「まあ、手加減してやるよ。シンフォギアすら纏えない人間相手に、本気を出すほど落ちぶれちゃいない」
「フィーネ、俺は本気で戦っていいんだな」
『ええ、いいわよ』
「雪音クリス、本気で行かせてもらう」
ネフシュタンを纏った雪音クリスと、ローブと仮面を付けたままの風鳴流改めオーディン。二人は距離を少し開けて対峙する。
通話越しでフィーネがスタートを切り、流はクリスに向かって走り出した。
**********
「それでね、
「何故? 顔を出してないから?」
二課内で了子の授業を受けている時、いきなり彼女は勉強内容とは違うことを話し始めた。しかも、その姿で話してはいけないはずのこと。
「私はあの子も使い捨てにする気よ」
「鎧のデータ集めとかでしょ? 後は戦力が二課に行き過ぎないように。シンフォギアに対抗できる自由な力が欲しかったとか」
「そうよ、他にもあるけどね。あの子は戦いを恐れているからこそ、力で戦いをなくそうとしているわ。あの程度の力で出来るなら既に達成されているのだけどね」
「
その言葉を聞いて、了子は口に入れていた紅茶を吹き出した。流に当たるコースだったが、無駄に『変わり身』を使って回避した。変わり身に使ったのは、近くにあった了子の替えの白衣なので、色が酷いことになった。
「……そこまで知っていたのね」
「もっと知ってるよ。神に恋して告白しようとしたら呪われて、歌を使ったけどダメだったから、呪いの元を断とうとしてるんだし」
「あのね、それを知っている人は今では本人以外いないのよ? なんで知っているのよ」
「秘密」
流が笑いながらそう言うと了子は舌打ちしてから、吹き出した紅茶の片付けを流にやらせた。
片付けをしながら、流は今行った確認作業に納得した。
流は自分が転生者である事を一度だけ言おうとしたことがある。奏が死んだ後、たった一度だけ泣いた事があり、その時、弦十郎に言おうとした。だが、言葉にすることが出来なかった。
言語化出来ない。「俺は転生者なんだ」という言葉をどう言えばいいかわからなくなったのだ。その後、一人の時には言えたのに他の人には現段階では知り得ないことは言えなかった。今のはフィーネしか知らない事を本人に言えたので、多分この考えで合っているはずだ。キャロルの名前は言えなかった。
だが、唯一の例外がある。奏にライブ前、彼女の未来を話せてしまったこと。それだけが凝りになって残り続けている。
「その人が知っているか否かだよな」
「何か言った?」
「ううん。それであの子が何だっけ?」
「あー、そうそう。あの子はオーディンは力がないのに知り合いだから仲間になったんじゃないか? と言っていたわ。貴方の力を知りたいみたいね」
「力こそが世界を支配する術だと思っているなら当然だね。よし、やろう」
その後、流は鍛錬しに行くと言ってから二課を出た。了子はネフシュタンのアウフヴァッヘン波形が検知されないように司令室で秘密裏に設定を切って、通信機越しに流達の会話に参加することにした。
そして冒頭に戻る。
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オーディンはクリスと自分の間に煙玉を投げ、二人がちょうど煙の中に入るようにする。
「目眩しなんてちょこざいな事してんじゃねえ!」
クリスは煙が広がり始めると、ネフシュタンのムチを高速で振り回しして煙を晴らす。しかし、彼女の視界には流はいなかった。
「どこに行っ……なっ!」
クリスは見当たらない敵を探そうと体を動かそうとするが、振り回した後の体勢から全く動けなかった。
【影縫い】
「これで一勝。ほんと緒川さんが怪しい人のまま、敵にならなくて良かった」
オーディンは地面を陥没させながら、音を大きく出して本気で走り、煙が広がり始めた時に足音を消し、忍者的行動に切り替える。隠密状態を維持したままクリスの後ろに回り込み、影縫いをしながら首にナイフを添える。
弦十郎にこの作戦をやった時は、弦十郎の気合いの一声で煙と影縫いを無効化されて成功しなかったので、内心相当喜んでいる。
勝利宣言をしながら、アニメでは神出鬼没で始めは敵では? と疑われまくっていた緒川がけ敵ではなかったことに安堵する。
「……くそ! もう一回だ!」
クリスの声に頷いてから影から棒手裏剣を抜いて、瞬時に距離を開ける。
「悪かったなオーディン。お前がつええ奴だったとは思わなかったぜ。なら、手加減はいらないよ、な!」
【NIRVANA GEDON】
クリスは開始の狼煙として、肩部の鞭突起からエネルギーボールをオーディンに向けて撃ち込む。そのボールと一緒にクリスはオーディンの元に駆け出す。
「エネルギー系は無理だ」
アニメの弦十郎の様に、シンフォギアの攻撃を真っ向から撃退を試みようとしたが、エネルギー系は流石の
「映画じゃねえんだぞ!」
クリスの技は蹴り飛ばされてきた地面と衝突して爆散した。クリスはそれに文句を言いつつ、ネフシュタンのムチを時間差で二本振るう。
真横からきたムチを体と腕を使って受け止める。オーディンの体は衝撃でよろけた所にもう一本が上から来た。
よろけた勢いのまま体を倒して、受け止めたムチで二本目のムチを受け止める。
「掴めたのはすげえが、これで……は?」
掴まれたのなら、そのまま振り回してしまえばいいと、ムチを握って引き上げようとしたが、それ以上引っ張ることが出来ない。
「やらせるかよ! お前が吹き飛べえええええ!!」
オーディンはムチを体で抑えた痛みに顔を顰め、すぐに体を起き上がらせる。叫びながら逆にムチをぶん回してクリスを地面に叩きつけた。
「いってえ、なんで父さんはこれを手だけで掴めたんだよ。しかもその時の使用者はフィーネだったし。わけわかんねえ」
ローブを捲ってみるとムチの突起が突き刺さり血が吹き出していて、手もボロボロになっている。
風鳴弦十郎の強さの域はまだ遠いと実感して、ため息をついた。
「ってやべえ! 大丈夫か!」
砂埃をあげたまま起き上がってこないクリスの元に向かうと、クリスは目を腕で隠したまま寝っ転がっていた。
「見んじゃねえ!」
「す、すまん」
震えている声で注意されて彼はすぐにその場から少し離れた。
『あーあ、女の子を泣かせちまったよ。いけない奴』
戦いの最中は消えていた奏が現れて彼の頭を小突く。
「本気で戦わない方が失礼だろ」
『だけどよ、限度ってもんがある。おっさんに挑む時と同じように戦ったらこうなる事くらい分かってただろ?』
「あれ完全聖遺物だよ?」
『逆に聞くけど、流が完全聖遺物を纏って、おっさんと戦って勝てるか?』
流は戦いを想像してみる。
「父さんは鎧を無視して肉体を傷つける戦い方を知ってるから、どう考えても負ける未来しか見えない」
『だろ? 弱いものいじめとは言わねえけどさ、少しは考えて戦えよ』
「はい」
奏との会話が終わってもクリスは起き上がってこない。オーディンはローブのフードから顔を出し、仮面を外してクリスの元に向かう。
「おつかれ。ごめんな、クリスは強かったから本気を出さざるを得なかった」
「だから見ん……なんで仮面外してんだ?」
「真剣に戦った相手に失礼だと思ったから外したけど、フィーネには言わないでね?」
「あ、ああ」
流はそのままクリスに近づき、お姫様抱っこをして屋敷に連れていこうとする。
「何してんだ変質者!!」
「変質者は流石に酷くね。体を打ち付けられて、力が入らないんだろ? ネフシュタンは叩きつけの時に破損したか?」
「確かに力が入らねえけどさ。鎧は問題ない」
クリスは変質者に関することは無視して、そっぽを向いて答えた。流はまだネフシュタンの欠片の除去方法なんて知らないので、ホッと一息ついてからクリスを屋敷まで運んでベッドに寝かせた。
流が考えていたネフシュタンの鎧の攻略法の一つ。無限の再生力を持っているなら肉体や脳を揺さぶり無力化をする。それが上手くいって機嫌が良くなる。
「流石に脱がしたら変質者が確定するから、回復したら自分で脱げよ? じゃあ、またな」
「礼は言わねえぞ!」
「ああ」
クリスの殺風景な部屋から出た後、キッチンに向かって用意しておいたカレーを軽く作ってから、温め時間や保存方法を紙にまとめて、彼は屋敷から去った。調理中に痛みはじめ、忘れていた怪我を消毒してから包帯を巻いておいたら数日で完治した。
**********
クリスと初めて演習をしてから一年と半年ほどが経過した。
二課はリディアン周辺で増大する原因不明のノイズの襲撃に頭を悩ませている。ノイズが出て、小中規模なら流が一人で対応し、大規模及び被害が出そうな場合は翼も出撃するのが主になっている。
翼はアニメ通り、奏と似た技や大振りの技ばかり覚えているが、一つだけアニメでは見たことのない技もあった。
フィーネはソロモンの杖を使いこなすためにリディアン周辺で何度も襲撃を起こしたり、聖遺物についての研究をしたり、流と弦十郎の血液を調べたりしている。アメリカの方ともまだ良好に関係を続けているようだ。
クリスはあの後から何故か映画をよく見るようになった。流が
そして流は今も戦っている。
「はあああああああ!!!」
「うおおおおおおおお!」
正面から弦十郎と殴り合いを繰り広げるが、どの攻撃も完璧に返され、弦十郎の攻撃を迎え撃つと手が少しずつ痺れていく。
このままでは不味いと思った流は攻撃をあえて受けた。
【変わり身の術】【影縫い】
道着に攻撃を受けてもらい、流は弦十郎の背後に回り込み、本気で正拳突きを打ち込む。
「ぬ! 甘いわ!」
弦十郎は【影縫い】をされていたが、動けない体で足に力を入れて、そのまま力を込めると地面が揺れ、クナイが抜けた。そのまま回し蹴りで正拳突きを撃退する。
流は回し蹴りに吹き飛ばされながらも、手裏剣や棒手裏剣、クナイや麻痺成分を含む煙玉などをこれまた本気で投げる。
武器は拳で殴って吹き飛ばし、煙玉は手で掴んで握り潰して使えなくする。弦十郎はその場所で流のいる方向の地面を殴り、着地しようとしている流の足元を破壊する。地面を殴った低い体勢のまま、流に向かって突撃する。
「まだまだああああ!!」
「その手は悪手だぞ流!」
流は地面に着地する前に体を丸めて腕で着地する。だが、弦十郎が更に地面を、今度は本気で殴ったことにより、その衝撃で流は吹き飛ばされ、吹き飛ばされた流に追いついた弦十郎は、流の腹に強烈な一撃を打ち込んだ。
「はあ!!」
「流しきれていない、もう一回だ!」
流はなんとか空中で、無理やり発勁の応用で威力を流したが、ダメージが体に残り、そのまま地面に打ち付けられた。弦十郎ならば先ほどの攻撃なら完全に流せたし、構えていたら流も受け流すことが出来たはず。
威力の受け流しは実践でこそ使えないと意味が無いので、弦十郎は地面に打ち付けられた流にもう一度、今度は少しだけ手加減して拳を打ち込んだ。弦十郎ならば、片手間で受け流せる威力の拳だ。
「……やり過ぎた」
弦十郎の目の前には、ボロボロの状態でなんとか力を受け流したけど、その時に頭を打って気絶した流が倒れていた。
流は未だに弦十郎から一本も取れていない。