風鳴による元風鳴の悪しき者を討伐せしめる戦いが始まった。
「チッ、翼! 前に出てくるな!」
「……お父様」
「ああ!」
翼が訃堂の体を奪っている轟の草薙剣を受け止める。轟の目的は翼であり、八紘と弦十郎がいる状態で手加減した剣術を披露していたら倒されるので本気で戦っている。だが、やはり目的の翼が剣の先に来ると、剣先がブレて威力が下がる。
草薙剣は完全聖遺物であり、その威力はカ・ディンギルで使われたデュランダルやネフィリ……いや、これは脅威になりえていない。ソロモンの杖やネフシュタンの鎧を知っているここのメンバーならその脅威度がわかっているだろう。
だが、その聖遺物も使い手が手加減してしまえばその鋭さも鈍ってしまう。
翼が抑えている所に訃堂の手足の一本でも奪い去るために、八紘は本気で断ち斬るべく娘から借りた天羽々斬を操る。
「効かねえよ!」
その攻撃は八咫鏡によって綺麗に防がれる。しかしこの攻撃も仕留めるに至らず、もし通ればいいなくらいの認識による攻撃だ。そんな認識だが、通ったらその腕や足を切り裂くつもりでいる。
S.O.N.G.には優秀な異端技術を行使した医療が出来る人材がいる。アルカノイズに分解されて酷い有様だった足を完璧に治せる人、了子とキャロルがいるのでこちらは手加減せずに済んでいる。偶然にもステファンの件があったおかげで手加減せずに済んでいた。
いきなり訃堂が死ねば国内が荒れ、国外への国防にもあらが出てしまうのでこの肉体を殺すわけにはいかない。
「……ハァ!!」
天羽々斬を纏った風鳴翼よりも、天羽々斬を操り、ただのなまくらな刀でも岩を切り裂く達人である八紘よりも、強烈で強大なダメージを与えられる拳を持つ弦十郎が、剣と鏡を使った轟に向けて本気で拳を振るう。
「させねぇって言ってんだろ!」
轟の草薙剣を持つ手とは逆の手で弦十郎の拳を迎撃するべく拳を振るった。
「軽い!」
轟の振るったその拳はその腕ごと肩からちぎれて後方へと吹き飛ばされていった。
弦十郎はその吹き飛んでいく腕を
「グハッ!」
その直後、弦十郎は何故か顔面をぶん殴られ、腕が吹き飛ばされた方とは逆方向に吹き飛ばされた。
弦十郎ほど近接していない翼と八紘は何が起こったのかわかった。
「腕が刹那の内に修復した!?」
「……まるで流のようではないか」
流は腕が斬れても再生させることが出来る。デュランダルは『不朽不屈』により、その存在が欠けるなどして通常の状態から変わることを許さない。故に体は再生する。
セレナが流の声帯などを弄れたのはその戻る力を誘導した結果なのだが、それはセレナ以外理解していない。
この訃堂の姿を奪っている轟は瞬きする間に腕が既に生えていた。まるで何ごともなかったかのように腕がそこにある。轟の奥を見ると、確かに吹き飛ばされた腕があるので斬れたはずだ。
「
「随分とぺらぺら喋るものだな。そういうのは死亡フラグだぞ」
「死亡しない存在に死亡フラグが立ってどうする」
そこから轟は鏡の防御を最低限にして、鏡自体でも攻撃を始めた。
また同じように敵の動きを制限して、次は弦十郎が八尺瓊勾玉を攻撃するも鏡と同じように破壊することが出来なかった。
拳では駄目ならと八紘も積極的に攻撃に加わるが、肉体の再生を遅くすることも勾玉を壊すことも出来なかった。
「無駄無駄! 貴様らでは絶対に殺し切れねえよ」
その言葉の通り、どれだけ攻撃をしてもすぐに再生してしまい、体力の衰えも見られない。訃堂の体なら、この三人との戦いですぐにスタミナ不足に陥るはずなのに、動きが一切変わらないところを見ると体力すらも回復しているのかもしれない。
だが、何度も打ち合っているとおかしい点が浮き彫りになる。
確かにその剣の腕前は八紘と同等の様に見えるが、技の選択に迷いがあるように見える。
既にフォニックゲインの余波で何とか切れ味を保っている程度の八紘が操る天羽々斬を、壊すべく強打をしようとするのだが、動きが最適化されていない。
そして何より翼の攻撃は一度もその身に受けていないのだ。
弦十郎と八紘は呪いや哲学兵装についてある程度は知っているが、流や了子、キャロル達に比べたらその知識量は赤子同然。その中でもファラと何度も手合わせをした翼はそこら辺の話を色々と聞いているし、流と話したりもしていた。そして聖遺物についても。
流や了子が最も完全聖遺物を自分の思い通りに操れたのは融合させているかららしい。流はデュランダルと融合した事で流の想いで無理やり、カ・ディンギルでクリスにダメージがいかないようにしたし、了子はネフシュタンの鎧を融合させたあとの方がうまく操れていたらしい。
完全聖遺物は起動さえすれば一般人でも扱えるが、扱いきれるかと言われればそんな事は無い。翼と響が完全聖遺物状態のデュランダルを操ったとして、よりうまく扱えるのはやはり剣の道をゆく翼だ。
この男、轟は動きは稚拙な割に剣も鏡もうまく扱えている。無駄な動きがあるのに何だかんだ翼達も油断出来ないくらいにはギリギリの戦いをしている。翼達は体力の限界もあるのでこのまま行けばジリ貧だろう。
翼はあるぶっ飛んだ推察をし始めるが、そういった吹き飛んだ事は聖遺物関連ではよくあるので戦いながら考えをまとめる。
弦十郎の拳も、ほぼなまくらになっている天羽々斬の攻撃も受けているのにちゃんとした天羽々斬の適合者である翼の攻撃は受けない。
その時、翼はあることを思い出す。
ファラがある時話していた。
『流はデュランダルを融合したのだからその体は剣でなくてはならない。でも、彼はソードブレイカーを受けてもピンピンしていたわ。本当に理不尽よ』
より強く扱うには完全聖遺物は融合が必要。そして融合はその物になる事でもあるので、普通ならばその物の特性も得てしまう。
翼の操る剣は天羽々斬。八岐大蛇を殺し、草薙剣を新たに手にするまで使われていた神剣。そして草薙剣は八岐大蛇から出てきたのだ。仮に轟が草薙剣をより強く扱うためにどうやってか融合に近いことをしていた場合、天羽々斬は天敵、神殺しならぬ蛇殺しになっているのではないか。
「お父様、新しい剣を」
翼の声に八紘は戦線から一歩下がり、翼から出来たばかりのまだ天羽々斬としての機能が生きている剣を渡した。その間は弦十郎が一人で戦っているが、剣と拳と鏡
翼の意図を何となく理解した弦十郎と八紘は、まずは八紘の攻撃が当たるように立ち回るが、敵は肉体で受ける事はしなくなった。
少しすると再び体で受けるようになったのでほぼ確定のようだ。
轟のようにその事を口に出すことはせず、また八紘に剣を渡して今度は翼も強く攻めに出る。
「邪魔をするなと言っているだろう!」
「……」
また翼の攻撃を草薙剣で受けようとしたが、翼はさらに一歩前に出た。
「なっ!」
「喰らえ」
【○乳回避】
翼はその身を逸らして、ギリギリで草薙剣を避けた。奏やクリス、マリアでは絶対にできないその避けをしたが、体勢が崩れている。
翼の最近の戦闘スタイルは極力技を使わない戦法だ。技は強力だが、昔のノイズなどではない限り、その隙で反撃をされるので最近はあまり使っていなかった。だが、今こそ好機。
【逆羅刹】
ギリギリで避けて体が地面の近くまで落ちるが、そのまま足を振り上げて、脚部についているブレードで轟を斬り裂いた。
「ぎゃあああああ……なんてね」
「がはっ!」
翼に斬られた部分の再生は確かに遅い。だが、それでも通常ならば脅威的なスピードで回復している中、翼を弦十郎くらいはあるかもしれない身体能力で蹴り飛ばした。
「翼が邪魔で本気を出せなかったんだ。だから、翼が無理をしてでも攻撃をしてくるのを待っていた。確かに多少は草薙剣の性質を得てしまった影響で天羽々斬が脅威だが、八尺瓊勾玉の再生能力の方が上だ」
轟は語りながら、盾となる翼が居なくなったことにより本気で草薙剣を操ろうとしたが、翼が近くを離れるのを待っていたのは他にもいた。
「……」
【殺Χ式・裂風残車輪】
【影縫い】
いつからそこに居たのか。弦十郎も八紘も翼も分からなかった。唯一映像を見ていた緒川だけは居ることは何となく理解していたが、敵を騙すにはまずは味方から。味方が理解してしまったら、そういう動きになってしまうかもしれないので緒川は黙っていた。
そしてこの戦場のすぐ側の木の影で、忍者のようなギアを纏ったおかげで出来るようになった気配の完全隠蔽で調はずっと好機を待っていた。
本当なら自分が出ていけば手数が増えてもっと楽だったかもしれない。だが、自分の火力ではたかが知れているので、了子に言われた
通称、和装ギアを纏った調は姿にあった巨大な手裏剣を轟の影に向けて分身させながら放った。
翼を吹き飛ばせて、やっと目の前の邪魔者を殺せると油断をした時の一撃。完璧な意識外から放たれ、音もなく影に刺さったその手裏剣の存在に轟が気がついたのは、自分の体が動けなくなってからだった。
「……なに!?」
「了子さん!」
もう隠密の意味もないのでインカムに調は有らん限りの声で叫んだ。叫びながらも自分も巻き込まれないように全力で離れる。弦十郎や八紘ならば問題ないが、調や翼が喰らえば戦う力を失う。
『分かってるわ! お願い』
『はい!』
アダムの元へ響やマリアを送ったのと同じように、轟の上空の空間が割れた。その奥から極大な紫がかったビームが轟に向けて降り注いだ。
【暁光】
完全聖遺物を持つ轟と弦十郎と八紘はその極光に飲み込まれた。
**********
了子は弦十郎と別れたあと、チフォージュ・シャトーに来ていた。
ここにはアダム対策や流が暴走した時の為の対策などが多量詰め込まれている。この城だけは何があっても押収する事は出来ないように、表舞台に出る前に流は回収しているし、この城の報告は曖昧にしている。
了子がやらなければいけないことはいくつかあった。
まずレイラインを使った鼓星の神門については、レイライン封鎖という日本の地に影響を与えてしまう方法の許可が取れている。
あの流やシンフォギア、キャロルと了子が力を尽くしても、発動前に止めることは不可能である事を了子が説明したので認めざるを得なかったりする。
問題は天の鼓星の神門だ。
了子はこれは天の星々からエネルギーを取り出すと考えていたが、もしその考えが当たった場合、停止させることができない。
地球から見える全ての天を封鎖でもしない限り発動前に停止させるのは無理なので、発動後にどうするかを対策することにして結果的に間に合いそうだ。
次にそれを発動するまでにどうやって時間を稼ぐか。その時はガングニールに神殺しなんてことは知らなかったので、最高火力のガングニールの響と柔軟に色々できるアガートラームのマリアを送り込んだ。
本来ならそちらに全戦力を送り込めたはずなのに、轟轟とかいう
それと共に流が神の力に影響されて暴走ないし、自分を見失う可能性もあったので、未来は元々待機させるはずだったが、
「本当にいいのね?」
「はい、あの人は響の敵でもあります。なら、倒さないと!!」
了子がやったのは2期のウェルと同じだ。未来の響への愛に多少の指向性を与えた。より聖遺物を響の敵とし、愛の力で聖遺物を貫けるように暗示をかけた。これは未来が提案してきたことなので騙された訳では無いと書いておく。
そして轟轟の持つ三種の神器に強い敵愾心を抱き、ひたすらに神獣鏡のエネルギーを充填させていた。
シンフォギアは戦いながら即技を打ってもあれだけの威力が出る。そして未来は響に関することで、敵が響に害を及ぼすものならば神獣鏡のスペックが異常に向上する。
その神獣鏡の本気の一撃を更にチャージして放った。
これは準備時間もあり、本当に一度しか撃てないので、調には仲間が攻撃されている近くでじっと我慢してもらっていた。
そして翼が吹き飛ばされ、調が完全に影縫いを決めたので未来の【流星】を発動させた。既に了子の知る流星ではなかったので技名を変えて記録される。
鼓星の神門のような柱、紫がかった光が大人三人に降り注いだ。
弦十郎と八紘は暁光が放たれる前に、インカムで了子からギリギリのタイミングで連絡が来たので目を覆って光に備えた。
二人には聖遺物的な要素はなく、唯一八紘が翼から受け取っていた天羽々斬が消滅したくらいで被害はなかった。
「ぐああああああああああ!!」
だが、完全聖遺物を操るために少しではあるが融合させていた轟轟は違った。
まず融合とは簡単にして良いものではなく、もし流が今の光を喰らったら瞬時に蒸発していただろう。
轟轟は光を食らった瞬間、すぐさま鏡を上空に展開して無理やりガードした。
歴史では八咫鏡は天照大御神によって与えられたことになっている。その鏡は太陽神を写す鏡でもあり、それ故に光を
だが、聖遺物をより強く扱うには融合、そして強い想いが必要だ。それがほぼない轟轟は未来の攻撃を完全に防ぐことは出来ず、鏡がただの銅鏡、消滅せずに基底状態に戻されたため、モロにその光を浴びた。
「……だが、耐えたぞ!!」
八咫鏡は基底状態になり、草薙剣も覚醒前のデュランダルのように全く力を感じなくなった。だが、轟轟は八尺瓊勾玉だけは死守した。
これさえあればまたこの二つの聖遺物を起動させることが出来る。
『さて、敵はリインカーネーション。魂を転生させている存在よ。第二弾、お願いね』
了子の言葉が切歌に届くより早く、彼女は歌い終わっていた。
「私の鎌は神様だって、フィーネだって、翼先輩の仇敵だって倒せる必殺デース!」
「イガリマだと!? やめろおおおおおおおおお!!!」
聖遺物を纏って侵略してきたカストディアンに対する必殺の戦術、その力を剥いだあとに神だって殺せる鎌でとどめを刺す。
轟轟の真横に空間を割って現れた切歌はウェルに急いで作らせたリンカーWELLで負荷を抑えた状態で、イガリマの絶唱を歌い、巨大化している鎌で訃堂の体、轟轟の精神にとどめを刺すべく鎌をその身に突き刺した。
訃堂を殺してしまう可能性もゼロではないが、イガリマは表層に現れている魂を断殺するものだと判明しているので今度こそ確実に轟轟へと攻撃が届いたはずだ。
いきなり出てきたボスほぼ終了のお知らせ。
本編では書けなかった描写
切歌が相手の魂を殺す鎌を使うのに踏み切ったのは、2ヶ月修行で八紘にとても良くしてもらっていた。切歌にとって、ある意味八紘は父親でした。
その八紘の不幸になったエピソードを聞いた結果、覚悟が完了しました。
あと翼の天羽々斬は本当はめっちゃ効いてました。