「そこを右ね」
「ナビで分かっているわよ」
「一応ね」
移動拠点でもある車に乗り込み、途中で拘束服で拘束されて更に拘束されているウェルを回収して、流の家に向かっている。この車はでかくて目立つけど、警察に止められることなく着きそうだ。
「ドクターはこのままなの?」
「家に帰ったら拘束を解くよ。拘束服を直に着せたから、一度全裸にさせないと全ての拘束を外せないんだよね。それともここで全部外す?」
「そのままでいい」
「ドクターの裸はいらないデス」
真顔で二人が答える。ウェルは口も拘束されているので、何かを言っているが聞き取れない。
「とりあえず今日の予定を言います……その前に、マリアはこの時間に飯食う?」
「誰かさんのせいで、ライブの合間に出る食事もまともに喉を通らなくて、お腹は空いているわね。食べるわ」
「翼と違ってこの時間でも食うのか」
今は9時前で、家に着けば超えるだろう。翼はそんな時間には体型が崩れるから食べないと言っている。
「その程度で体型を維持出来ないなんて、防人は弱いわね」
「やめろ。翼は無駄に勘が鋭いから」
「そ、そう。軽めになにかお願い」
マリアは既に開き直り、利用できるならとことん利用しようと考えている。調や切歌にいい食事を食べさせ、いい服を着させてあげたいし、本当に計画を進行してくれるなら二人を学校へ行かせる余裕もできる。
ナスターシャをしっかりとした施設で治療を受けさせることも出来るし、金食い虫の菓子偏食家のウェルから解放される。
フィーネではないことも調や切歌にバレてしまったが、姉のように慕ってくれている二人に嘘をつき続けなくてよくなり、マリアのストレスはだいぶ緩和された。表情が柔らかくなり、『ただの優しいマリア』に近づいている。
「カニ缶あったはずだからそれで雑炊とか? もしくはスープ系にするか、はたまた春雨ヌードルとか出汁茶漬けでもいいか」
「お腹の空いている時に料理名を出さないでちょうだい。運転の気が散るわ」
「すまん」
「マリアだけずるい」
「カニなら私も食べたいデース!」
「お前らは食ったろ」
拘束されているウェルを二人でつついていたら、美味しそうな話が聞こえてきたので飛んできた。流は二人と話しながら、了子に無事完了したこと、詳細は明日伝えること、フロンティア関係であることをメールしておいた。
**********
「了子くん説明してくれないか? 流が黒いガングニールと戦っていたことや、その子達を自分の家に連れていったこと、何故翼達を招集しなくてよかったのかを」
「あの場に翼ちゃんが到着したら、更に混沌としていたからあれでいいのよ。詳しいことは私達の息子が説明するはずよ。一つ分かるのは、明日から相当忙しくなるってことね」
「それは分かった。だが、仮眠を取るために俺はここにいる。了子くんも仮眠を取りたいなら、別のベッドに行ってくれないか? 何故同じ所に入ってくる」
「ふふふ」
了子は怪しく微笑んだ。もちろん了子の思い通りに行くことはない。
**********
「これから当分はここで暮らしてもらう。同居人がもう一人いるけど、いい子だから仲良くしてね。鍵は作らないとこの人数分はないから後日。マリアとナスターシャにはすぐに渡すから」
拘束されたままのウェルを横抱きにしながら、流の部屋の階に到着し、部屋の前で皆に注意事項を述べておく。皆が頷いたのを確認して、鍵を挿して中に入る。
「ただいま」
「遅いぞバカ! なんで連絡を返さな……誘拐か?」
流の声に子犬のように飛んできたクリスが見たのは、拘束服を着て、顔も覆われている人間を横抱きにしている流だった。
「いやいや、俺は誘拐する趣味はない。この人は英雄志向の強い天才で、暴れそうだからこれ」
「まあいいや。バカやその友達がまた来てて大変なんだよ。あたしを巻き込もうと……なんだよその女達は! あたしを捨てるのか?!」
流を響達の生贄にしようと近づくと、クリスは後ろにいるマリア達が見えた。そのあと流を見て、クリスは涙目でそう尋ねる。
「いやいやいや、なんでその発想になるのさ」
「古い女を捨てて新しい女に乗り換えるのが男だってフィーネが!」
「母さんいい加減にしろよマジで! そんなことないから。クリスを捨てることなんてしないから!」
「本当か?」
「弦十郎父さんに誓って」
「待って! 今フィーネと言わなかったかしら? それに母親?」
マリアは聞こえるはずのない名前が聞こえ、質問するが無視された。流の中での優先順位はクリスの方が高い故致し方ない。ちなみに最優先は天羽奏だ。
「なら信じてやる。でもなんで歌姫マリアを連れてきたんだ?」
『気に入らねぇ』
『まあまあ』
流のクリスへの態度に苛立ちを隠さない奏が、彼の視界に出現した。
「は!?」
「「どうした!」」
マリアとクリスがいきなり叫んだ流を心配するが、流はそれどころではない。
視界にいる奏の横には、赤のアンダーに白のドレスをきた茶髪碧眼の女の子、マリア・カデンツァヴナ・イヴの妹、セレナ・カデンツァヴナ・イヴがいた。
『こんばんは』
「ワケわかんねぇ……えーと、何でもない。とりあえずみんな入ってくれ。クリスには明日説明する」
『奏さん、無視されてしまいました』
『思春期だからしょうがねえって』
自分の視界が信じられなくなり始めた流は、その事実を放り投げた。考えても一切わからない。
「流先輩! 課題を手伝って、って歌姫マリア!?」
「響! 自分でやるって言ったじゃない」
「なんで友達の家に遊びに来たら、トップアーティストが来るのよ! アニメじゃないのよ!」
「やっぱりビッキーの先輩って色々おかしい」
「ですわね」
「ちょっと待ってくれ! 響は落ち着け、未来が怒ってるよ?」
「しかも誘拐ですか!?」
「話を聞け!」
更に響や未来、その友達が来たことにより場がカオスになる。それを何とか収束させて、マリア達に一通り物が揃っている個室へ案内し、お風呂の場所やその他を説明した。
ウェル博士を拘束から解放して脅したり、マリアの前で騒ぐ響を
「騒がしいのは楽しいけど、一遍に来るのは勘弁。俺さっきまで命のやりとりしてたんだよ?」
「なかなか美味しいわ。おかわり頂けるかしら」
「ん!」
夕飯を食べていなかったクリスとマリアがカニ雑炊のおかわりをした。クリス達の夕食は作っておいた。響達はそれを食べたようだが、クリスは食べないで待っていてくれたらしい。外で食べたことを言うと、また了子にメールをしていた。
「先輩おかわり!」
「おい響。飯食ったんだろ? 太るぞ」
「だ、大丈夫ですよ! 走り込みを増やせば問題ない……はず。だよね?」
「響はもう少しお肉がついてもいいと思うから、私はいいと思うよ」
「未来!」
未来は未来で流にサムズアップして、響に抱きつかれて喜んでいる。風呂から上がった調と切歌も一杯だけ食べて、各々の部屋へ戻った。響は徹夜で課題を終わらせなければいけないらしく、未来がそれを手伝い、アニメちゃん達は横で寝ている。
「お前ら馴染みすぎだろ」
「いや〜、それほどでも」
「褒めてねえ。お腹減ったら適当に漁っていいから。じゃあ、おやすみ」
「「おやすみなさい」」
流は部屋へ戻る前に、クリスの部屋に行き、就寝の挨拶をしてから、自分の部屋に戻った。
**********
「大きなリビング、それにお客さんが泊まれる個室、みんなが集まれる場所になれる家が欲しい。そう言ってたのを叶えるために買ったけどさ、数年で達成できたな」
子供の頃に奏がアメリカのホームビデオを見て、なんとなしに言った夢のひとつが叶った。
『流は周りが騒いで、引っ張られる方が好きだからな。自分で動こうとすると、大抵ネガティブな事ばかり言うしな』
『そうなのですか』
『ああ。引っ張ってやらないと、勉強か鍛錬しか昔はやらなかったからな』
「はい、ストップ」
流は何度も目を開き直したり、頭を叩いたり、頬をつねっても、視界に奏と
アニメ2期で絶唱顔を一話で晒し、アルビノネフィリムの暴走を止めるために命を落とした優しい少女。流がもっと早くフィーネと話していれば、救えたかもしれない、流が見捨てた人の一人。
その程度しか知らないので、頭の中で再現ができるわけがない。会話シーンだって奏ほど頻繁に出てきていない。それなのに何故か奏の隣に座って話している。
さっきもカニ雑炊を食べていた。
「……もしかして今俺の目の前にいる奏って、俺の妄想で、都合のいい幻覚じゃないの?」
『……あのよ、それをあたしは何年も言ってきたよな?』
「だって、俺のせいで死んだ人間が都合よく俺に見えて、俺に語りかけてくれて、俺を肯定してくれる。そんなのありえないだろ! それこそアニメじゃないんだぞ!」
奏が流の頭を何度も叩く。物にも触れることが出来る一方で、物をすり抜けることも出来る。
流は理解した。これは深く考えてはいけない事だ。弦十郎の鍛錬で、何故自分がここまでの強さを手に入れられたのか、考えてはいけない事と一緒だと理解した。
『でも、現実に起こってます。自己紹介させて頂きますね。私はマリア姉さんの妹。セレナ・カデンツァヴナ・イヴです。もちろん死んでいます。どうぞよろしくお願いします』
セレナは流の目の前で立ち上がり、頭をしっかり下げて挨拶をしてきた。流もそれに合わせる。
「あ、どうも。風鳴流です。生きています。それで二人は何なの?」
『わかんねえ』
「奏がそう答えることは何となく分かってた」
『なんだと!?』
奏が殴りかかってきたので、流はその拳を
『私達は魂、もしくは幽霊と呼ばれる状態だと思います。私はアガートラームを纏って絶唱を歌いました。その後、瓦礫に潰されて体が死んでしまったのですが、私の魂はアガートラームに宿り、マリア姉さんがアガートラームを持つようになってからは、マリア姉さんに憑いていました』
平然とセレナが解説を始めたことに頭が痛くなるが、話をしっかり聞く。
『へぇー、あたしって幽霊だったのか』
奏の言葉にセレナは驚いてから続きを話す。
『先程まで……具体的に言いますと、マリア姉さんと流さんが戦い始めるまでは、漠然とした意識しかありませんでした。でも、マリア姉さんがガングニールを纏って、流さんと接触した時、今のような明確な意識を取り戻しました』
マリアに触れることは付き人をしていた時に何度かしている。なら、マリアのガングニールと流のつけているガングニールの欠片の共鳴を通じて、何かが起きたのだろうと流は考える。
『あたしは死んだ瞬間から流といたからわかんなかった訳か』
『多分そうですね。初めからこの状況なら、何故自分が死んでしまったのに、意識があるのかわからないかもしれません。私は漠然とした時間が長かったので、そういうモノである事を理解できたのだと思います』
『ちなみに流が暴走していた時、セレナが抱きついたおかげで暴走が止まったんだぞ。お礼は言っとけ』
奏の言葉にセレナは顔を赤くする。手をパタパタさせて奏を押している。
「ありがとう。セレナのおかげでマリアを殺さずに済んだよ」
流はその場でしっかり頭を下げる。自分が救えなかった人に救われた。流は感謝の思い以外何も考えない。考えれば、きっと心が折れてしまうから。
『そ、それは言わなくていい事ですよ! アガートラームの特性、力の制御が何故かさっきの状態でも出来たので、お力添えさせて頂きました。あのままだとマリア姉さんが死んでいたと思いますから』
『あたしはガングニールの力なんて使えねえけどな』
「俺の暴走ってそんなにやばかったの?」
全く知らない事実ばかりが出てくる中、流は先程の戦いの暴走がそこまで危険なことだったと認識していなかった。
『相当だったな。まあ聖遺物の暴走だし、しょうがねえっちゃしょうがないんだけどな』
『あれはマリア姉さんが悪いですから』
セレナはすげなくマリアが悪いと言い切る。
「セレナはなんで俺が魂と話せるかわかる? あと触れるか」
流はセレナに手を差し伸べると、セレナは意図を理解し、手を繋いだ。やはりその手は温かく、生身の人間に触っているように感じる。
『これも推測なのですけど、これではないでしょうか』
セレナは左手を差し出してきて、その親指を指さした。セレナの親指には銀色の指輪がついていた。
『……あっ! あたしにもある!』
奏の方を見ると、同じく左手親指に銀の指輪がついている。
流は自分の左手親指を見てみると、触れることの出来ない銀色の指輪をはめているが、
『奏さんは魂である認識がありませんでしたから、気が付かなかったのだと思います。この指輪は魂を流さんに縛り付けているものだと思います』
「縛り付ける?」
『はい、ある程度の強制力を持って、魂が引っ張られていますね。存命の方の体から引っ張るのは無理だと思います。他の方に憑いてる魂も難しいのではないでしょうか。ガングニールを通じて強い繋がりなどがあって、初めてほかの人に憑いてる魂を移せるくらいですので、問題は無いと思いますよ』
『マリアから離れることになったけどいいのか?』
「それ」
セレナはマリアを見守るために、マリアに憑いていたのだろう。なのに、流が勝手に引っ張ってしまったことになる。
『逆に嬉しいです。マリア姉さんに憑いてるだけじゃ、出番……ゴホゴホ、漠然とした意識しか持てませんでしたから。これからはしっかりとした意思を持って、マリア姉さんを見ることができます。差し当っては明日、マリア姉さんのライブを見せて欲しいのです。「QUEENS of MUSIC」でしたよね? あれが見たいです』
「了解した」
『なあ、あたしと対応に違いがないか?』
奏は不貞腐れながら、セレナと自分の対応の違いを指摘する。
「本当に必要なことならしっかり聞くし、セレナは奏と同じだから、可能な限り聞いてあげたいんだよ。しかも最近まで意識がしっかりしなかったんでしょ? なら、姉の晴れ舞台を見せてあげたいと思う……あとセレナは何となく庇護欲をくすぐられる」
『最後がなければ完璧だったのにな。まあ、私は何だかんだ自由に出来てたし』
「それほどでもない」
『褒めてねえ!』
『今日はマリア姉さんと戦っていますし、もう夜も遅いので睡眠を取った方がいいですよ』
「そうだな。風呂入って寝る……なあ、お前らってさ、姿を消してる時ってどうなってんの? 姿を消してても俺を認識できたりする?」
奏はその言葉に目を逸らした。
「おい、マジかよ。風呂はいい、俺の体に恥ずかしいところなんてないしな。でも、トイレでは目を逸らしてくれてたよな? セレナは見てないよな!」
家に帰ってきてから一度お手洗いに行っている。全裸はいいけど排泄は嫌だという心の叫びに、セレナは目を逸らした。
「……風呂いってくる。存分に見るが良い、むっつりガールズ」
『むっつりとか言うな!』
『……』
流は奏の蹴りを避け、セレナが顔を赤く染めている事を指摘して、風呂に入りに行った。風呂場には鍵をかけていたし、プレートもつけていたし、電気もつけていたのに、クリスが入ってきた。
クリスは不安を感じると、雷の音が聞こえてビビる子犬のようになるので、一緒にお風呂に入って落ち着かせた。
流石にクリスとの風呂は刺激が強く、少し前に性欲を覚えた流の我慢修行は続く。
これも全てフィーネって奴のせいなんだ。
**********
朝早くに流は何かを感じ取って目を覚ました。予定表や手帳を見て理解した。すぐに身支度してからある場所へ向かう。その部屋の扉をマスターキーを使って開けた。
「マリア、惰眠を貪ってんじゃない! 起きろ! はよ起きろ!」
「な、なに! 襲撃!?」
「襲撃じゃないけど起きろ!」
流はマリアの部屋に入り込み、掛け布団を剥いで、マリアをベッドから引っ張り出す。
「なんで流が部屋にいるのよ!」
「マスターキーで入った。早く起きろ、歌姫マリアとしてのスケジュールがあるだろ」
「は?」
マリアは本来なら、既に世界に宣戦布告しているため、歌姫マリアとしての予定を入れていない。だが、ここにいる男がそんな計画をさせる気がなく、とりあえずアイドルを続けさせるために、勝手に仕事を入れていた。
「いいか、一分で着替えろ。衣装は向こうに行ってから渡される。軽くメイクをするから、着替えたら洗面所に来い。俺は軽く朝飯を作っておくから」
「ちょっと待って。アイドルの活動は今日以降入っていないはずよ」
「轟とかいう付き人が勝手に入れた」
「お前じゃないか!」
マリアのために朝飯をさっと作り、外行きの服に着替えたマリアに分身を使ってメイクを施した。車では遅いからマリアを抱き上げて、ビルの上を走って仕事場まで連れていった。
食材を軽く補充するために、スーパーに寄った帰り道、
**********
「おはよう……飯は?」
「注文は?」
「あんパンじゃないパン」
「はいよ」
クリスは顔も洗わずにキッチンに来たので、洗面台に向かわせる。その後、徹夜組、アニメちゃん達、F.I.S.組が起きる前に朝食を作り、作り終えると
流はそれとの遭遇については誰にも言う気がない。特に了子には絶対に言わない。
『騒がしくて忙しそうなのに笑顔だな』
「朝にある女の子が朝食を食いに現れて、騒ぎ散らすのが日常だったからな」
『その時から奏さんは』
『はい、ストップ。セレナは余計なこと言わない』
奏がセレナの口を抑えている。魂同士も接触できるようだ。二人にも先程の遭遇については口にしないように頼んだ。それを聞いたあと、奏は流を心配するように軽口やその他色々な話をしている。
徹夜組も結局起きてきて、皆が席に座って思い思いに食べ始める。
「僕は菓子類しか口に入れないと決めている。僕の天才的な口はそれしか受け付けないんだけど、まさか用意がないなんて言わないよね?」
「あそこから好きなのを取ってくれ。前に渡した和菓子とか洋菓子セットもあるから、そっちからも選んでいいよ」
「話の分かるやつはいい」
普通のお菓子は響達が来るために買っている。菓子折り系は全て風鳴の家から貰ってきたものだ。
「
「二課関係ってことですね」
「アニメだと、ここで覚えちゃうと狙われるからね」
安藤、寺島、板場の三人は席を少しだけ離れた場所へ料理を持って行った。当然のように未来が残っているが、流もそのことを気にしない。
「F.I.S.の皆さんはまず二課に付いてきてもらいます。内部で暴れようとしたら、例え調や切歌のような子達でも本気で殴るから」
「はい!」
「デース!」
流はその場で拳を一度振い、脅しておく。風圧の音が少しおかしかったが、前からいる人達は特に反応はなく、F.I.S.組は訳の分からないものを見たような顔をしている。
「アメリカが変なことをしてきても、絶対に守ってやるから安心してくれ。俺はあの国に母親を殺されそうになったから嫌いだし。ナスターシャは今日から入院になると思うけどいいか? 出来るだけ長く生きて、こいつらを見守って欲しいんだけど」
「お願いマム」
「ちゃんと見てて欲しいデス」
調と切歌も親同然の人には、長生きしてもらいたいようですがり付いている。そんな二人の頭をナスターシャは撫でる。
「治療を受けながら、研究を行うことは出来ますか?」
「出来るんじゃね? 多分。詳しいことは行ってから聞いてくれ。ウェルはlinkerの研究とかそこら辺をして欲しい。あと自らが唯一の英雄になるのは諦めろ」
「……」
ウェルはお菓子を食べる手を止めて、流を上から下まで覗き込む。それが終わってから流と目を合わせる。
「魔王を倒した勇者は英雄?」
「当然英雄」
「世界を平和にする魔法を作り上げた賢者は英雄?」
「英雄だ」
「魔王を倒す旅に同行し、回復をしたり、強化魔法や弱体魔法を使い分けて、魔王を倒すのを助けた僧侶は英雄?」
「僕に僧侶になれと?」
ウェルが英雄と答えた時の顔に流は狂気を感じた。そして三つ目の答えは顔を隠していて、どんな顔をしているのかわからない。
「今のところはそれで頼む」
「拒否しても強制するんだろう? 今は従ってあげるよ、今は」
「ありがとう。飯を食べ終わったら、二課に行く。響達はどうする? 次の日は休みなのに徹夜で課題やってたって事は、なにかするんだろ?」
話を聞いていた響達に話を向ける。
「今日は未来達と遊園地に行く予定です!」
「私達ももう少ししたら出ようと思ってます。クリスを連れていってもいいですか?」
「あたしは二課に行くから無理だ」
「いいぞ」
「ありがとうございます」
未来は本人に聞かず流に聞いた。彼はもちろん許可を出すと、未来はクリスの右腕を掴む。
「ちょっと待て。あたしは行かないと言った。待て、小日向引っ張るな! バカやめろ! 引っ張るな! 流助けて!」
響が左腕を掴んで、クリスの部屋に連れていった。
「楽しんでこい」
「いつもあんな感じなの?」
「そうだよ。楽しそうだろ?」
「まあまあ」
調や切歌はクリスに生暖かい目を向けて、手を振っている。その横にいる流の体は震えていた。
それとの遭遇話は次回します。