● 二頭目、追跡中 パート1
レイアの匂いは、北西の方向に逃げていき、オレたちはそれを追って“エリア1”まで走ってやってきた。
が――
「移動したあとか……」
――そこには殺されたルドロス――ロアルドロス原種の雌種である、肉食系低脅威動物――の死骸が転がっているだけで、レイアはどこにもいなかった。
オレが息を整えていると、少し遅れてマーキがやってきた。
「メシ食われたか。厄介だな」
オレは木の根にそって盛り上がった部分にあがり、マーキもそれに続く。
“エリア1”は、そのほぼ全域が腿ほどの深さの川に水没している。……というより、三方から流れてくる川の流れがぶつかって、狩りを出来るくらいに凪いだ地域を、ギルドが狩り場として定義しただけのこと。要するにただの川ってことだ。
位置関係的には、オレたちが降下“エリア7”からベースキャンプへ向かう道中に当たり、大型“モンスター”がやってくるケースも多い。
オレは鼻をならし、ペイントボールの匂いを嗅ぐ。
「東に……離れてってるか?」
「よく分かったな」
オレが言うと、マーキは軽く目を見開いて、オレの顔を眺めた。
「な、なんだよ」
「ペイントの匂いで動きを知るのは、かなり習熟が必要なんだぜ」
「そう……なのか?」
周期的に変化する匂いの嗅ぎわけなんて、普通にできるもんじゃないか?
「おう、さすがだなレシオ」
……これって、“凄腕ハンター”に間接的とはいえ評価されたのか?
落ち着かない気分になりながらも、オレはバックパックを木の陰に置いてから、水中からルドロスの死骸を一頭引っ張り上げみた。マーキもその太い左腕で、軽々と一頭分の死骸を持ち上げる。
体長七メートル前後のそのルドロスは、両腕と頭を引き千切られていた。断面は鋭い噛み跡に見えることか、レイアの捕食行動とみて間違いない。
「やっぱ、食ったんだよな、これは」
「相手は“陸の女王”だぞ。理由もなく殺さねえ」
マーキは身体の左半分を失ったルドロスの尻尾を掴み、内蔵をまき散らすまま川に放り投げた。
オレもルドロスを川の流れに戻した。死骸はその力でもって下流の方に移動していき、炎で未成熟の海綿体を黒こげにされて死んだルドロスを押すように流れていって――その先にいたガノトトス希少種に、ボリボリと音を立てて食べられ始めた。
「……おい、なんであいつ、ついて来てんだよ」
「オレに言われても困るぜ。あんなの縛り付けられねえぞ」
たしかに、今オレたちが準備できるどんな素材でも、水さえ爆発させる超高温に耐えるのは無理だろうなあ。
しかし、オレは数十分前にガノスのことを“仲間”と表現したけど、あいつはそんなこと考えてないはずだ。護られてるって認識もないだろう。
ただ、それでもオレたちを襲わないってことは、ロアルやルドロスと同じ“餌”って見方をしてるわけでもなさそうだ。
まさか、マジで餌付けに成功した?
そんなまさか。
現時点じゃ『レイアを殺す』って同じ目的に向かっているからか? ……それだと“仲間”って表現で正しくなっちゃうよな。
“モンスターハンター”と“モンスター”が、仲間? あり得るか?
そんなことを考えながらガノスを見上げていると、マーキがヒゲを苦笑に歪めた。
「近くで護ってやるしかないだろうな」
「面倒なヤツ……。外敵はいなくなったんだし、遺跡に隠れてりゃよかったのに」
「レイアに見つかる前に飛び出してったんだぜ。別の動機があるだろ」
「味が気になった、とか?」
オレが言うと、マーキは笑った。
「ああ、ガノスは原種も亜種も美味いからなあ。希少種も美味いもんいっぱい食ってるのかもな」
「いや、ガノスは不味いだろ」
オレが否定すると、
「まあ、そう言うヤツもいるわな」
と、マーキは笑って首を傾げた。
冗談で流された、と感じたオレは、唇を尖らせて不満をアピールする。
「分かんねえぜ、もしかしたらこいつメチャクチャグルメで、美味いものをさがして色んな“モンスター”と戦ってるところかもしれねえじゃん」
オレが真剣だと分かったマーキは驚いた顔をしたが、それなら、と真面目な口調で応える。
「なら、ロアルは燃やして食って、そのルドロスは生で食ってるぜ。適当だろ」
「それは、ロアルで燃えた時の味は分かったから、同じ種類のルドロスは生で試したかったんじゃ――」
「――お話中申し訳ございませんニャー!」
遠くの方から、声と共に水をバチャバチャと叩く音が近付いてくる。
オレが立ち上がると、桃色毛に赤ブチ柄のアイルーが飛び跳ねてきた。
「ただいま支給品が到着しましたですニャ! 遅くなって申し訳ありませんでしたニャー!」
「おお、グッドタイミング」
マーキが腰を下ろし、走ってきたアイルーが目の前で立ち止まるのを待って、頭を胴を撫で回した。
「ニャ! くすぐったいニャー! 私もじょりじょりさせて頂くニャー!」
ブチ柄のアイルーも負けじと、短い手を伸ばしてマーキのヒゲを弄り始めた。
「なあ、どうする? 取りに行くか?」
「ああ、そうだな――」
マーキはアイルーとじゃれ合いながら、西の方を眺めた。若干傾斜した川をしばらく登っていくと、水没林のベースキャンプに辿り着く。そこに戻れば、色々な道具を入手できるはずだ。たとえば携帯食料とか落とし穴とか投げナイフとか、そういうものだ。
数秒の間ののち、マーキはかすかだがはっきり首を横に振った。
「――いや、今はレイアを追跡するぜ」
「分かった。休まれて体力を回復されても厄介だからな」
「ええー! せっかく持ってきたのに使ってくれないニャー!?」
アイルーが悲しそうな顔でマーキのヒゲを引っ張ってて、オレはちょっと胸が痛んだ。
「待ってろ。レイアを討伐したら、ちゃんと取りに行ってやるよ」
「ニャー! わがまま言って申し訳ありませんでしたニャー!」
「ニャー!」
おい、マーキも言ったな今。
「あ、あれが話題になってるガノス希少種ニャ! お魚ニャ! ピカピカしてるニャー!」
ガノスは食事を終えたようで、身体をまっすぐに伸ばしてオレたちの方へ歩いてきた。自分の食事がレイアの食べ残しだと分かってるのかいないのか、なんとも堂々たる歩調だ。
「よし、じゃあ行くか」
「連れて行くのか? さっさと行って、レイアをヤっちまった方がいいんじゃねえか?」
「ラギアがどこにいるかも分からないんだぜ」
たしかに狩り場に出てきちまった以上、“海竜”の存在にも注意しなきゃいけないか。
「よし、じゃあ行ってくるぜ」
「ニャー! お待ちしておりますニャー!」
マーキはアイルーを解放して立ち上がると、“エリア7”への山道へと顎を向けた。
「メシの準備、頼むぜ」
「ニャー! お肉を持ってきていただけたら、焼いてあげますニャー!」
オレの発言にも敬礼で応え、赤ブチアイルーは走り去っていった。