ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

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8.水没林・エリア7
● マーキのターン


「レシオよけろ!」

 ――いきなり飛来した火球をマーキが受け止め、その炎が薄暗い水没林の背景を埋め尽くした。

「待ち伏せか!?」

「らしいな! ガノスを頼むぜ!」

 マーキはバックパックを下ろし、大盾で右半身を隠してランスを突き出し、川の中を走り出した。

 マーキはエリアの南側から回り込むように、滝を背にして立つレイアに突進していく。迎え撃つように、レイアはマーキの方を見る。

 レイアの炎の射線が、オレたちからずれた。

「行くぞガノス!」

 オレは三人目の仲間に声をかけ、川と川の間に挟まれた、桜の木の林の脇を通るように走る。ガノスも熱を発さない状態で、オレの後ろをついてきてくれる。

 よく見れば桜の花びらはかろうじて枝に残っていて、まだ雨の中にぽつぽつと混じっていた。オレはその木立の隙間にバックパックを投げ、口を歪ませる。

「落ちつけよお前ら、ここでやったら桜が死んじまうからな……!」

 だけどそんな事情は、どっちの“モンスター”の知るところでもないのだろう。

 レイアは軽く首を引いて――こちらに火球を放った。

 まさか、マーキじゃなくてこっちを狙うか!

 と思ったが違う、レイアはすぐに首を正面に戻し、二発目の火球を放った。

 すでに突進をやめていたマーキは、レイアの眼前でそれをガード、火球が火の粉となって飛び散り、崖を流れ落ちる水の飛沫と共に消えていく。

 そして次の着弾はオレの方だ!

 右後ろにはガノス、左後ろには桜。

 受け流すなら――

「――ガノス、よけろよ!」

 動けない桜にぶつけて火事を起こすより、動けるガノスだ。

 右腕の小盾を左腕でフォローし、火球の左端に滑らすように当て、その上で盾を押し出した。

 今度は想定通りだ。火球の中にあった粘性のある“芯”が弾けた。火の粉を背後に流す形で火球が消滅し――

 ――ガノスはちゃんと、その飛沫をジャンプしてよけている。

「グッジョブ! その調子で頼む!」

 オレは小盾で防ぎきれなかった若干の火傷を無視し、川から泥の上に出る。約二四時間前にあったクルペッコ亜種の狩猟の痕跡は綺麗に流され、次の血が流れるのを待ってるように見えた。

 マーキは先ほどの宣言通り、レイアの桜色の顔面の正面五メートルばかりに立って、ランスを構えて機を伺っている。レイアも目下の脅威であるガノスを気にしながらも、マーキから目を離せずにいる。

 攻撃は最大の隙、それを“凄腕ハンター”も“陸の女王”も分かっているからこそ、攻め倦ねている。崖から一〇メートルもないところで、じりじりとお互いの位置を入れ替えるように、動く。

 均衡をやぶったのは、闖入者のガノスだった。

 急激な発熱で大量の水蒸気と突風が巻き起こり、空気が洗われるように入れ替わった。オレは周囲にレイアが撒いていたガスがあったことと、それがたった今吹き飛んだことを、動く匂いで知る。

 だけど、マーキにとっては都合の悪い動きだった。風圧を受けた彼の体勢が一瞬揺らぐ。

 そこに、だん、とレイアが右脚を踏み込み、突進を仕掛けた。

 体勢を戻したマーキは大盾を構え、レイアを押しとどめためにがっちりと体勢を落とす。

 その予想を裏切るかのように、レイアはマーキの直前で二〇メートルの翼を一つ羽ばたかせ、バックジャンプ。体内の可燃性ガスで見かけ上の体重を減らし、その巨体を持ち上げたのだ。

 そして、それが意味することは一つ!

「ブレスが来るぞ!」

 レイアはガスを散らしながら一〇メートル以上後退し、着地と同時に口の中で火花を散らす。

 まずい、あの距離じゃブレスはとめられない。ガノスはオレの後ろにいるけど、マーキ自身が回避できなきゃレイアは倒せないぞ。そして大量に吐き出されたガスは翼の羽ばたきで散り、どこが効果範囲かは分からないのだ。

 今から走って、マーキを助けられるか? 全力で走ればマーキと一緒に向う側の崖に飛び出すことは可能かもしれない。

(いや……)

 さっきのオレと今のマーキ、立場が変わっただけだ。

 マーキはガノスの護ることに徹して、オレに任せた。結果的にガノスに助けられたとはいえ、マーキはオレを信じたんだぞ。

 オレがあそこに飛び込むってことは、マーキへの信用を疑うってことだ。

 それができるのか?

 迷うオレの前でレイアの口から炎が噴き出し、地面に着弾、爆炎が巻き起こる。

 ガノスが発する大気の流れを打ち消すかのような風が巻き上がり、雨水と桜の花びらが舞う。

 マーキは――二歩、こちら側に下がった。

 それだけで、ガスの効果範囲からギリギリ逃れ、爆風の端を大盾で受け止めるだけに留めたのだ。

 そしてそれは、燃えさかる炎が邪魔になって、レイアに見えていない。

 自分の炎を踏みつぶすように突進するレイアが、マーキの健在に気付いたのは、その顔面を大盾で殴られた瞬間だっただろう。

 薄い桃色の甲殻が砕け、そこに追い打ちをかけるようにランスの切っ先が首の根元に突き刺さる。吹き出した血が足下に水に落ちて、一瞬の桜色を見せてすぐに泡立つ滝に飲み込まれた。

 しかしかすり傷だと言わんばかりに、レイアはその場から再度突進を再開する。

 刺さったままのランスに引きずられるようにマーキの上半身が崩れ――足を滑らせるように押し倒された。

「マーキ!」

 叫ぶ、叫ぶがその声は、レイアの悲鳴と、胴体を地面に横たえる地響きにかき消された。

 ああ、押し倒されたんじゃない。わざと倒れてレイアの脚の隙間に逃れたんだ。その上で、オレも切りつけた左脚を刺した。

「ヒュウ!」

 泥の混じった川から身体を起こしたマーキは、水を吹き出すように口を鳴らす。

 それを挑発と受け取ったか、レイアは起き上がると口から炎を漏らして吠え、何度目かの突進を繰りだす。

 マーキは授乳器を避けるように首の右側に回りガード、レイアはそれを見越してか立ち止まり、今度はマーキの目の前で口中の炎をちらつかせる。

「やらせるか!」

 マーキが吠え、その顎を下から大盾で殴り付けた。首を思い切り上に向けられたレイアは、口の端と鼻から炎を細く噴き出し、もだえた。

 その隙を逃さず、マーキはランスをがら空きの首筋に突き立てる。

 なんというか、一方的だ。

 二〇メートル強の“陸の女王”と、二メートル弱の“凄腕ハンター”の戦いなのに、完全にマーキのペースに見える。

 どんな攻撃を受けても正面から受け止め、自分の攻撃に転化し、状況をコントロールしている。

 マーキのランスがレイアの甲殻を削り致命的な肉をえぐるまで、五分か一〇分か、そういうレベルだ。

 “凄腕ハンター”なんて言葉じゃくくりきれない。

 オレが入れるような領域じゃないな。

 オレはゆっくり息を吐き――

 周囲のガスの匂いが濃くなっていることに気付いた。

 ――まずい!

 思った時には、完全に熱しきり、足下の川から大量の水蒸気を吹き出すガノスが、またしても状況をやぶった。

「バカ、お前!」

 オレが口走った時にはもう、振り回されたヒレから虹色の水玉を射出している。

 レイアは桜色の奥の蒼い目でオレとガノスを見て、『待っていた』とでも言うように口の端を持ち上げ――

 ――スパークが瞬き、炎が一帯を覆い尽くした。

 水玉は爆発する前に、その水と油の微妙な均衡を爆炎によって吹き飛ばされ、蒸発する。

「ぶぁ!」

 オレは左腕の小盾でその爆炎と水玉の熱をこらえようとするも、そんなレベルじゃない。オレは声を上げて川に落ちる。

 息を止めて水の流れに逆らい、なんとか身を起こし――

「なんだ、こりゃあ……」

 ――薄暗い雨の水没林は一転、炎の海に変わっていた。

「ガノス?」

 ガノスはすぐに見つかった。“エリア9”へ続く北側の山道の方に飛ばされ、身体をピクつかせている。熱は強制的に静められ、油に火もついてない。ひとまずは大丈夫か?

「……マーキ?」

 反対、滝と崖の方を振り返る。

 レイアのブレスが燃え上がらせた炎の向こうに、マーキが見えた。

 全身を覆う“水竜”の鱗の半分近く焦げ付かせ、髪とヒゲからはイヤな匂いを漂わせ、それでも『アクアンスピア』を握って、立っていた。

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