流はテントの外で宝物庫経由でゲートを開き、S.O.N.G.に到着した。指令室に直接飛ぶと、普段よりも格段に人が少ないが、画面で流れている情報の解析速度はいつも以上だ。
「なんで生化学者であり、linker研究を一任されている天才を、こんな通信管理をさせられて、藤尭と同じ席に座らないといけないんだい? 毎回言っているけど、君たちの僕の扱いはおかしい!」
「子供たちが休息を取るためです」
「そうよ。あとナスターシャは無理をしないでウェルに押し付けなさい。回復に向かっているからといって、まだまだ体は弱っているのだから」
藤尭の席にはウェルが、友里の席にはナスターシャが座っている。そしてアニメにはなかった司令官の立ち位置の隣には、了子と流しか扱えないシュメール語やらフィーネが作った文字で作った解析専用の席がある。流も使えるが、わからない部分も多く、ほぼ了子専用席になっている。その席に了子は座っている。
ナスターシャの席の横には歩行補助の杖が立てかけてある。今ではナスターシャは杖ありであれば、ある程度歩けるようになっていた。もし本来のフロンティア事変が起きていれば、助からなかっただろう。だが、事変前のまだギリギリ病魔が進行しきっていないナスターシャであれば、現代医療とちょっとの異端技術があれば完治させるのは容易かった。そのちょっとの異端技術が簡単には手に入らないものなのだが。
ウェルが自分の扱いの悪さに文句を言っているが、日本では買えないお菓子に釣られてしまったのは彼である。アメリカの蛮行を防いだ英雄と言われているが、それ故に自由に国外へ出られない。英雄になったのだから致し方ない面である。
「皆ただいま」
「おかえり。寝ていたようなのに悪いな」
「別に父さんが問題を引き起こしたわけじゃないでしょ? 詳細教えて」
流は父親に挨拶をしたあと、了子に向けて詳細を求めた。何かが起きたことを教えてくれたファラや、その他のオートスコアラーはこの場にはいない。
「そういう事はできる女に任せなさい! 今から数時間前、東京湾に寄港していた豪華客『アレキサンドリア号』の中で事故が発生したのよ」
「本来ならこんな事は海上保安の奴らがどうにかすればいいっていうのに、超常現象が発生しているからお前達が調査しろだってさ」
説明を聞きながら、霊体二人に聞いてみる。今の流にはアニメの知識がない。
『アレキサンドリア号……って二人とも寝てるやん』
いつもなら侵入者が来ないか、流の家でもどちらかが監視をしてくれているので、常にどちらかが流の横にいる。なので、今回もいつも通り隣に浮いていると思ったら、誰もいなかった。
今、奏とセレナは欠片の中の家で寝ている。昼間に流に憑依して色々遊んだので、結構疲れてしまって寝ていた。無人島だし大丈夫だから寝てと言ったのは流だ。
「それでどんな超常現象が起きたの?」
「どうやら、怪物が出たとか」
「怪物?」
ノイズでもアルカノイズでもなく怪物。平常時の藤尭ならジョークの線もあるが、ナスターシャがそんな事をするとは思えない。
「目撃情報も出ているし、何より私でもパパっと解決出来そうならしようかなと思って、緒川に変装メイクをさせてから、私自らが向かったのよ」
「止めたんだがな。『たまには活躍したい』と言われて押し切られてしまった」
「僕には弦十郎が了子のハニートラップに負けただけに見えたけどね」
弦十郎がため息をついているが、ウェルの言葉を必死になって否定している。ナスターシャがウェルのときに頷いたのでそういう事なのだろう。
まず了子が活躍していないわけでは無い。ウェルが考案した『
今は更に薬害による負荷を抑えたlinkerに開発していて、これが完成すればlinker組が絶唱を歌う時に何本か投与すれば、負荷を可能な限り減らせるようになる。正規組も絶唱時に投与すれば、負荷を抑えられるようになる。ただ、アニメ1期の翼のような間違った絶唱をすれば、流石にダメージは避けられないが。
今のlinkerでもオーバードーズ状態で絶唱を歌えば、相当負荷を減らせるが、薬害で脳に支障をきたす可能性がある。
了子の活躍したいというのは、実地に出て自分の力で解決したかったのだろう。研究者である了子は弦十郎の影響を受け、体を動かすことを好むようになってしまっている。
「私の分かったことを言う前に、まずは見てほしいのがこれよ。これはアレキサンドリア号の周辺映像なのだけど」
指令室の画面に出現した映像には、確かに豪華客船が映し出されている。だが、黒いモヤが周辺に充満し、船や周辺の地形を飲み込んでいる。
「このモヤが怪物なの?」
「違うといえば違うし、そうだといえばそう。そのモヤは私が船から逃げた後に、大量に吹き出したのよ。そしてそのモヤは一種の呪いね。その呪いが形を作り出すと怪物になるの。見た目が黒いフワフワした怪物だったから、通称バルーンと呼ぶわ」
了子が怪物を見たのなら、戦闘なり逃亡なりをしたはずだ。もし戦闘になってなくても、偵察に行ったのなら一当てくらいしただろう。だが、了子に目立った傷も見当たらない。
流は母親に万が一の事がなくて安心した。結婚前に嫁が敵性存在が不明な場所に行くなど、映画では殺してくれと言っているようなものなので、少しだけ流は冷や汗をかいた。簡単に言うと銃を捨ててナイフに持ち替えて『やろう、ぶっころしてやる』と言うようなものだ。
「了子ママに怪我がないってことは雑魚だったのか」
「もちろん無事よ。あと私は弦十郎くんや流、今では装者達ほど大立ち回りは出来ないけど、ある程度は戦えるわよ? ワンコネフィリムを倒せる程度にはね? で、そいつらは雑魚だったんだけど、その奥にスフィンクスの形をした怪物もいたのよ」
装者に弦十郎に流、緒川と了子とキャロル、オートスコアラーは一度はネフィリムと戦っている。きっと
ネフィリムを倒すのが戦闘力の最低限の条件になっているが、ここには止める人は誰もいない。既にS.O.N.G.にはそんな人間はいない。
「二種類……多分そのスフィンクスが呪いの原因かな?」
「さあ? そのスフィンクスは私には分が悪そうな感じだったから、そのままテレポートで逃げてきたわ」
「……え? 了子ママってテレポート使えたの? テレポートジェムで港に飛んだんじゃなくて?」
S.O.N.G.の本部は潜水艦なので、その中にテレポートジェムの移動先を登録しても、移動してしまったら座標がズレるので意味が無い。だから、とりあえずはいつも潜水艦が止まっている港に移動先の登録をして、弦十郎や了子などの研究者、装者達はジェムをいくつか携帯している。
装者達に渡されているのは緊急用なので、基本的には使わないし、弦十郎は歩いたり走ったりすることが好きなのであまり使わない。研究者達は拉致などをされた時に逃げれる様に持たされている。
「キャロルちゃんに出来て、私には出来ないことなんてないわよ。ちょっと忘れてたり、不要な技術は覚えてなかったりするけどね?」
了子は平然と錬金術陣を展開し、少し離れたところにテレポートして、すぐにまたテレポートをして戻ってきた。
「あのさ、テレポートって俺みたいな空間に穴を開けて、ゲートを作って通る以外だと、座標ズレとか位相ズレが起きるから、そんなふうに使わないんじゃないの?」
「キャロルや流が出来なくても、このできる女櫻井了子に不可能はほとんど無いわ! その技術を上回っているのも当然よ! だって、私は元フィーネなのだから!」
了子は胸を叩いてドヤ顔をした。最近了子はバラルの呪詛解除に必要がなくて、忘れていた技術の発掘もしているとか。シンフォギアの改良にlinkerの改良など色々やっているのに、現代に残っていない異端技術もどんどん再生させている。
その一つが女性の美を維持する異端技術であり、その継承は既に
「お手入れをしないで髪のツヤも、肌の潤いも、紫外線による皮膚の老化も、いつかは垂れてしまう胸も、全てが防げるなら、これくらいの土下座……安いもの!」
高価な料理を食べたあとの元気なマリア・カデンツァヴナ・イヴが、土下座をしながら声高らかにそんな言葉を言ったとか。そこには友里や他の装者も混ざっていたが、女性の美の手入れは大変で、それだけ羨ましがられるものなのだろう。
この技術のおかげでクリスは日焼け止めを塗らなくても、肌に紫外線ダメージは蓄積しない。本来なら塗る必要性はないのだが、クリスは無人島で毎日流に塗ってもらっていた。しかし、塗っている体を操る人格は、奏とセレナなのであった。
「ドヤ顔をしてないで、早く話を進めてくれ。僕は眠くて仕方が無いんだ。天才には適切な睡眠と適度な甘味が必要だって分からないのかね」
「どうぞ」
「よく分かっているじゃないか」
藤尭が綺麗に使っている席で、ウェルは食べているお菓子のクズをこぼしながら、さらなる甘味を要求している。そこにサッと緒川が和菓子の皿を出した。
「そうね。私も早く弦十郎くんと帰りたいし」
「若いというのはいいですね」
弦十郎に軽く抱きつく了子にナスターシャは遠くを見るような目で見ている。
「ナスターシャだってまだいけるわよ。前みたいに無駄に老けていないのだから。そうね、
S.O.N.G.に入った時に比べて、幾分か若く見える。病気も治り、ストレスが消えたので、顔の疲れが取れたおかげだ。
「それは楽しみです」
「今日は多分帰れんけどな」
ブーブー不貞腐れ始めた了子を流は急かして、弦十郎が撫でた事によって機嫌を戻した了子が説明に戻る。
「えーと……そうそうスフィンクス。あれはパワータイプだったから戦いを回避して帰ってきたのよ。その時に監視されている様な感じを受けたから、きっと自然に発生した呪いじゃなくて、物体や歴史や人の想いを糧に呪いを具現化させたものなのでしょうね」
「歴史や想いを具現化?」
了子は基本的に流へは、シンフォギアと紫のシールド以外の異端技術についての考えを教えていない。キャロルの錬金術教室は、錬金術の基礎を吹っ飛ばして、
一般人やある程度の技術者、考古学者に比べたらとても詳しいが、比較対象がフィーネなのであまり知らないという表記になる。
「そう。例えばだけど、リンゴは木から落ちる。これはニュートンが言ったと言われているのだけど」
「ちょっと待った! 言われていると言うことは、実際には言っていないのか?」
了子が説明を始めたのにいきなり弦十郎が話を止めた。
「ええ。あれは誰かの付け加えたエピソードね。彼はそんなことを言っていないはずよ。あの時代ではケプラーの法則とかで分かることでしょ。それなのにリンゴが木から落ちた事によってなんて有り得ないわよ」
「そうなのか」
普通に弦十郎は納得しているし、他の人も少しは驚いているが、まずニュートンに会っている人がここにいる時点で結構おかしいことだが、この世界では長く生きる方法が割とあるので、ここら辺も皆の感覚が麻痺している。
「そう。でも人々はニュートンが『リンゴが木から落ちる』と言ったと認識し、万有引力は全ての物体は物を引っ張る性質を持っていると分かっているわ。でもね、もしその認識が真逆で、『リンゴは木から空へ
「概念……ファラのソードブレイカーなどの事ですか」
「そう。あれはソードブレイカーという武器は、武器を破壊する武器。そして名前にも意味を持たせて、剣を破壊する武器。それらの概念を力によって無理やり起こしているのが、ファラの使うソードブレイカーね。あれも剣を
「それであのモヤは呪いなんでしょ? どんな効果があるの?」
大体理屈はわかったが、あれが何なのかはまだ分かっていない。了子は焦るな童貞と息子を煽ってから話し始めた。息子を煽った結果殴られる母親がいるらしい。
「……痛い。えっとあれは人間を死に至らしめるといったものかしらね? もしくは衰弱」
「そこに俺を行かせようとしてんの?」
流石にその痛みは受け取りたくない。了子に
「流は既に人間の枠から外れているわよね? 詳しくは言わないほうが流のためになると思うけど、今の流なら、人類に掛かる呪いは受け付けないはずよ。もし駄目ならすぐに出てくればいいのだし」
シンフォギアを纏った装者達ならある程度進めることが出来るが、装者達は純粋な人間なのだ。だが、流は既に7割方人間をやめているので、今回のことには適任なのだろう。
弦十郎を見ると了子に説得されたのか、少し頷くだけでそれ以上反応はしない。説得はされたが納得はしていないのだろう。
「了子くんは呪いの発生源は古代の一品、聖遺物に呪いをかけられたと思っている。あの豪華客船はちょうどギリシャエジプト展の展示物を運び込んでいたからな。何かを利用されたと考えている」
「あの船が発生源でちょうどそんな物があれば、それが原因なのはほぼ間違いないわよね。ブラフの可能性はあるけど、ギリシャやエジプトとかの物はいわくのあるものが多いのよ。あとは伝承で人が大量に死んだりね。だから、弦十郎が既に許可を取ったわ」
了子が言葉と共に掲げている紙を見ると、この現象を起こしている展示物を破壊しても良いという許可書だった。
「手加減せずに呪いの根源をぶっ壊してこい」
「呪いの核がもし現れたら、流の腕でぶった斬ってやりなさい。完全に起動しているデュランダルの概念なら、宿るべき想いのない核くらい簡単に切り裂けるわ」
了子は手刀を振るっている。デュランダルは持ち主が折ろうとしても決して折れない剣とされている。頑丈面だけでなく、切れ味もデュランダルを超えるものがないと言われている。そして今回はそういった人々の思いや物の歴史が敵なので、この点でも流が最適のようだ。
そのあとスフィンクスがいるであろうポイントを教えてもらい、流はその上空にテレポートして、位相をズラして一気に内部に侵入。速攻で曰くのあるものをぶっ壊して、呪いの核になるのもがあればぶっ壊す。
直接スフィンクスの場所に開かないのは、呪いのモヤがバビロニアの宝物庫に入らないようにするためだ。
「よし、じゃあ行ってきます」
流は本気で戦って破けてもいい服に着替えて、宝物庫経由でアレキサンドリア号の上空へ飛んだ。
「……あれ? モヤが消えてんだけど」
流が空からダイブしていると、どんどん黒いモヤが晴れていっている。作戦通り、了子がスフィンクスを見た大広間に着いたが、そこにはツタンカーメンが倒れていて、それ以外には何も無かった。
「なんだこれ?」
そのあと調査チームが乗り込んだが、展示物が荒らされて壊れている以外特に何も無かった。
了子が関わると事件がだいたい見えてしまう弊害。AXZは酷いことになりそう。
戦闘なんてありません。シンフォギアならそのままの流れ、流なら戦力調査が不要なので即撤退でした。もし戦って歯車壊れたら大変だからね。
ファラ? 次回描写します。