S.O.N.G.はフロンティアを襲撃してきた、三人の錬金術師の情報を国連に提出し、迎撃に出た装者の帰還を待っていた。
「にしても、錬金術ってのはそんなに組織数が多いのかね」
ナスターシャは無理をしすぎたため、一度メディカルルームへ行くように指示され、弦十郎達S.O.N.G.のメンバーは国連との連絡に動いている。
本部に予備戦力として残ったマリア、クリス、翼の三人は、廊下の途中にある休憩所で、最近暑くなってきたので温かい飲み物ではなく冷たい飲み物を飲んでいた。
飲み物を飲んで一息つくと、クリスが話し始めた。
「何百年も生きていて、素の力でシンフォギア装者を超えるオートスコアラーを操るキャロル達。欧州の闇を作り出し、F.I.S.に武装蜂起させたパヴァリア光明結社。その他にもきっとたくさんの組織があるのでしょうね」
「だがまず、今回は襲撃は何だったのだ? フロンティアは櫻井女子や流やマリア達にのみ、操作権限が与えられていたはず」
「そうよ。私と流、マムとウェル、了子と司令しかフロンティアを弄れないはずなんだけど……多分何かしらの方法で情報は抜かれたでしょうね」
マリアは指折りながら、アクセス権限を与えられている人を数えていく。その中でも了子は管理者権限を持っている。流は管理者権限を持っていないが、ネフィリムに指示をすれば多分手に入ることがわかっている。実際にやってみた事があるからだ。
「そういうのを探るのは、エルフナインとか了子みたいな技術職の奴らに任せるしかねえ。問題は今までとは違うアルカノイズだな。まあ、あたしが居れば余裕だけど」
「何故余裕なのだ? 空間を閉じられ、それを行っている張本人は姿を完全に隠しているそうじゃないか」
翼の疑問に対して、胸の下で腕を組んで、ドヤ顔でクリスが解説する。
「あたしのイチイバルは割と融通が効くからな。実体弾を撃ち出したり、レーザーを撃ち出したり。マイクユニットを弾として撃ち出して、それでソナーの役割を担うことだって出来る」
「イチイバルってそんなことまで出来るの?」
「少し前、災害地域で避難誘導をする時に、放送が届かない場所があったんだよ。その後から了子にそういう機能が使えるようアップデートしてもらった。あとはそうだな、あたしが遠距離射撃をする時、レンズを付けているだろ?」
アニメではシンフォギアに関する制作論理は開示されていたのに、世界のどこも新しく作ることが出来なかった。その理論を持っていたS.O.N.G.も同じだったが、この世界のS.O.N.G.には、了子もナスターシャもウェルすらも所属している。
そのおかげでシンフォギアの機能アップデートというものができるようになっている。イグナイトのような大幅な改良には、聖遺物が必要だったり時間がかかったりするが、少しの改良ならば割とすぐに叶えてもらえる。
そんなことをしなくても、シンフォギアは想いに答えてくれる。そんな中、他の装者に比べて
「片目だけ付けるレンズね」
「そう、それだ。さっき了子の所に行って、可視光線や不可視光線みたいな信号波形でも、物を判断できるように改造してもらってる。これでもし物理的に見えなくても何とかなるし、それでも見えないなら逆に怪しいからな」
クリスは首元にあるはずのイチイバルが無いことを仕草で見せた。マリアは感心するように声を上げて、自分のアガートラームを弄る。そしてマリアのストレス解消のちょっとした弄りが始まる。
「結構考えてるのね。流に擦り寄る猫とばかり」
「は? まずお前らなんで毎度の如くあたしの事を猫呼ばわりするんだよ」
「流の端末の、クリスの登録画像知らないの?」
「知るわけねえだろって、そうか。お前達って確か許可が降りるまで端末が持てない時期があったな」
「そうよ。その時に見てしまったのだけど、クリスのアドレスには子猫の画像で登録されていたわ。響は白米、翼は青い鳥だったかしら?」
マリアの言葉に翼とクリスは吹き出してしまった。マリアも少しだけ笑ってしまっている。
「白米って! 確かにあいつは好きな食べ物はご飯&ご飯とか叫ぶけど、白米って、あははははは」
「くっ、仲間を笑うことは」
「ご飯&ごはーん!」
「くふふふふ。雪音! 卑怯だぞ!」
吹き出したけど、翼はその後笑わない様に努めていたのに、笑い声をあげてしまった。
「……そうそう。クリス、あれは流石にないわよ」
「ん? 何がだ?」
「この前通販で買った服」
マリアの言葉に笑っていたクリスの顔が凍りつき、ひとっ飛びでマリアの元まで飛び、口を抑えて耳元で話し始める。
「待て待て。なんでマリアが知ってんだよ」
「判子を押したのは私よ?」
「伝票には服としか書いてなかったじゃねえか!」
「だって、代金引換で買ったじゃない? 結構高かったから何を買ったのか調べたのよ。まず家にあるパソコンの共通の通販アカウントで買うのは良くないわよ? 履歴は消しておいたけど」
マリアは生活費の支払いもさせて貰えないし、料理は調と流の邪魔になってしまう。掃除や洗濯は順番にやっているので、あまりあの家に貢献している気がしていなかった。
流は金を持っているが、やはり管理はした方がいいのではないか? と思いついた。特に通販で馬鹿みたいに色々買っている娘達がいるので、そういった必要経費以外の金の流れを監視している。食材などの生活費計算は調がやっているので、取るときっと怒られてしまう。
一番酷かったのは、翼が自分の部屋で敷く為に買った布団だった。マリアはその額を見て、熱を出して倒れてしまった思い出がある。ああ、翼はお嬢様なのね、と改めて実感した瞬間でもあった。
「なんで調べてるんだよ! あと履歴を消してくれたのは助かった。深夜のテンションで少しやっちまってさ」
「……」
防人として鍛えてきた翼の耳には、しっかり二人の会話が聞こえている。最近は翼は声が低くなったりしてイケメン度が上がっているが、元々は寂しがり屋の泣き虫翼。仲間はずれにされていて、少しだけ聞き耳を立ててしまっているのはしょうがないだろう。
「深夜のテンションで何で
「べ、別に流の前で着たいなんて言ってねえぞ!」
「しかもワンサイズ小さくしてるとか、逆によくそんなサイズあったわね」
「今お前、あたしがチビって言ったか!」
「言ってないわよ。あと声が大きい」
少しずつヒートアップしていくクリスにマリアは指摘するが遅かった。
「雪音」
「な、なんだよ先輩」
「流はバニー服のような露骨な官能的な服は嫌うぞ」
今度はマリアとクリスの目が飛び出す勢いで驚いた。まさか翼がバニーを知っているだなんて! という訳ではなく、何故そのようなことを知っているのかと驚いた。
「…………は? もしかして先輩は着て見せた事あるのか!?」
「あるぞ」
「何でだよ! 先輩だとどう考えても着れ「常在戦場」ごめんなさい」
翼の目の光が消え、いつの間にか持っていた刀を向けられたクリスは速攻で謝った。
「まだ私がここまで大きくなかった時の話だ。子供用のパーティーグッズのような物にあったそれを、奏に騙されて着てしまってな」
翼が遠い目をしながら、黒いバニーを着てしまった過去の自分を思い出す。あの時の奏はまだ流に対してツンデレというものであり、なにをするにも巻き込まれていたということを告げた。
「奏って人は尽くあたしの先を行きやがる!」
「まあ、ああいった服はモデル体型じゃないと映えないし良かったじゃない。クリスではねぇ」
「……そうだな。モデル体型じゃないと映えないな」
話が一段落して、取り留めのない雑談に移行してすぐ、装者達四人が帰ってきた事を告げる放送がなったので、三人は指令室へと向かった。
後日、あの家に住む装者分のバニー服が、各人の名前で届けられたとか。しかも流が受け取りをして、生暖かい目で見られたとか。主にただの主婦なマリアさんが。
「ただいま帰還しました!」
「響……元気過ぎ」
「イグナイトは」
「結構疲れるデスよ」
響はいつも通り元気に、未来と調と切歌は少しだけ疲れが出たのか、そのことを口に出している。
「そうかな? やっぱりご飯をいっぱい食べてるからかな?」
「ぶっふ! あははははははは」
「ちょっとクリスちゃん! 何でいきなり笑うのさ!」
「今のは立花が悪いな……ふふふ」
「翼さんまで!」
翼とクリスは先程のご飯トークを思い出してしまい、マリアはうまく翼の後ろに隠れて、笑いを堪えている。皆で笑い合っている時、藤尭が険しい顔で叫んだ。
「司令!」
「どうした藤尭!」
「流くんが帰ってきました」
その言葉を聞くと、何人かの装者は入口へと向かった。川の字で寝たり歯型マーキングなどはあったが、あのキャロルの下へ単独で向かっていたのだ。皆が心配するのも無理はないだろう。
「あと……」
「またなにかを仕出かしたか!」
「錬金術師キャロルとオートスコアラー4機、それにエルフナインちゃんを連れてきています」
流は二課の時は特に色々無茶をしあが、今はS.O.N.G.は国連直轄の部隊であり、日本所属だった二課に比べてしがらみが多い。流がこういった無茶をすると、それを何とかするのは弦十郎他スタッフがやらないといけない。
そして弦十郎はそういったお上方に頭を下げるのは、窮屈で嫌いだ。
「あのアホが! そういう時は一報入れろって言ってんだろうが! 装者諸君はいつでも纏えるようにしておいてくれ」
「「「はい!」」」
弦十郎はシンフォギア装者を連れ立って、報連相が壊滅している息子の元へ向かった。
**********
流が全裸に布を巻き、トーガのように着ていて、イザークを送る鎮魂歌が響き渡る所まで戻る。
流は自分の中で、ソロモンの言葉を信じるのであれば『魂』が壊れた感覚があった。あの壊れたものが本当に魂であるのであれば、流は一体何になったのか。
まず人間、人類とは何なのか。
他の人やカストディアンの人類定義はわからないが、流の人類の定義はとても広い。
人の姿、これは生身でもオートスコアラーでも良い。それに人として振舞おうとする意思。それがあれば人間であると流は言うだろう。
キャロルは記憶と多分魂をコピーなり移すなりして、生き長らえてきた人間。
エルフナインはキャロルのホムンクルスであり、記憶もキャロルの物であるが、それでも人間。
オートスコアラーだって、体は機械だが人として振舞おうと思うのであれば、流は人と断じる。
そうしなければ……その様に広い定義にしなければ、魂を失い人間の体を6割以上無くしている流はもちろん、死者蘇生が上手くいったあとの奏やセレナが人間と言えなくなってしまう。
そんな事をキャロルとエルフナイン、奏とセレナの鎮魂歌を聞きながら考えていた。何となく身じろぎの為に体を動かした時に、流は自分の体に違和感を覚えた。
(……左足が付け根までデュランダルになっている)
今までは侵食されていなかった足が、今回の魂消失時にデュランダルに負けてしまったようだ。これでlinkerを使えば両腕に左足、目に体の内部がデュランダルになる。骨の強度からして、骨もデュランダルに飲み込まれているので、本当に人間か怪しくなってきた。
次に考えなければいけないのは、流の体に言語統制を敷いている存在が、掛けている呪いについてだ。
今回イザークが完全消滅し、流の魂が壊れたのは、流の身に掛けられた呪いの代償だ。今までは知っている事を言えないだけだったが、今回はあからさまに流に牙を向けてきた。
死者蘇生を行う時に邪魔をされないための方法の模索。呪いを掛けている存在、今のところカストディアンだと思っているので、そのカストディアンを知ること。可能であれば、カストディアンの呪いを解除すること。これかが今後の課題になるだろう。
これを行う場合、了子を巻き込んではならない。せっかく弦十郎に新たな恋をしてくれているのに、過去の男? の問題に突っ込むのは野暮だろう。
流が色々考えていると、父親への送る歌を歌い終わり、涙を拭き終えたキャロルとエルフナインがこちらを見ていた。
「……キャロルは今後どうしたい?」
「どうと言われても……俺は世界解剖以外の事は久しく考えてなかったから、いまいち分からん」
キャロルの言葉遣いがボスキャロル口調だったので、流は少し痛いと思う程度に、キャロルの頭を叩いた。イザークとは違って、流は自分の体なので、力の入れ具合のミスはしない。
「痛い、何をする!」
「イザークはキャロルが俺とか、男口調をやめろって言ってなかったっけ?」
「……わかってる。でも、簡単に昔みたいにわ、私なんて、使えないぞ」
「ゆっくり治していけばいいと思うよ。習慣を変えるのは大変だからね」
流の言葉にキャロルは反応した。長い年月俺や荒い口調をしていたせいで、昔のような話し方は少しだけ恥ずかしいようだ。
「そ、そうだな……その、エルフナイン。今まですまなかった。お前はお、私を止めようとしていてくれたのに」
「いいんだよ。きっとキャロルは僕に止めてほしかったから、パパとの想い出を僕に転送・複写したんだと思うんだ。そのおかげで僕はエルフナイン・マールス・ディーンハイムになれたから、文句なんてないよ」
「そうか? でも、もう一度だけ謝らせてくれ。パパの意思とは違う事をしようとしていた私を、止めようと頑張ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
二人は手を取り合いながら話している。流はその間にいるので、色々困る。
『流石にそれは駄目だぞ。この二人はロリとかいうレベルじゃねえ。ペドフィリアはなしだ』
『違うからね? これは……そう! イザークの影響で父性というモノが目覚めただけで。いやマジで』
『キャロルちゃんが大きくなった姿はどうでしたか?』
『ありだなと思いました、はい。ごめんなさい、絶妙な痛みを与えるのはやめて!』
奏は既に、自分に宿るガングニールの特性を理解しているので、大きい攻撃はせずに、すねを蹴ったり、手の親指を押し込んだりして絶妙なお仕置きを敢行した。
お仕置きをしながらも、話さないといけないことをしっかり忠告してくれる奏はやはり有能だった。色々キャロルは問題を起こしたが、日本での出来事だけなら罪をもみ消すことは容易い。それらの確認をしなくてはならない。
「キャロルは……えっと、まず日本以外で表立って行動した? ここ十数年で」
「していないと思う。ガリィに想い出を集めさせたけど、一箇所で大量に取ってしまうと気取られるから、各地を回らせていた」
「ならばいい」
その言葉にキャロルは頭を傾げた。キャロルはまだ流を正確に把握しきれていないからだ。
「パパは……ソロモンも違くて、流は国のひいては国連の組織所属ではなかった? 私の仕出かしたことは国際的に責任を取らされることだと思うんだけど」
「いいか、俺は身内に甘い。キャロルがどんな事を過去にしていても、俺が知っているキャロルは、父親に料理を作ってあげるキャロルだから。あとぶっちゃけ国際的に責任を取らされるとしても、俺がどうにか出来る」
流は一部の組織が彼の事を特異災害認定をしている事を知っている。ノイズを操れて、位相差を弄れば現代兵器が効かず、シンフォギア装者達ですら殺すことは出来ない。流自身も自分が特異災害である事を認識している。そこら辺で脅せばどうとでもなる。考えが
「なあエルフナイン。こいつもしかしてやばいのか?」
「強くなるために平然と聖遺物を融合させる程度には、やばい人だと思うよ」
「……パパが認めた人だからいいか」
キャロルは張り詰めていたものが切れたのか、眉間から力を抜き、エルフナインに寄っかかるとそのまま寝てしまった。その寝顔は世界を分解しようとしていたとは、思えないほど可愛らしい寝顔だった。
「……キャロルは僕のお姉さんなのに、妹に寄っかかって寝ちゃった」
「何百年と張り詰めてただろうししょうがないよ。エルフナインの体を新調するのはまた今度でいい?」
「はい、大丈夫です。すみません、僕も少しだけ寝ます」
エルフナインもなんだかんだ疲れていたのか、キャロルに抱きついてその場で寝てしまった。流は自分に巻いている布と同じようなものを探してきて、二人を巻いて壁際まで運んだ。その時にエルフナインからヤントラ・サルヴァスパを回収しておく。
『なんか他にやることある?』
『オートスコアラーの方々をこちらに戻してあげてもいいと思いますよ』
『あとは、この城の位置はサンジェルマン達に知られているはずだから、移動させる……どうやって移動させるんだ? ネフィリムなウェルはいないぞ』
セレナが現実的な話をして、奏は次の敵の襲撃予想を立てた。サンジェルマン達が建造に手伝っていたなら、解剖に何かしらの価値を見出していたはずだ。
『オートスコアラーはすぐに呼ぶね。確かにサンジェルマン達はこの城の建造に関わっているんだから、テレポートしてこれそうだし、下手したら解剖にこの城が使われるかもしれない』
そう言いながら流は自分の右手を見る。戦闘でデュランダルを派手に使ったのに、まだまだエネルギーが満ち足りている。少し前なら、こんなにデュランダルを使えば人間の体の部分が悲鳴をあげていた。
肉体が人間から遠ざかったおかげというのもあるが、魂が壊れたおかげで、より人間離れしたことをしても反動が来ないのかもしれない。
「まずはオートスコアラー達」
流は目の前にバビロニアの宝物庫へのゲートを開いた。
「もっと早く飛ぶんだゾ!」
「ミカなんかに負けてんじゃねえ! もっと早く飛べ!」
「いや、だから大丈夫だ。あのような派手は好かない」
「……マスターとの話し合いはどうなりました?」
ミカとガリィは飛行型ノイズを操って、レースをしているようだ。今はロール髪バーニアを駆使しているミカの方が一歩リードといった所だろう。
レイアは何故かたくさんのノイズに囲まれている。一部ノイズがレイアと同じポーズを取っている。
そしてファラはゲートが開いたことに気がついた。
「あそこで寝ている二人を見れば分かるんじゃない?」
ファラが踊るようにこちらに移動してきた。流が指さした方を見ると、キャロルとエルフナインが抱き合って、同じ布に巻かれて、気持ちよさそうに寝ていた。
「マスターもあのような顔ができるのですね」
「イザークと会わせたからな」
「それは、マスターにとって最強の手ですね」
流はファラと話しながら、宝物庫内を見ていたが、他のオートスコアラーはまだこちらに気が付かないので、一度ゲートを閉じた。
「サンジェルマン達にこの城を操られるのは困るから、この城を移動させようと思う。サポートしてくれ」
「仰せのままに」
流はファラに王座の間にある球体まで案内された。その球体を固定している台座には、長方形の物を置く場所がある。ちょうどヤントラ・サルヴァスパを広げて置けそうないい感じの溝だ。
「もしかしてここにヤントラ?」
「はい。もう戦いは終わったようですので言ってしまいますが、呪いの旋律がなくてもシャトーは動きます。ダインスレイヴの旋律がないと、世界を壊す歌が歌えないだけで、この城を動かすだけならヤントラ・サルヴァスパがあれば問題ありません」
流はその言葉に頷くと、ヤントラが入っているケースを正しい順序で開く。もし間違った開け方をしたら、内部のヤントラを壊す仕組みにしていた。
台座の指定の位置にヤントラ・サルヴァスパを設置すると、チフォージュ・シャトーは起動音をあげて、台座に設置されている球体が白く光り始めた。
「あとはこの球体に触れながら、頭の中で指示を出すだけで、勝手に動いてくれます」
「すげえ便利だな。フロンティアはネフィリムに口で指示しないといけないし」
口で指示するだけで、星間飛行船が動かせることが異常なのだが、流は既にそこら辺の感覚は麻痺している。
「俺はシャトーの外を見てくるけど、外に空気がないとかそんなことは無いよね?」
「大丈夫かと。宝物庫の中のような不思議な空間が広がっているので、落ちたらお終いですので、それだけは気を付けて下さい」
「ああ」
流はファラの忠告をしっかり聞いたあと、城の外壁を透過して通り抜け、シャトーの外側に立った。
外に出ると、黒いモヤが掛かった空間が広がっていた。
「いや、普通の人がここに出たら死ぬから!」
まとわりついてくるモヤは流の体を蝕もうとしてくるが、デュランダルな体を突破できないようで、チリチリとした痛みだけが肌を虐める。
『あのファラって奴はそれも織り込み済みなんじゃねえか?』
『頭良さそうでしたもんね』
「でもさ、普通言って欲しいよね」
チフォージュ・シャトーの外側を伝って歩き、この城の大体の大きさを理解する。
「魂にヒビが入る事に、扱える力の上限が上がってたけど、今はどうなんだろうね」
花畑の後で流は自分が強くなった感覚があったが、それは人間をやめたおかげだったことが、さっき理解出来た。今なら出来るかもしれない。
流は体の中からソロモンの杖を取り出して、今からやることを頭に描く。
「……ソロモンの杖よ、俺の思いどおりにゲートを開け!!」
デュランダルがどんどん生産しているエネルギーを常に吸わせながら、シャトーの横に開いた宝物庫へのゲートを拡大させていく。
ソロモンの杖はエネルギーを与えれば、ネフィリム・ノヴァすらも通れるゲートが開けることは、アニメで知っていた。ならばこそ、フロンティアよりもだいぶ小さいこの城程度の大きさなら、今の流ならゲートを開けるのではないかと試してみた。その結果大成功。
「……はぁ、はぁ。体内のエネルギー総量がいきなり減ると疲労感がやばい」
『流の体は聖遺物みたいなもんだから、疲れの感覚も変わってきてるのかもな』
奏の言葉に頷いたあと、流は王座の間に戻り、ゲートに向けてシャトーを前進させた。城が完璧に宝物庫へ入ったのを確認してから、ゲートをゆっくりと締めていった。
シャトーが出現したことで、他のオートスコアラーも戦いが終わったことがわかったようで、ファラと同じく、寝ている二人を見てどうなったのか理解した。
その後寝ているエルフナインとキャロルを抱き上げて、ファラに招待された海岸際にテレポートしてもらって、オートスコアラーを引き連れて、S.O.N.G.の潜水艦に戻った。
弦十郎がガチギレする事など全く考えずに。
アニメではウェル博士がネフィリム腕を使ってハッキングのような方法で動かしましたからね。