● 二頭目、接近遭遇
かすかな刺激臭でオレは目を覚まし、マーキの言葉も聞かずにすぐにテントの撤収に入った。
「九時少し前だよな?」
「ああ」
「どっちがきた?」
「レイアの匂いだ」
レイア――“火竜”の方か。
匂いって、この鼻を突く匂いか?
テントを丸めてバックパックの空きスペースに突っ込み、背負ったところで、ようやく保護対象を見る。
身体を起こしたガノス希少種は、身体から出る湯気の量を増やし始めていた。この“エリア2”にやってきた自分以外の“モンスター”に、敵対心を抱いているんだろう。
「急げレシオ、レイアとガノスは相性が悪い」
「分かってる!」
言っている間に、ガノスは足の裏のヒレをペタペタ言わせながら、外へと移動を開始した。
オレたちも各々ロアルの肉を口に走り出す。わずかに毒の残ったピリピリ痺れる肉の感想を言い合うでもなく、暗い亀裂の中をガノスの背びれが揺れ動くのを追いかける。
幸いガノスも狭い亀裂ではスピードを出せないようで、オレたちはつかず離れずの距離を保ってピラミッドの外へと出る。
南北に細長い“エリア2”の中央付近、ここからじゃ崩れた遺跡の名残で視界が通らない辺りに、ちらりと桜色の何かが見えた。
もちろん桜の花びらじゃない。
雨の中に佇むのは、鮮やかな桜色の鱗と甲殻をまとった、“桜火竜”リオレイア亜種。見えたのはその翼だ。
「クソ、忙しいヤツだな!」
「わざわざ出向いてくれたんだ、もてなしてやろうぜ!」
オレの愚痴にマーキは笑いながら、冗談と手信号を返す。
『北上』『攻撃』
「分かった! マーキ、あいつの上に飛び乗ってやるか!?」
「やめとけ、あいつの毒は背中と尻尾の棘だ!」
「マジかよ!」
叫びながらも従い、オレはエリアの境界に沿って北へ向かう。
オレの背後では、崩れたピラミッドの瓦礫と太い木の根の上を跳ぶように走るマーキの先で、ガノス希少種が“エリア2”へのランディングを決めた。ばちゃり、と跳ねた水滴は虹色の表面をもっておらず、爆発もしない。
それを見たレイアが、二〇メートル級の身体を起し、同程度の翼開長をもつ翼を広げ、長い首をもたげ、炎を迸らせる咆哮を発した。
ロアルドロスの威嚇とは根本的に違う、空気が歪むほどの音に、オレは一瞬肝を冷やす。
「こいつが“飛竜種”ってヤツか……!」
雌のリオレイアと雄のリオレウスが属する“火竜”リオスは、“飛竜種”の筆頭であり、“ハンター”やギルドの枠に限らず、世間一般で最も有名な“モンスター”と言える。多くの“飛竜種”の平均的な特徴を備えた、長い首、短い胴体、長い尻尾と、直交する広い翼のシルエットは、子供たちがまず最初に教わって描く“モンスター”のひな型だと言うし、“ハンター”たちが仮想敵を準備する際には、この“モンスター”のイラストが使われるケースも多いそうだ。地域によっては村から見えるその姿を、神様として拝むこともあるらしい。
……オレが最初にコイツを知ったのも、ハンターズギルド発行の『月刊 狩りに生きる』に特集で載ってた、『崇拝物としての“モンスター”』のイラストだったっけな。
生態的にも、低緯度地域から高緯度地域までを生息域とし、大きな環境の変化にも柔軟に耐え、また獲物と外敵を探して上空を旋回することが多いリオレウスは、街道を行く商売人がよく目撃するところだし、
受け売りを含むそんなことを考えて、オレは走りにくい石材と木の根の上を走る。
レイアは尻尾を上に持ち上げ、頭を低く下げ、翼を大きく広げる姿勢をとった。
マーキは水たまりを蹴立てながらガノスの方へと走る。そのスピードはバランスを崩した筋肉の割りには素早く、まだ熱しきってないガノスを護るように陣取った。それでもマーキとガノスの距離は一五メートル以上ある。これからどんどん離れていくのだろう。
マーキとガノスの方を睨んだレイアは、両脚を何度か踏み、獲物を自らの正面に捉えた。
“モンスター”同士は五〇メートル程度。
両方が動き出せば一瞬でなくなる距離だ。
その前に追いつかないと――
――と、レイアが頭をクッとあげ、その直前、鼻を突く刺激臭が強まったのを意識した。
横目でレイアの前方周辺を見ると、僅かな空気の揺らぎがある。
あれはガノス希少種の爆発と同じような、温度差による揺らぎか?
いや、違う!
これはチャンスだ!
思うが早いか一歩下がったレイアの顔のあたりでなにかが閃き、直後、口から炎が噴出した。
体内の可燃性のガスを、牙と牙をこすり合わせて作った火花で引火させ、炎の息として放出したのだ。
「うお、マジで火ぃ噴くんだな!」
知識としては知っていたし、原理的には街の大道芸人がやる火の息と同じだけど、その圧倒的な迫力にオレは気圧された。
そして、それで終わらないことを、オレは理解している。
炎がガノスとレイアの中央付近に着弾すると、すでに振り撒かれていたガスに引火、各所で爆発に近い炎を吹き上げた。
五メートルばかり下の風圧と熱気が届き、続いて黒煙が一帯を覆う。
すさまじい。
『油をまとったガノスの天敵は火だ』と昨夜マーキは語ったけど、そういうレベルじゃない。
原初の力である“火”を冠するレイアは、たった一発の攻撃でオレを総毛立たせた。
“陸の女王”の二つ名の通り、狩りの舞台である大地を一瞬で炎に染め上げたのだから。
いや――
――オレは頭を振り、歯を食いしばる。
四年前、なんの武具も持たずにガノトトスの子供を狩猟した時の方が、よっぽど怖かったはずだ。
今のオレには、使い込んだ『レムオルニスナイフ』がある。
気合いを入れろ!
攻撃こそ、最大の隙なんだぜ!
バックパックを投げ捨て、巻き上がる炎と黒煙を裂くように右手で片手剣を抜き、エリアの淵である木の根を蹴り――
「しゃあ!」
――レイアの顔面に左側面から飛びかかり、五メートルの高低差を乗せた切っ先を叩き付けた。