ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

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12.水没林・エリア7
● 水没林の桜 ― その結果


 たくさんの轍が刻まれた山道を登り切り、“エリア7”に辿り着いた時、オレの身体は酸欠に近い状態になっていた。

 それでも、最後のカーブの崖に数秒間だけ背中を預け、それだけで行動を再開する。

 マーキとガノトトス希少種はきっとここにいるんだ。

 レイアを討伐したマーキも、外敵がいなくなってのんびりしているガノスも。

 顎を上げて、雨だか汗だか分からない液体で顔を濡らして、オレは“エリア7”に入った。

 誰もいなかった。

「……なんだ?」

 数時間前に投げ捨てたバックパックを拾い上げ、背負い直す。

 周囲に注意を配ることも忘れて、流れる水に逆らって、崖の方へと歩く。

 “エリア6”へと落ちていく二つの滝に挟まれた、泥の固まった地面へと。

 マーキが勝利宣言をして、小タル爆弾を爆破させて、決着がついた場所へと。

 もうずいぶん前のことのように思える。

 桜色のレイアの死骸はなかった。

 息が荒くなる。

 おかしい。

 今頃ここには、マーキや大勢のアイルーに解体された、“陸の女王”の死骸があるはずだろ?

 それをガノスがつついて、マーキも持ち帰る肉を剥いで、オレを待っててくれてるはずだろ?

 オレは二人と合流して、『腹減った』ってぶーたれながらベースキャンプまで戻るはずだろ?

 それであのブチ柄アイルーに焼いてもらったレイア肉で、ちょっと早い夕食にするはずだろ?

 どういうことなんだ?

 場所を間違えたのか?

 いや、痕跡はまだ至るところにある。七色に光を反射する油の残された地面、焦げた下生えや焼け落ちた木の枝、煤や灰の湿った匂い、そして……。

 血と肉の気配。

 反射的に、数時間前の光景が思い浮かぶ。

 切断された左腕。

 貫通した授乳器。

 咄嗟に口を押さえた。

 膝を折って、地面に片手をつく。

 なにも出ない。胃液さえ出ない。

 体力の低下はダメだ、とオレが食い止めている。

 えずきを押さえ込んで、瞼を強く閉じて――

 ――瞼を開けた時、その方向を見ていた。

 視界には、最初から入ってた。

 水流からはみ出した、“水竜”の鱗を繋ぎ合わせた防具が。

「ああ」

 這いつくばって動き出し、立ち上がり、泥をこするように川に入り、流れに負けたくなる身体を引き摺って進む。

 マーキは横たわっていた。

 “エリア7”の北側を流れる川の中程、川底で光を反射する大小様々な鱗の真ん中で。

 下顎から腿の上側まで、身体の半分を失い、アバラと背骨を晒して。

 左腕は上腕の途中から切断されて、右手首は爆風の焦げ跡を見せて。

 血を抜かれた桜色の筋肉が、ただ、濁った水の下で揺らめいている。

 そうだろうな、と思っていた姿だった。

 今度は平静だった。

「ああ」

 オレは顔を上げ、再度周囲を見回す。

 ちょうど遠くの方で、三〇人くらいのアイルーが荷車を引いて、あるいは押していた。

 山道にたくさんの轍を残した原因だろう、大きな荷車に載っているのは、長さ一五メートルはある大きな脚。

 魚類に近い鱗に覆われた、太くて逞しい、ガノトトス希少種の脚だ。

 マーキへ目を戻し、彼の周りに残された大きな鱗の一枚を拾い上げる。

 元は油に濡れていた鈍色の鱗は、強力な力で噛み砕かれ、今は無残な切断面を晒すだけだ。

 そうか、お前はレイアに食われて、解体されたんだな。

 だからマーキは、内蔵を食われるだけで済んだんだのか。

 でも、マーキのトレードマークだったヒゲは、ほぼ完全になくなっている。

 半開きの目と鼻筋だけじゃ、その面影を思い出すのも難しい。

 口がないから表情も分からない。

 彼が負けた瞬間、どんな感情を覚えていたのか、分からない。

 負けた?

 負けたのか。

「負けたのか、お前らも」

 二人に対してもその言葉を呟き、顎をあげた。

 曇天から落ちる雨にオレの汗が混じった液体が、顔を濡らす。

 クエストのキーマンだったマーキ・パラオは死んだ。

 保護対象のガノトトス希少種も食われた。

 あの炎に包まれた水没林で、オレが先走ったせいで。

 クエストは失敗。

 つまり、オレは死刑だ。

 アイルーから失敗の報告が届き次第、ギルドの連中がやってきて、オレは処刑される。

 でも、なんだかその事実は、とても遠くに感じられていた。

 父親みたいな仲間と、大きくて熱い奇妙な連れが、永遠に失われた。

 それがこの現実に、蓋をしている。

 どう感じていいのか、分からない。

 愛人との密会をオレに目撃された父親が、二人一緒に心中した時、なにを思った?

 オレを匿い“仕事”を斡旋してくれた男が、がさ入れに来た警官に殺された時は?

 オレの行動が誰かに死をもたらした時、オレはなにを感じていた?

 “恥”。

 今オレは、それを感じているのか?

 分からない、でも――

「ああ」

 ――雨だか汗だか分からない液体に、たぶん、もう一種類の液体を混ぜて、オレはまだ曇天を見上げている。

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