作中時系列を無視して、#25 『転生者なら』の後に、奏の誕生日があったという事になっています。
ちなみに主人公の誕生日は1月1日です。
「誕生日おめでとう!」
『ありがとよ……でもさ、あたしって死んでるんだけど』
『奏さん、誕生日おめでとうございます。細かい事はいいんですよ。確かに私達は死んでいますけど、意識もしっかりあって、成長もしているんですから』
今日は7月28日、天羽奏の誕生日である。既に奏は死んでいるが、流の左手親指にある詳細不明な聖遺物の指輪によって、魂、霊体の状態で存在している。魂状態の住人は奏の他にセレナ・カデンツァヴナ・イヴもいる。
現在は流のセーフハウスの一つであり、装者や了子の知らない建物の一室に来ている。翼の曲をBGMに誕生パーティーが開催された。
内訳は融合症例一人に幽霊が二人でなかなかシュールである。他の生きた人間を呼ぶことが出来ないからしょうがない。
その部屋のテーブルには、誕生日ケーキから始まり、パーティーに必須な食べ物がこれでもかと並んでいる。それら全てが奏の好物であり、流が全て手作りしたものだ。
セレナが最後に言った通り、霊体のはずの彼女達は何故か成長している。セレナは現在の月読調よりもカップサイズが大きくなり、切歌に追い付きそうだと前に騒いでいた。
『マリア姉さんはGカップですから、その血が流れている私だって、きっと大きくなりますよね!』
セレナが鏡の前で育成を促す体操をしていた事を、流は見なかったことにしている。それを見たことがバレれば、セレナの乙女な心に傷をつけることになるからだ。なお、奏が爆笑したため、その気遣いも意味がなくなった。
『でもよ、今まであたしが死んでから、あたしの誕生日を祝ったことなかったよな?』
『流さんは奏さんの事を妄想の産物だと思ってたからですかね?』
奏が死んでから、流は誰の誕生日も祝ってこなかった。翼の誕生日ライブを見に行ったりしたが、流自身の誕生を祝う事などしない。もちろん死んでしまった奏の誕生日も、死んでからは祝ったことは無かった。
「セレナの言う通り。流石に妄想の奏に向かって祝うほど俺は壊れてないから」
『またまた〜』
「奏は料理が要らないようだ。セレナと二人きりで食べるか」
『流さんの料理は美味しいですからね。奏さん、頂きます』
『ごめん! 悪かったって。だから、セレナはガードしながら食べるのやめ、ケーキはあたしが先に食べるべきだろ!!』
セレナは早速ケーキを切って、食べるモーションだけ取ったあと、それを奏に渡して、ちらっと舌を出した。茶目っ気の多いセレナは奏を弄ることをよくしている。奏は構えば構うだけ反応をしてくれるから楽しいのだろう。
「最近はお菓子系もまた作り始めたけど、前に比べて腕が落ちたかな?」
『あたしや翼の注文に答えて作ってたからな。翼が和菓子を作らせて、風鳴の家に届く和菓子と比べてたのは気の毒だと思ったよ』
「老舗と同じ味を出せとか訳分からんこと言ってたからな。そういえば翼は俺や奏と違って、お菓子を食べる事が禁止されてたな」
『そうなんですか?』
『そうだぞ。翼は風鳴に生まれて防人として育てられた。甘味は味がわかるくらいは食べさせられていたみたいだけど、好き好んで食べることは出来なかったらしい。国防を任せられる防人にそのような甘えは不要! ってな』
***
小さい頃の翼は父親にあまり良くない扱いをされていたと思っている。今もそう思っている。
防人になるべくして生まれさせられ、選択の自由もなく、子供として遊ぶこともなく、大人として扱われていた。奏と流が翼の友達になって少しした時のことだ。
「私の名前はつばさなのに、自由に飛ぶことすら出来ない。因習に囚われて自由が無いことが分かっていたのに、私に翼なんて名前をつけて、お父さんは私を否定した」
こんな事を漏らしていたこともあった。その後から流と奏は風鳴では禁止されていることやさせてくれない事ばかりする様になった。喧嘩や遊園地に遊びに行くこと、鍛錬をサボって夜中まで起きていることなんかもした。その一環として、翼には好きなお菓子を食べさせようとなったのだが、翼は食べたことのある甘味が一流なものばかりで、流は弦十郎の鍛錬並みにしっかり作らされた。
ちなみに風鳴翼の名義上の父、
流はアニメで知っていたが、弦十郎に連れられて何度か三人で食事をした時、べろんべろんに酔っ払った八紘がこう言った。
「翼にひどい事を言ってしまったああああ! 絶対に嫌われたよな、弦十郎! どうしよう、あああああ! 翼に嫌われたあああああ!!」
八紘は酷く酔っ払うと記憶がなくなる人であり、普通は酔っ払わないのだが、
ちなみに流は翼の血の繋がった父親を本気で嫌っている。
***
「翼が食べてはいけないなら、俺達が翼を無理やり拘束して、口に突っ込んで、無理やり食べさせるってことにして、初めは食わせてたよな」
『それは……どうなんでしょうか?』
『あれから翼はあたしか流か
『本当に良かったんですかね? それって』
セレナは疑問を浮かべながらも、ケーキのお代わりを取り分けている。もちろん奏がガードしようとしたが、うまく躱されていた。
『なんでセレナはあたしが食べようとするものばかり取るんだよ!』
『偶然ですよ。マリア姉さんが女子トイレに行くくらい偶然です』
『必然じゃねえか!』
「喧嘩するなって、ケーキならまだもうワンホールあるから」
『流大好きだ!』
『私も大好きです!』
「はぁ」
目が欲望に眩んだ二人は流に愛を告白しながら、その目はケーキに向いていて、意識は冷蔵庫の中にあるであろう新しいケーキに思いを馳せていた。
**********
テーブルを埋め尽くす料理は乙女の胃袋に入り、冷蔵庫に作っておいたその他デザートも別腹に消えていった。霊体なのにお腹がぽっこりしている二人を見て、幽霊ってなんだろう? と流は真剣に考え始めるが、シンフォギア以外の異端技術をまともに知らないので、考えることを諦めた。
『いやー、食った食った。他の人達がいると自重しないと怪しまれちまうからな』
『F.I.S.ではまともに甘い物なんて食べれませんでしたし、その前もここまで沢山食べることはなかったので、とても満足です!』
「生きてたら体重で大騒ぎしそ……」
流は不用意な一言で、奏とセレナのダブルキックを受けて吹き飛んだ。だが、ただ流は吹き飛ばされた訳では無い。
(下着は白に黒、セレナが黒とかなかなかやばいな、大人っぽさを求めた感じか。奏はそういう事に無頓着だしこんなもんか)
霊体の二人は買い物ができるわけでも、裁縫ができるわけでもないのに、服を取っ替えひっかえしている。理屈は不明だが、聞いたらセレナに殴られたので今後一生聞くことは無い。
流はテーブルに打った頭を擦りながら、二人の元に平然と戻る。この程度でダメージがないと分かっているからこそ、二人は容赦なく蹴り飛ばしていた。
「少しは手加減してくれよ……それで誕生パーティーって何するんだ? 食べ物食べたけど。二課ではそれだけだったよな」
『ゲームとか? 両親が死ぬ前は誕生日パーティーって言ったら、ケーキ食って、豪華な飯食べて終わりだったしな』
『パーティーゲームとかですかね? F.I.S.の前の生活でやった誕生日パーティーはそんな感じでした』
一人は友人なんて数える程しかおらず、ずっと鍛錬ばかりしていた奴。一人は子供の頃に両親を亡くし、その後はノイズ絶対殺すウーマンをやっていた奴。もう一人は子供の頃は普通に暮らしていたが、F.I.S.に拉致された奴。普通の誕生日パーティーというものをあまり知らない人しか集まっていなかった。
「パーティーゲームなんてあったかな?」
流は昔に衝動買いした物がこの家にあるので、それらを保管している倉庫部屋を漁りに行った。乙女二人は流石に食べすぎたので、ソファーで寛いでいる。
「テレビゲームでいいなら、ドカポ○と○太郎電鉄、エアライ○。ボードゲーム系ならディプロマシ○かパラノ○アかな?」
流は一通りのパーティー向けと書いてあるゲームを持ってきた。そのセレクトに乙女二人の顔が引き攣る。
『待て、なんでそんなゲームばかり持ってきた?』
「何が?」
『まずテレビゲームの前二つは友情破壊ゲームなんだよ。エアラ○ドも友情を破壊する可能性のあるゲーム』
『ボードゲームの方は確か第一次世界大戦時のヨーロッパを題材とした戦略ボードゲームでしたよね? これは駄目です。パラノイ○も絶対に誕生日パーティーではやってはいけないゲームですよ?』
奏とセレナは一つ一つ指を指して、ゲーム内容を説明していく。
「そうなのか。パーティー向けって書いてたから持ってきたんだけど」
『……あれ? なんで流さんはそのゲームを持っているのに、内容を知らないんですか? パーティー系なら一度は友達とやった事があるはずですよね?』
『……あーあ』
「…………」
流は幼少期をより良い将来を歩むために勉学に励み、本当の両親が死んでからは、二課から離れることも出来ず、一般人とも友好関係を結ぶ事を禁じられていたため、友達とやるゲームはやったことが無い。
奏と翼は体を動かすものが好きだし、翼は電子ゲームをピコピコという女性だ。当然遊ぶ時に使うわけがない。
セレナは特に何も考えず、地雷を思いっきり踏み抜いた。流は何も言わず、ゲームを起動して、一人であそび始める。
『ご、ごめんなさい。流さんには遊ぶ友達がいなかったんですね! 無神経でした。大丈夫ですよ? 友達が全くいなくても、私達がいるじゃないですか!』
セレナは笑顔で地雷原を走り回る所行に、流は何故か涙が出た。奏はそんな流の頭を撫で続けた。
**********
「あっ、誕生日プレゼント」
日本をマップにした貧乏な神の擦り付けゲームをやっている途中で、流は誕生日に一番大切な物を思い出した。
『いや無理だろ。あたし達は物を食べれるし、着替えも物を持つことも出来るけど、基本的に幽霊なんだぞ。それを分かってるか?』
『お洋服を貰っても、他の何かを貰っても、あまり意味が無いですもんね』
「でもさ、何もなしってのも悲しくない?」
『……うーん』
『確かにそうですけど、幽霊である私達が貰えるもの』
『ならさ、流は約束してくれ』
『何ですかそれ?』
奏はそう言って、小指を差し出してきた。セレナは奏の行動の意味がわからないようだ。日本独自の風習なので、知らなくても無理はないだろう。
『指切りって言って、約束をする時にやるおまじないみたいなもんかな』
『なるほど。それで流さんとどんな約束を?』
『もし私達に後ろめたい事や隠したいことをするとしても、ガングニールの欠片を置いて、勝手に行動をすることはやめてくれ。流はストッパーがいないと、とことんやばい事もしちまうから、
奏は流が欠片を手放していた時にソロモンの杖を融合させたり、バビロニアの宝物庫で自殺しようとしたことにまだ少しだけ怒っている。
流は奏のお願いを拒否することがないと分かっているから、あまりこういう事をしたくないが、流に死なれる方が嫌なので、この手を使うことにした。
「わかった。どうしてもって時以外は極力つけてるよ」
『なら、私もその指切りに参加した方がいいですね』
奏が出す指に流の指を引っ掛け、そこにセレナも引っ掛けた。
『せーの』
『『「指、切った」』』
こうして流と奏とセレナの間に、新しい約束が交わされた。
『流さんって私達にトイレを覗かれたくないから、ガングニールの欠片を外してましたけど、そういう時にも外さないんですよね?』
「え?……あっ」