マリアを送った後、食材を補充するために寄った朝早くから開いているスーパーの帰り道、ある存在と遭遇した。
「初めまして。ルナアタックで存在すら発表されていない英雄の一人、風鳴流さん」
「……初めまして。あなたは?」
白に近い髪を腰まで伸ばし、全身が白系統の服装で合わせている男装の麗人が、情報規制されていて、日本の高官ですら知らない人もいる情報を口にした。
「私は……そうだな、
「名乗らせてとかさ。しかも聖人とはまたふざけた名乗りで」
「名前を弄っただけだ」
「……どこの国の人? 貴女みたいな美人なら、一度目にすれば覚える。あと無駄に強そうだってこともわかる」
見た目の良さもそうだが、流は弦十郎に近いクラスの力を彼女から感じた。素なら弦十郎の方が強いが、何か特殊な力があるように思える。弦十郎以下クラスが自分を標的にしていることに恐怖を覚えた。
フィーネもマリアも流からしたら、弦十郎未満だった。そんな中、知識にもない弦十郎クラスの実力者が現れ、ざわつく心を何とか落ち着かせる。
「お褒めに預かり光栄とでも言うべきか。私はある組織に属している。その組織からあなたを勧誘しに来たのです」
「俺は日本が好きなんで、二課を裏切る気は無い」
『何がとは言えないけど、あれはやばいな』
奏は流の横に出現して言葉を発する。流はそれに小さく頷いて答える。もし戦闘になったら奏に目となってもらい、前のノイズ撃退のように一緒に戦ってもらう……つもりだった。
「そうですか」
「……そうだ」
『マジでやばいな。消えてる』
流の視界に現れた奏の方にセイントの視線が動いた。奏の勘が警鐘を鳴らし、すぐにその場から消えた。
「天羽奏」
「お前は俺をキレさせたいのか? 確かにあんたの方が強いが、相応の傷を残すことは出来る」
流はいつでも相手の背後を取り、頭をザクロのように吹き飛ばせるように構える。どれだけ考えても背後すら取れる気がしなくて、流は無意識に逃げる方法を考えてしまっている。
「ええ、ですから勧誘をしている。私達には死者蘇生の術がある。まだ完全ではないが、追い求めていますよね? 天羽奏を生き返らせる方法を」
「お前嫌いだわ」
「私を嫌っても死者蘇生は求めてしまう。人は無限に進化できる。それなのに、この世は無理やり制限されている。おかしいと思いませんか? あなたがいればその楔を取り除くのが早まる」
「俺がお前の元に行けば、それが早まるんだろ? 尚更拒否だ!」
流は必死になって逃げる算段を立てるが、何故かどれも上手くいく気がしない。
「私達は最も神の力に近い位置にいます。楔さえ外せれば、容易い事でしょう。あなたが協力してくれるなら、最優先で天羽奏の復活を行ってもいい」
流は少しだけ妄想してしまった。昨日の夜の騒がしさを思い浮かべる。あそこに奏や翼も加われば更に楽しいだろう。セレナも加われば、マリアがもっと楽しめるはずだ。死者蘇生、流が常日頃追い求めているもの。
「……わかった。お前らの元に行こう」
「では」
「と言うとでも思ったか! 拒否だ拒否。ふざけるなよ? 両親の死、奏の死、クリスの両親の死、クリスが捕虜になり凌辱をされたであろう事実、セレナの死、そして異物が混じり物語を変えた罪。全て俺のせいだ。俺の罪をどっかの組織の力を使って解決する? 許されるわけがねえだろ。それにかっこ悪い。格好良さって重要だろ? 絶対拒否だ!」
流は徐々に相手から受ける圧力が強くなり、震えそうな体に力を入れて抑える。弦十郎に比べたら軽いが、この人は異端技術の使い手であろう事は想像できる。この世界の強者の9割9部が異端技術を使う。そして死者蘇生関係なんてその際たる物だろう。
セイントは組織から来たと言っていた。セイントは遣わされたような言い方をした。更に強い存在がいるとなると、その人は素で弦十郎クラス、異端技術込なら弦十郎以上の可能性がある。
流の常識では弦十郎が最強だ。弦十郎の力を超えればまず死ぬことは無いと思い込んでいた。だからこそ、自分の力を信じて、依存して鍛錬してきた。その依存している自身の力に対する自信にヒビが入る。
「確かに格好良さというのは大事だ。今回は振られてしまったが、いずれ貴方は私達を頼ることになる。これが私のアドレスです。では、失礼」
セイントはこちらに紙を投げたあと、赤い何かを地面に投げる。3期にあったテレポートジェムの陣が展開されて、彼女はどこかにテレポートして消えた。
セイントが流の元に投げた名刺を拾う。端末の電話番号以外は何も書かれていない。
「一応登録しておくか……あれは錬金術師だよな。あの強さに組織とかアニメに出てきてもいいはずなんだけど知らない。嫌だな、知らない敵。あんな奴から皆を守れる気がしない。勝てる筋が全く見えなかった……」
フロンティア計画強奪作戦がうまくいった途端に、敵対するであろう人外が出てきた。そしてその相手が錬金術師だった。流は錬金術というだけで、何故か恐怖に包まれ、一言弱音を吐いた。
「怖い」
**********
「ホントさ、ボコって無理やり従えと言って、運転手までさせるとか正気を疑うよ。僕は生化学の天才であって、運転手ではない!」
「博士うるさい」
「デスデース!」
「うるさいぞ小娘ども。なんで車を持っているのに、免許を持っていないのかね」
朝食の後、ワゴンで遊園地組を送迎し、二課に向かっている。クリスが無理やりおめかしさせられていて、流は眼福だったが、うまく反応できたのかわからなかった。
もちろんそのクリスは遊園地に連行された。行けばいったで楽しむのがクリスなので文句も言われないだろう。
マリアを抜いたF.I.S.組と流だと、免許を持っているのがウェルとナスターシャだけで、ナスターシャに負荷をかけるくらいならと、流はウェルにお願いした。
「誰かに運転させればいいだろ? 本当はマリアにさせるつもりだったけど、アイドルやってるし。あと今日は翼と一緒にバラエティ番組に出る予定。しかも生」
「どんなバラエティ?」
「クイズ」
「マリアはうまく答えられますかね?」
「翼よりは答えられるだろうね」
「そんなに防人は酷いの?」
「酷い」
ウェルに運転させて他の人と話していると、海岸線についた。そこから検問やゲートを通り、防波堤に横付けされている二課仮設本部、次世代型潜水艦の中に入っていく。
「流! 朝にいきなり申請してくるな! 前日までには出しておけと、あれほど言っておいただろうが!」
流は亡命者リストを昨日の夜にでっち上げ、更にF.I.S.のメンバーを二課に入れる許可を取り付けるために、連絡を入れておいた。三十分前に。
「父さんだってわかってるでしょ? ガングニールと戦って凄い疲れてたわけよ」
「それでも連絡くらいはするべきよ? クリスとお風呂……危ないわね」
弦十郎と了子がすぐに出迎えてくれて、了子が爆弾を投下しようとしたので、流は殴りかかって無理やり止めた。拳は弦十郎にしっかり止められる。
その後弦十郎が紹介するように催促してきたので、流は順番に紹介させる。
「初めまして、米国連邦聖遺物研究機関「F.I.S.」に所属していました、ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤです。アメリカの悪逆を防ぐため、世界の崩壊を防ぐため、流さんには亡命のお手伝いをして頂きました」
「僕はジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。生化学の天才であり、linkerの改良などを手掛けている。そこの流に無理や、げふっ!」
「私は月読調」
「暁切歌デース!」
「ここにいないけど、マリア・カデンツァヴナ・イヴもメンバーの一人ね」
『あとセレナ・カデンツァヴナ・イヴです』
『聞こえてねえけどな』
『でも、挨拶は大事ですから』
話し合った結果、F.I.S.組は『アメリカが世界を捨てて、自分達だけが地球外へ逃亡しようとしている情報を持ち、日本に亡命してきた聖遺物研究チーム』ということになっている。
それなのにウェルが変なことを言おうとしたので、調にお腹を思いっきり殴られた。
「ようこそ日本へ! 二課はあなた達を歓迎しよう。とりあえず大人二人には事情の説明をお願いします。流はその子達を連れて、娯楽施設にでも行って時間を潰してくれ」
「わかった。あとこの二人とマリアはシンフォギア装者だから」
面倒くさい話から逃げるように、流と了子は調と切歌を連れて、逃げようとしたが、流の最後の言葉を聞いた弦十郎は瞬時に流の横に飛んできて肩を掴んだ。
「待て、マリア・カデンツァヴナ・イヴだけではないのか?」
弦十郎達は昨夜の戦いを見ていたが、二人から聖遺物を取ったところは見ていない。
「私達も戦える」
「デース!」
二人はシンフォギアシステムが適用されているペンダントを見せた。
「調がシュルシャガナ、切歌がイガリマ、マリアがガングニールとアガートラーム」
「アガートラームはセレナの時に壊れたから使えない」
「いいや、使える。アームドギアの欠片で変身する奴もいるし、機能が一部ぶっ壊れただけならいけるいける」
その欠片で変身した少女は、聖遺物融合症例だが、実際にアニメではマリアがアガートラームを纏っていたのでいけるはずだ。
「その人がおかしいだけなのではないデスか?」
「気合いでーす」
「真似するなデス!」
流は二人を連れてその場を逃げた。了子も資料作成など面倒くさいので逃げようとするが、弦十郎に手を握られて止められる。
「さて、私も」
「了子くんはこっちだ」
「……ダメ?」
「可愛く言っても駄目だ」
「チッ」
ナスターシャとウェル、弦十郎と了子は別の部屋に向かっていった。弦十郎は先ほど
**********
「あれ? 娯楽施設はこっちって書いてあったデスよ?」
「すまん、二人で行っててくれ。テレビゲームからボードゲーム、軽いプールとかもあるから先に遊んでて」
「何か用事?」
「今日の鍛錬をまだやってないからやらないと」
流は朝、謎の人物セイントに会い、自分はまだまだ未熟であることを再確認した。だからこそ、力を求めないといけない。
「ならその鍛錬が終わるまで見学する」
「調がそういうならそうするデス」
「見ててもつまらないぞ?」
「それでもいい。あなたの強さの秘訣が知りたい」
「わかった、こっちだ」
流はまだ使われた痕跡のない、強化素材が使われた運動場に来た。椅子を二脚出して二人に座っているようにいい、流は更衣室へ向かった。
流は更衣室に行く前に、調にガングニールの欠片を預けた。
**********
「奏、セレナ……やっぱり欠片に憑いてるのか」
流は奏とセレナが、自分には憑いていないと感じていたので、試してみたら予想通りだった。
「セレナは欠片だけど、奏は俺に憑いている可能性もあった。でも、ガングニールの方が憑くなら楽だよな。死ぬ寸前まで纏ってた訳だし」
流は着替えながら自分の考えをまとめていく。そしてセイントの事が頭を過ぎる。
「父さんを超えたとしても、人間の到達点、人外の入口に辿り着くだけなんだよな。それすら到達していない俺が言うことではないだろうけど」
服を脱いでいる時、腰に差していたソロモンの杖が落ちる。
「あー、父さん達に渡すつもり……」
流は完全聖遺物融合症例であった時の力を思い浮かべる。デュランダルは異物感が酷く、体もうまく動かなかったが、それでも今の自分よりも強かった。
流はソロモンの杖を拾って軽く振り回す。デュランダルの時よりも、何十倍も手に馴染んでいる感覚がある。
「馴染む感覚はデュランダルが望遠鏡なら、ソロモンの杖はコンタクトくらいかな? よく望遠鏡なんて目に入れたわ」
デュランダルは融合する前も、流の事をデュランダル自体が拒否していた気がする。だが、ソロモンの杖は手に馴染む。とても馴染む。自分の腕のようによく馴染む。
「……うーん、そい」
流はデュランダルをエネルギー化させた時と同じ要領で、ソロモンの杖を物質状態からエネルギー状態に変えて、缶コーヒーを飲むような気軽さで、自分の体に押し付けた、融合させた。
「……全く辛くない。デュランダルの時は吐き気とか、熱とか酷かったのに。それに漠然とクリスを感じるな。起動させたのがクリスだからか?」
流は独断でソロモンの杖を自らの体に融合させた。融合をミスったり相性が悪ければ、即死ものだったのに、彼はそんな事は無いとなんとなく分かり、このような蛮行を行った。
「バビロニアの宝物庫の開け閉め、ノイズの召喚、ノイズへの命令が主な機能か、とりあえず宝物庫を完全に閉めておこう。デュランダル程ではないけど、身体能力も上昇しているな」
彼は空中を軽く撫でて、バビロニアの宝物庫からこの世界に漏れ出るノイズが出ないように、完全に扉を閉めた。
「了子ママが付きっきりじゃないと閉めてられないって言ってたけど、そんなことは無いな。融合体になったからか? あれ? デュランダルの欠片があってソロモンの杖も融合させたら、下手したら奇形の怪物になってたのか……それでも別にいいか」
全く危ないと思っていない口振りで、体の具合を確かめた後、上裸でズボンだけ履いて、運動場へ向かった。
**********
「おまたせ」
「なんで上半身裸なんデスか!?」
「破けるから」
「……それが強さの秘密」
「はは、調も上裸になってみる?」
「アホ言ってんじゃねえデス!!」
二人の元に行き、軽い冗談を言う流に切歌が蹴りを入れた。
「これ」
「ありがとう」
調に欠片を返してもらい、二人から離れる。
『欠片が流さんの近くに無くても、一度この意識を取り戻せば、このままみたいですね』
『……なあ流、なんかしたか?』
「いいや」
ソロモンの杖は馴染むからというだけで融合させたが、デュランダルの時のような圧倒的な力を感じない。
流は準備体操をして、一通り型練習を行った。次に戦闘鍛錬。
「まずは風鳴弦十郎」
目を閉じて、目の前に自分の父親を想像する。その父親は本気でこちらを殺しにくる。
杖以外の今持てる全ての力を発揮するも、数手で殺される。何度か繰り返すが、有効打ではない一撃を与えるのが限界だった。勝てない。
「……次は緒川慎次」
眼鏡を外した緒川を想像する。いつも緒川との殺し合いは暗器で如何に一撃を与えるかになる。緒川から毒を習った流も、かすり傷で人を殺せる術を身に付けている。それは決して使ってはならない力。だが、この戦いは別だ。
回避性能も暗器の使い方も身のこなしも、全てが上回ってる緒川に、何度挑んでも勝てない。
「…………次、イグナイトモジュール抜剣天羽々斬」
頭の中で、今の翼を更に鋭く、さらに早く、力強く、アニメで見た動きも取り入れて戦う。
勝てない。
「イグナイトイチイバル」
勝てない。
「イグナイトガングニール」
勝てない。
「マリア、調、切歌」
勝てない勝てない勝てない。
「レイア・ダラーヒム」
投げ銭とトンファーを使うオートスコアラー。遠距離も近距離もこなす強さナンバーツー。
投げ銭で消耗させられ、トンファーを掻い潜って一撃を与えられる前に殺される。以前なら勝てていたのに勝てない。
「ファラ・スユーフ」
哲学兵装であるソードブレイカーを操るオートスコアラー。剣に圧倒的有利を取れるが、それ以外にはそこまでアドバンテージはない。
ギリギリで心臓を貫かれた。同じく勝てない。
「ガリィ・トゥーマーン」
殺しても尽きない水の鏡像に意識を取られ、本体からの一撃によって殺される。勝てない。
「ミカ・ジャウカーン」
肉体にも限界がある。高圧縮カーボンロッドを迎撃し続けるも、肉体が限界を迎えて殺される。勝てない。
「キャロル・マールス・ディーンハイム」
勝てない。
どんな人と戦っても、どれだけ戦っても、前は見えていた勝ち筋が見えなくなっていた。それが見えそうになった瞬間、『死者蘇生』というワードと、錬金術師セイントが頭をちらつき殺されてしまう。その度に流が依存している二つの内一つ、『力』に入っているヒビが大きくなる。
どんどん戦う敵は弱くなっていき、ただのノイズの集団にも、黒星を付けられ始め、勝てなくなってしまった。
調と切歌は流の動きに初めは感嘆の声をあげていた。NINJA的な動きも、生身で何メートルも飛ぶその身体能力にも驚かされた。
だが、次第に動きのキレが悪くなり、彼の顔が苦痛に満ち始め、最後は動かなくなってしまった。
全く動かなくなり、訓練が終わったのではなく、何かが起き、終わってしまったのだと悟った二人は、流の元に駆け寄った。
流は欠片をその場に落として消えた。
補足
セイントはファウストローブがなく尚且つ至近距離で勧誘タイムでしたので流には勝ち筋は色々ありました。でも、何故か流は錬金術に怯えています。