ブッシュから弾き出され、紫色に染まりかけた浅い水たまりに落ち、さらに転がって土の上に身体を投げ出された。
全身を襲う毒の痛みに構ってられない状況に遭遇している、とオレは理解した。
「ま、マーキ!」
歯を食いしばって何とか立ち上がると、一緒に転がってきていた『レムオルニスナイフ』を拾う。
マーキはランスを持つ左腕を一度持ち上げ、口を開いた。
「爆発に注意しろ! 水に近寄るな! 水中に逃げろ!」
は?
水に、えっ? 逃げるのか? 近付くのか?
聞き間違えたのかと思ったが、そうでもないようだ。マーキは淡い紫色の水たまりに入らないように動き、だけどこちら側――“エリア4”の水没部分方向へと近付いてくる。
よく分からないが、でも思い当たるキーワードもあった。
「……爆発?」
脂汗を浮かせたまま、オレは呟く。
なんだか分からないが、オレを吹っ飛ばしたのは虹色のシャボン玉の作用に間違いない。
でもそれが、爆発だって?
あり得るのか? 爆発を操る生物なんて、数十年前に現れ、討伐された“古龍”くらいしかいないんだぞ?
湯気をまとったガノトトス希少種は、ロアルドロス亜種と対峙している。
ガノスは自然体だ。虹色に煌めく身体を時々小刻みに揺らし、頭の角度を変え、立体視の難しい両サイドの目でロアルを観察しているようだ。
ロアルは……完全に萎縮していた。威嚇に使っていたタテガミは、五本中四本が折れて水辺に散らばっており、襟巻きも大きくえぐられた傷が点在し、大量の血が流れていた。
「勝負は……ついたのか?」
オレたちが護るまでもなく、ガノスはロアルの牙をへし折ったのか?
「いや、まだやる気らしいぜ」
オレの近くまできたマーキの言葉の通り、すっかり水分の流れてしまった海綿体を振る合わせ、ロアルが再度吠えた。負けられないとでも思ったのか、そう短くない距離をつめるべく突進を開始、相手の逃げ場をふさぐように、右、左、と毒混じりの唾液を吐いていく。
ガノス希少種は対抗するように、右脚を前にして、身体を落とした。原種や亜種もやるタックルの事前動作――と思う間もなく、後ろに下げた左脚に力が籠もり、人間でいう右肩を突き出した。
長い身体を活かしたガノスのタックルは、驚異の瞬発力と有効範囲を誇り、多くの“モンスターハンター”に重傷を追わせたり、レスキューアイルーを出動させたりしている。文字通り“水竜”の必殺技だ。
だけど――距離が遠すぎる。
ただでさえこの希少種はサイズが小さい。ガノスの足下にある紫色の水たまりが弾け、空気が震え、でもそれだけ――
――じゃない!
オレは毒の痛みを無視して左腕の小盾をつきだし、さらに固定具を右手で握った。
マーキもランスの切っ先を若干下げ、右腕の大盾を構え、腰を落とした。
タックルによって弾けた水が、一〇センチ前後の球体となってガノスの前方に飛び散る。
広がりながら飛んできた水玉は光沢のある虹色で、さっきは気付かなかったがその周囲の空気を揺らがせている。
つまり――外側の超高温の虹色が、内側の常温の水を急速に沸騰させているのだ。
やっと理解した。
突進するロアルが虹色の水玉に接触し、
「ヒュウ! 耐えろよ!」
マーキが叫び――
きゅん、ぼ、ぼひゅ、ぼしゅん。
――連鎖的な爆発が起こった。
気が抜けそうな音。それが三秒ばかりの間に大小一〇〇回以上分凝縮され、耳を聾する爆音となってエリアを埋め尽くす。タル爆弾の爆発とも、ガンランスの砲撃とも違う、しいていえばゼッパーのレシプロエンジンの排気に似た匂いが充満する。
なんてこった。
間違いない、ガノトトス希少種の攻撃手段は、原種や亜種のような水じゃなく――
「――水蒸気爆発か……!」
オレたちは盾で衝撃を受け止め、あるいは受け流すことに集中し、ガードしきれない部分に飛散する熱水に耐える。
だけど一つ二つなら受け流せただろう爆発でも、連続して十数発もくるなら、毒に犯された身体にこの小盾じゃ受け流せるわけがない。数発目で盾を弾かれて倒れ、それからは頭や身体を爆発から護るだけで精一杯だった。
「大丈夫かレシオ!」
途中から身を挺して盾になってくれたマーキは、爆発の奔流が終わるや否や、その逞しい腕でオレを抱き起こしてくれた。“水竜”の鱗の各所に焦げ跡はあるが、あの攻撃は耐えきったらしい。
「さすが“凄腕ハンター”だな」
「なんだって? ……解毒は後だ、次がくるぞ」
「は?」
マーキが顎でロアルを示す。
オレを窮地に追いやった“モンスター”は、もう満身創痍だった。
水玉に取り囲まれただろうロアルは、顔の鱗を爆圧で吹き飛ばされ、一本だけ残っていたタテガミも折られていた。高温の水蒸気を浴びた海綿体は、熱によるダメージで保水機能自体を破壊されてしまった。
「ひでえ有様だな……終わりだろ?」
「いや――」
マーキの言葉に合わせたかのように、ロアルは血だらけの顔をぐっと引き、毒液を吐き出した。
「――行け!」
手信号と同時に叫び、マーキは水深一〇メートル近い水たまりへと走る。
「お、おい!」
その裏で、ガノスが両脚を軸に身体を回転。長くしなやかな尾ビレが頭の位置と一瞬で入れ替わり、高速ですくい上げられた水玉が、虹色の被膜を得てロアルに殺到した。
……いや、オレたちの方にもくる!
「急げレシオ!」
マーキはもう引き返せない位置を止まれないスピードで駆け抜けた。
たしかに今のオレに、あの爆発をガードしきる体力なんてない。
「だけどガノスは“水竜”だろ! 水中は――」
「――よく見ろ! あのガノスは水には入れない!」
は?
振り返ると、ガノス希少種が放った水玉が空中で毒液と接触していた。
そこを起点として、爆発が始まり――
「信じりゃいいんだろ“凄腕ハンター”!」
――視界の隅で毒液が弾け、虹色の点が次々と砕け、それはオレを追いかけてきて――
「うおおお!!」
――納刀した片手剣を殴り付けられたような衝撃とともに、オレは水の中に落下した。
濁った水の衝撃が毒で増幅され、口の中から息が絞り出された。だけど飛んできた虹色の水玉のいくつかが水面付近で爆発し、顔を出すこともできない。
と、革の上着の後ろ襟が掴まれ、オレの身体が岸から引き離された。水を飲む前に水面に持ち上げられ、見えた顔は、まあ当然ながらあの“凄腕ハンター”だった。
「よーし、よくきた」
「いいのかよこれで!」
「まあな。ちょっと下がってろ」
マーキはランスを抜刀し、浮き輪のように浮かべた大盾に右腕で掴まって、なにやら位置を調節している。顎の長いヒゲをかき分けるように息を吹き出すと、水面に広がったヒゲが左右に散っていく。
オレも、気付けば毒の影響が薄れてきた身体で立ち泳ぎをしながら、小盾の突起部分に掴まってマーキの背後へと移動した。
そこでふと、水面に揺れる、虹色の残滓が目に入った。
よくみる色合いだ。死んだ“モンスター”を剥いで、その死骸から流れる脂が水に混ざった時、こんな模様が模様が水面に描かれる。
つまり、あの虹色の煌めきと飛散させる水玉の色は、ガノス希少種が分泌した高温の油分ってわけだ。そう考えれば、あいつが水の中には入れない、って理由にも納得はいく。
「泳げない“水竜”か」
オレは呟き、勝敗の決した二頭を眺めた。
捕食行動でない“モンスター”同士の戦いは、通常、命を奪うところまでいかない。生態系を維持するために、どこかで互いに必要とし合っていることを、本能で理解しているからだ。だから、テリトリーを追われた敗者はその場を立ち去り、勝者の目的はそれで達成される。
ロアルは攻防一体の爆発を執拗にその身に浴び、すべての攻撃手段を封じられたと悟ったか、オレたちのいる水辺の方へと歩いてきた。
虹色に光るガノスは、それを見送っている。
これでロアルは舞台から退場、オレたちはガノス希少種を影ながら護衛しつつ、他の“モンスター”の討伐に移る、って流れになるか。
五分にも満たない狩りの顛末を見届けながら、オレは胸をなで下ろし――
「さて頂くか、漁父の利を」
――マーキの言葉に耳を疑った。
ロアルは変色した足を引きずって水辺までくると、赤紫色の爪と前足に力を込め、地面を蹴った。
一五メートルの“モンスター”が放物線を描き、降りしきる雨が作り出した深い水たまりへと飛び込み――
「ふっ!」
――気合いとともに水面を突き破ったランスの切っ先が、落下してきたロアルの顔面を貫いた。
オレは驚く間もなく、数十トンの巨体が揺さぶった水面に翻弄される。
小盾にしがみついてなんとか耐え、波が収まった時、ロアルは水面に腹を見せて、血と毒液の赤を垂れ流して絶命していた。