「いくぞ、了子くん」
「決戦の時みたいに了子って呼んでもいいのよ?」
「いくぞ、了子くん」
「……はいは〜い」
パヴァリアの事変が終わり、少し経ったある日、弦十郎と了子は了子の研究室で相対していた。
弦十郎の合図に合わせて、了子が弦十郎に拳を放ち、弦十郎はその拳に自分の拳をゆっくりと当てた。
「……それは時の運だろ? 俺も早く欲しいが、そこは異端技術に頼りたくないしな」
「それで? 私はなんて思っていたの? 口に出してくれないとわからないわ。そんな遠まわしな言い方じゃ」
「子供は俺も欲しい」
「それだけ? 何故欲しいとか、そういった補足のようなものはなかったの?」
「ああ。でも、この了子くんの考えが嘘偽りが無いことはわかったな」
「うーん」
まだ正式には結婚していない二人はただいちゃついている訳では無い。書面上では訃堂の許可を得ているが、まだ騒乱の後の後始末が終わっていないので、皆には報告をしていない。
弦十郎は流と何度も拳を合わせている内に、流が何を思っているのか分かるようになっていた。それは映画では良くある事なので、弦十郎は深く考えていなかった。
だが先日、それはバラルの呪詛で封じられている統一言語に近いモノであることが分かった。今まで弦十郎は響やマリア、未来などと演習をしたこともあるが、拳をぶつけ合うなんていう、相手を傷付けてしまいかねない事は流以外にはしてこなかった。
そして今日はそれを試すことにした。結果、やはり弦十郎は対象が変わっても、相手の思っていることが読み取れた。
流や了子から聞いた統一言語は、本当にそれを使うだけで相手と誤解なく分かり合うものなのだという。だが、弦十郎のそれは一方的だし、何より相手の真意とその時思っている事しかわからない。
「それと俺の体は特に変化はなかったんだよな?」
「ええ。奏ちゃんを私が殺したあの日。可能な限り部下を救うために、怪我をした弦十郎くんを測った身体情報とさほど変わらなかったわ」
「さほど?」
「普通に筋肉とかがこの歳で密度をあげてただけよ」
「待て待て、歳とか言うな。まだ俺はそこまで老けてない」
「割とすぐよ? その歳からだと」
「……嘘だろ?」
弦十郎は流や流の魂と共にきた想いによって、弦十郎は最強であるという、呪いに似た祝福を得ていた。そのおかげで弦十郎は際限なく強くなれる……らしい。
弦十郎にはまだそこまでの実感がないが、既に流は完全聖遺物のようなものだ。その流の腕を粉々に吹き飛ばしている時点で普通ならおかしいのだ。
そして弦十郎は了子と歳についての話を始めたが、あまり聞いてこなかった事を弦十郎は尋ねることにした。
「……了子くんは老化が遅いんだったな」
「ええ、どれくらい遅くなってるかは経過観察しかないけど、ネフシュタンを融合させて身体の中に粒子は残っているから相当遅いでしょうね」
「そうか。そうだよな」
了子もこれ以上は何も言えなかった。
だが、それは今の未来による神獣鏡の光線を受けても、粒子は消えてくれない。まるで呪いのように残り続けているのだ。
弦十郎は表情を隠している妻の悲しげな目を見逃さなかった。そして決意した。まずは流に聞こう。
弦十郎は自分の肉体を特殊な技術で強くする気にはなれないが、惚れた女のためならどんなことだって耐える気でいる。こういう所が流にも影響したのだが、本人は気がついていない。
「それよりも問題は流よ」
「さっき言っていた老化の話か」
「そう。流の体はデュランダルと置き換わっているわ。普通、臓器の機能を融合した聖遺物が真似て、置換してくれるなんていう事はありえないのよ。まあ、実際に流がそれをやっちゃっているから、有り得たのでしょうけど」
了子もどうやればデュランダルにそんな事をさせられるのか分からないので、少し前に流に聞いたことがある。そうしたら、
『デュランダルと話して、お願いしたらやってくれた』
己の息子は無機物とすら会話が出来る時点で、自分の知識は適用できないことを知った。
「了子くんがありえないと思っていたのなら、分からないわな」
「この世界で一番聖遺物に関して詳しいのが私のはずですもの。流は現在99%ほど置き換えちゃってるのよね。ほんと寿命とかどうなるのかしらね。『不朽不屈』から考えると、ほぼ無限みたいなものになっちゃうけど」
「待ってくれ。流は完全に置換しているのではないのか?」
弦十郎から見て、流はデュランダルにしていない場所はない。そして臓器や脳なども既に置き換わっているらしいので、完全に置き換わっていると思っていた。
「睾丸」
「……は?」
「流は自分の子供を聖遺物人間という呪いを掛けたくないから、子を作る部分だけは避けているようね。まあ、それ以外の男性器部分はデュランダルなんだけど」
「あー、うん」
「だから、流を倒したいなら金的が一番なのよ……戦闘時は体内に埋め込むとかいうワケわからないことをしているっぽいから、金的が効くのは日常だけなんだけどね」
「うん」
時々了子の発言に弦十郎は動きを止めたりする。こういう時の了子は科学者なので、そういったワードでもなんとも思わないが、妻が平然と息子の性機能について口を出すのになんとも言えない感覚になる。
「弦十郎くんは警戒だけはしておいてね」
「何をだ?」
「流が皆を勝手に不老化しちゃうかもしれないのよ。流は装者の皆が、先に死んでしまうことには耐えられないわ。絶対に耐えられない。あの子は自分の存在価値を彼女達と定めているからね」
「確かにそうだな。気をつけよう……もし、もし彼女達の誰かが死んでしまって、それを行ったのが人類であれば……いや、そんなことが起こさせないために、俺達がいるんだもんな」
「そうよ。絶対にそんな事はさせないわ」
二人は流を第二の神アダムにしない為に、全力で皆を守ることを改めてここで誓った。
「それはそうと、この後はもう帰れるわよね?」
「いや、まだ指令として居ないといけないんだが」
「緒川に任せましょう。夜景の見える美味しいレストランの予約が取れたのよ。流がカリオストロと
「……あそこは政府御用達だから、了子くんでもそんなにすぐ取れなくないか? あと流にはまだ配偶者はいない」
「蕎麦爺に頼み込んだわ」
「
「別にいいじゃない。蕎麦爺の方が親しみがあって」
何だかんだやる事はやっていたので、二人は正規の手順を踏んで、緒川に押し付けて、レストランへと向かった。
「またですか。了子さんは私に奥さんがいないから、無茶ブリしてるんですよね確か。家と話し合って婚活するべきですね……そんな時間ないという事実を先にどうにかしませんと」
弦十郎が人を守る事以外に精を出すようになったのはいいのだが、その次の権限を持っている緒川に毎回押し付けが来ているのであった。
そして緒川は藤尭と友里を更に昇格させて、色々出来る立場にしてしまおうと、ヨナルデパズトーリに追いかけられて死なず、ティキの情報を持ち帰った功績を、しっかり纏めて国連に提出するのだった。
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「嫌です! 絶対に嫌!」
「文句を言うな」
「だって、今更中学生なんて!」
「セレナの肉体年齢からしたら妥当よ?」
「いーやーだ! 調ちゃんよりも下の学年は嫌です!」
流は響の誕生日を祝った次の日、もちろん病院になど行く気はなかった。しかし、クリスと本を読んでいる時に、セレナと翼と調と奏に無力化されて病院に運び込まれた。
流に圧倒的アドバンテージを取れるのは、
だが、シンフォギアすら纏わずに、流を無力化できる人が現れた。そう、最近復活したセレナ・カデンツァヴナ・イヴだ。
奏は新しい肉体の生成時、ガングニールを培養液に混ぜてガングニールの完全適合者になった。魂が常にガングニールと接していたおかげだという共通認識になっている。
そしてセレナは霊体のまま受肉した。姿はセレナの都合のいい成長を衰退させられたが、霊体の時に出来たことは出来る。
クリスを股の間に置いていた流を他三人で拘束し、セレナが流に触れられればそれだけで流の負けだ。
流はデュランダルで作られた擬似的な血液は流れているが、今の流はエネルギーで動いている。物を食えばそれを力へと変えるし、想いを力を変えられるが、流は電化製品などと同じでエネルギーを遮断されれば動けなくなる。
セレナは肉弾戦は
霊体で使えたアガートラームの力をそのまま持ってきているので、流に触れて、エネルギーの循環を咳止めれば、流は電池が切れたように動きを止めた。
もちろん流だってある程度は抵抗できるが、みんなに構ってもらうのが嬉しくて、コンマの判断を誤り、無抵抗で停止させられた。
流は久しぶりに一人寂しい夜を過ごした次の日、マリアが流の捺印を持って現れた。平然とマリアが捺印を持っているが、流の通帳の管理などもしているので今更である。
「セレナを学校に入れてあげたいのよ」
そして上のようなやり取りがあった。
「セレナはよく自分の姿を見てみなさい? どう見ても高校生には見えないわよ?」
流ももう一度セレナを見る。
霊体でいた時は割と成長したらこうなるんだろうなという様なセレナの姿だった。だが、あれは胸の成長性を都合良いものにしていたらしいので、結局はマリアとお別れをした死んだ瞬間の姿に戻されている。
セレナが死んだのは13歳の時だ。日本では13歳は中学一年か二年くらいだ。女の子は既にそこら辺で身長の伸びが止まり始めたりするが、今のセレナにはまだ幼さが残っている。
流はある意味合法ロリとか一瞬頭を過ぎったが、奏に毒され過ぎたと頭を振って消し飛ばした。
「見た目はロリと言えなくもないですよ? でも、私の今の頭脳はマリア姉さんよりも優れています!」
「……ふーん、そう。いいわよ? 勝負しましょう。もしセレナが勝ったら、どの学年に入りたい?」
「調ちゃん達がいる学年でお願いします」
「二年ね。もし私に勝てたら、流が無理やり高校の二年生にしてくれるわ」
「え? 俺?」
「わかりました。妹に負けて、泣きべそかいても知りませんからね?」
「セレナこそ、中学生になる心の準備をしておきなさい」
セレナとマリアは流の問いかけを無視して、書店に問題を買いに行った。
流は少し落ち込みながら
『俺は人を殺す感覚が分かっている。そして魂が消える輝きも何度も見ている。訃堂、お前は轟轟を庇っただろ? あの時握りつぶしたのに殺した感覚がなかった。お前があいつを始末して、色々益を求めているのはわかる。でも、生かしておいたら敵だからね? 俺は風鳴とはあまり敵対したくないから、よろしくね?』
訃堂には容赦なく脅し文句をメールで送るのだった。
この時代でも難関として名を馳せている国立大学の入試問題を買ってきて、参考書の軽い見直しの時間を取ってから、ベッドで眺めている流を無視して二人は問題に取り組んだ。
流は遠目から見ていたがあまり解けそうになかった。流は歴史関係の知識はボロクソだし、現代国語のこの場面の登場人物の思いを何文字以内でなんて問題は、流は一般人と感覚がズレすぎていて不正解。数学は了子直伝の解き方をするために途中式を書いた場合、理解できるのが了子と藤尭と友里くらいなので不正解。
割とボロクソだった。
『俺の子供には絶対に義務教育に行かせる』
と深く誓ったのであった。そして二人も数時間掛けて何教科か解き終わった。
「流ぇぇぇぇえ!! 妹に、何歳も年下の妹に! 最近まで意識がなくて、数ヶ月しか勉強出来なかったはずの妹に負けたあああ!! なんで、ねえ! 姉としてのプライドとかズタズタにされる成績じゃない!」
「よーしよし。マリアは普通に頭いいんだから大丈夫だって。ほら泣かない。鼻水も凄いし、今のマリアを見られたら、ファンだって……ありだな」
「ドヤ顔で勝負を挑んだのよ! 自分の妹に! それなのに!! うわああああん!」
「ふふーん!」
結果マリアが普通に負けた。
セレナは流の肉体で寝たりするまで、夜はとても暇な時間だったのだ。セレナは当時はお世事にも戦闘力が高くなかった。奏にぼこぼこにされて、毎回負けていた。そして流には知識すらも負けていた。当然のことなのだが、セレナは自分の存在価値を求めて、二人がやっていない一般的な勉強に手を出していた。
その後大学の専門分野に関する参考書から、イザークの錬金術の指南書に変わり、最終的にソロモン直々に色んな術、メインは錬金術を習っていた。その過程で神より知識を与えられたソロモンに一般科目の勉強も見させ、装者組の中では一番偏差値が高い。
逆にマリアは知識もあるし、頭もいいが、白い孤児院ではある程度の勉強しかしてないし、その後は戦いやら、アイドル活動なんかをしていたのでそこまで勉強してなかった。だが、妹に負けたのがとても悔しかったのか、奏に会えた翼以上にキャラ崩壊が引き起こされた。
『これ後から思い出して悶える奴だよな?』
『はい。マリア姉さんとっても可愛いですよね。動画を撮ってしまうくらいには可愛いです』
『セレナって割とSっ気ない?』
『流さんのせいですよ?』
『俺は悪くない。性癖関係は奏とママが全部悪い』
当たり前のように、流はマリアを抱き締めながら頭を泣き止むまで撫でつつ、セレナと統一言語で話すのだった。
「何も無かった」
「マリア姉さんがテストの点数で負けて、私を高校生にする約束を忘れないでくださいよ!」
「その後は何も無かった」
「マリアが自分から抱きついてくゲハっ! ちょっと待っ……」
目を真っ赤にしたマリアが俯きながら、何も無かったと壊れたスピーカーのように連呼する中、流はセレナと頭の中でジャンケンして負けたので、地雷に突っ込んだ。
マリアがアガートラームを纏いながら流を殴り、セレナと同じようにエネルギーを塞き止めて、流を機能停止にした。
「セレナ、流に高校の手続きをお願いしておいて。私はちょっと寄るところがあるから」
「はーい!」
その日から、マリアは大学に入るために勉強を始めるのだった。そしてそれを見た流も同じように、皆と大学に行けば楽しいのでは? と考え、勉強をするのだった。なお、S.O.N.G.にそんな時間はほとんどない模様。
S.O.N.G.の装者って希望すれば大学に行ったり出来るのだろうか? 一番現実的なのは国立でダミーカンパニーな大学かな。
定期的に書きたくなるたやマ。もしくはポンコツマリア。何故だろう。