ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

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6.水没林・エリア2
● 二頭目、接近遭遇


 かすかな刺激臭でオレは目を覚まし、マーキの言葉も聞かずにすぐにテントの撤収に入った。

「九時少し前だよな?」

「ああ」

「どっちがきた?」

「レイアの匂いだ」

 レイア――“火竜”の方か。

 匂いって、この鼻を突く匂いか?

 テントを丸めてバックパックの空きスペースに突っ込み、背負ったところで、ようやく保護対象を見る。

 身体を起こしたガノス希少種は、身体から出る湯気の量を増やし始めていた。この“エリア2”にやってきた自分以外の“モンスター”に、敵対心を抱いているんだろう。

「急げレシオ、レイアとガノスは相性が悪い」

「分かってる!」

 言っている間に、ガノスは足の裏のヒレをペタペタ言わせながら、外へと移動を開始した。

 オレたちも各々ロアルの肉を口に走り出す。わずかに毒の残ったピリピリ痺れる肉の感想を言い合うでもなく、暗い亀裂の中をガノスの背びれが揺れ動くのを追いかける。

 幸いガノスも狭い亀裂ではスピードを出せないようで、オレたちはつかず離れずの距離を保ってピラミッドの外へと出る。

 南北に細長い“エリア2”の中央付近、ここからじゃ崩れた遺跡の名残で視界が通らない辺りに、ちらりと桜色の何かが見えた。

 もちろん桜の花びらじゃない。

 雨の中に佇むのは、鮮やかな桜色の鱗と甲殻をまとった、“桜火竜”リオレイア亜種。見えたのはその翼だ。

「クソ、忙しいヤツだな!」

「わざわざ出向いてくれたんだ、もてなしてやろうぜ!」

 オレの愚痴にマーキは笑いながら、冗談と手信号を返す。

 『北上』『攻撃』

「分かった! マーキ、あいつの上に飛び乗ってやるか!?」

「やめとけ、あいつの毒は背中と尻尾の棘だ!」

「マジかよ!」

 叫びながらも従い、オレはエリアの境界に沿って北へ向かう。

 オレの背後では、崩れたピラミッドの瓦礫と太い木の根の上を跳ぶように走るマーキの先で、ガノス希少種が“エリア2”へのランディングを決めた。ばちゃり、と跳ねた水滴は虹色の表面をもっておらず、爆発もしない。

 それを見たレイアが、二〇メートル級の身体を起し、同程度の翼開長をもつ翼を広げ、長い首をもたげ、炎を迸らせる咆哮を発した。

 ロアルドロスの威嚇とは根本的に違う、空気が歪むほどの音に、オレは一瞬肝を冷やす。

「こいつが“飛竜種”ってヤツか……!」

 雌のリオレイアと雄のリオレウスが属する“火竜”リオスは、“飛竜種”の筆頭であり、“ハンター”やギルドの枠に限らず、世間一般で最も有名な“モンスター”と言える。多くの“飛竜種”の平均的な特徴を備えた、長い首、短い胴体、長い尻尾と、直交する広い翼のシルエットは、子供たちがまず最初に教わって描く“モンスター”のひな型だと言うし、“ハンター”たちが仮想敵を準備する際には、この“モンスター”のイラストが使われるケースも多いそうだ。地域によっては村から見えるその姿を、神様として拝むこともあるらしい。

 ……オレが最初にコイツを知ったのも、ハンターズギルド発行の『月刊 狩りに生きる』に特集で載ってた、『崇拝物としての“モンスター”』のイラストだったっけな。

 生態的にも、低緯度地域から高緯度地域までを生息域とし、大きな環境の変化にも柔軟に耐え、また獲物と外敵を探して上空を旋回することが多いリオレウスは、街道を行く商売人がよく目撃するところだし、

 受け売りを含むそんなことを考えて、オレは走りにくい石材と木の根の上を走る。

 レイアは尻尾を上に持ち上げ、頭を低く下げ、翼を大きく広げる姿勢をとった。

 マーキは水たまりを蹴立てながらガノスの方へと走る。そのスピードはバランスを崩した筋肉の割りには素早く、まだ熱しきってないガノスを護るように陣取った。それでもマーキとガノスの距離は一五メートル以上ある。これからどんどん離れていくのだろう。

 マーキとガノスの方を睨んだレイアは、両脚を何度か踏み、獲物を自らの正面に捉えた。

 “モンスター”同士は五〇メートル程度。

 両方が動き出せば一瞬でなくなる距離だ。

 その前に追いつかないと――

 ――と、レイアが頭をクッとあげ、その直前、鼻を突く刺激臭が強まったのを意識した。

 横目でレイアの前方周辺を見ると、僅かな空気の揺らぎがある。

 あれはガノス希少種の爆発と同じような、温度差による揺らぎか?

 いや、違う!

 これはチャンスだ!

 思うが早いか一歩下がったレイアの顔のあたりでなにかが閃き、直後、口から炎が噴出した。

 体内の可燃性のガスを、牙と牙をこすり合わせて作った火花で引火させ、炎の息として放出したのだ。

「うお、マジで火ぃ噴くんだな!」

 知識としては知っていたし、原理的には街の大道芸人がやる火の息と同じだけど、その圧倒的な迫力にオレは気圧された。

 そして、それで終わらないことを、オレは理解している。

 炎がガノスとレイアの中央付近に着弾すると、すでに振り撒かれていたガスに引火、各所で爆発に近い炎を吹き上げた。

 五メートルばかり下の風圧と熱気が届き、続いて黒煙が一帯を覆う。

 すさまじい。

 『油をまとったガノスの天敵は火だ』と昨夜マーキは語ったけど、そういうレベルじゃない。

 原初の力である“火”を冠するレイアは、たった一発の攻撃でオレを総毛立たせた。

 “陸の女王”の二つ名の通り、狩りの舞台である大地を一瞬で炎に染め上げたのだから。

 いや――

 ――オレは頭を振り、歯を食いしばる。

 四年前、なんの武具も持たずにガノトトスの子供を狩猟した時の方が、よっぽど怖かったはずだ。

 今のオレには、使い込んだ『レムオルニスナイフ』がある。

 気合いを入れろ!

 攻撃こそ、最大の隙なんだぜ!

 バックパックを投げ捨て、巻き上がる炎と黒煙を裂くように右手で片手剣を抜き、エリアの淵である木の根を蹴り――

「しゃあ!」

 ――レイアの顔面に左側面から飛びかかり、五メートルの高低差を乗せた切っ先を叩き付けた。

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