戦姫絶拳シンフォギアF   作:病んでるくらいが一番

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#12『空回り』

「いやー、心配させちゃったみたいだね。ごめんごめん」

 

「このアホ息子が! 勝手に山篭りするのはいいが寝床の安全くらい確保してからやれ! クマに襲われたくらいで怪我しおって」

 

「……あれー? 勝手に山篭りってするものなんですか?」

 

「「しないの?」」

 

「しませんよ!」

 

 

 翼に腹を抉られまる二日寝ていた。そして起きた次の日には完治していた。流はこの訳の分からない回復速度は何かの力なのか? と思った。

 

「弦十郎くんと同じでしょ。映画のヒーローは敵と戦って大怪我を負っても数日で治る。それを体現しているのでしょうね。特別な力? ないない」

 

 フィーネによると、回復速度の速さは意志の力と肉体の神秘らしい。

 

 

 **********

 

 

 怪我の跡もある程度は消えたので、流は二課に来ていた。自分の父親を探していると、二課にあるジムに響といた。

 

「そういえば響って父さんに武術を習い始めたんだよね?」

 

「押忍!」

 

「なら俺が兄弟子か。あんぱんと牛乳買ってきて」

 

「えええ!!」

 

 響は驚きながらもそのまま部屋を出ようとする。流は笑いを堪えてすぐに修正する。

 

「ジョークだから」

 

「あっ、そうなんですね。あの、流さんはどれくらい師匠から学んでいるんですか?」

 

「10年くらい前からだな」

 

「十年!?」

 

 響は年数を聞いた後、少しずつ顔が青白くなってきた。

 

「同じ修行を十年だと思ってるだろうけど、俺は小学校とか行ってないから、その時間も鍛錬だったからね。あと修行難易度も違うっぽいし」

 

「あー、そういう事をやっていたから小学校には行っていなかったんですね。そうなんですか?」

 

 小学校に行っていない理由を知らなかったようで、ポンっと手を打って響は納得した。ニートをしていた訳では無い。

 

「流の時は鍛える事を諦めさせる意味合いもあったからな。それを乗り越えたから興が乗って、始めに山に放置したっけか」

 

「真水と塩だけを渡されて無人島とかね」

 

「映画じゃないんですよ!」

 

 響のツッコミがトレーニングルームに響いた……響だけに。

 

「そんなに長い間師匠の弟子をやっているのならやっぱり強いんですか? アームドギアを素手で吹き飛ばしたり、ヘリから飛び降りて地面を陥没させたり」

 

 流は弦十郎を見ると目を逸らされた。コンクリの地面を壊すと上の人に怒られる。多分始末書を書かされたはずだ。

 

「そっか、翼とずっといたから手合わせしたこと無かったね」

 

「ん?」

 

 流の言葉に弦十郎によって鍛えられた響は嫌な予感がして、スタートからトップスピードで逃げようとした。だが、その腕を掴まれて床に押し付けられた。

 

「父さんはパワーがバグってるから模擬戦とかやったことないよね? 俺と戦ってみようか」

 

「いやあああああああ!!」

 

 弦十郎が端末で広い部屋を抑えているのを聞いて、響は諦めて立ち上がった。

 

「響くんは先に行ってくれ。俺は息子と少しだけ話したいことがある」

 

「はい!」

 

 響は返事だけは元気に、テンションを下げながらトレーニングルームに向かった。

 

 

 

「父さんなに?」

 

「左肩と腹部を僅かに庇いながら歩いている。隠したいのなら、もっと上手く歩くべきだな」

 

 流個人を特定できる情報は二課にしかない。戸籍などはあるが、最低限の情報しか記載されていない。

 第二の特異災害対策で情報の秘匿がシンフォギアよりもしやすいが、情報自体も絞られている。技術ではなく人だから、身柄を奪えばそれだけで使えてしまうので出来る限り情報が拡散しないよう対策されている。

 

 だからこそ、了子はデータの隠蔽工作を容易く行えたのだが、目の前にいる存在(弦十郎)は、数値やデータでは測れないOTONAの一人だ。

 映像越しにオーディンを見て、息子だと直感し、槍さばきと蹴りを見て確信を得て、再会した時の体の動かし方で改めて確認を取った。

 

 弦十郎は体に力を入れて、流に対して本気で威嚇を放つ。流は反射的に構えを取りそうになるが構えることはしない。

 

「……俺を殺してでも成したいという訳では無いのか。トレーニングルームに行くぞ」

 

「……はい」

 

 普段見せない本気な顔で弦十郎は息子に告げ、そのまま部屋から出て行った。

 流はここまでしてきたのだから絶対に乗り越えると気合を入れてその後をついていく。弦十郎への恐怖で体が震えているが、それを責められる人はいるだろうか……。

 

 

 **********

 

 

「響くん、流は病み上がりだ。君がシンフォギアを纏って戦ったら、無理をするかもしれない」

 

「シンフォギアを使う前提だったんですか?」

 

「当たり前だ。こいつは若干弱い俺と考えてくれ」

 

「……シンフォギアを使うべきですね! でも、纏わないと若干弱い師匠と戦いにすらなりません」

 

「ああ。響くんは俺の強さをある程度は理解している。なので、俺と流が一発だけ拳を同時に放つ。互いに本気(. . )で打ち合うそれを見て、流の実力を感じ取ってほしい」

 

(……え? 俺死ぬの?)

 

 今の弦十郎は本気だ。それを間近で感じ取っている流はその弦十郎と拳をぶつけ合ったら、拳が壊れ、腕が千切れ、体が崩壊する光景が幻視できた。

 

「さあ、上を脱いで構えろ!」

 

 弦十郎は赤いシャツを投げ捨てた。

 

「……響は少し離れておいた方がいい。下手したら腕が飛んでくるから」

 

 流は比較的近い距離にいる響に本気で忠告をする。

 

「はい……はい!? 腕が飛ぶってどういう事ですか!」

 

「千切れてポーンって」

 

「肩からポーン!?」

 

 新鮮な響の反応に笑みを浮かべ、流は白いシャツをその場で脱いだ。

 

 白いズボンに真っ赤な髪を立たせて、いつもに増して大きく見える体で構え、拳に力を込める風鳴弦十郎。いつもとは違い、無言で力を溜め続ける。

 

 その正面には黒いズボンに黒い髪、髪の後ろは弦十郎を意識しているのかそれっぽく立たせているのが風鳴流。肉体は弦十郎より大分細いが、二課が総力をあげて作り上げた筋肉が詰まった体。弦十郎とほとんど同じ構えで力を込める。

 

 二人の体からは大量の汗が滴り、熱気があがっている。

 

「響くん、開始の合図を」

 

「はい! では行きますね、よーい、始め!」

 

 二人が本気で打ち合うという今まで危険(. . )だから行われてこなかったことを知らない響は、運動会でやる徒競走のスタート合図みたいな気軽さで火蓋を切った。

 

 

 この三人は預かり知らぬ事だが、二人の本気な様子を監視モニターで見たスタッフ一同は医者の手配や担架の用意、放送で死合(. . )の中止の呼び掛けなどをしているが弦十郎がこの部屋の放送を切っている。

 その中に一人だけ、二人共入院(. . )してくれれば万々歳だと思っている、できる女34歳(櫻井了子)がいるが、誰も気が付かない。

 

 

「「おおおおおおおおおおおお!!!」」

 

 互いに相手へ向けて一歩踏み出す。弦十郎の足元は大きく陥没し、床に足が刺さっている。流の足元は弦十郎に比べて破壊範囲が少ないが、下に深く破損を広げた。

 

 二人の拳が、互いに最も力の入れられる最高の位置でぶつかる。拳と拳のはずなのに、パン! という破裂音が響き、二人は本気で踏ん張っていたが、真反対の壁に向けて吹き飛んだ。

 

 たった一度殴りあっただけで地面が陥没し、関係ない壁に亀裂が入っている。シンフォギアの訓練用に強化されている壁にめり込む二人の男。

 

「シンフォギア纏ってないよね……って死んじゃう!!」

 

 響は急いで部屋についている内線でスタッフを呼ぼうと近づくと、ちょうど医療班が中に入ってきた。

 

「師匠と流先輩が、ぐわってなってパンって! あの、それで!」

 

「わかっています。響さんはそこに居てください」

 

 医療班とともに入ってきた藤尭が響を落ち着かせる。

 

「……あー、こりゃ拳にヒビが入ってるな。久しぶりに全身が痛えなこりゃ」

 

 めり込んだ内の一人、風鳴弦十郎は打ち込んだ右手を抑えながら出てきた。履いていた白いズボンは衝撃で破け去ったようだ。

 

「きゃああああー、きゃああああ!」

 

 パンツ一丁の師匠を見て悲鳴をあげた響は、若干穴が空いている手の目隠し越しで更に見て、もう一度悲鳴をあげる。

 

「司令! 流くんを殺す気ですか!」

 

「ああ、俺は殺す気で打った。もし闇に落ちているのなら、俺の手で以て命を摘み取ってやるはずだった。鍛錬を怠り、腑抜けていたなら今ので死んでいただろう。だが、拳を重ねたからこそわかる。邪な思いはあるが、悪ではない。世界を思っての行動だというのもわかった。はぁー、俺の早とちりか」

 

 弦十郎は無事な手で頭を掻きながら、赤いシャツを肩にかける。下はパンツのままである。

 

「殺す気って、ああもう! 医療班! 流くんはどうですか!」

 

 流は二課では人扱いされているが、人間と同じメンテだけでノイズを殲滅できる増産不可な兵器、いざとなれば捨てる物として上層部には思われている。だが、もし勝手に殺したり死んだら二課の責任問題になってしまう。藤尭が焦るのもしょうがない。

 特異災害対策を勝手に一つ潰したら、確実に二課の何人かは首が飛ぶ。

 

「腕の関節がズレているようですが、変に折れている感じはありませんね。全身が鞭打ちになったようですが……これなら数日後にはいつものように起きると思います」

 

「壁にべこっ! ってなったのに数日寝れば治るんですか! 師匠達って一体?」

 

「響くんも半年くらいすれば回復力ならこれくらい行くのではないか」

 

「ジャッ○ーだって、もっとかかりますよ!」

 

 意識のない流はそのまま担架で、昔はよく入院していた病院へ運ばれた。

 

 

 

 少しすると流の検査結果が出た。

 

「俺達二課が全力で鍛えたからな。これくらいは当然だろう。むしろ、俺こそもう一度鍛え直さねえとな」

 

 骨や内蔵、脳にも特に異常なし。打撲や脱臼程度の傷しかないとの報告書が同じ検査をしていた弦十郎の元に届いたのであった。

 

 

 **********

 

 

「……ここは」

 

 風鳴翼は緊急治療室で目を覚ました。謎の襲撃者、オーディンによって胸骨や肋骨を損傷し、肉体にもダメージが残ったが、ダメージに比べて傷は少なかったらしい。

 

 翼は夢の中でいつもとは違って妙にリアル感のある奏と対話していたような気がする。とても苛められたような気がするが、奏がそんな事をするはずがないと頭を振る。

 

 ポットを開けて体を持ち上げた時、胸から何かが落ちた。それを拾い上げてみると、あの憎き風鳴流がいつも付けているガングニールの欠片のペンダントだった。

 

 流は嫌いだが、奏を感じられる物が近くにあったから、夢の中で奏とずっと話せたのかもしれない。お礼と欠片の返却……はしたくないけど、しようと思い立った。

 

 

 **********

 

 

「だから、寝てろって言ってるだろ!」

 

「台所をまたグチャグチャにする気だろ? 料理ができないからってプライド云々言わなくても。女性が出来ないと駄目なんてことはないから!」

 

「おめえが出来過ぎるのが悪い。この前家にあったパンで、一番美味かったのを買ってきてやったからそれを食え!」

 

 弦十郎と流が決闘をして数日が経った。医者が言っていた通り、数日で完全に動けるようになったので隠れ家に戻るとクリスが台所をぐちゃぐちゃにしていた。

 

 

 退院する時に流は弦十郎と会った。

 

「お前が本当に間違ったら俺が全力で止めてやる。だから、やってみろ」

 

 そう言いながら頭を撫でられた。流は敵わないわけだとマリアのように思ってしまった。

 

 

 クリスはあと数日で出撃だから街にいろと言われたらしい。クリスが日を跨いで休める場所はここしかないので、ここに泊まっていたそうだ。

 

 流がいなかった数日で台所をぐじゃぐじゃにしたクリスは料理禁止を言い渡され、冷凍の作り置きや冷食、パンやその他を食べるように言われた。

 

 その後、クリスと他愛もない会話をしていると、たまたま先程まで検査入院していたことも洩らしてしまい、病人扱いをされている。

 

「あんぱんしか入ってないんだけど」

 

「一番美味いもんしか買ってないからな」

 

「俺も好きだからいいけどさ、他も買っておいてよ。金なら渡してあるでしょ?」

 

「美味いからいいんだ」

 

 弦十郎はあんぱんが好きなのでよく美味しいあんぱんを買ってきていた。流もそのおかげで好きになったからいいのだが、紙袋いっぱいにあんぱんだけというのも中々にシュールである。

 

「次の作戦ってなに?」

 

突起物(二課)がデュランダルを運び出すからそれの強奪だってさ。あっ! おめえはここで寝てろよ? この前腹に風穴開けられたのに、また入院するアホは連れて行ってやらねえ」

 

 牛乳パックにそのまま口をつけて垂らしながら牛乳を飲み、あんぱんの餡子を頬につけて頬張るクリス。垂れ落ちる牛乳の雫が、胸の谷間に落ちていく光景から目が逸らせない男がいる。もちろん妄想の奏に殴られた。

 

「フィーネが決めることだろ?」

 

「フィーネも今回は私を選んだんだよ。最近は活躍出来てなかったし、今度こそ成功させる」

 

 流はクリスのフィーネ依存はそこまで強くないと思っている。一人しか受け入れてくれず、その人物が飴と鞭をうまく使い分けていたからアニメのクリスがいた。

 流は盲信的な依存をさせないため、愛のムチの禁止をフィーネとの契約に追加してある。

 

 それでもクリスがフィーネに従うのは暴力を振るう存在を世界から暴力で消して、平和な世界を作ることを夢見ているからだろう。

 

「暴力を振るう存在を全て消して……殺して、全ての人を支配しても、平和な世界は出来ないぞ?」

 

 流は唐突に指摘をし、笑顔であんぱんを食べていたクリスの動きがピタリと止まる。猛烈に睨みながら牛乳パックを流に投げてきた。ぶっかけられた牛乳(クリスのミルク)を流は避けない。

 

「てめえに何がわかる!」

 

「あんまり説教っぽい事は言う資格ないんだけどさ、フィーネやクリスが裏で他人に暴力を振るう親を殺す。子供の前ではいい親をやっていた場合、その子供はクリスと同じように、暴力で親を殺した存在を憎み、『暴力のない世界』を望んで、クリスと同じことを始めたら……そのループは終わるの?」

 

「そうならないようにフィーネが支配するんだろ!

なんだ? オーディンはあたしが間違ってるって言いてえのか? もう、これしかねえんだよ!」

 

 クリスが食いかけのあんぱんを投げ、流の顔に命中した。そのままクリスは踵を返して部屋から出て行った。

 

「まだ駄目か、これ追わない方がいいよな。にしても誰もいないとこの家は大きい。奏、おーい、奏出てきて……はぁ」

 

 動物の番組やお笑いを見て笑っていたり、依存度が低く、フィーネ以外()の存在に暴力で負けたクリスなら、もしかしたらと思ったがそんなに簡単ではなかった。

 

 そしてクリスや妄想の奏がいつもいたおかげで広く感じなかった部屋も、とても広く感じて寂しさを覚えた。奏は呼び出しても出現せず、胸元にはガングニールの欠片もない。


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