宮司が作った夜飯にはラインナップに合わないキッシュがあったが、流はとても美味しく感じた。消えていった少女ツキに引っ張られたのか、キッシュを食べている途中に涙がこぼれてしまい、少しだけ騒ぎになったりした。
夜もこういう調べ物が不得意ではない人達が読み進め、夜が耽る前に床についた。
流の周りが奏と翼というあからさまな包囲網になっていたが、別段彼は気にせずそのまま眠りついた。久しぶりに大きな
『流! サンジェルマンが何かを始めそうよ! あーし達のファウストローブを返して!!』
カリオストロが流に向けてテレパスを無理やり結んで、大きな思念で連絡してきた。いきなりの頭の中への声だったが、ゆっくりと起き上がって部屋から出た。
「何怪しげに出て行ってるんだ?」
「流はやはりわかり易いな」
「……ねみぃ」
部屋から出て外に出る準備をしていると、後ろから流に声がかかった。
流はそちらに振り向くと、奏と翼とクリスがいた。目を擦って眠たげにしているクリスの浴衣がはだけている所に視線がいきそうになる。しかし奏が怒るので不用意な視線の動きはしない。
『やっぱり無理ですって』
『だな』
カリオストロとプレラーティはサンジェルマンによって、肉体を男性から女性に変えてもらったらしい。それによって、二人の肉体の生みの親はサンジェルマンになり、不思議なパスのようなものが繋がっているそうだ。
その繋がりがすこし前に弱くなり始め、サンジェルマンが自分を生贄にしようとしていると二人は理解した。
そしてサンジェルマンを助けるために、カリオストロは流にテレパスを送ってきた。
現状サンジェルマンはアダムに盲信している。そしてサンジェルマンの危機を二人が察せることも彼女は知っているらしい。
それでもサンジェルマンを生贄にするという事は、パヴァリアの作戦の最終段階に移行したことを意味し、アダムやサンジェルマンと戦わなければならない。
カリオストロとプレラーティはサンジェルマンを止めるためなら命も捨てる気なので、流は止めることが出来ない。だが、装者は因縁がある訳では無いので戦いに赴かせたくなかった。
装者の皆が流にも無理をして欲しくないと思っているのは流もわかっている。だが、それでも装者とサンジェルマンが戦うというのは、カリオストロやプレラーティが死んだあの戦いのようになるかもしれないので避けたかった。
という事を、奏達に正直に話した。あまり秘密を持つと嫉妬で監禁する人が出るので、流も秘密主義は抑えるつもりだ。
「そんなことだと思ったよ」
「流はいつもそんなばかりだな」
「流って頭はいいけどアホだよな。それであたし達は逆に悲しむからな?」
「……ごめん。それとよろしく頼む」
流はその場で頭を下げたあと、ここにいる四人で了子と弦十郎が寝ている場所へと向かった。ウェルとナスターシャはそこにはいないがもし必要なのであれば了子が言うだろう。
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「来たわね。じゃあ、これから行われるであろう儀式の概要を説明するわよ?」
「お願い」
流達は弦十郎と了子のいる部屋の前に着くと、流がノックもせずに中に入った。ここにいるのはクリスを除き、割と身体能力がおかしい人が揃っていて、クリスも了子に遠慮する気は無い。緊急時故に誰も咎めることは無かった。
部屋の奥に置くと、既に弦十郎と了子、ウェルとナスターシャがそこにいて、端末を操ってS.O.N.G.と連絡を取っていた。
そして了子は流の顔を見て、前置きなしで話を始める。ここにはいない装者は、調べ物の疲れで覚醒に時間がかかるので一度放置する方針にしたようだ。
「これから行われるのは、膨大な生命エネルギーというものを無理やり人形に詰めて、神と見立てるための儀式よ。カリオストロとプレラーティの話の裏は取れたから、ここから少し先にある神社で儀式が行われるのもほぼ確定ね。そして今さっき、その神社から膨大なエネルギーが放出され始めたわ」
S.O.N.G.から送られてきている映像には、その神社から光の柱が空に伸びている映像だった。そしてズームをすると、その柱の根元にはサンジェルマンがいて、自らを捧げているように見える。
「それが行われたのと同時に、日本政府に対してパヴァリア光明結社から通知が来たの。神社に近づくのはいい。でも、転移系の技術で神社内部に入った場合、周囲の住宅地にアルカノイズがばら撒かれる仕組みを施してあるとの事よ。あと流は来るようにって……はぁ」
了子は色々と対策をしていて、流が戦いに参加せずとも何とかなる方法を思いついていた。だが、敵側が流を指定してきた。自分ならば良かったのに、神の器でありフィーネの息子を選んだこと、それに弦十郎との色々な事のタイミングの兼ね合いで少しだけキレていた。
「……流が神の器だからか」
「もしくは了子の息子だからだな」
「奏と雪音の二つであろうな」
アダムはこれらの他に、サンジェルマンから報告にあった位相を無理やりズラされて、この世界に干渉できなくなるという方法がある事を知った。それを真横にテレポートしてきて使われたら流石の自分でもひとたまりもないと思い、あえて流を壇上にあげた。
「戦力の逐次投入は愚策って言われているけど、あの子達は馴れない文献漁りで疲れているわ。すぐに起こすけど、もしキツかったら時間を稼いでちょうだい」
「マリアは慣れてそうだったんだけどな」
「しょうがないよ。マリアはウサギが大好きで、ずっと興奮していたからね」
「……やっぱり先輩のその話し方は慣れねえ」
翼の声の高さも奏がいるといないとでは全然違く、その声を聞き慣れていないクリスは頭をかしげる。
「最優先目標は敵に神の力を入手させないこと。次点でサンジェルマンの救出よ。それは納得してくれるわよね?」
『分かってるわ。ファウストローブを修復して返してもらったのだもの。サンジェルマンは私たちがどうにかするわ』
『逆にサンジェルマンには手を出すなと言いたいワケダ』
S.O.N.G.からのテレビ通話に映ったのは、S.O.N.G.の作業着を着たカリオストロとプレラーティだった。
二人はサンジェルマンを抑えることなら出来ると緒川に何度も交渉し、土下座までし始めた二人の対応に困り、キャロルに連絡をした。了子達に連絡をしなかったのは空気を読んだ結果だ。
それを相談されたキャロルは二人のファウストローブに仕掛けを施して、二人にそれを纏って戦うように指示を出した。もし裏切ったら仕掛けを作動させて死ぬという首輪を掛けた。
最近はほわほわとしていたキャロルだが、大切な者が沢山出来たからこそ逆に非道な事も出来る。決して弦十郎や装者達には言わないように忍者という裏の事も行っているであろう緒川に念押しをした。
「二人がサンジェルマンをどうこうしてくれるから、流はアダムを皆で抑えててちょうだい。倒せるなら倒しちゃっていいけど、出来るならアダムよりもオートスコアラーのティキを狙いなさい。流がオートスコアラーも人間と同等に扱っているのはわかるけど、止められるのに止めなかった結果、クリスや奏ちゃん、翼ちゃんなんかが死んで欲しくないでしょ? 積極的じゃなくていいから、もしあぶなくなったら迷わず壊して」
「……わかった。積極的にはやらないよ? でも手段がない時は壊すよ」
「あともしアダムかティキが神の力を手に入れたとしても、流や特に奏ちゃんは無理しないで。神殺しの力は見つかってないけど何とかなる方法は編み出したから」
流は今まで、フィーネとクリス、F.I.S.の皆、キャロル達の全ての敵を殺さずに、手加減して倒してきた。だが、今回の敵は流と相性が悪い可能性がある。故に、流には迷わず殺すように了子が命令をした。奏に念押しをしたのは、奏は流や翼が死にそうになれば、確実に身を滅ぼす必殺を使うだろう。それはクリスも一緒だが、既にやっている奏に強く言っておいた。
了子はひと通り説明が終わると、その神社の地形や周りの建物、想定されるであろう事柄を軽めに説明した。今度は了子も本気なので、真面目に淡々と説明をした。
そんな事をしていると、S.O.N.G.に風鳴より連絡が入った。風鳴からの連絡は訃堂本人からであり、弦十郎と流と翼に繋げろと言われたので、S.O.N.G.本部は了子達の端末と繋げた。
『貴様らならばもう起こっている事も分かっているだろう。流、護国災害派遣法を適応した』
訃堂には弦十郎も翼も見えているのに、流にのみ話しかけた。
「まさか! 流を特異災害として!」
『戯けが! 翼は黙っておれ! 此度の対象はパヴァリア光明結社のアダム・ヴァイスハウプトを災害と認定した。そして流にのみ、特権を与え、アダム及びその協力者を討ち滅ぼすことに対して、一切のお咎めはないようにしてやった』
「は? いやいや、アダムは倒してやるけど、協力者、サンジェルマンは滅ぼす気は無いからね?」
『……貴様の好きにせよ。それ故の特権だ』
訃堂はそう言われることは分かっていたのか、すぐにその行動に干渉しないと約束をした。
『……弦十郎、そして翼よ。貴様らは防人か?』
いきなり訃堂は二人を視界に入れ、意味の掴みづらい事を聞いてきた。
「私は友を、そして国の人々を守る防人であると思っております」
「わた……俺がやるのは、人を助けることであることは昔から変わっていない」
翼は奏とクリスと流を見てからそう断言した。弦十郎は敬語にしようとしたが、ここはそういうタイミングではないとわかり、いつもの言葉で答えを返した。
『ならば、助言を授けてやろう。此度の敵は異国の敵
訃堂はそれだけ言うと通話を切った。
「……今のはいったい?」
「翼ちゃんに心当たりは?」
「いえ、前に神を斬れるようになっておけとだけ言われたことがあります」
「あのクソジジイ、相当知ってるわね……どっちか知らないけど」
パヴァリアの事か、それとも流の事か。了子は十中八九後者であると思っているが、言葉を濁しておいた。
そのあとすぐに流はこの場所から宝物庫へ、宝物庫からS.O.N.G.への入口と出口を開きっぱなしにしておいてから、カリオストロとプレラーティを回収し、神社の近くまでテレポートした。
**********
「ゴフッ! 貴様の思い通りなどさせぬぞ!」
訃堂は助言を言ったあとすぐに通話を切った。もしそのまま通話を繋げていれば、自分が吐血する場面を見られる羽目になっていた。
「良いか、あれは貴様の物ではない! この国の国防を守るために創り出されたモノだ!! グハッ!」
訃堂は自分の拳を机を叩きつけて自分に言い聞かせるように叫び声をあげた。そしてそれを言い終わると、訃堂はそのまま倒れた。
だが、倒れた訃堂はすぐに立ち上がった。
「さて、俺……ではなく、我も出陣するとしよう」
起き上がった訃堂は体の調子を整えるように軽く体を動かしたあと、言葉を呟いた。
その言葉のあとには、訃堂は姿をその場から消した。
**********
「何あいつら」
「……アダムに従ったワケダ。彼らは反発していたはず、どういうワケダ?」
神社から少し離れた場所にテレポートして、シンフォギア装者はシンフォギアを、錬金術師はファウストローブを纏った。流も全身デュランダルになり、エネルギーをどんどん生産させていく。
翼とクリスは話には聞いていたが、リンカー適合者のはずの奏がリンカーなしで普通に変身したことに驚いていた。
『流さんが持ってた欠片にシンフォギア・システムを積んで、変身できるようになる事も了子さんはお見通しでしたね』
『ママを完全に驚かすには、人類創造くらいしないと驚かないんじゃないかな?』
奏は流が首に下げていた欠片をペンダントにしたものを使ってガングニールを纏っている。そしてペンダントに憑依していたセレナは、完全にペンダントから流に憑依先を変えた。
噛み跡をつける前は出来なかったことだろうが、あれを付けたあとから流に常に憑依できる様になっていたが自重しておいた。だが、今回ペンダントが流から離れるので、流に憑依することになった。
神社の入口につくとS.O.N.G.のエージェントがその神社を囲っていて、それににらめっこするかのようにローブを着た人間達が神社の中からこちらを見ていた。
「顔を出してないってことは雑魚ね」
「あんなヤツらたわいも無いワケダ」
「あっ」
パヴァリアでは顔を出していないというのは錬金術の位を示しているようで二人は雑魚と決めつけたが、その言葉に流を含めたS.O.N.G.組は警戒を強めた。
まずこの最終局面で雑魚の物量は要らない。
囲っているエージェントに距離を離すよう言ってから、神社の門に近づいた。
「一番隊やれ!」
門の近くにいるローブの男が指示を出すと、その周りにいる錬金術師が錬金術を行使するために錬金術陣を空中に描いた。
「は?」
「どういうワケダ!?」
その錬金術陣は二人が思い浮かべていたものよりも、何十倍も大きく、警戒を怠っていた二人は回避行動が遅れる。
シンフォギア装者はすぐに背後に飛んで回避。
「アホかお前達」
流はカリオストロとプレラーティを宝物庫に放り込む。炎や氷や雷や物量。様々な錬金術が流の元へ殺到してくるが、流自身は位相をずらして回避する。
「どうだった?」
『なんか結晶みたいなものを使ってブーストさせてますね。キャロルちゃんでいう想い出、サンジェルマン達でいえば生命エネルギーですかね?』
セレナはここに来た時に空中でアピールをしまくったのだが、誰一人として視線をそちらに向けなかった。故にセレナはいつも通り、軽く先行してカリオストロ達が言っていた雑魚が、何故強い錬金術を使えるのかを探りに行った。
「結晶を使ってブーストさせているらしいから、油断するなよ!」
流はカリオストロとプレラーティを宝物庫から取り出し、説明しながらローブ達に向かおうとしたら、神社の奥の光の柱が一際大きく輝いた。
「不味っ! このままだとサンジェルマンが!」
「焦るな!」
カリオストロがその光を見て走り出そうとしたが、流は肩を抑えて止めた。その流を追い越すように翼とクリスが前に出た。
「どうした?」
「流と奏、それにそこの二人は先に行け。この場所は私達が受け持とう」
「流も何だかんだサンジェルマンとかいう奴も助けたいんだろ? なら、あたし達が足止めしてる間に行ってくれ」
二人はまるで死亡フラグを立てる、殿を務める良い奴みたいな事を言い出した。
「……クリスはいいのか? 流と一緒に行かなくて」
「いいんだよ。実際流の本気に合わせられるのは先輩と奏だけだろ? あたしはまだ無理だから、足でまといだからな。ここは任せてくれ」
「勝算はどうなんだ?」
「奏は流と居たんなら知ってるだろ? あたしの武装は雑魚刈り向けなんでね。100%勝てる」
「わかった。あとは頼んだ」
何故かお約束を知っているはずの奏までフラグをクリスに押し付けて、強行突破をかけようとしている。
「いやいや、置いていかないから二人だけを」
「……敵を止めて先に進むのが最善であろう?」
「そうだね」
「了子も言ってただろ? 流が敵を倒せばそれで終わり」
「言ってないしそんなこと……わかったわかった。いつもの俺と同じことをしたいんだな。でも、二人だけでは戦わせないよ? 大群が相手ならこちらも大軍だ。皆、よろしく頼むわ、指示はクリスと翼に聞いてくれ。敵を殺すなお前らも死ぬな!」
どうしても戦いたいようなので流が折れた。だが、せっかくこちらにも大軍がいるのだ、遣わせてもらおう。
流は背後に手をかざすと、後ろの空間に大きな宝物庫との入口を広げていく。
宝物庫からは鳥を初めとした、戦闘力を増したノイズ達、通称武闘派ノイズがどんどんこちらに出てくる。
カリオストロとプレラーティはシャトーで色々な動きをしているノイズを見ていたし、バルベルデで軍事利用されたことは知っていたが、隊列を組んで宝物庫から出てくるノイズ達を見てローブ達に鎮魂歌を歌いたくなった。
「……これ私達はいるのか?」
「ノイズ達は指示する人が必要だからね。まだノイズの司令塔ができるノイズは育成できてないし」
「いやいやいや、それは流石にダメだろ!」
ノイズの指揮をノイズにやらせるという考えは奏から生まれたので、奏本人は黙ってそっぽ向き始めた。そこにクリスがツッコミを入れている。
「……ノイズ達よ! 私に続け!」
あまり悠長にしていられないので翼はすぐに天羽々斬を掲げて、近接武器を持っているノイズ達に向けて指示をしてから駆け出した。
「お前らはコインを打てるのか……レイアに習ったってことか。お前達は先輩とそれに従うノイズの援護だ!」
クリスは主に遠距離を使えるノイズに指示を出して、自分も戦い始めた。
流と奏、カリオストロとプレラーティは飛行型ノイズ『鳥』に感化されて、鳥の姿を真似ているノイズ達に跨って一気に神社の奥へ向かった。
飛んではダメとは言われていない。
「やあ、待っていたよ。出来損ないのD」
神社の本社前に着くと、アダムとティキ、そして全裸で倒れているサンジェルマンが流達を待っていた。
今までまともに動いていなかったAXZ第二勢力が動き出しました。