ハードモードです。
「クリス、貴女達が私達を助けてくれたのね」
「ソーニャ……でもステファンの足が!」
日本ではやってはいけない軽トラックの荷台に乗って、響達とソーニャ、ステファンと流はS.O.N.G.の仮設基地がある場所へ向かっている。
翼は運転席に、響は助手席に座っていて、それ以外は荷台にいる。その荷台で向かい合うように座っているクリスとソーニャが、微妙な空気を醸し出していた。
「ここからどうやって治るのかは分からないけど、クリスは彼が言ったこと、ステファンの足がしっかり治ると思っているのよね?」
「うん。流が大丈夫って言うなら大丈夫だ」
「それならクリスを信じるわ……それで今彼は何をやっているの?」
流は今、ステファンに痛みを感じにくくする鎮痛の錬金術を発動し続けている。それと共に菌が入らないように適切な処置を揺れる車の上でやっていた。
「それって錬金術だよな?」
「そう、鎮痛とか状態を保つ技術を使ってる。さっきからステファンくんを治す医者に連絡が繋がらないけど、まあ問題ないでしょ。助けの連絡が来ないし。俺の娘は強いからな」
ソーニャは色々理解が追いついていない。天災とされているノイズを軍の人が操り、村を占領したと思ったら、クリスが露出の多い鎧のようなもので助けてくれた。ステファンが傷ついてしまったが、あのクリスが治ると太鼓判を押したので信じている。
そして一番奇っ怪なのはクリスがチラチラ見ている男。流と呼ばれていたが、(アルカ)ノイズを素手で潰し、錬金術というおとぎ話な術を操る。この男に頼らないといけないが、怪しすぎて信用出来ない。
「一通り処置が終わったし、基地に戻ればママがいるから、ある程度の処置をしてくれるはず。すまんがステファンを頼んでもいい? 少しだけ寝たい」
「基地に着いたら起こせばいいんだよな?」
「よろしく」
流はクリスにお願いして、クリスが太ももをポンポンしていたので、クリスの太ももを枕にして目を閉じた。
『眠い。凄く眠い。どっちかが変わりに寝てくれ』
『最近睡眠の頻度が多いですよね』
『体は寝てても、精神は数ヶ月寝てないからな』
『何とか対策を建てないとダメだな。このままだと寝落ちしちまいそうだわ』
イザークが憑依してから2ヶ月半ほど経っている。その間流の精神は一度も睡眠を取っておらず、最近になって、寝ていない精神に引きずられるように、体も睡眠を多く欲するようになった。体が精神に引きずられるのと同じように、精神も体に引っ張られ、体が寝ると少しだけ眠気が飛ぶ。
流石にこのままだと不味いので、パヴァリア関係が終わったら、流は本格的にこの眠ると不味そうだという勘に対する対策をしようと決意した。
今回は奏が流の体に入り、彼の足りない分の睡眠を取るのだった。
**********
「入れ」
「失礼致します」
ここは鎌倉の風鳴訃堂が住んでいる屋敷だ。その場所に八紘はある目的があって訪れていた。八紘はあまり自分の父親が好きではない。理由は様々あり、それを語ると長いので省く。
八紘は惚れ惚れするほどの作法で、訃堂しかいない部屋の障子を開けて、部屋の中に入って下座に正座をする。今回の事は電話先で話すには、少しだけ危険な情報もあるので、八紘はスケジュールをズラして来た。
「何用だ」
「S.O.N.G.がバルベルデにて、アルカノイズを使用する基地や工場を制圧しつつあります」
「そのような事は聞かんでもわかる。あの
八紘の本題ではないであろう言葉を訃堂はすぐさま斬り捨て、本題に入るように急かす。だが、八紘は急がず自分のペースで話し始める。訃堂にペースを握られる訳にはいかない。
「……各国及び国連より、風鳴流の説明要求が来ています。そして現在安保理にて風鳴流の詳細を強要するような、あまりにも強引な決議が組まれています」
特異災害の対策はS.O.N.G.の役目であり、今回の基地や研究所、製造工場などの制圧はシンフォギアと流、あとは緒川などが動いた。だが、その人たちだけしか動いていない訳では無い。
制圧した施設の調査から、不当に連れてこられた人たちの確保など、様々な後処理があるため、それは国連の別組織が行っている。
流がノイズを大々的に使って制圧したのは、現地のスタッフや国連のお偉い方は皆が見ていた。お偉い方は映像越しだが。
今回のバルベルデの制圧はノイズ、正確にはアルカノイズという人類の天敵を操る勢力を、一時でも放置する事は出来ないので、いつでも強権を発動できるように各国のトップが国連に詰めていた。
そんな時に流はノイズを使って完璧に制圧した。
日本の二課、S.O.N.G.の前身の時にソロモンの杖は単純なコマンド命令によって、ノイズに命令をする完全聖遺物という情報があがってきた。それは人類によってあってはならず、破壊すべき凶悪な聖遺物だが、杖はノイズのいる空間とを繋ぐ鍵でもあるとも報告があった。
その情報とともに、二課がソロモンの杖を人体に融合させて、その扉を閉じたという常識外な事を報告してきた。常識外な事だったが、実際にその後から世界にノイズが現れることがなかった。
その融合体は誰かを明かされることがなかったが、今回の事で風鳴流という人間? がソロモンの杖を持っていることがわかった。
だが、その男の風貌は金属質な腕や足を持ち、S.O.N.G.の司令のような暴力を振るえ、空まで飛んでみせた。すぐに国連はS.O.N.G.のスタッフデータを確認したが、流は日本から貸出扱いになっていて、ろくな情報はなかった。
あの力を自国に振るわれたら全く抵抗ができないことは自明の理である。国連は即時日本にあのような
「安保理理事決議であろう? ならば、
この世界にはノイズという人類殺戮兵器があったが、先の大戦は起きている。そして日本の各地にアメリカ軍基地がある事から、負けたこともわかるだろう。
だが、シンフォギアというノイズに圧倒的に有利に立ち回れる兵器を有し、その理論開示を日本は
「……流はノイズを軍隊として使役し、自らがノイズ及びアルカノイズに耐性があることを見せました。更にノイズは人間を一人も炭化させず、死傷者はなし。流及びノイズによる重傷者もなしとの事。そしてノイズ、アルカノイズ、それとは違う新たなノイズを開発したようです」
「ふむ……あのアホ、愚息と同じくやはり愚か。この日の本で飼い殺されていた方がマシだというのに」
「今なんと?」
訃堂の後半の言葉は口の中で消えた。訃堂からしたら、流には破格の待遇をしているのだ。にも関わらず、やはり翼や弦十郎を国防のためのパーツだと思っているのが、気に入らないようで反抗的だ。
「知らんで良い。もし国連がそれでも情報開示を求めたら、櫻井了子と風鳴弦十郎の息子である事を伝えよ」
八紘ははじめは意味が分からなかったが、その言葉には二つの意味があることがわかった。
一つは国連でも人間の規格外とされている風鳴弦十郎。フィーネによって無理やり体を使われていた(事になっている)櫻井了子。その櫻井了子はフィーネの記憶の一部を継承していることになっている。
武にて最強の人間である弦十郎と、知にて現代を超越していたフィーネの忘れ形見(とされている)の子供であれば、その結果は予測できない。
そしてもう一つが、弦十郎と了子が夫婦であることを認めると言ったのだ。弦十郎は最も苦労するのが訃堂の説得だと思っていたので、八紘に相談していた。
しかし訃堂は問題になる前に認めた。これは別に親心というわけではなく、国防の観点から櫻井了子を引き入れた方が利益が多いと思ったまでだ。
「分かりました。ですが、それでも納得しない勢力はあるでしょう。秘密裏に流や装者を攫い、交渉につかせようと」
「くどい。その対策は
「……わかりました。風鳴流の詳細は伝えず、最悪弦十郎と櫻井了子の子である事を公表します」
「それで良い。そして国防の新法の締結も急がせろ」
訃堂は言い終わると、上座から立ち上がり部屋から出ていった。
「訃堂殿ならば流に不利になるが日本は害を及ぼされない方法を指示すると思ったのだが。何故日本が国防上不利になるにも関わらず、流の情報を秘匿にしたのだろうか」
八紘は解けぬ問を口からこぼし、急いで屋敷をあとにした。
**********
「やはり風呂は良いものだな! 不完全が清潔さを保つ為に作ったものだけはある」
ある国のある場所、ビルの屋上で巨大なジャグジーに浸かる長髪の男がいた。
その男の名はアダム・ヴァイスハウプト。パヴァリア光明結社を構成する錬金術師たちの頂点に君臨する統制局長だ。しかし結社内の一部からは、「ただの美形」と囁かれるほど錬金術に対してのセンスが皆無の究極凡人。
さらに、組織の上司として驚くほど無能である。
しかしその身に宿す魔力量は結社の幹部達を大きく引き離し、その魔力量からのゴリ押しによって、達人レベルの錬金術師達を束ねている。
「それにしても情けない、サンジェルマン達は。しかし面白い、全てを切り裂く概念兵装。僕もやってみようか!」
アダムは先程までサンジェルマン達とキャロルとの戦いを見ていた。その場にいたとかではなく、この場所から魔力にものを言わせて、遠視をしていたのだ。
アダムは声高らかに宣言し、ジャグジーから立ち上がり、両手の中で膨大な魔力を練り上げる。低位の錬金術師が見れば、その魔力量に泣き出してしまうだろう。しかし高位の錬金術師が見れば無駄過ぎる、やはり無能と思うだろう。
そしてすぐそこにあった、自分の帽子にその魔力を宛てがおうとした時、魔力は暴発して、ジャグジーは魔力による破壊の嵐を轟かせた。
「あははははは。やはり無理か! 僕は無能だからね。こういう細かい事はサンジェルマン達に任せるに限る」
新しい物を生み出すのは苦手であるアダムは、想定通り錬金術として成り立つ前に術は壊れた。その破壊の嵐を喰らったのにも関わらず、アダムの完璧に形の整った体には傷の一つも付かなかった。
「……あーあ、また壊しちゃったよ、サンジェルマンに怒られてしまうねぇ」
独り言の多いアダムは自分が生み出した惨状をその目で見る。先程までは綺麗に整備されていたジャグジーは、巨大な獣の爪痕のように辺りに傷がつけ、少しずつ湯量が下がっている。
アダムは自分の体を錬金術で乾燥させ、すぐに白い服に着て帽子をかぶる。
「さて、
先程からずっと発動させていた遠見の錬金術には、神殺しに関する研究結果が纏められている、『バルベルデドキュメント』と今後呼ばれるデータチップが
そしてその一つは未だバルベルデの中にあるが、もう一つは
「駄目じゃないか、そういった体制を覆しかねない物を持ち出しちゃ」
アダムは赤子を叱るように、然れど
「テレポート」
錬金術陣も出さずに、アダムは一言告げるだけでその場から消えた。
次にアダムが姿を表せたのは南米の小国、バルベルデから離陸した飛行機の進路上だった。彼方にはアダムに向かって飛んでくる飛行機が一気見える。
「させないよ、君たちは僕に支配されるべきなんだ。それはサンジェルマン達にすら知ってはいけない秘密。僕の目的の邪魔になる……我々のと言った方が良かったかな?」
アダムが呑気に独り言を言っていると、前方にある飛行機の操縦士がアダムをやっと認識した。
『空に人が!? 無駄に美形な男が浮いています!』
『そんなわけ……本当じゃないか! ノイズも各地で暴れているようだし、どうなっていやがる!』
操縦士は分からないなりに状況を理解しようとして、とりあえず前方の男を回避することにした。
「良い心掛けだ。だけど、無駄なんだよね! 君達はここで死ぬんだから!!」
アダムは手を上空に向けると、その先に炎の玉が現れた……否、それはただの炎に塊にあらず。
それは超高温・超高圧によって引き起こされる核融合によって元素転換を行い『金』を錬成する術式。
アダムはその玉を少しだけ煽ると、炎が一段階大きくなり、更に先程まで来ていた白い服が燃え尽きた。
『無駄に美形な男が、無駄に美形な全裸の男になりました!』
『そんなわけ……待て、あの炎はなんか不味い! 全力で避けるぞ!!』
「さあ、これこそが錬金術師の名に相応しい、金の錬成だよ。どれくらいの価値になるかな、君達の命は!」
アダムはその核融合炉を巨大な熱の玉に変えて、一気に飛行機へ向けて飛ばした。
数秒後、飛行機と核融合炉はぶつかり、巨大な爆発を発生させる。煙が消えると、その場所には何も残っていなかった。あるのはアダムの手にある極少量の液体の金のみだった。
「あははははは。この程度か、君たちの命の価値という奴は! 汚い花火だったけど、これで事実の隠蔽はできた。あとは任せようかな、サンジェルマン達にね。何たって、僕は組織のことも考えられず、新しい錬金術を生み出せない無能なんだから。あははははははは!!」
何も無い上空で液体金を握りしめながら、全裸の男が高笑いをし続けるのだった。
流達が。
アダムが色々変わっている理由は少し先に明かされると思います。