斬の蒼ノ一閃が見えた。俺は作戦行動を開始する」
「あ、ああ。で、どうすればいいんだよフィーネ!」
クリスは軽く頷くと、フィーネとの会話を再開した。
**********
現状はアニメの時よりも響と翼の仲は良い。翼が響のせいで奏が死んだと思っておらず、逆に奏の置き土産と思っている節がある。だが、そのやり取りはギクシャクで上手くいっていない。
アニメでは、響と翼が仲良くなるきっかけは、翼が絶唱を使ってボロボロになり、入院している病室を見られたあとからだ。
最近の翼は傍目から見ても無理をしすぎている。一度入院でもして休んでほしい。だが、絶唱を使わせるのは駄目だ。あれは危険過ぎる。ネフシュタンクリスと戦えば、アニメのようになってしまうかもしれない。
いつもの流ならば弦十郎の武術と緒川の忍術、そして映画の技術を使えば大振りしかしない風鳴翼なら楽に勝てるだろう。
だが、流は正体を隠してバレないように戦うため、いくつもの制限をかけないといけない。
まず拳主体の戦い方は不味い。忍術もまずい。中華拳法系列も不味い。映画で得た技術もほとんどがバレてしまう。
使えない戦法を羅列すると戦える方法がなくなった。だからこそ、フィーネに用意させたこの武器で戦うことによって意識をそらす。
「立花……その、えっとだな、
「は、はい!」
蒼ノ一閃によってグレープノイズを倒し、着地してから無言が続いていた中、不器用な防人は褒めるのではなく、厳しい言い方で改善点を述べた。
だが、それでも風鳴翼が見ていたことに笑みを浮かべてしまう立花響。
そんな中、乱入者が現れた。
「こんばんは」
「誰だきさ……それは!」
夜の闇に同化するような黒いローブに身を包み、顔にはふざけているのか全面を隠したオペラ仮面。そしてその人物が持っている武器、オレンジと白の配色の大型の槍。
『ガングニールだと!? って今のは俺の声!?』
どこかの司令室では、そんな声が上がっているだろう。乱入者の声は風鳴弦十郎その人とほとんど変わらなかった。
オーディンの仮面には、フィーネによって取り付けられた変声機がついている。そのボイスデータの種類は一種類で、風鳴弦十郎の声が使われている。
「あれってガングニールですよね?」
「見た目はガングニールだが、その反応はない。レプリカだろう……私の前にそれを持ってきたのだ、相応の覚悟があるのだろうな!」
翼は刀を大型化させて、隙なく構える。そして翼は歌い出す。シンフォギアを奮い立たせるために、友の武器のレプリカを持ち出してきた不届き者を殺すために。
「俺の名はオーディン。俺の元にはネフシュタンもある。だが、そんなことはどうでもいいよな? 俺の目的は風鳴翼。手合わせてしてもらおうか」
「いいだろう。奏を侮蔑した罪、その身で償ってもらう!」
互いに武器の先を向け合う形で相手の動きを伺う。
「待ってください翼さん、相手は人です! 同じ人間です!!」
「ガングニール。大丈夫だ、こちらは風鳴翼を殺す気は無い」
「そういうことじゃなくて!」
「くどい! 戦う気がないなら下がっていろ!」
すがり付く響を翼は言葉の刃で切り裂く。その言葉にたじろいだ響は、目を強く閉じてから不格好な構えを取った。
「わたしも翼さんと戦います」
「……わかった、背中は任せるぞ!」
「はい!」
(あれ? おかしい。何故こんなに仲がいいっぽいんだ? 戦いの中で育まれる友情とかそんな奴か? でも良すぎない? てか不味い。ただの槍と蹴りだけじゃ、修行始めたての響と殺意マシマシ翼には勝てない)
オーディンは勝つための手段を考えていると、後方から緑の光が何本も響側に放たれ、その光の着地点にノイズが現れた。それを行ったのはオーディンに鎧をすり替えられて、ソロモンの杖しか持っていない雪音クリスである。
「愛しているぞ!
翼と一対一ならば、今の彼女なら縛りありでも勝てる。流は現状を打破してくれたクリスに奏に言うような賞賛の仕方をした。
『…………』
奏が流の顔面を一回殴って、何も語らず消えた。
「貴様らが最近のノイズ襲撃犯であることも分かった。立花!」
「はい! 何とか戦ってみます」
響はノイズを引き連れて離れた場所に向かった。
「行くぞ、
「死ね!」
オーディンの言葉に一言返してから、大剣と化している天羽々斬で突きや斬撃を放ってくる。それを流はレプリカガングニールで流したり、避けたりして対応する。
日本刀の振り方をしているのに、使っている物は大剣。それ故に発生するズレの隙をついて、一気に近づき、至近距離から翼を突く。
それを何とか引き戻した天羽々斬で防ぎつつ、翼はバックステップで距離を取る。
(頑丈に作ったって言ってたのに、もうひびが入り始めてる)
オーディンはレプリカガングニールの状態に頬を引き攣らせ、その間に翼は空へ飛んだ。
モーションからして【蒼ノ一閃】のようなので、その場で回避してから迎撃しようと考えた。
『勝ちたいなら前にでろ!』
奏の言葉に即座に従い、蒼ノ一閃に肩を軽く裂かれるが、翼が着地する時には目の前についた。
不安定な状態だが、それでも迎撃のために刀を振るう翼だったが、流は刀を本気の突き上げで弾き飛ばし、勢いで体を仰け反らせている翼の胴体に蹴りを結構強めにお見舞いする。
「……ごめん」
蹴り飛ばす瞬間に声が出てしまったが蹴られた痛みで認識できていないだろう。
翼は地面をバウンドするように何度も跳ねて、木に衝突して動きが止まった。
「翼さん!!」
なんとかノイズを倒した響が倒れている翼の元に向かう。オーディンは弦十郎が来る前に急いで離れようとしたが、腹に痛みが走り、触れてみるとえぐれていた。
天羽々斬を弾き飛ばされた時、翼は仰け反らされた勢いを利用して足の刃を展開して抉っていたのだ。
結構な出血量であり、傷を認識してしまったため痛みを感じ始める。ふらふらし始めた体に鞭を打ってその場から逃げ出した。
オーディン、流は公園から遠ざかり、路地裏に入るとそのまま倒れた。