ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

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● オレのフィールド、オレの狩り

 ぼこり、とイキツギ藻のマウスピースから空気が漏れ、それが分厚く砂に覆われた水底から水面へと、立ち上っていく。

 オレはその気泡ごしに、獲物を見失って遊泳している白いラギアクルスを、じっと目で追っている。

 「水中と電気は深い関係にある」と、捨てられて風化しそうだった『月刊 狩りに生きる』で読んだことがあった。

 電気とは“電荷”というなんらかの力による現象らしい。正直なところ、オレには理解できてない。それが集まると雷になる、程度のイメージだ。現役“ハンター”のほとんどもそんな感じで、だからこそそんな特集記事が書かれたんだろう。

 だけどその力は確実に存在していて、たとえば“紅彩鳥”クルペッコ亜種の圧電体が放つ光だったり、“モンスター”の動きを封じるシビレ罠だったり、はたまた一部の武器だったりと、理解していようといまいと“ハンター”生活に無視できないレベルで関わっている……だそうだ。

 全身が痛い。

 指一本動かすたびに、身体の奥に食い込んでくる痛みに顔をしかめる。

 身体の色んな部分の感覚が希薄で、でも痛みだけはまっすぐオレの脳天を貫いてくる。電気で受けた傷は表面上目立たないけど、体内を流れた電気の経路の通りに深く深く傷を残すらしい。

 “ハンター”じゃないオレも、ずっとこの電気の力を利用してきた。

 基本的に社会生活からはぐれてきたオレは、食料は自分の手で狩猟採取することが多かった。水を確保するために川辺や海辺にキャンプして、魚と藻をメインに食べていたんだけど、もちろん釣り竿なんて持ち歩かなかったから、魚はクマみたいに素手で捕まえるしかない。“狗竜”の襲撃で壊滅した奉公先から父親の元へ向かう一〇歳前後のオレには難しく、仲間と共に食料不足で動けなくなることもしばしばあった。

 そんな時に、魚を釣ろうとするメラルーが雷光虫を使っているのを見かけた。オレが作ったすり下ろして団子にした釣餌には見向きもしないのに、連中が翅を縛った雷光虫を生きたまま水につけると、魚は面白いよいに誘き寄せていた。オレたちはメラルーに足元を見られて大枚を失いながらも雷光虫を入手し、なんとか生き延びることができたわけだ。

 ぼこり、とマウスピースの空気が水面を目指す。

 ラギアがその空気に目を向ける。

 水底を構成する人工的な石畳の隙間から生えた水生植物からも、ぽこぽこと泡が漏れてるのに。

 そこに誰かがいるのかと、疑っている。

 オレは極力身体を動かさないようにして、慎重に、ゆっくりと、口の中の空気を吐き出す。

 ガノスの密猟者になった後、雷光虫用の誘引剤を売ってくれた情報屋から事情を知った。雷光虫を使った漁は、市場に大量に並ぶ魚を漁師が捕らえるのと同じ手法だそうだ。

 一部の魚は電気に関する器官を持っていて、自ら発する微弱な電気で周囲の状況を探るらしい。濁っていたり光が届かなかったりする水中では、障害物や餌を判別するのに、視覚以外の感覚器官が必要になるそうだ。

 そして周囲を探る電気器官を著しく発達した生物は、それを違う方法に使用し始める。他の個体とのコミュニケーションと、攻撃だ。

(まったく……予想できたよな、これ)

 なにが手の内、って話だ。

 引きちぎれそうだった意識を繋ぎ止めたオレが、ラギアの視界から隠れるために砂の中を這い回り、掘り返して隠れたのは、わずか数十秒前のことだ。

 『レムオルニスナイフ』がオレの手にあったのは、幸運以外のなにものでもない。度重なる突進と雷はオレの身体を痛めつけたけど、反撃の手段も与えてくれたんだろう。

 だけどそいつを手に飛び出すことが愚行だと思える程に、オレは落ち着いていた。クエスト目標に対する焦りは、長年の狩り場である水中でいいようにあしらわれた現実に、すっかり鳴りを潜めていたからだ。

(闇雲に戦ってもしょうがねえ)

 そんな当たり前のことを今さら意識して、オレは呼吸をギリギリまで制限して、砂の下に潜む。

 空気を肺に溜め込むために押し下げた内臓で、突進で折れたアバラが痛んだ。

 そう、そうだった。

 ガノスと戦った時も、こんな風にいつも敗走してたんだっけな。

 マーキなんて“凄腕ハンター”と数時間狩りをして、桜色のレイアと正面切って立ち回ったお陰で、なんか気がでかくなってたけど、 一年前のオレはたった一人でそんな狩りをしてたんだ。

 そう考えたら、自然と冷静になれた。

 身体を波打たせたラギアが、オレの五メートルほど上にやってきても、顔面の半分以上を占める口に並ぶ牙を、立ち上る泡に向けても。

 ラギアにも間違いなく電気を感知する器官が、それも超高性能なヤツがある。放電現象と砂煙が完全に落ち着けば、どんなに隠れていてもオレの場所なんてピンポイントで見つけられるはずだ。

 きっと、オレの残り時間はそれよりもっと短い。

 でも、それがオレの狩りだ。

 この、身体を冷やす水と、鼓膜を圧迫する水と、酸素を遠ざける水と、視界を濁らせる水が、オレのフィールドだ。

 忘れてた。

 これでいいんだ。

 やられて、逃げて、隠れて、それで――

 ばつん、とラギアの口が砂をえぐり、平らな石畳に鋭い傷を残し、泡の発信源を引き裂いた。

 オレが岩の隙間に挟んでおいたマウスピースを。

 押し固められたイキツギ藻が粉砕し、溢れ出した大量の空気がラギアの頭を覆い、驚きに息を吸い込んだ音が水中に響く。

 ――最後にヤれりゃあいい!

 砂を振り払って飛び出し、目の前で立ち竦んだラギアの胸にとりつき、右手の剥ぎ取り用ナイフを厚皮の継ぎ目に突き刺した。

 パッと鮮血が水を染め上げ、ラギアが初めて悲鳴を漏らした。

 肺の中にある空気でフルパワーの狩りができるのは、残り三分程度。

(それまでに片付けてやる!)

 右腕に力を込め、皮を捲り上げるようにナイフを返すと、ぎちぎちと皮と筋肉の裂ける音がする。

 たまらずといった風に、ラギアの太い右腕が胸目がけて振られ、そのロアルと同じ反応にオレは口角を上げながらナイフを手放し、水を蹴って頭側に避ける。

 “双界の覇者”なんて言っても、結局こいつもただの“モンスター”か。

 目の前に現れたオレを狙う牙を、大盾を使った体重移動で身をひねって回避、逆に角に縛り付けたままのベルトを掴んで頭を蹴り、背中側に泳ぐ。

 追って振り返ったラギアが吠え、しかしターンして再度接近していたオレは白い頭部の下に入り込んで、岩石のように硬い顎の裏を蹴っている。

 こうやって張り付いていれば雷球は封じられるし、肉弾攻撃も水とラギアを活用した三次元機動で避けられる。埒を明けようと距離をとられない限り、オレのターンは続く。

 血を吐き出し続ける胸に戻り、剥ぎ取り用ナイフを勢いをつけて右手で引き抜き、厚皮の一部を引き剥がすと――

(終わりだ!)

 ――左手で抜いた『レムオルニスナイフ』を鮮血の中心に突き刺し、柄をぐっとひねった。

 刀身と水に洗われた筋肉の隙間から、水を濁らす赤い色に混じって細かな白い泡が溢れてくる。ナイフの素材である“眠狗竜”が吐き出すものと同じ、催眠性の液体が放出されたのだ。

 オレは片手剣を押し込むように柄を蹴り、催眠液から距離をとる。

 これで落ちてくれなきゃ、もう手はない。

 身体を引っ繰り返し、両腕を振り回していたラギアは、やがて散漫になっていく痛みを不思議がるように、ラギアは身体を不自然に震わせた。

(……よし、いい子だぜ)

 肺の中に残った空気を軽く吐いて、自分の立ち回りを思い起こし、満足した。

 あとはその辺でオレの狩りを見てるアイルーを呼んで、タル爆弾でも持ってきてもらおう。それで顔面――は硬いから首筋でも爆破すればいい。

 それでオレの勝ちだ。

 水を蹴って水面を目指し、ふとラギアの顔を見て……目が合った。

 そこに残された、怒りを孕む理性の光と目が合った。

 まだ起きてるのか?

 身体が大きいから、睡眠液の効きが悪いのか?

 いや、問題ない、遅かれ早かれ寝るはず――

 ――ぐぐぐ、とラギアが身体を丸め、小刻みに震え始める。

 背中から突き出した甲殻の間に、青白い光が走り、気泡が弾ける。

 あれが、雷を生み出す電気器官……背電殻か?

 そう思った時、ラギアが身体を思い切り伸ばした。

 尻尾の先端が水底の砂を弾き、顔面が水面から飛び出す。

 背電殻を中心として、青白い雷が一斉に走る。

(指向性をもたない、自由放電か!?)

 それだけじゃない、各所で爆発的な雷光が連発している。

 水中の不純物に放電して、それを爆発させてるのか?

 雷球なんか比較にならない出力じゃねえか……!

(クソッ! なんつうランディープな野郎だ――)

 ――そこまで考えて、目の前が真っ白になった。

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