キャロルは遅くまで錬金術を使った流の捜索を行っていた。寝るのが遅くなり、次の日は昼前まで寝るつもりだったのだが、強制的にテレパスを組まされ了子の声によって起きることとなった。
S.O.N.G.にもマリア達にも協力しないと言ったのに、了子は、
『櫻井了子はS.O.N.G.所属みたいなものだから協力できない。でもフィーネなら大丈夫よ』
とクソみたいな理屈だったが了子も伝えたい情報があると言っていたので、S.O.N.G.の弦十郎と了子と流しか入れない部屋に朝早くから招かれた。
「いやにこの部屋は厳重だな。ここはなんの部屋なんだ?」
「流と私の検査結果の完全版が保存されてるのよ。私達は完全聖遺物融合症例であり、完全融合した聖遺物の大半を失っても死ななかった稀有な存在だから私自身がセキュリティを担っているのよ」
もしこの二人のデータによって融合症例が意図的に作れるようになってしまうと世界が確実に混沌とする。そうすると、了子は
「なるほど。で、今の状況で俺を呼び出し、伝えたい事ってのはなんだ? ふざけた事だったら、弦十郎を不能にするぞ」
「キャロルくん、俺もいることを忘れないでくれないか?」
「知らん」
この部屋には弦十郎と了子とキャロルしかいない。そして部屋の外は緒川が見張っていて、部屋の中は了子が自重なしでセキュリティを異端技術も使って組んでいる。キャロルは本気でこの女が、敵にならなくてよかったと心の中で胸を撫で下ろしている。ダウルダヴラを使ってないので胸なんてないようなものだが。
「そうね、キャロルちゃんはどんな情報だと思う?」
「……パパの居場所」
「正解よ」
了子は鎌倉の風鳴宗家が居を構える場所に流がいることと、その近くにマリア達が住んでいるのをキャロルだけに見せた。弦十郎は腕を組んで目をつぶっている。
「弦十郎にはいいのか?」
「弦十郎くんは流が好きだから、すっ飛んで行っちゃうもの」
「流は強いがまだまだ子供だからな。助けてやるのが親ってもんだろ」
了子は住所の書いてある紙をキャロルがメモしたのを確認してから、その紙を指先から炎を出して燃やした。キャロルには今のが錬金術には見えなかったので、また別の体系の技術なのだろう。
「なら了子に聞き出して助けに行けばいいだろ」
「了子くんは俺の妻だ。そして俺は了子くんの判断も信じている。だからこそ、了子くんがまだ助けない方がいいと言うのであれば、俺はそれで納得する」
キャロルはこの言葉の意味がわかるが、そんな事はまだ出来ない。他人を信じられないからこそ、自分の潜在意識を使ってオートスコアラーを作ったのだ。イザークが火炙りにされた時から他人は信用出来ない。
だが、イザークが認めた流は今は家族で自分の父親だ。この国を牛耳る風鳴宗家になど流を置いておきたくない。しかしキャロルが動けば流はもっと不利になる。
「それは丸投げだろ」
「俺が出来る事なんて、殴る事か責任を取ることくらいだからな。俺は了子くんの行動で問題が起きたら、責任はしっかり取る気でいる」
「……それが夫婦の絆というやつか」
弦十郎の了子を見る目が、イザークがキャロルの母親を見る目と重なり、それ以上キャロルには何も言えなくなった。
「まあな。緒川だって、藤尭友里、ウェルにナスターシャだって俺は信じている。ただ盲信だけはしないようにしている。人は簡単に道を踏み間違えてしまう」
「弦十郎は、数十年しか生きていないのに強いな」
「そりゃそうよ! なんたって、私が惚れちゃった人ですもの」
そのあとすぐに了子は弦十郎を部屋から出して、キャロルと二人きりになった。弦十郎はキャロルにとって綺麗過ぎる。沢山の人の想い出を奪い、殺してきたキャロルには眩しく見えた。
「……弦十郎はああ言っていたが、今の了子のやっている事は息子を危険の真っ只中に放置している悪じゃないのか?」
「そうかしら?」
「そうだろ! 国の権力を牛耳っている奴らが綺麗な訳がない! しかも今風鳴を統べているのは、八紘の嫁を奪って風鳴翼を作った男じゃないか!」
キャロルは有象無象の悪意の中に流がいると確信を持って言える。キャロルは流という父親を知るためにS.O.N.G.の資料を読み上げた。
更に流は人を殺し慣れてるように見えたが、弦十郎の元でそれを慣れることはありえない。なら、風鳴宗家と繋がっていて色々やっているのではないか? と当たりをつけて、ガリィに虚像や水鏡を使って宗家を探索させた結果、流が風鳴翼を手に入れるために行っている死合などを知った。
流はあまり知られていないと思っているが、割とみんなに知られている。
「あることを知ってなければ、私もちょっとだけキレてたわね。マリアちゃんにお仕置きをして、流を取り返すくらいはしたはずよ。だって、私は弦十郎や流、あとはクリスとか、キャロルは流の娘だし含めましょうか。そこら辺がいれば、世界がどうなって構わないと思っているのよ?」
「……いや、本気で睨むのはやめて。ちょっとだけチビりそうになっちゃった。怖過ぎるから、弦十郎の前ではやっちゃ駄目だよ?」
「そんなの分かってるわよ。まあ、私の論理はどうでもいいわね」
流の身内以外割とどうでもいいと思っている考え方は、了子によって育くまれたことをキャロルは知った。そういえば流がたまに言う『痛みも愛』はこの女が言っていたらしいことも思い出す。
(あれ? 本当にこの女を放置しておいていいのか?)
とキャロルは疑問に思ったが、道を踏み外したら弦十郎が殴り飛ばすだろうから、キャロルは深く考えないことにした。了子の目があまりにも怖すぎて、錬金術師のキャロルではなく、少女のキャロルに戻る程度には恐怖を感じた。
「そ、そうだ! そんな事よりも、了子が知ったっていう情報は何なんだよ!」
「私ね、流は強すぎると思ってたの」
「……は?」
流の強さは狂っていると思われても仕方の無い根性や想いに、弦十郎達が子供の頃から徹底的に、科学的にも弦十郎の映画理論的にも強くなるように鍛えてきたもののはずだ。言わば二課の総力をあげて作りあげた人間兵器。
「お前達がパパをあそこまで異常な強さにしたんだろ?」
「私達がやったのは、頭の良さと体の強さとずる賢さ。フィーネである私が知識を、弦十郎くんが心の強さと体の強さ、緒川が器用さを教え込んだわ。でもね、人間は聖遺物を二つも融合させて、平然としていられるわけがないのよ」
「そんなもの、マリアのダブルコントラクトと同じ系統の才能を持ってたんじゃないのか?」
マリアがガングニールとアガートラームの両方に適合出来たのは、ひとえに生まれ持った才能故だ。流もそのような才能を持っているとキャロルは思っていた。
「始めは私もそう考えてたわよ? 聖遺物を融合させる何ていう実験をしたのなんて 今世が初めてだもの。でもね、やっぱりおかしいのよ。マリアは聖遺物を使ってるだけ。でも、流はその身に宿している」
「……聖遺物類似品等ならまだしも、確かに言われてみればおかしい」
「でしょ? それで私はずっと調べてたんだけど、流って経歴がおかしいのよね」
「経歴? お前達の子供になる以前ってことか?」
「そう。流がまだ轟流という名前だった時よ」
了子は部屋の奥に行き、紙媒体の資料を持ってきた。キャロルは奥を見ると、石版や紙媒体ばかりで、機械に類似されるものがひとつもないことがわかる。
「……どうしたの?」
「了子は機械にも強くなかったか?」
「ああ、これはあえてよ。私はオフラインのワンマン運用している機械だって、やろうと思えばハッキング出来るのよ。私が出来ることは、やられる可能性があるから、対策を施しているのよ」
キャロルは了子に渡された紙を見てみるも、言葉を理解できない。
「わかんないんだが」
「……あっ、その言語は流しか理解してなかったわね。こっち」
そこには流の轟だった時の見た目や、轟夫妻の事が書かれていた。特段これと言っておかしい点はない。
「これが?」
「この轟
「……それが? 日本は色々な事情があれば戸籍を変えることくらいできるだろ? 情報が消えることだって政治にはよくある」
親に虐待されていたり、凶悪な人間にストーキングされた一家などは戸籍情報を変えたりすることが認められている。そしてその情報は期限が過ぎれば邪魔だから消されるだろう。
「なんかこの芽羽咲って人の血族を探すのにめちゃくちゃ時間掛かったのよね。フィーネたるこの私がよ?」
「ふーん、で?……ぎゃああああああ!!」
了子はキャロルの反応が悪くなってきたし、本当に苦労したのに軽い反応だったため、キャロルの肩を掴んで、軽く電撃を流してあげた。
「これで肩こりが治ったわよね? フィーネたる私っていうのは、異端技術を使っても分からなかってことよ?」
「あい……あれ? 本当に肩が軽いぞ!」
「弦十郎は気持ちいいって言って今の喰らうのよ?」
「超人と一緒にしないでくれ」
了子は一つ一つの書類をキャロルに読ませたら炎で燃やして消していく。了子の頭の中には全てはいっているから残さなくてもいいそうだ。
「それでこれが芽羽咲という人の従姉妹に遺伝子提供をしてもらって、流の遺伝子と比較してみたのよ」
「……おい、この流れってまさか!」
「そう。戸籍上は母親で出産記録もあるのに、
了子が見せた紙には、適合が一切していない結果のみが書かれた紙があった。
「再婚した連れ子とかではないんだよな?」
「もちろんないわ。これを私が知ったのも、あなた達が無人島に行っていた時なのよね。本当に時間が掛かったわ」
「待て、流石に時間が掛かりすぎじゃないか? フィーネの技術も使ったんだよな?」
「そうよ。それで流はある人と遺伝子上繋がりが見つかったのよ」
了子が持ち出してきた紙には、ある少女の名が刻まれていた。
「風鳴、翼? しかもこれって」
「そう。何故か流が翼ちゃんの息子ってことになっているのよね。本当に意味が分からないわ。でもね、これを知ってたからこそ、風鳴訃堂は絶対に流を失うようなことはしないのよ。自分が作った娘の遺伝子を半分継いでるのよ? 絶対に何かあるもの」
了子は色々な考えがあるが、どれも納得がいかないので、今の所は分からないという言葉しか言えない。
**********
「……やっぱり美味しくない?」
「ん? いや、調の飯は美味いぞ。流の次くらいだけどな」
「それなら別にいい」
夏休みがあと一週間もなくなったある日、翼とクリスと調は一緒に朝食を食べていた。
流を探すと言って聞かないクリスについて行く調、二人だけでは心配だからと翼もついて行ったが不発に終わっている。だが、翼以外の二人はそこまで焦っていない。マリア達が軟禁しているなら特に問題はないだろう。
「だが、月詠と同等の料理の腕前の人間なら近くにいるな」
「それは誰!」
「藤尭さんだ」
「……え? あの藤尭さん? なんかいつもボヤいて、彼女の出来ない?」
調は始めはボヤいているけどあの了子について行けている超人だと思っていたが、あの環境にいるせいで彼女ができない可哀想な人という認識に変わっている。
「そう、その藤尭さんだ。彼はあれでいて凝り性なようで、食べさせる相手がいないが料理を作り続けた結果、相当な手練になったようだ」
「また今度料理談義をしてくる」
「それがいい」
朝食は調が作り、流が居ないと本当に料理を爆発させたりせず普通にできるクリスが片付けをしている。もし流がいれば皿が何枚か割れていたはずだ。
「よし、それじゃあ行くか」
「鞘走らずに待て。雪音はまずは座れ」
クリスは片付けが終わると、すぐに荷物を持って家を出ようとしたが、翼に首根っこを持ち上げられて、クリスの足が届かなくなる。そのまま椅子まで連れていかれた。まるで猫である。
「先輩だって流が心配だろ? マリア達の所にいるって言ったってよ」
「雪音は流が取られると思っているだけであろう。ここで座らぬのであれば、流にあれを言うぞ?」
「あれって何だよ」
「流がマリアに連れていかれる二日前の昼、流が教師役をやっている時に、彼の部屋で」
「ああああああああ!! 座ればいいんだろ座れば」
「それで良い」
最近翼の切れ味が増している気がする事にクリスは危機感を抱いている。このままだと翼に知られてしまっているあれやこれが全て流にバレてしまう。
調は始めから座っているので、警戒せずに待っている。
「雪音は流を好きだと豪語しているわけだが、流の事をどれだけ知っている?」
「は? んなのいくらでも……」
「流の初恋の相手すら知らぬであろう」
「……待て、それは待ってくれ。先輩それってどういう事だよ!」
クリスが翼に詰め寄ろうとするが、翼が仕草で座るように指示を出す。座らないと教えないという思いがヒシヒシと伝わってくるのでクリスは渋々椅子に座り直す。
「流がバニーよりもメイド服の方が好きであることも知らぬであろう?」
「そうなのか?! ピンクのバニー買ったけど、もしかしてメイドの方が!」
「メイド服は家事をするための服」
「そういえば調は着てたな」
マリアやクリスは色々あって買ったが、自分の部屋で着るくらいでリビングにすら出てきていなかった。だが、調は掃除や家事をするための服として着ているので平然とリビングに出てきていた。
「雪音は流のことをどれだけ知っている? 私は喧嘩をしていた時期もあったが、付き合いの長さ故に色々知っているがな」
「ぐぬぬ!」
「私はクリス先輩よりも知っている自負はある」
「は? 先輩に負けても、調に負けるわけがねえだろ!」
調とクリスは流をどれだけ知っているかを言い合った結果。
「あたしって、全然流の事を知らなかったんだな」
「V!」
「月詠が雪音よりも知っているのは、流と料理をしたり家事を頻繁にしているからこそだな。本題に戻すが、流はあまり自分の事を知られたがらぬ。流の色々知っている知識のせいであるのだが、私達は流を知らぬからこそ、マリアは一人で動いてしまったのではないか?」
「……マリアは流の何かを知ったから、行動を起こしたかもしれないってこと?」
「その可能性もある。もしくは脅されたかだが……これはいいだろう」
翼は色々な特権を持っているマリアを脅せる奴なんて、国連か自分の身内以外にはいないだろうと考えている。そして国連はマリアをアメリカの独断蛮行を食い止めようと動いた救世の聖女と呼んでいる。アガートラームが真っ白なので聖女とも呼ばれている。
そのマリアを脅すことは今はまだされないはずだ。ならばこそ、宗家以外にありえない。父親である八紘に事情を説明して、色々と探ってもらっている最中だ。
「……ようは流がいない間にもっと色々知ろうって事か」
「そうだ。それでなんだが、流が轟と名乗っていた時の家に行ってみるのはどうだろう? 鍵なら持っている」
「流の前の名前の家……行ってみたい!」
調は一瞬F.I.S.よりも前の自分の記憶が過ぎ去った気がするが、それに気を向けた時には消えていた。
「それよりも何で先輩が鍵を持っているんだ?」
「司令より預かってきた。流は旧家を管理していないのだが、弦十郎叔父さんはそれは駄目だろうと管理を依頼しているのだ。今回は流を何も知らない事と、少しでも理解するためと理由を述べたら快く貸してくれた」
「なら別にいいか」
クリスは特別に翼が貰っている訳では無いことが分かり、胸を撫で下ろした。
それから翼が軽く帽子をかぶる程度の変装をして、轟流の家に向かった。
どちらかと言うと自分から話すタイプではない翼と調なので道中の微妙な空気になるだろうとクリスは考えていたが、そんなことは無く調が翼やクリスにどんどん声をかけていった。
「もっと調は自分では喋らねえと思ってたわ。大抵切歌か流の近くにいたからな」
「成長したのだろう」
「……私はもう大丈夫だって切ちゃんが言ってくれたんです! だから、きっと大丈夫!」
切歌が自分から離れていく時、今の調なら大丈夫と言ってくれた。
昔なら他人と合わせるのも辛かった。今だってあまり得意ではないが、緒川からある宮司さんから聞いた話で心の壁というものは拒絶だけではないと言っていた。流は心の壁が沢山あるのに、あんなにも色んな人と仲良く出来ているとも教えてくれた。
そして流が連れ去られた日の夜、翼とクリスと川の字で寝たが切歌が近くから消えてしまい、流も呼んでもいない、母親のようなマリアも近くにいなかったせいで色々と翼に話してしまった。
その時に奏の話を聞いた。翼はその時に心の壁を持ち、父親とも心の壁を持っていたし、今では以心伝心が最も出来ている流とすら殺しあったこともあると言っていた。
だが、その心の壁が誤解であることがわかり、それを乗り越えたからこそ更に良い仲になれたと言っていた。それでもまだどうしても心の壁を持ってしまう人はいるが、それこそが人間なのだと語ってくれた。
それから調は他人に持っている壁がどんな壁なのかを考える様になった。今の調はこの二人となら、いつかきっと壁をなくして仲良く出来るのではないかと今では思っている。だからこそ、積極的に話を振ったりしている。
「そりゃよかった。調は初めて会った時、昔のあたしみたいだったからな」
「クリス先輩が!?」
「ああ、クリスはこの中で一番手が掛かったからな」
「う、うっせえ!」
そんな感じに翼はネフシュタンなクリスだった時の事を掘り起こし、クリスに叩かれたりしながら流の旧家についた。
「ここが流の昔の家」
「……ゲッ!」
「お前は!!」
道の反対側から来た人がクリス達の顔を見て変な声をあげた。そちらを見ると水色髪のフロンティア襲撃の犯人の一人、カリオストロがそこにいた。
「なんで
「フロンティア襲撃犯、パヴァリア光明結社のカリオストロ! お縄に付いてもらおう!」
「いいわよ、あなた達と戦ってあげる。本気でね」
カリオストロは胸元に手を突っ込み、中から出したアルカノイズの結晶を地面に投げつけた。すると、カリオストロと三人を半球状に何かが包み込み、亜空間の檻に自分ごと閉じ込めた。
了子を超えて隠蔽できるわけがないですよね。
今回出てくる母親の名前は間違いではありません。#1も間違いではありません。