この事は告知が遅れましたので、次回の前書きにも書かせていただきます。もし前の方が良いという方が多かったら戻します。
私立リディアン音楽院の夏休み終了まで、残り二週間を切った。
若干一名夏休みの宿題が終わっていない。しかし毎日流の家で、未来とクリスと流がメインで、翼やマリアがいる時は教えている。その甲斐あってからあと二割ほどで終わる。といっても、最後は一番面倒なひたすら書く宿題なので、響には頑張ってもらわないといけない。
「パパ」
「キャ……ロルか。赤の短いワンピースの上から白衣を着ると、エルフナインとあんまり見分けがつかないな。まあ、気配とか足音は違うからわかるけど」
「ちょうどアホ切歌にも同じこと言われたよ!……足音でわかるなら、今のはわざとだろ!」
皆で朝飯を食べ終わり、調と切歌は板場達と遊びに行った。アイドル組はアイドル活動があり、クリスは
流はリビングで調と切歌にお願いされた二学期の対策問題を作っている。響が一学期の中間でいい点を取ったのを真似するのだとか。
今日の響の先生役は未来と
「それで! ステファン・ヴィレーナって少年の足を治したよ」
「培養早くね? 体全体で数ヶ月かかるのに」
奏の体の培養には数ヶ月掛かる。それなのにステファンは膝から下とはいえ、数日で治ってしまうのは早すぎる。
「パパが持って行ったのは私が完璧な転写体を作る時に使う装置だからね。あの少年はそこまで完璧さを求める必要は無いから、高速培養に切り替えたの」
「キャロルの事だし問題ないと思うけど……」
「私と
キャロルは口には出さないが、人体錬成は世界一だと言いたいのだろう。確かにキャロルは記憶のバックアップを取って、ホムンクルスに転写して何度も転生しているので、技術力も相当なものだろう。
「そうだな。ありがとう」
流はキャロルの頭をワシャワシャと、クリスや調達にやるような撫で方ではなく、子供やペットをあやすような撫で方で褒めた。
キャロルは褒められて少しだけ嬉しそうにするが、やり方が雑なのが気に食わないのか食ってかかる。
「扱いが違う!」
「娘だからな。特別だ」
「ならいい。あっ! あと、治ったけど当分は帰れないと思う」
「リハビリが必要だもんな」
流の言葉にキャロルは曖昧に頷く。キャロルの返事の仕方を見て、何か変なことを言ったのか考え始めると、すぐにキャロルがネタばらしをした。
「私の高速培養でも、あの少年の元の身体スペックよりもだいぶ強い足が出来ちゃったの。だから、高性能な足に慣れるのに時間がかかると思う」
「……そんなに変わったの?」
「サッカーをするなら強い足がいいかな? って思ってやったら、なんか出来たというか」
キャロルが渡してきた身体能力を測った数値を見ると、大人のサッカー選手の足の力を軽々と凌駕している。キャロルはどうやらやり過ぎたことに対して、お仕置きをされるのを危惧しているようだ。
「別にいいんじゃない? ドーピングは駄目だけど、足を新しく作り替えちゃ駄目とは規定にもないし、ステファンがサッカーするのに有利にはなっても、不利にはならないし」
「よかった。ただサッカーのルールはそんな事想定してないと思うけど……お尻ペンペンはあいつらと違って嫌だしね」
キャロルの最後のつぶやきを流は聞かなかったことにした。お仕置きを望んでいる人なんているわけが無い!
**********
この日は料理担当の流と調を休ませるという口実で、夕飯はふらわーで食べることになった。なので、夕方前に今日の勉強は終わり、夏休みの間はこの家に住み着んでいる未来と響は自分の部屋で準備をしている。
片腕だけデュランダルの時に、バランスが悪いと弦十郎にボコられたのでそれを教訓にして鍛えている。今では体の半分以上がデュランダルになっているが、型の確認や映画の動きの取り入れはやめていない。
調と切歌の問題を作ったあと、この家の一室を改造して強度を増したトレーニングルームで体を動かしたあと、昼飯をキャロルと響と未来と一緒に食べた。
ふらわーへ向かう前に窓や玄関、訪問者が入らない場所などにある侵入者迎撃トラップがしっかり作動しているか確認して家を出ようとした。
そうしたら何故か、未来とすこし前に家を出た響が家に戻ってきた。
「忘れ物? 支払いは俺か意地でも払おうとするマリアがするから、財布とかなら要らないよ?」
「忘れ物とかではなくて、流先輩に言いたい事がありまして」
響はいつもの笑顔とは違い、真面目な顔で流の近くまで来た。流も空気を読んで真面目な顔にして、リビングの対面できる席まで向かった。
『なんかあまり聞かない方が良さそうだし、あたしは欠片の中にいるわ』
『……わかった』
奏もあまり見ない真面目な響だったので、流に一言告げて、欠片の中に入っていった。もしこれがクリスとかだったら、絶対にこの場から離れないが、響ならばそういった事にはならない。
「どうした? お金を貸してほしいとかなら理由を言えよ?」
「違いますよ! 毎回お給金を食べ物で使い切ってませんから!」
「そこまでは言ってないんだけど」
響は流が真面目な顔をしているが、真面目な雰囲気を壊そうとしていることに気がついた。なので、流の言葉を無視して一息ついてから、流の目を真っ直ぐ見て頭を下げた。
「遅くなってごめんなさい。あの時助けてくださりありがとうございます!」
「あの時?」
流は頭の中で、
「ツヴァイウイングのコンサートの時に、私の事を救急車まで運んでくれましたよね?」
「……いいから」
響はあの場で助けてくれた翼と奏、そして流を尊敬していた。だからこそ、流があからさまに怪しい行動を取っても、きっと人助けのためだと思っている。
「良くないですよ! 奏さんは皆を助けるために亡くなられました。私があんな所に居なければ、奏さんは焦って絶唱を」
「いいって言ってんだろ! 俺はやめろって言ってんだ!!」
流は対面に座る響の胸ぐらを掴みあげ、すぐ側の壁に打ち付ける。
響はいきなりの事で反応できず、服で首を締め付けられていく。持ち上げられる時、響は流の目を見ていた。その目を見て初めて流に対して恐怖を感じた。金と水色の光が舞っている目の奥は、どこまでも続いているのではないかという闇が広がっているように思える。
「うぐっ……な、流先輩、痛い」
「え? あっ、ごめん。本当にごめん」
流の響のうめき声と苦痛を訴える言葉で、自分が何をしているのかが分かり、すぐに響から手を離した。せっかくの響の黄色い服の胸元が伸びてしまい、そのままでは外に出れない状態になった。
「ごめんなさい。私が軽々しく奏さんの事を言っちゃって」
流が怒った原因を流のせいにはせず、響は自分の何かが至らなかったと考え、自分程度が奏の名を語ったことを謝った。
今回の謝罪も流の精神世界にいた奏を見た事で思い出したことだった。
流は装者達が皆、戦いや暴力に晒されないようにしようと思っていたのに、自分自身が響に手をあげてしまった。流は椅子に座って、顔を地面に向ける。響に合わせる顔がない。
「本当にごめん。別に響が悪いわけじゃないんだ。俺が響を救急車に運んだことに対してお礼を言いたかったの?」
「それもありますけど、それだけじゃなくて、私や他の人達を助けてくれたことに対して」
「響、そこがまず違うんだよ」
響はいつもの流とも、さっきの怖かった流とも違う、自分だけではどうしようも出来ずに人助けを懇願している人の顔に見えた。響は流の横で膝をつき、震えている流の手を取った。
「何が違うんですか?」
「俺はお礼を言われるような人間じゃない。あの時だって、俺は奏を見捨てた。事前に響達も助けられたはずなのに、その選択をしなかった。響達だけじゃない、クリスだって、セレナだって、マリアだって、切歌だって、調だって、皆やろうと思えば……俺が弱くなければもっと早く救えたんだよ!」
響は流が奏を見捨てたという言葉の意味がわからなかったが、流はノイズと戦えるのに、ライブ会場に現れたのは自分が欠片を胸に受けた後だったことを思い出す。きっと何かしらの事情があったのだろう。
「流先輩は皆を救ってますよ!」
響の本心からの叫びと共に、流は彼女に手を握られているに気がついた。流は響の人と人を繋ぐ手を弾いた。
「ごめん。手を繋ぐのもやめてくれ。特に響の手を汚しちゃいけない」
テレビのノイズのような荒い映像が頭の中を掠めていく。そのどれもが響が人に手を差し伸べている光景だった。翼に、クリスに、フィーネに、調に、切歌に、マリアに、キャロルに、
「なんでですか! 流先輩は優しいです!」
「優しくなんてないよ。俺は人間を区別してるだけ。響……俺はある事を100数えた辺りで数えるのをやめちゃったんだ。罪の意識や恐怖があったからこそ数えてたのに、いつの間にかやめていた」
「何をやめたんですか?」
「俺がこの手で殺した人を数えるのを」
「え?」
流は自分を守るため、翼を風鳴から遠ざけるため、了子を守るため、様々な理由で人を殺してきている。装者達とは違って、流は死合もするし暗殺もする。情報を引き出すために拷問だってやった。自分の都合のいいルールを設けて、殺す人と生かす人を決めたりもした。
だが、人殺しを何度も体験したある日、流は殺しの罪悪感が無くなってしまった。唐突に自分と身内以外が死のうがどうでも良くなった。だが、それは人間としてはいけないことだとも分かっている。
「……またごめん。なんか暴走したわ、忘れてくれ」
「で、でも!」
「俺は皆が好き……なのかもしれない。多分好きなんだけど、それの確信を持てないんだよ。でも、好きかもしれない人達に、俺の汚点は知っていて欲しくない。おねが……」
流は情けない顔で響と顔を合わせながら話していると急に倒れた。響は流を支えようとするが、
「流先輩、すっごく重い!」
流の人体は骨や皮下、右腕と左足がデュランダルになっているのだ。戦闘外ではデュランダルを基底状態に近い状態にしているが、それでも流が普通に動けるようなエネルギー補助をデュランダルがしている。
響は流を退けようとしていると、流自身が自分で跳ね起きた。
「すまない響」
「……誰ですか?」
立ち上がった流は声も話し方も全く同じだったが、響には全くの別人に見えた。何故なら、流はあんなにも冷めたような目を響には向けない。
「……やはり巫女たる資格を持つ者は鋭いな。
「私?……もしかして、流先輩の精神にいたソロモンって人?」
「そうだ。
「交代? 待ってください! 流先輩が壊れるって」
ソロモンという人とは画面越しで響は話したけど、何となく親しみやすい人だと思った。だが、流の体に現れた事に驚きながらも、それ以上に壊れるという言葉が気になった。
「何故私が流の精神世界に干渉するのをあれ以上やめさせたか分かるな?」
「流先輩に負荷を掛けないため?」
「そうだ。お前達のトラウマを受け取り、雪音クリスを観測者として、流自身も君達が見た記憶を追体験していた」
「あれ全部をですか!?」
「そうだ」
流は奏が関係のことを言われただけで取り乱していたのは、未だに流の精神的な力が戻っていないからだ。流はあのウェルの発明のWELLにて、皆のトラウマを追体験していた。その記憶は
「あなたが流先輩に体験させたんですか?」
響はあまり人を疑う人ではないが、タイミング的にも、あの奏がいきなり襲いかかった事もあり、疑いを晴らすために聞くことにした。
「私ではない。流自身が望んでいる事だ……意識的か無意識的かは問わぬがな。さて、そろそろふらわーに行かなくてはいけない時間だ。流を起こすが、もうこの話はするな」
ソロモンはそれだけ言って消えようとしていたが、響を良く見てみると不思議な感覚を感じた。そして内心喜ぶ、何故なら流を生かすトリガーパーツがこんな所に転がっていたのだから。
「……貴様は確か、皆の手と手を取り合おうとしている、合っているか?」
「合ってますけど」
「ならば、その考えを貫き通せ。
ソロモンは響のガングニールのペンダントを無断で握り、数秒で離すとまた流は倒れた。響はすぐに流をまた受け止めようとするが、やはり無理だった。
そのあと普通に起きた流は何度も謝り、響がいつも通りにするなら許すという約束をして、二人で家を出たのだった。
**********
流はスイッチを切り替えたように、いつもの流に戻り、響の言った通りいつも通り、皆にセクハラをしたり、ふらわーのオバチャンと料理勝負をしたりしていた。
響は逆に不安になるが、あんまり顔に出していると未来や皆に心配を掛けるので、その事を一度頭の中に仕舞い込むことにした。
皆がお腹いっぱいになり、女性陣が先に一般家庭には普通ならない大風呂にみんなで入る。夏休みに響や未来が泊まり込み始めてから日課になった勉強会をしている時、珍しくマリアが流の部屋に向かった。
「ちょっといいかしら」
「いいよ」
流は未だ欠片の部屋に篭もりっきりなセレナをおびき寄せるための作戦を奏と立てていると、マリアが部屋の外から声をかけてきた。もちろん了承する。
ちなみに奏と話し合って考えた作戦の一つが天の岩戸作戦だ。名前だけでどんな内容か分かってしまうだろう。
入ってきたマリアは最近着ていた寝間着ではなく長袖のパジャマだったが、そんな日もあるだろうなと流は軽く流した。マリアは後ろ手に扉を閉めてから流れに近づく。
クリスと調と切歌が出歯亀精神で扉にくっ付いている。響と未来はすこし前にコンビニへ買い物に行った。
「結局また流が支払ったわね」
「食費は俺担当だしな」
「それ以外も全負担してる人が何を言ってるのよ」
マリアは流が座っている前にあるベッドに腰を掛けてただの雑談を始めた。流は分かっていないが、奏はマリアが何かを迷っているように見え始めた。
「ねえ、流」
「なに」
「流は色々言えない事があるわよね?」
「あるな」
「私達を助けてくれたのも、その言えない事で知ったって事も分かっているわ。だからこそ、私は、私達は流を信じてる」
「そ、そう? ありがとう」
マリアはあまりこういうことを言わない人なので、そんなマリアから面と向かって信じているなどと言われ、流は小っ恥ずかしく思う。
更にマリアは流との距離を詰める。
「流は私や皆の事を信じてる?」
「ああ、俺も信じてるよ」
「そういうと思ったわ」
マリアは座っている流を立たせて、正面から抱きしめる。手を首に回して、ギュッと抱きしめる。
「えっ、ちょっと待て。その信じてるってどういう意味!?」
流はセレナと同じく、セクハラをするのは好きだが、いきなりこんな事をされると、テンパってしまうチェリーだった。クリスと一緒に風呂に入ったりの時は問題ない。あの時のクリスは流を精神の支えとして縋ってきている時だからだ。
そこでやっと奏はマリアのやろうとしていることが分かった。
「私達を信じて、待ってて」
『流! 離れろ!!』
奏はマリアが持つ注射器に気が付き、流を無理やり吹き飛ばそうとしたが、一足遅かった。
プシュッ
流の首筋にとても赤い液体が入った注射器を刺され、その液体を一気に注入された。
すると流は体が鉛のように重くなり、全身から激痛が走って気絶した。マリアが注入したのはアンチリンカーを改良した、聖遺物自体の起動を阻害する流専用のアンチリンカーだった。
「って、重い! Seilien coffin……」
奏は流の体に憑依しようとするが、
気絶させ、倒れてきた流を受け止めようとしたが、流が重過ぎて取り落としてしまった。重い金属質な物が落ちた音がしてマリアの聖詠が聞こえてきたので、出歯亀ってた人達が慌てて中に入ってくる。
「やっぱり入口にいたのね」
「マリア、これはどういう事だ!」
クリスが見たものは、気絶した流を抱えあげ、アガートラームを纏ったマリアがだった。その足元には赤い液体が付着したlinker注入器が落ちている。
「正義の為に、ある場所に流を軟禁することにした!」
まるでF.I.S.のフィーネを名乗るマリアのような話し方で、クリスへ向けてアガートラームのナイフを向けて宣言した。
何故マリアがこんな事をしているのかは次回。
流が少しずつおかしくなってきているのも仕様。