珍しく饒舌だったマーキがゴロンと寝転がる音がして、もう一時間は経ったか。
話の途中で放り出された気分だったオレは、亀裂のそば、先ほどマーキが見張りに座っていた位置にいた。ここからなら、寝入っているガノトトス希少種も、休息中のマーキも、入口の亀裂も、そう動かず見えた。
たいまつが橙色の炎を照らし、柱の影をなんにでも見える形にして内壁に投影する。
見たい形のものにはならなかった。
見たくないものほど、思い浮かぶ。
オレはそれから目を逸らすように、腰に納刀した片手剣を座ったまま抜いた。
“眠狗竜”と“氷牙竜”の素材で作られた『レムオルニスナイフ』は、一年間使い続けたオレの愛刀だった。オール密猟素材で作られた非合法の業物で、正規ルートの三倍の値段で買い、何度も磨き、やはり高価な補修用の素材を買って高価な修繕費を払いながら、一緒に戦ってきた。
……もちろん、右手で。
炎に照らすと、淡い青色の柄からはみ出すように据え付けられた刃には、若干の痛みがあった。
ロアル戦で使って以降、きちんと整備していなかった。ポーチじゃなくバックパックから砥石を出して、右手で固定した片手剣を研いでいく。
結局さっきの話って、オレの武器が密造品ってことと、関係なかったな。
誤魔化された――わけじゃないだろうけど。
「…………」
“ハンター”を目指すなら、だって?
もちろん憧れてはいたけどな。
石畳の溝にたまった雨水をすくい上げて、刀身に滑らすと、刃がたいまつの炎を反射して煌めいた。
立ち上がり、左手で軽く振るってみる。
思った通り、違和感はぬぐえない。
片手剣のキャリアで考えれば四年前から三年間だ。クセがついてて当然だろう。
「四年前から三年間……か」
そんな経ってたのか。
故郷を出て、海を越える放浪を始めてから。
「……親父」
誰が言った言葉か、分からなかった。
次いで、口走った自分自身に驚いた。
いつ以来だ?
父親のことなんて思い出したのは。
オレは剣を握った腕をゆっくり下ろして、顎をあげた。
僅かに見えるそう高くない天井が、牢獄のように、オレを締め付けてくる。
父親の手のひらのように、オレを締め付けてくる。
思わず瞼を閉じ、俯く。
「Shame……DOWN……」
“恥”を意味するその単語を口にするのも、たぶん、数年ぶりだった。
手が震えてきて、強く握りしめてそれに対抗する。
瞼を開くと、欠けた虹色が目に入ってきた。ほのかな赤い光を反射するガノスだった。
ガノスは小汚い遺跡の片隅で一人丸くなり、ゆっくり上下する肩をエラで抱くような姿勢で。
その姿を見ると、オレはどうにもいたたまれなくなった。
一歩、一歩、ガノスに近付いていく。
全身を流れる油が、頭の突端で鼻提灯を作っていて、思わず顔が綻んだ。
「なあお前さ……自分の親の顔、知ってんのか?」
体高五メートルというサイズが、ガノトトス希少種として小さいのは分からない。成体でこのサイズなのかもしれない。
だけどもしこいつが通常のガノスと同じで、生後数箇月の個体だったら、どんな気持ちなんだろう。
親から捨てられて、一人でこんなところで眠るのは。
「……バカバカしい」
そもそもガノスは親子が一緒にいる機会がない。大量に孕んだ卵から産まれた兄弟たちと、母親の胎内で共食いし、たった一人で産み落とされるからだ。
最初から受け継げないって決まってるヤツの気持ちは、受け継ぐことを放棄したヤツの気持ちとは全然違うだろう。
それでも。
それでも、オレはこいつに重ねてしまうんだ。
誰からも受け継がず、誰へも受け継げないかもしれない、金で誰かの食いものになるしかないオレを。
『食われるぜ』
いや違う、オレはもう食う側に回ったんだ。
慌てて頭を振り、その気持ちを追い払う。
“モンスターハンター”。
なってやろうじゃないか。
オレには“モンスター”と戦う力がある。マーキもそう言ってた。
そこにいけば、オレもまっとうな生活が送れるかもしれない。
時期は遅いけど誰かに師事して、仲間を作って、自分の部屋なんかももてるかもしれない。
「いいじゃねえか、そういうの、なあ」
オレはそう口に出して思考を納め、『レムオルニスナイフ』を右手に戻してから納刀しようとして――
「……は?」
――首に当てられた剥ぎ取り用のナイフに、膝が笑った。
「なにしてやがる」
足音も、呼吸音も、なにも聞こえなかった。
ヒゲが背中に触れる感触もなかった。
気付けばオレの身体は分厚い左腕の筋肉に抑えられ、一歩も動けなくなっていた。
「なにって――」
肺の中に残された空気を絞り出して、尻に力を入れて答えようとして、
「――すまん」
身体を抑える腕の力が消え、笑っていた膝が完全に折れてオレは地面に手を突いた。むせながら息を吸い込み、妙な負荷に心臓が不規則な脈動をこめかみに送る。
思い出したように汗が噴き出し、心臓が鼓膜を破るような早鐘を打ち始めた。
オレは――殺されかけた?
マーキがナイフを太もものホルダーに納め、その身体がふらついて遠ざかるのが見えた。
「おい……おい、マーキ……!」
今度こそちゃんとした声で言うと、
「知ってるか?」
と、思ったより明瞭な声が返ってきた。
「今まで希少種認定された“モンスターは、どいつも人間に絶滅させられたんだぜ」
「それは……そうらしいけど」
「こいつは、そうはさせねえ」
希少種――“絶滅危惧種”や“準絶滅危惧種”と認定された“モンスター”は、今のところ、“銀火竜”“金火竜”の二種だけだ。
“金火竜”は一〇〇年ほど前に、“銀火竜”は二五年ほど前に、それぞれレッドリストに移されたという話は聞いたことがあった。
「…………」
えっ?
マーキは何年間投獄されてた?
たしか、今年で二六年目だって――
「――まさか」
数秒で、仮定に辿り着いた。
マーキはオレを殺しかけた。
“希少種”を殺そうとしてるように見えた、オレを。
まさか、そうなのか?
「お前が殺した“ハンター”って――」
「――言っただろ、推測するな。お前はオレを理解できない。ただ、サテッグの心臓を後ろから刺して、トランスの首を刺して、ハシムの眉間を刺したのは紛れもなくオレの意思だって、そう認識してりゃいい」
その口調は、意外なくらい――というよりいつも通りの穏やかさで、一瞬前までオレの喉元にナイフを突きつけていた人間が、自分の犯罪を口にしていいものじゃなかった。
でももう、チグハグとは感じなかった。
三頭の大型“モンスター”を横目にクルペッコ亜種の討伐し、ガノトトス希少種の性質を初見で見抜きつつロアルドロス亜種を討伐した“凄腕ハンター”。
二つの戦闘を共にしたことで、オレはこいつに対して感じていた警戒心を払拭し、さらにその本物の実力を目の当たりにして、こいつと一緒にいれば大丈夫だって信頼感を得てもいた。
それは今も変わりない。
だけどやっぱり、それだけじゃなかった。
三人の“ハンター”殺し、“モンスター”を率いて村を三つ壊滅させ、禁固刑八八年、ハンターズギルド始まって以来の大犯罪者、“M・P”。どうにも目の前の男と一致しない汚名がなんなのか、どうにも分からなかったんだが……。
ようやく、二つの肩書きが重なった。
事情は分からないからはっきりとは言えないけど、マーキはきっと、その希少種――“銀火竜”の討伐をとめようとして、“ハンター”と対立したんじゃないか?
“希少種”って分かっている相手なら、殺しちゃいけない。
だけどなにかの理由でハンターズギルドの目指す“自然と人間の共存”の基準とぶつかり、結果的に“犯罪者”と呼ばれただけなんだろう?
……ああ、だからこの『ガノトトス希少種の保護クエスト』に参加を決めたのか?
なんつーシンプルな。
オレは急に嬉しくなり、恐怖感を抱いたままなのに、それでもこみ上げるものを抑えきれず、笑い出してしまった。
「気持ちわりぃな。お前、殺しの話が好きなのか?」
「すまん、でもマーキ、お前……オレよりよっぽど善人じゃねえか」
「……どういう意味だよ」
不思議そうに鼻を鳴らしたマーキに、しかし、オレは答える言葉を選べなかった。
ただ、奇妙な親近感がわいてきたのを、止められそうになかった。
「まあ、オレとチーム組まされるんだから、レシオもろくなヤツじゃねえだろうけどな」
マーキはたぶん納得してないだろうけど、そんなことを口にして、再度、横になったようだった。