● 三頭目、移動中
身体は意識を無視した。
不安定だった姿勢をただし、頭を下、脚を上へ。
イキツギ藻を濃縮して詰めたマウスピースをポーチから出してくわえる。
水没林に来た時は、大体一度はやる、“エリア7”から“エリア6”への移動――飛び込み。
指先で水を裂くように着水し、その勢いを殺すことなく三〇メートルほど潜る。
マウスピースを噛み締めると、ブワッと空気が噴き出し、オレはその泡の中で一つ呼吸をする。
「クソ、マーキ……!」
自分の目の前で起こったことが、信じられなかった。
オレが見たのは間違いだ。勘違いか間違いだ。
だってマーキは最後に、『オレの勝ちだ』って言ってたじゃないか。
あそこまでが作戦なんだ。作戦なんだから、そんなわけないだろ?
オレが上に戻れば、マーキはピンピンしてて、ガノスだって――
――ふと、乱暴に落ちてくる膨大な水に、熱が混じるのが分かった。
なにかから膨大な熱が奪われ、崖の上で失われ、それが水に乗って流れてきた証拠……だ?
なんだよその推測。
じゃあ、じゃあまさか。
まさか――
――ぬう、と、濁った雨水の向こうで、白い岩石が揺らめくように動いた。
いや……違う。
白い甲殻を身にまとった“海竜”。
とぐろをほどいた姿は三〇メートル近く、翼を持たないそのシルエットは、“水竜”とは別の意味で、海の“モンスター”の代名詞となっている。
ラギアクルス、その亜種。
「やめろ……今はお前とヤり合ってる場合じゃねえんだよ!」
叫ぶが、当然伝わらない。
突然の獲物に、赤い目を輝かせたラギアは、頭頂の二本の角と、ヒゲのように張り出した左右の角を振り乱し、吠える。
たぶん、やはり流れてきた血の匂いに引かれて目を覚ましたんだろう。完全に餌を求める態度になってると思っていい。
血の匂い。
……誰の?
「クソ!」
思わず歯がみしたオレは、噴き出した空気を振り払って視界を確保する。
「いいぜ、でも甘くみるなよ。こちとら三年間ずっと、水中で狩りしてたんだからな!」
その言葉を嚆矢としたか、ラギアが、ぐん、と身体を縮め、身体をバネにして突進してきた。
オレは右手で片手剣を抜こうとして――
「あ、盾!」
――右腕に大盾があることに気付いて、咄嗟に回避を選んだ。
やばい、どう戦う?
右腕に盾がついてるんじゃ、剣を抜刀できないじゃねえか!
と、オレの身体が突然後方に引っ張られた。
「ごっぼああ!?」
思わず漏れる空気が前方に吹っ飛び、ラギアの背中に並ぶ二メートル近い長さに飛び出した甲殻にぶつかって散っていく。
振り返るとオレの装備のベルトに、ラギアの角が引っかかってる!
しまった、焦って回避の距離が足りなかったか!?
ラギアは餌を確保したことを知ってか知らずか、スピードを落とす気配はない。
オレはラギアの背中に引っかかったまま、暗い暗い水の穴へと、引きずり込まれて行く。