ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

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1.タンジア・灯台
● 投獄されたものたち


 湿った空気の元、灯台頂上で燃える炎の照り返しが洩れ入る階段を、オレは下に降りていく。灯台の中程から地上付近まで続く内階段は、岩石を削り出して作られているが、吹き込む潮風とでじわじわと削られ、それを補修した跡もまた痛んでいた。

 タンジアの港に建つ灯台群は、今から一〇〇年近く前に自然の岩を使って作られたそうだ。オレの故郷にもおとぎ話として伝わる“黒龍”に関する由来があるそうだが、オレはそれを聞いている余裕もなくここに行かされたから、詳細は知らない。

 何十メートルか下ったところで底についた。見上げると遥かな灯光が太陽のように揺らめき、細くくり抜かれた灯台内部を照らしている。

 底面は大まかに円形に区切られた二〇メートルほどの広間で、八方に鉄格子のドアがあり、そのうちの一つが南京錠で施錠されていた。オレは受け取っていた鍵で鉄格子を開けると、暗くなっていく通路を数メートル歩き、すぐに見つかる次の鉄格子を開け、その先へと進んだ。

 三重の格子に隔てられたそこが、オレの目的地だった。

 すぐに鉄と石のこすれる音と共に、

「ん」

 と鼻にかかった声がした。

 完全な闇じゃないが、かといってなにが見えるでもない闇の中で、誰かが身体を起こしている。

 そしてオレは、そいつの名前を知っている。恐る恐る、口を開く。

「マーキ……パラオ、だよな?」

 音は一度やみ、ややあって、

「お前、いつものアイルーじゃねえな。なんだ、メシはまだ頼んでないぜ」

 寝起きの声が届いた。鉄格子から三メートルも離れてない。

「なあ、あんたがマーキ・パラオか?」

「ん? ああ、オレの名前か? そうだったかもな」

 その口調は、きわめて穏やかだった。とてもこんな、港から数キロ離れた海上の、険しい岩壁で構成するタンジア灯台の、飛行船でしか辿り着けない高さにポツンと存在する、重犯罪者用の牢獄の奥に閉じ込められた人間の声とは思えなかった。

「なんだよ、その適当な反応」

 オレはとけた緊張感をため息のように吐き出し、首を傾げた。

「しょうがないだろ。もう何年だ、二〇年以上か? “エムピー”としか呼ばれてねえんだからな」

 “エムピー”――“M・P”。

 オレもこいつのことは、そのイニシャルで知っていた。同じクエストに赴いていた仲間の“モンスターハンター”を殺害し、大型“モンスター”を率いて三つの村落を壊滅させた、禁固八八年の刑で収容されている元“凄腕ハンター”のことは、“ハンター”見習いの頃に誰もが教え込まれていることらしい。オレも話には聞いたことがあった。

 でも、こいつがそれか? オレは一抹の疑問を胸に抱きながら、なにも見えない闇の中に目を凝らす。

 手錠の音を立てている人物は、やはりなんの威圧感も見せず、のびと欠伸をしたみたいだった。

「で、オレになんの用だよ」

「釈放しにきた」

「へ?」

 闇の中で、マーキが身じろいだ気配がした。

 オレは少し後ろに下がり、入り込んでくる光が当たるように手に持った紙を見せた。

「あんたがこのクエストを受けるなら、だけどな」

 紙――クエスト発注票の受注人の欄にはすでに、流暢な手書きの文字で“markey palao”と書かれている。その下にある“lesio psioth”――レシオ・プシオスは、オレを指す名前だ。

「ああ、マジだ。オレの名前あるな」

「綴りは覚えてるのか?」

「今思い出したんだよ」

 笑うように言ったマーキの言葉が、暗い通路を反響してオレに届く。

「で、オレにクエストだって? なんでまた」

「聞いてねえよ。オレはお前を出すように言われただけだ。オレと一緒にこのクエストを成功させればそのまま釈放。失敗したら死刑。そんだけだ」

 そう、それがオレがハンターズギルドから受けた指示だ。マーキと共にクエストに赴き、彼の能力を見極め、可能であれば“モンスターハンター”として復帰させること。

 だけどオレはこの時点でもう、その重犯罪者とは思えない口調に態度に、少なくない失望を感じていた。こいつが言うように、マーキは二六年間の投獄生活を送ってきた。その過程で彼の牙と爪は、とっくに剥ぎ取られてるように思えたんだ。

 だけど、状態がどうあれオレはマーキを連れ出さなきゃならない。それが指示なんだから。

 発注票を下ろすと、最後の鉄格子を開けるための鍵を探す。

「船の出発は一〇時半、あと二時間くらいだな。内容はちゃんと把握しとけよ」

「いやだね」

 ごろん、と寝転がる音と共に声がそっぽを向いて、オレは思わず鍵の束を取り落としかけた。

「お、おいなに言ってんだよ、ここから出られるんだぞ? てか、船の時間に間に合わなきゃ失敗扱いなんだぞ? 分かってるか?」

「分かってるって」

「失敗したら、お前死刑なんだぞ?」

「だったな」

「だったな、じゃないだろ! どこに拒否する理由があるんだよ!」

 思いも寄らず発生した問題に、オレはいつの間にか鉄格子に掴みかかっていた。

「落ち着けよ。別にいいだろ、オレが死んでもよ」

「いや、もうオレたちの名前書いてあるから! オレも失敗扱いになるんだよ!」

「一回くらいいいじゃん、失敗にしてまた受けろよ」

 それじゃ困るんだよ、オレの方も!

 とは口に出さなかったが、オレが思い切り鉄格子に力をぶつけると、マーキには伝わったようだった。

「お前、人見知りするほうだろ」

「は? なにが!」

「港にいる連中に声かけられなかったから、発注票にいきなりオレの名前書いたんだろ?」

「なんでそうなるんだよ! オレにも事情があるんだって! お前を出せって言われてるんだよ!」

「オレの事情は無視してんのに? 『無理でしたー』って言っちまえよ」

 マーキは石の壁に向かって面倒くさそうに呟いた。

「言えるわけねえだろ! てか事情って、そこで死刑になる事情なんてあんのかよ!」

「釈放も死刑も同じだろ」

「同じって、ここから出られれば――」

「――だから、ここから出たオレが、どうやって生きていくっての」

 少し考えて、マーキの言っていることが分かった。

 二〇年間。金も身よりもなく、資料によれば家も故郷もない彼が、釈放されたら?。

「このアイルー飯食い放題昼寝自由の無料ホテルと比べたら、娑婆になんのメリットがある?」

 名前を呼ぶことさえ忌み嫌われ、今ではイニシャルしか知られていない彼だ。仮に家と故郷があっても、なんの後ろ盾にもならないだろうことは想像がついた。

 いや、それを利用する手もあるだろ?

「技術はあるじゃんか! どうせ名前も忘れられてんなら、『移籍してきた“凄腕ハンター”』ってことでやりなおせよ! 死ぬよりずっとましだろ?」

 二六年間の隔たりがあれば、髪型を変えたりヒゲを生やしたりしなくても十分やっていけるはずだ。腕がなまっていなければ、の話だが。

「めんどくせー」

 マーキがまたオレの方に向き直ったらしい音がする。

「オレはここを出る気なんてねえの。死刑ならそれでいいから、あと何日か分からんけど、ここでゆっくりに最期を――」

 ――と、言葉が途切れた。

 オレは先の言葉に反論していいのか分からない。

「なんだよ。どうした」

「なあ、そのクエストって、ガノス希少種の保護クエか?」

「ん? ……ああ」

 マーキがオレの持っているクエスト発注票を見ていると気付いた。

「そうそう。今回は珍しいクエストなんだぜ! なにせあの“水竜”ガノトトスの希少種を、保護しろってんだからな」

 上ずりそうになる言葉を押さえて、オレはクエストの要点を伝える。

 ガノトトスとは淡水や海水に生息する二〇メートル級の大型の高脅威動物で、その光沢のある鱗に透き通るようなヒレは武具の素材として人気があり、トロはモガと呼ばれる孤島の特産品としても名高い。その希少種――つまり“絶滅危惧種”や“準絶滅危惧種”は、数年前に一度の目撃証言があったものの、クエストとして発注されたのは今回が初めてだ。

 保護クエストの方はといえば、文字通りなんらかのターゲットを護ることが目的だ。ターゲットは主に人で、要人を特定のポイントまで護衛したり、討伐した“モンスター”の素材の運搬隊を警護したり、狩り場に取り残された一般人を助けたり、といったケースが大多数を占める。だが今回のように大型の“モンスター”を保護するケースは、数年に一度あるかないかの珍しいパターンだ。

 そんな偶然が重なっていれば、マーキが興味を示すのも無理ない。

 そんなことより、オレは少し安心していた。

 マーキとオレの距離は六メートル近くだが、彼は比較的大きく書かれた彼自身の名前だけじゃなく、ギルドガールが書いた几帳面で細かな字も読めているのだ。二六年間も暗闇に投獄されていてなお、“ハンター”としての視力は衰えていないらしい。

 それはつまり、暗闇の中で相応の訓練を続けているということに他ならない。彼は現役なのだ。

「……で、おい。どうしたよ」

 そのマーキが突然口を開かなくなり、闇の中に溶け込んだような錯覚に不安になる。

「まだ外のこと心配してんのか? 大丈夫だって、最初は大変でも慣れちまえば楽しいことの方が多いぜ。メシは美味いし、狩りは楽しいし、金はがっぽがっぽだし、逞しい女どもだっていくらでも――」

「――そうだな」

 がちゃり、と金属の音を立てて、空気が動いた。

「え、なに、なんだって?」

 マーキが立ち上がったらしい動作に、オレは鉄格子を揺する。

「付き合ってやるよ、お前のクエストに」

「マジか!? よっしゃあ!」

「おいおい、なんなんだ? そんなにオレとクエ行きたいのか? ホモかお前」

 思わぬ形で現れた問題を突破し、思わず両腕でガッツポーズをとっていたオレは、その発言にむせる。

「そういう意味じゃねえよ。ともかく、これで一件落着だぜ」

「まだクエストも始まってないだろうよ」

 石の床を足錠を引きずって、辛うじて差し込んだ光に人影が映る。

「あ、そうそう、お前のクエストだからな。発注票のトップはマーキ、リーダーはお前だぜ。頼む……ぜ……?」

 姿を現した犯罪者に、オレは口を開けてしまった。

 最初に現れたのは、腹だった。

 押せばめり込みそうなくらいに出っ張った腹が、しかしまったくたるみもせずにこちらに向かってくる。それは脂肪で詰め込んだハリボテじゃなく、押し固められた筋肉だと理解できた。

 そして全身が現れる。

 灯台牢に入り、彼と接触するまで、オレは“マーキ・パラオ”という未知なる人物に恐怖を抱いていた。接触してからは、その予想を大幅に裏切る態度に一転して失望し、あまつさえこの瞬間まで、牢獄に居座って死刑を選ぶ彼に、苛立ちと説得をぶつけてきた。

 後悔した。

 身長は一八〇センチ台なかばで“ハンター”としては標準的。だがその四肢だ。腕も脚もオレの胴体に匹敵する太さで、明らかにスピードとパワーのバランスを崩した肉体だ。港で働く腕っ節の強い連中でも、上腕に浮き出た筋肉と血管を見ただけで圧倒されるに違いない。

「頼めばいくらでも出てきたからな。メシだけは」

 オレの視線を見たか、マーキは顔の下半分を覆う長いヒゲをじょりじょりかいて、軽口を叩いた。

 オレも『そういえば“食べ放題”とか言ってたな』なんてのんきな連想をした。

 だがオレの意識は、彼の肉体に釘付けになっていた。

 三重の鉄格子と、岸壁と、海に閉じ込められた重犯罪者。

 三人の“モンスターハンター”を殺害し、大型“モンスター”を率いて三つの村落を壊滅させた、禁固八八年の刑で収容されている元“凄腕ハンター”。

 それに、オレの中のなにかが被さる。

 オレを抑えつけ、頭を垂れさせた大きな手のひらと、そそり立つ彼自身、オレの“恥”……。

 思わず頭を下げたくなった。

 さっきオレ、『オレにも事情がある』とか言ってたか?

「レシオって言うんだな。早く行こうぜ、腹減っちまったよ」

 正直なところ、そんなものかなぐり捨てて、ここから逃げ出したかった。

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