ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

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● 桜花爛漫 ― 一人で狩り、だけど三人で狩り

 レイアの顔、風を切るように鋭角に並んだ桜色の甲殻に、『レムオルニスナイフ』がぶち当たり。

 スローモーションの世界の中、その一部にヒビが入り、ばしり、と音を立てて弾け飛んだ。

 レイアは思わぬ闖入者に顔を左に向け、でもその時には、オレはレイアの右側へと転がっている。

 レイアの右首筋が剥き出しになった

 チャンス――

 ――と踏み切ろうとして、その蒼い光彩がオレを捉えたのを見た。

 首根っこを掴まれたような恐怖が走り、だけど牙を合わせる口から漏れたガスの匂いを嗅いだオレは、一旦背後に側転回避。

 直後、オレの立っていた周辺を爆発するように炎が広がった。

 これだ。

 この炎の攻撃から、ガノスを護らなきゃならない。

 あの油の引火点が何度かは分からないけど、すでに自分で温度を上げている以上、火を付けるのはそう難しいことじゃないだろう。

 でも、できるのか? この爆炎から?

「ヒュウ!」

 遠くでマーキが口を鳴らすのが聞こえた。

 見えるのか?

 見ててくれてるのか?

 オレは鼻を鳴らし、ガスの匂いのなくなったレイアの懐に入り込んだ。

 一人で戦っていても、誰かが近くにいてくれるだけで、こんなにも頼もしいのか。

 ならオレも、不安がってる場合じゃないな。

 オレがここで踏ん張る!

 口の端だけで笑い、上半分を覆う桜色の甲殻と違って白い繊細な鱗を、その配列ラインを読んで切りつける。右翼膜の付け根に浅い傷が走り、血が噴き出した。その思わぬ柔らかさに驚くも、尻尾側に抜けるように転がり、立ち位置を変える。

 これでいいんだよな、マーキ!

 位置関係と炎で見えなくなったヒゲ面に意識を投げる。

 あいつの考えていた作戦はたぶん、これでいいはずだ。

 レイアの炎を大盾でガードできるマーキがガノスのそばにつき、オレがレイアを攻撃して注意を引き、可能なら討伐する。

 ガノスの行動は不確定要素だけど、こればっかりはアドリブでなんとかするしかないんだろう。

 完全にオレ頼みだけど、でもたしかに、確実性の高い作戦だと思う。

 てか、昨日あれだけメタメタだったオレをこう使ってくれるってことは、やっぱりオレの能力を買ってくれてるってことだよな、あの“凄腕ハンター”は。

 ならオレは、マーキの言葉を頭において、その期待に応えなきゃあ。

 『よく見ろ』だぞ、レシオ!

 言い聞かせ、脅威に目を向ける。

 レイアは、まだ点在する炎の向こうのガノスとマーキに一瞬目を向けるも、脅威度を測りかねたか、オレを引き続きターゲットとしたようだ。振り返り――だん、と地面を蹴った。

 “陸の女王”の名前のもう一つの理由である、“飛竜種”にしては珍しい突進だ。大きな翼を完全に無駄にするかっこうの攻撃だが、顎の先端にある授乳器は下手な武器よりも堅く鋭く、多少の接触が致命傷になることを想像させる。

 だけどその攻撃は読んでた。オレは横目でレイアを見ただけで回転回避、すれ違い様、左脚を撫でるように剣を当てる。

 桜色の硬い甲殻の隙間に差し入れるように振り抜いた刃が、ドロリとした血をレイアから奪ってきた。

 レイアは脚を折って倒れ、一瞬の隙を見せる。

 いや……近付くな。

 こいつ、走ってる間にガスを撒きやがった!

 ここは危険だ!

 全力でレイアから離れ、ガスの匂いから抜け出し、振り向き、オレを睨んだレイアが首を大きく持ち上げるのを見て――

「避けろレシオ!」

 ――炎が視界を埋め尽くすのを見た。

「うおおおお!!」

 地面に直撃せず、ガスも誘爆させない火球が、まっすぐオレを狙ってきたのだ。

 火球の軌道を小盾でなんとか逸らし、それでもオレの身体はコマのように回転して地面に転がる。

 背後で爆炎をあげた火球は、直径三〇センチ程度の樹木に直撃、その片面を一瞬で灰にして折ってしまった。

 油断するな、マーキの忠告がなかったら死んでたぞ。

 体勢を立て直し、改めてレイアの方を向こうとして――

「おお……?」

 ――周囲を覆うガスの匂いに、思わず口の端を持ち上げた。

 まるで効果範囲が想像できない。

 レイアが一歩後ろに下がり、口の中でスパークが生じる。

「やばい」

 どこをどうガードすればいい?

 そう思った瞬間、視界の端の方に何かが見えた。

 虹色の……水玉?

 咄嗟に小盾を右側――マーキたちの方に向けると、ずいぶん近付いてきていたガノス希少種が、ちょうど半回転してオレたちに尻尾を見せているところだった。

「やばい」

 もう一度そう考え、オレは小盾を構えて軽く後ろに飛び――

 直後、きゅぼ、ぼん、と水蒸気爆発の音が連鎖する。

 その衝撃を小盾に目一杯に受け、ダメージと共に勢いを得たオレは、ガスのエリアを無理矢理脱出した。

 持ちこたえようとしないなら、この衝撃の処理は簡単だった。地面に尻を擦りつけるも、すぐに立ち上がる。

「まさかあいつ、オレは助けたのか?」

 ……いや、違うみたいだ。

 レイアのスパークによる爆発は、起こらなかった。

 もともと比重の低めな桜火竜のガスが、水玉の爆風で吹き散らせれてしまったらしい。

「……この匂いが嫌いなだけか?」

 オレが問いかけると、ガノスはすさまじい熱量を放つ頭を軽く振って、オレを見るような仕草をしたのち――いきなり尻尾を振り回した。

「ちょ、マジか!」

「ヒュウ! まだやるか」

 追いついたマーキが頭を覆って伏せ、虹色の水玉が飛び散り、泡を食ったオレも再度逃走に転じた。

 今度はまたしても爆発の衝撃を背中にやりすごして、顔をあげ――

「しまった!」

 ――たった一人“飛竜種”であるレイアは、桜色の紋様が描かれた翼膜を大きく広げ、空中に飛び立っていた。

 クソ、いい感じだったのに取り逃がしたか――

「グッジョブ、レシオ。今度はなんの負い目もねえだろ?」

 ――荒い息で見上げると、長いヒゲをじょりじょりとむしるマーキが、もう一方の手を差し伸べていた。

 負い目は……なかったか?

「……オレが火球の攻撃を知ってれば、ガノスが水玉爆弾を出すこともなかったんじゃないか?」

「ありゃガスが嫌いなだけだ。ガノスが目覚めたのもガスが匂ったからだしな」

「そう……か」

 オレは、オレの恥を探さなくていいのか。

「……そうか、そうだな」

 あとに残されたのは、転々と地面に落ちたペイントボールの匂いだけ。

 マーキが投げてくれたんだろう。

 オレにペイントを投げる余裕はなかったけど、そのフォローはマーキがしてくれたんだ。

 これが多人数での狩りか。

 父親と言っても通用しそうな年齢かもしれない、“水竜”の鱗に覆われた分厚い手を、握手のように掴んだ。

 ……父親か。

 こいつは、オレの父親になってくれるかもしれないな。

 軽々と引っ張り起こされ、立ち上がり、父親のような仲間のような男の肩を叩く。

「マーキもグッジョブ、とりあえずメシにしようぜ」

「朝飯食っただろ」

 苦笑され、それからオレは、もう一人の仲間を見上げた。

「お前もグッジョブな、ガノス。でももうちょっと優しく助けてくれよ」

 熱を納めたガノスは、細かい牙を並んだ頭をオレに近付け、不思議そうに首を傾げた。

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