#53『プロジェクトD』
鎮魂歌が響き渡る少し前、ファラは流との戦いに敗れ、自らバビロニアの宝物庫へのゲートに入った。
「まさかオートスコアラーが全員負けてしまうとは……分からないものですね」
独り言を呟きながら、ファラはゲートを潜り終わり、マスターに手を一度振ると、ゲートが閉じられた。
「楽しいゾ〜! もっと早く飛ぶんだゾ〜!」
ファラは負けたのに、不思議と悔しさや憎さ以外の感覚が頭の中を過ぎり、アンニュイになっていた。のだが、ミカが目の前を錐揉み回転しながら高速で飛び去っていった。その現象のせいでそんな想いは吹き飛んだ。
「……ミカは想い出が切れていたはずですが?」
飛び去って行ったミカを見ると、ロールに戻っている髪をバーニアとして使っているわけでもないのに、空を飛んでいた。
「ファラも負けたか」
「最初の不意打ちで討ち取れないのに、ファラ単体で勝てるわけないじゃない。ぎゃははははは」
「……私の視覚を司る機構が不調をきたしているかもしれません」
ファラは背後から聞こえたレイアとガリィの声に反応して、そちらを向いた。そしてファラは目の前の光景に、
「いや、ファラの視覚機構は正常なはずだ」
「ならば何故、ガリィは
レイアはいつもの、キャロルが潜在意識でカッコイイと思っているポーズで立っている。
一方ガリィは、オタマジャクシノイズをビーズクッションのように歪めて座り込み、アイロンの手をした一番見る雑魚ノイズに肩や腕を揉ませ、ブドウノイズが持ってきたペットボトルの飲み物を飲んでいた。とても、この場所を満喫しているように見えた。
「ミカの馬鹿が凹んでたから、ノイズと遊んで来いって言ったら、逆にノイズが近づいてきてアレになったわけよ。で、疲れたって呟いたらこれ」
「私にも座るように勧めてきたが、あそこまで寛いでいるガリィを見ると……あれは少し派手すぎる」
ガリィはブドウノイズが新しく出してきたクッキーを貪り食いながら、この状況になった説明を始めた。
ミカは馬鹿、ガリィは適応力が高すぎる。レイアは自分のスタイルを貫くので特に考えていない。
ファラはデータで見たノイズとあまりにも違いすぎて、混乱していた。
ノイズとは人類共通の脅威とされ、人類を脅かす認定特異災害。基本的に意思の疎通や制御は不可能であるが、例外的に完全聖遺物である「ソロモンの杖」を使えばその行動を自在に制御することが可能とされている。
だが、あれはコマンドを組み合わせた命令のため、『疲れた』と呟いたからといって、椅子になり肩を揉み飲み物を出してくるようになる訳では無い。そんな命令をしているわけが無い。
ロボットに命令するようなものであり、AIのように考えることは出来ないと考えられてきたはずだ。
流は飛行型ノイズを機動力として活用し始める少し前から、よく会話をするようになった。初めはソロモンの杖で命令しないと何もしてくれなかったが、話しているうちに少しずつ個体によって違う行動を始めた。
生物型聖遺物であるネフィリムが犬のような行動を取るようになったため、流はノイズをペットのように、色々教えようとしてきた。
結果、流の声じゃなくても反応してくれるようになった。一応ソロモンの杖も使って、入ってきた人に襲わない事と命令していたが、流もこんな風に動くようになっていたことは完全に予想外だった。今では統一言語のせいだというのがわかる。
クリスよりもいい子達かもしれないと本気で思ってしまった流は、その後のフォローがとても大変だった。理性的に。
「ソロモンの杖を融合させると、この様に調教できるようになるのでしょうか?」
「いや、これは別の何かでは無いか? アルカノイズを作る過程で、このような知性はないと結論づけたはずだ」
「一々解析してんじゃないわよ。マスターが負けたとしたら、どうせあの流とかいうのはマスターに手を出すんだから、その時に聞けばいいのよ。人間は情に流されんだから」
レイアとファラは二人で考察し合っていると、ガリィが待ったを掛けた。しかも酷い言いようである。
「私はあの襲撃者についてはよく知らないのですが、ガリィは知っているのですか?」
「知ってるよ。カリオストロとかいうカマ野郎経由でね」
具体的にはカリオストロの情報は、流が女を救っては家に無理やり住まわせている。無理やり仲間にしている。など合ってはいるけど、悪意が散りばめられた言い方をされていた。プレラーティが面白くすべきと言った結果であり、カリオストロの偽りには含まれていない事になっている。
「パヴァリアだな……確かマスターは世界構造の解剖データを、シャトーから自動で送るように設定していたが、もしマスターが負けた場合どうなるのだろうか」
「そりゃマスターは裏切り者として殺されるんじゃね? 火あぶりとかで」
レイアの思いつきに対して、ガリィは辛辣に言っているが、その顔は何だかんだ心配げに歪んでから、すぐに性根の腐った顔に戻った。
「……お二人は負ける前提で考えていますけど」
「勝てない……というよりも条件が満たせなくなるな」
「マスターは高出力のシンフォギアのイグナイトによる攻撃を、あの体に受けないといけないでしょ? だけど、あの流は大体作戦を理解してるはず。そうじゃなきゃヤントラ・サルヴァスパを持ち出したりしないって」
ファラの疑問にレイアとガリィは口を出す。
ここで流と戦うためにあの体の想い出を使ってしまうと、シンフォギアとの戦いで確実にエネルギーが足りなくなる。イグナイトの出力を引き出すために想い出を使い、チフォージュ・シャトーを守るために全力を尽くさないといけないが、下手な力を放出すると、敵のガングニールに吸収されてしまう。
その後も真面目に話していたが、赤い彗星のような何かが飛んできた。
「ガリィも一緒に乗るゾ!」
「乗らねえよ!」
真面目な話をしていたのだが、そんなこと関係ないとばかりにミカがガリィの目の前に着地してきた。ミカは手のない腕でガリィを引っ張って、一緒に飛行型ノイズに乗せようとして、ガリィはその手を避けた。
「楽しいゾ! ガリィじゃあそこまで早く飛べないゾ!」
「いいからお前だけで行ってこい!」
「…………ガリィにはお世話になってるから、知らない事を教えてあげたかったんだぞ」
ミカは手がない故に、胸元のリボンすら結べない。戦闘特化な体なので、手はなく圧縮カーボンロッドの射出口になっている。更にミカには想い出の採取機能もないので、他のオートスコアラーから貰わないといけない。そしてその機能があるのは『聖杯』の役割を持つガリィだけなので、ミカはよくお世話になっている。
だからこそ、ミカはガリィも知らないであろう楽しいことを共有して、少しでも恩返しをしようとしたのだろう。
「…………ああもう! わかったよ! 行けばいいんだろ、行けば! つまんなかったらぶっ飛ばすからな!」
「絶対面白いゾ!」
「いいから行く!」
「わかったゾ!」
高速で空を舞っていたミカの、解けたリボンを結んでから、ガリィはヤレヤレとポーズを取りながら、ミカと一緒に飛行型ノイズに乗って、空に飛んでいった。
「私達はどうなるのでしょうね。彼は説得できる確証があったからこそ、キーパーツであるヤントラ・サルヴァスパを持ってきたのだと思いますが」
「さあ。だが、私達は常にマスターとともに」
「ですわね。どんな結末になったとしても」
何だかんだ高速で空を飛ぶという、体験のなかったガリィは大騒ぎしている中、レイアとガリィは出されたお茶を飲んで一息付くのであった。
「……もし彼が死んだら、私達はここで想い出が切れるまで過ごす事になるのか。それは少し地味ではないか?」
「……マ、マスターの事ですし、きっと大丈夫ですよ」
後にしっかり四体……四人は回収された。
**********
流がエルフナインを連れて、潜水艦から出たところまで遡る。彼らを監視しようとしていたのは、S.O.N.G.だけではなく、流を撃退したパヴァリア光明結社もそこにはいた。
港を見下ろせる高いビルの屋上で、錬金術を使って遠見をしているカリオストロがいた。
「もう〜、やっと流は動き出してくれたわ。なんであーしがこんな面倒なことをしないといけないのよ」
プレラーティはチフォージュ・シャトーの建造に関わっていたため、今は少し休んでいる。割と自由にしていたカリオストロは、流がキャロルの城へ向かう可能性があるから、それを見張ってほしいとサンジェルマンに言われた。
流は反応が面白いから会うのはいいのだが、見張るだけというのはカリオストロ的にもつまらないので嫌だったが、これは重要なことらしいので、しょうがなく受けることにした。
「……って、なんで踊るキャロルは自ら城に招待してるわけ!?」
監視していると、少し前に戦闘があった港に流が着くと、そこにはファラがいて、テレポートジェムで一緒に消えていった。
「確かキャロルは拠点への転移でしかテレポートジェムは使わないはずですものね。もしかして流がS.O.N.G.を裏切った? いやいや、キャロルに寝返るなら私達のところに来るはずだわ」
流の行動をサンジェルマンに錬金術のテレパスで伝えると、休暇中のプレラーティも監視をしていたカリオストロもすぐに呼び戻された。
「私をまた扱き使うワケダ」
「あーしも監視をしてたばかりだから、少し休みたいかな〜って」
「駄目よ。彼はキャロルを降すでしょう。下手したら今日のうちにキャロルは敗北する。そうなると、世界構造のデータを入手出来なくなる」
サンジェルマンは準備をしながら、カリオストロとプレラーティを説得する。だが、二人とも頭をかしげてしまう。
「まだラピスがない私達に負けるのに、キャロルに勝てるはずがないワケダな」
「そうよ。最後のお薬キメて覚醒! って奴は強そうだったけど、あれでもキャロルちゃんの本気モードには勝てないでしょ?」
「いいえ。彼なら勝ってしまう可能性が高いでしょう」
プレラーティは流にあの一度の襲撃でしか会っていないので、何故こんなにもサンジェルマンが警戒しているのかがわからない。何度か会っているカリオストロの方をプレラーティは見た。
「……うーん。流は確かに強いわよ? 完全な女性の体に最高の叡智を持っているあーしたちを押せるのだもの。あれなら勧誘するのはわかるけど、サンジェルマンのそれは過大評価じゃないの?」
何度も会っているカリオストロも何故サンジェルマンがここまで流に固執しているのか分からなかった。
流は確かに強いが、大局を変えられるほどの出力は出せない。
「確かにある情報を知らない限りはそう思うでしょうね」
「サンジェルマンは何か知っているワケダ」
「教えてもらえるのよね?」
サンジェルマンは頷いてから、テレポートジェムを使って、
そこはだだっ広いだけの空間。空間以外何も無いが、ないからこそ盗聴の類はほとんど気にしなくて良い。二人はサンジェルマンのあまりの警戒の仕方に、少しだけ緊張する。
「今からいう事は絶対に他言無用です。特に局長には絶対に知られてはいけません」
「私達が従っているのは、結社でも局長でもないワケダ」
「あーし達が従っているのは、サンジェルマンだからこそよ」
二人の言葉にサンジェルマンは微笑んだ後、もうこの世にはサンジェルマンの頭にしかない情報を口にする。
「そうね……ありがとう。私は『プロジェクトD』という計画を約数千年前から、淡々と行ってきた秘密組織を知っているのよ」
「数千年前ってうちの結社と同じじゃない」
「いいえ、私達よりも成り立ちは古いはず。同じ時を刻んだ存在で挙げるならば、フィーネと同じくらい古いでしょうね」
「実際はわかっていないワケダな」
フィーネだって何千年前から存在したのかは、今の文献には一切残っていない。相当古く位しか分かっていないし、フィーネも残していないのでわからない。
「そう。その計画は
「……それと流を警戒する繋がりがあまり分からないのだけど」
要領の得ないサンジェルマンの語りにしびれを切らしたのか、カリオストロが口を挟む。
「……ですね。端的に言いましょう。そのプロジェクトDの最終段階は、人類が力を持ちすぎてしまった場合、
「神の依代ってまさか!?」
「私がずっと潜ませていた
本人の預かり知らぬ場所で、彼の出生が明かされた
流の出生がプロジェクトDによって産まれたとしても、あの強さは弦十郎のせいです。決して強化人間とかではありません。弦十郎のせい……おかげです。重要なことなので、二回書きました。