了子が今回の戦いで、流を出動させる気がないことはやり取りでわかった。そして了子が本気で解決に動くこともわかった。きっと放置していれば魔法少女事変は解決するだろう。
だが、いいのだろうか? キャロル・マールス・ディーンハイムはとても幼い女の子だ。そんな子が記憶を失い、求めた命題すら忘れてしまうかもしれない。
父親の命題を何とか解き明かそうと、必死に泣いている子供。きっとあの子はイザークが死んでから、色んな意味で時が止まってしまっている。
『……また了子に怒られるぞ』
「百も承知だわ。ママは俺を拘束したいなら、常に調律し続けないとね」
流は自らの位相をズラして、拘束されているテープやベッドをすり抜ける。シンフォギアの調律を使われても、調律された状態から更にズラせばいいだけなので、今の流を拘束できる物は、流の認識する技術では存在しない。
これは欧州に行く前は使えなかったもので、練習はしていたけど、不安定だった。だが、フードの錬金術師達に追われている時、使える気がして使用してみると、当たり前のようにできた。
出来ると言っても、気をつけないと足場すらもすり抜けて、地面の中に落ちてしまう。欧州で追われている時に一度やってしまった。
『了子にバレるぞ。早く出るなら出ろ』
「linkerはあと何本かあるからいいし……端末が欲しいな」
『S.O.N.G.の端末だと、位置情報を取られてしまいますよね? いいんですか?』
「駄目だな。あー、数日連絡してないし、クリス達絶対に怒ってるよな」
今からやる事は絶対に許可を得ることが出来ないので、完全に犯罪だ。結果よければすべてよしの精神でやることにする。日本だけなら何とかなるが、国連が関わっているのでどうにもならない。
『怒られるだけで済めばいいんだけどな』
奏は確実に何人かには泣かれて、下手したら監禁まで有り得るのではないか? と考えている横で、セレナは胸の下で腕を組んで強調している。
『最近はおっぱい成分少なめですけど、大丈夫ですか?
『よし、生ゴミは家に捨ててくるわ』
「……ああ」
奏のストレートがセレナの顎をクリーンヒットして、セレナはその場で膝を折って倒れた。奏はそんなセレナを欠片に押し込んで、自分も中に入って行った。セレナは場を和ませようとしたようだが、やり方がいけなかった。
流はセレナの胸はあまり見れていない。セレナが全裸で風呂に同伴しようとしても、奏が絶対にさせないので、少しだけ見たかったなと思った。もちろんそんなことを考えたので奏の制裁はお約束。
毎回邪なことを考えたあと制裁されているが、統一言語でそんなことを考えていることを、他の人に伝えているのではないか? と流は奏にヘッドロックを掛けられながら思いついた。
流は監視カメラをうまく避けながら、壁や扉を位相をズラしてすり抜けて、潜水艦の出口へ向かう。
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「はぁ〜。何で欧州に行く前はうまく使えてなかった、位相操作が出来るようになっているのかしらね。弦十郎くんも立場がなければあんな感じで動いてたんだろうし、家族って似るのね。流の私へのサドっけも増してたし…………そろそろ結婚しないと四十路……はぁ〜、弦十郎くんは早く貰って家族にしてくれないものかしらね」
了子は改修をしながら、モニターに写っている流の脱走を見てボヤいた。了子や弦十郎は流に伝えていない監視カメラをいくつか設置している。それに丁度流が写っていた。
流がイグナイトは敵の仕込みだと言っていたが、あれは強力な手札になる。キャロルがパワーアップを想定していたとしても、それ以上の改造として、イグナイトのパワーでロックを解除してXDモードに近づけることだって、了子になら出来る……了子にしか出来ない。敵側は了子の存在を
「それにしても、もし流がいなかったら、イグナイトをそのまま適応して、まんまと利用されてたのよね。私もいないわけだし、それ以前にマリアちゃん達はどうなっていたのかしら」
了子はカ・ディンギルの時に負けたら、本来なら死ぬはずだったと思っている。流がいない場合XDモードのシンフォギア装者と、デュランダルにネフシュタンの鎧、もしかしたらソロモンの杖も融合させて、化け物になっていたかもしれない。
それでも響達ならフィーネたる自分を倒せたのではないか? と了子は考えている。
何故了子の思考に、流がいなかったらという想像があるのか。了子は流がごく稀に世界に紛れ込む漂流者、神隠しによってこちらの世界に来てしまった人だと思っている。
流が元々知識があって、邪な考えで自分の近くにいた事は知っていたけど、流が『何千歳だろうとママはママ』などと言っているように、了子も『元がどんな人間だろうと息子は息子』だと今は思っている。
この世界の純粋な人間で、バラルの呪詛を無自覚に一部でも無効化することなんてありえないので、流は別の世界の人間である事に行き着いた。あと魂の位置がおかしいことも根拠になるだろう。
「知識を持って世界を渡ってきた人は、みんなが皆、あんな風に一人で戦おうとするのかしらね」
潜水艦を
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セーフハウスの一つで変装して、流達は海に出ている。流も死んでいる奏もセレナも船なんてものは持っていない。風鳴の名を使って、鎌倉が所有している船の一つを勝手に拝借して、『深淵の竜宮』の座標に向けて、船を走らせる。
借りた時に鎌倉に連絡して、ヤントラ・サルヴァスパを勝手に借り受けることを伝えておいたので、何とかしてくれるだろう。
『なんで深淵の竜宮がある場所を知ってるんだよ。あそこって機密保持の為に、S.O.N.G.ですら正確には知らないんじゃなかったか?』
「国連と情報共有をして、日本政府主導で聖遺物を管理する管理特区。日本政府内でも情報が漏洩しないように、人数を絞って事にあたっている。だけど、日本政府よりも上の組織が、日本にはあるんですよねー」
流は深淵の竜宮の情報をそらんじながら、GPSの座標情報を見て、竜宮がある場所へ船を進める。
『鎌倉の人達は流さんに非協力的ですよね?』
「鎌倉の情報管理は書類とか、めんどくせえ暗号化を使ったりしているけど、更新回数の多い情報は外部ネットワークと繋がらない電子機器で管理しているのよ。竜宮のデータもそこそこ更新がある。そこから勝手に覗き見させてもらった。ヤントラ・サルヴァスパなんて使わないだろうから、管理区画は変わらんし」
『あたしってずっと流といたはずなんだけど、鎌倉の奥に侵入したことなんてなかったよな?』
流が15歳の時に奏は死んでから、3年以上同じ時を共に過ごしている。その中に鎌倉から情報を盗んでいる記憶はないし、流から流れ込んでくる記憶にもそんな記憶はない。
「そりゃ奏が死ぬ前に侵入したからな。俺は過去の記憶が曖昧だし……弦十郎父さんとかの鍛錬が辛すぎて、覚えよとしてなかったんだろうな。記憶には残ってないけど、しっかりメモを残しておいたから問題ないよ」
流は遠い目をして、手加減なしで行われる弦十郎式鍛錬の、一部始終を思い出した奏は苦い顔をして、納得したように顔を逸らした。
『そんなに辛かったんですか? 響さんはそんなに辛そうにしてませんけど』
「拘束されて電気ショックに鞭打ち、投薬されたとしても、そっちの方が万倍マシだと思えるくらいだからな。他人の娘さんと息子だと、手加減の量が違うし」
『そうなんですか……あとなんで流さんは
流は現在の格好は長い黒髪をポニーテールにして、胸を盛り、目にはカラーコンタクトを入れて、背の高い女性に変装している。弦十郎のように、見た目があからさまにごついわけではないからこそ出来ることだ。
ウェルを尾行した時に比べて、流はわりと本気で女装している。それでも緒川の変装術の女装には勝てない。緒川は線が細いのでやりやすいのだ。
「今回って国際犯罪に分類されることをするから、絶対に特定されないためにまず性別を変えた」
『深淵の竜宮の管理は国連も関わっているからな。日本だけなら、鎌倉に無理を押し通せたかもしれないんだけどな』
『鎌倉ってあの白ひげの人ですよね? 事情も説明出来ないのに、完全聖遺物を渡してくれるんですか?』
流の渡欧は流からしたら失敗に終わった。だが、アルカノイズの召喚結晶を回収していたおかげで、了子とエルフナインとナスターシャが解析してくれている。
その情報を鎌倉に共有することによって、流は功績を挙げたという事になるらしい。鎌倉はアルカノイズというソロモンの杖がなくても、人間に従う対人類兵器が気になるようだ。
「鎌倉はどうか分からんけど、訃堂は俺が話を通してやっているだけだって事を分かってるから、許可を出すさ」
『流が許可を得れず、でも勝手に何かしらを使って、事件を解決出来たとするだろ? 流は許可を得れなかったけど、それのおかげで事件を解決したと言ってしまえば、その許可を出さなかった奴は責められちまうんだよ。鎌倉でそんな失態をしたら、それだけで弾かれるから、流の申請は基本的にオールスルーで、ダメなものは訃堂のジジイが止める』
流の申請を通して失敗したら流のせい。成功したら自分の許可があったおかげという風にできる。あの組織で本当に国防を考えているのは、訃堂だけなのかもしれない。
「そして、訃堂は俺が大きなミスをして、そのミスの補填を俺自身の従属で払わせたいから、止めることはほとんどない」
『流さんが翼さんの権利を維持したまま、失敗の責任を取るには、風鳴の道具に成り下がれって事ですか……あれ? 今回ってたまたまアルカノイズの結晶を持って帰ってきましたけど、それが無かったら危なかったですよ!?』
セレナは今回の渡欧は結構危険な賭けだったことに気がついた。流自身も海外に行ったことがなかったので、感覚がわからなかったというのもある。
「まあね。一応補填方法は考えてたよ? ウェル博士に土下座して、改良型linkerの開発を急いでもらうとか」
『昔っからこんな感じだけど、ギリギリ綱渡りに成功してるから、そこまで心配してないしな。もし風鳴の道具になっても、翼の夫……もう少しで着きそうじゃないか?』
奏の目の光が消えかけていたが、竜宮の座標近くまで来ていたので、彼女自身が話を逸らした。セレナは話を聞きながら、流の盛った胸を凝視して触り、自分の胸を触ってを繰り返している。
『これ私の胸のサイズじゃないですか!?』
「切歌よりも大きくなったよな」
流の言葉に反射的に、セレナは彼の盛った胸を叩いてズラして詰め寄る。
『なんで私のサイズを知っているんですか! 最近見てませんよね?』
『流はあたしとセレナの身体情報を纏めてるんだよ。セレナの各サイズはあたしが教えてるし』
『はあ!? なんで勝手に教えてるんですか!』
『あたしはもうあんまり成長しないけど、霊体で成長をする場合、どれくらいの成長率なのかを調べてるらしい』
流はこの二人で実験をする気は無いが、なんかあった時のために様々な情報を保存している。その事は奏にだけ伝えてあった。セレナは自分で下ネタ系で弄ることはするけど、弄られるのは苦手だから、拒否することは目に見えていた。
『奏さんは恥ずかしくないんですか!』
『流だから恥ずかしくない。あたしを知って欲しいまであるぞ』
『くっ! これが長年連れ添った絆とでも言うんですか!』
セレナはその場で膝をつき、手を地面において項垂れる。それからなにかに気がついたのか、また自分の胸を触り始め、もう一度流の偽乳を揉む。
『若干私よりも大きいパッドを使ってるとか、嫌がらせかなんかですか!』
『セレナは俺のアレ触ったろ? 復讐だけど、何か?』
流はあえて統一言語で、あの時の悲しみの感情を乗せながらセレナに語りかけた。
『そ、その事はごめんなさい。でもいいじゃないですか! 平均よりも結構お、二度同じ技は効きませ……いたたたたたた!』
奏の下ネタセーブ右ストレートを回避して、余裕ぶっているところに、奏は左手でセレナの顔を思いっきり掴んだ。
そのままちょっとずつ力を入れられて、竜宮が真下に来る座標に着くまで、セレナは奏の腕に捕まっていた。
**********
『海を
『位相ズラして海の水をすり抜けているからな』
『海の水をすり抜けるって表現がなかなか凄いですね』
酸素ボンベを背負って、船から飛び降りながら位相をズラしてたので、そのまま海を、空中のように落下し続けている。視界は水に包まれているのに、その水に触れることは無い。
(こういうのとか、地面を落ちるとかを実感すると、人間やめてる感じがして嫌だな)
戦いの時は人間をやめるくらいの気合で挑まないと、聖遺物や異端技術の行使者に勝てないので、そんな発言をする。だが、特に張り詰めていない時に、非人間感を感じると、少しだけ気分が落ち込む。
深淵の竜宮が見えきた辺りで、流が了子から会得した紫シールドを足元に出現させて、それを踏めるように位相を調整してから着地する。
目で竜宮の建物の形を把握して、記憶しておいたマップと比較する。目的の区画へ向けて、シールドを蹴ってそちらへ飛んだ。
分厚い建物の屋根を通過したあと、位相を戻して地面に足を付ける。酸素ボンベを外して、内部の清潔にされている空気を思いっきり吸う。
「はぁ〜。まじ怖かったわ」
周りの気配を探って、人がいないのを確認してから、一息つく。
『位相ズラすのってそんなに怖いのか?』
「位相をズラしたまま気絶とかしたら、一生落ち続けるんだよ? 位相をズラすっていうのは、いる空間をズラしているだけだし、地球の真ん中まで落ちたら戻ってこれないと思う」
『それは結構怖いですね』
二人と話しながら位相をズラした時に、肉体の一部を置いてきたりしていないかを確認するが、そんな事が起きたら痛みを感じるだろう。念の為の確認も問題なかった。
「さて、この区画にヤントラ・サルヴァスパがあるはずだけど、13244-E-454にあって、ここは453か」
ヤントラ・サルヴァスパに付けられているコードに従って、その場所に向かうと、一つの隔壁が降りていた。
「454。ここだな」
位相をズラして隔壁を乗り越えると、中央の台座には、表表紙と裏表紙が黒く、白い紋様が描かれている紙製にみえる聖遺物があった。
『ばっちり監視カメラに写っちまってるから、早くしろ』
隔壁の向こう側を監視しながら、奏が急かしてくる。流はヤントラ・サルヴァスパと同じ見た目のフェイクを胸元から取り出し、それを台座において、本物を胸元に戻す。
「あっ!」
『どうした!』
『何かあったんですか?』
「海を落ちることは出来るけど、海を登ることは出来ねえわ。泳ぐとなると水圧が辛いだろうし……水圧を無視して泳げる方法を映画で見とくんだったわ」
必要なことが終わると、次の問題が頭に浮かんだ。それも相当間抜けな事だった。
『えええ! どうするんですか!』
『もう向こう側に人が集まってきてるぞ』
「えーと…………ママと父さんごめんなさい!」
ソロモンの杖の力で飛行型ノイズを出現させて、そのノイズに乗っかり、位相をズラしながら、海上へ向かうように指示を出した。ノイズが現れるということはS.O.N.G.の仕事であり、流が起こした不祥事の隠蔽には割と金がかかるのだった。
後に国連と協力して管理されている深淵の竜宮に、女性の侵入者が屋根をすり抜けるように現れて、ヤントラ・サルヴァスパの区画に入って行った。屋根をすり抜けるなどという摩訶不思議な入り方をしてきたその人を追うため、その隔壁を開けると、そこには誰もいなかったというオカルトな事件が起きた。
その裏で魔法少女事変が事件が解決したあと、ある男性がS.O.N.G.で晒し上げにされ、お仕置きを受けたらしいが、それらの情報は鎌倉が握りつぶしたとか。
物語の先を考えている時に、エルフナインには魂があるのか? という疑問が浮かびました。