ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

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● 犯人は誰だ?

 ガノトトス希少種の遺骸が運び出されてから、ずいぶん経った。

 ずいぶん? 一五分くらいかもしれない。

 アイルーが去った“エリア7”は滝の水音しか聞こえない。炎から逃れた桜の林の中に、小型の低脅威動物であるケルビが戻って来さえしている。山火事になりかけたところによくも平気で、と思ったけど、そんなことを気にしていたら、こんな大型の“モンスター”がいる環境では生きていけないのかもしれない。

「……腹減ったな」

 オレも、こんなところで棒立ちしてたら、きっと生きていけない。

 食事をしたのは一〇時頃で、それからもう四時間は経ってる。腹が減るわけだ。

 オレは改めてバックパックを開いて中身をチェックするが、やはり食料はなにもない。マーキのバックパックは“エリア1”へと通じる山道の方にあるだろうが、状況は同じはずだ。

 なら、狩るしかないか。

 オレは木々の間で下生えの隙間をつつくケルビに目を向け、右手で剥ぎ取り用のナイフを抜き――前腕に固定されたままの大盾を見た。

「メシにするか? マーキ。アイルーにも頼んでるしな」

 ああ、そんな話したの、もう何日も前みたいだ。

 オレは少し考えてナイフを仕舞い、彼のランスを探した。

 『アクアンスピア』は、彼の反対側、南側の川を飛び越した“エリア外”のところに転がっていた。

 切っ先を下にして持ち上げたら、先端からバチャバチャと水が流れてきて、慌てて上に向ける。

 鋭く研ぎ澄ました四つ叉の切っ先の根本に、小さくない穴があった。どうやら水を注入しておくことで、切っ先とその叉に張られたヒレ状パーツに水が巡り続ける仕組みになっているらしい。

 水面から僅かに見えるマーキを一瞥してから、オレはそのランスを左手で構える。

 ……重い。

 右腕に装着した骨とヒレで構成された大盾とは、質の違う重さだ。

 三メートル近い柄は細いが、ガノスの牙や鱗のベースを鉄で補強されていて、単純に見た目以上に重い。でもそれより、バランスをとるのが難しいのだ。ハンドガードと末端の石突はあるものの、二メートルほど先の切っ先の少し後ろに重心あるランスを手と腕で支え続けるのは、並大抵の力じゃないぞ。

 これがガノスを受け継いだヤツが耐えるべき、重さか。

 そう感じながらも、抜刀して林の方へ向かう。

 最後のメシを狩りに。

「メシか……」

 結局あの男の言ってたものは、予想通り、オレのものにはならなかった。

 ずっと誰かの食いものにされてきたオレが、手に入れたかった、“自由”は。

 “恥”まみれのオレには、分不相応だったのかもしれない。

 なら、分相応のもので満足しようぜ。

 あのガノスを狩ってた密猟生活で食った色んなメシだけは、オレだけのものだったはずだ。

 なら最後に、ギルドの連中がゼッパーとやらで飛んでくるその前に、オレは“オレのもの”を手にしたっていいだろ?

 ケルビがオレに気付いた。

 まだ三〇メートル以上は離れてるのにだ。こいつらがどれだけ“誰かのもの”にされながら生きてきたのかが分かる。

 雌の個体は大型“モンスター”から逃げたオレたちみたいに山へと逃げていき、逆に雄はオレに向かってくる。もちろん戦うためじゃない、体高一メートル程度の草食動物は、雌を逃がすために、だけど自分も死なないように、捕食者を翻弄するように軽いステップで立ち向かってくるんだ。

 その動きを読めないオレじゃない。

 着地する位置、木の生え方、逃走へ転ずるルートを目算に入れて、重いランスを手に位置を調節する。背中には片手剣用のホルダしかないから、納刀はできないが、ゆっくりと確実に。

 ケルビは林と河原の境界を縫うように移動し、折り返してさらにステップを踏み、そこにオレがいる。

 狙い通り、左手で握るランスの切っ先を下げ、まっすぐ突き出し――

「えっ?」

 ――切っ先が地面に突き刺さり、オレはランスを手放して前のめりに転ぶ。

 ケルビはその脇を蹴って去っていく。

「あ、おい待てオレの肉!」

 てん、てん、と身軽な動作で飛び跳ねた後、ケルビは立ち止まり、オレを振り返った。そして再度ステップを始める。今度はさっきよりずっと、ギリギリの距離を攻めて。

 オレの脅威レベルを下げたのか?

 油断してやがれ、それがお前の死因だ。

 取り落としたランスを掴み、わざわざオレの攻撃範囲の間際まで接近したケルビに、突きを一閃――

 ――またもランスに身体を持っていかれ、両腕を前方に投げ出して顔面から泥に突っ込む。

 声も出ない。

 下手に動けばすぐにバランスを崩しちまう。

 顔を上げると、ケルビは一五メートルほど離れたところにいた。もうオレを見ていない。

「……そうかよ」

 舌打ち混じりにランスを持ち上げようとして、左腕に筋肉痛の前兆を感じる。

 顎を上げて構え直し、今度は逃げる気配もなくやってくるケルビのタイミングに合わせて、ランスを薙ぎ払うように右から振る。

 いや、振ってみようとした。

 切っ先を右に持って行った時点で右足が重心移動に耐えきれず、滑って木の幹に激突した。

 脇腹を押さえて顔をあげると、ケルビはもう細い脚で山道を上っていくところだった。

「オレの肉……」

 メシさえも、オレのものじゃなくなるのか。

 そう思うと、途端に身体の力が抜けた。

 なんだってんだ。

 マーキが何回も何回も繰り返してた、ただの基本動作だぞ。

 派手なアクションじゃない、ただの突きだ。

 狙って、突いて、引くだけ。

 それだけなのに、なんでできない。

 あいつくらいの腕力がないと、“ハンター”の武具は扱えないのか?

 あいつくらいの腕前がないと、ガノトトスの命を受け継げないのか?

 所詮オレには、“ハンター”なんて無理だったのか。

 こんなんじゃ、どんな“モンスター”が相手だって、“乙”ってあのアイルーたちに助けられるのが関の山――

「――え?」

 そこまで考えて、やっと気付いた。

 ランスを置いて何とか起き上がり、滝の方を見る。

 水に浸かったままの、マーキを見る。

 助けられるだけ?

「……アキュート」

 呟くように、さっきの猫型亜人の名前を口にする。

「ここにいるニャ!」

 北側の林でガサッと物音がして、銀色のアイルーが飛び出してきた。ケルビが逃げていった林の中からも、金色のアイルーが歩いてくる。やっぱり近くにいたのか。

「もー、ろくにご飯も食べないで無理するからニャ! お腹がすいたらこれ! 一ビンで五時間は元気! 元気ドリンコ一本五〇ゼニーですにゃ! もちろんレシオが『がっつり食べたい』っていうなら――」

 ――金色が蹴りを入れようとする前に、オレは銀色を泥の上に引き倒した。

「な、なんニャ! ボクは非売品ニャ!」

「アキュート、お前らの仕事は、クエストに来た“ハンター”を助けることだって言ってたよな」

「い、言ったのはグラーヴェだけど、そうだニャ!」

 金色のグラーヴェは、黙ったままオレを見ている。

「ならなんで、マーキは死んだ?」

 ラギアの放電で意識を失ったオレが、食い殺されも溺死もしなかったのは、こいつらに助けられたからだ。クエストの“三乙制”に従って、行動不能に陥ったハンターを助けるレスキューアイルーが、オレを助けたからだ。

 ならマーキも助けられたはずだ。こいつらなら、マーキが左腕を失う直前にあいつを助けられたはずだ。

「お前らがオレを助けたみたいに! ここでマーキを助けてたら、あいつは死なねえですんだんだぞ!」

「い、痛いニャー……!」

「あいつが助かってりゃ、ガノスも食われねえですんだ! こんな状況にはなんなかったんだ! なのになんで、オレは助けた! マーキは助けなかった!」

 気付けば、オレは抜いた剥ぎ取り用ナイフをアキュートの首筋に当てていた。

「ぼ、暴力反対ニャ!」

「言わねえなら、お前が生きてても死んでても関係ねえんだぜ……!」

「ひ、ひい――」

「――シスの旦那様の指示でしたニャ」

 グラーヴェの言葉に、オレは左耳に神経を集中させる。

「い、言っちゃダメニャ! せっかくいつもの三倍ももらってるのに――」

 ナイフが首筋の肉の弾力を感じ、銀色の切れた毛が雨に散る。

「――うるせえぞ」

「あ、あニャニャニャ!!」

「このクエストの担当してる、ギルドの人ですニャ。レシオ様も会ってるはずですニャ」

 金色アイルーは言い訳をせず、情報だけを口にした。賢明な態度だ。

 そしてその発言で理解した。

「……あのピンク毛の竜人野郎か」

 『本心から言えばね、ボクは君たちを釈放することには反対なんだ』

 『事情はどうあれ君たちがやってきたことは犯罪行為で、ボクにはそれが許せない』

 『目的のために犯罪者さえ使おうとするギルドのやり方も、納得できるわけがない』

 だからかよ。

「だからかよ!」

 あいつの激昂の理由は、結局分かってない。

 だけど、でも、それがマーキを死に追いやった理由か。

 オレがラギア戦で死ななかったってことは、あの男――シスはマーキに対して個人的な恨みを抱いていたってことだ。マーキを送り込むクエストが発注されることを知ったシスは、レスキューアイルーに金を握らせ、“乙”らせずに死なせた。

 いや、殺した。

 耳の中に、ごう、と血の巡る音が響く。

 目の前が明滅し、渦巻く感情が抑えられなくなる。

 あいつがこのクエストの担当だっていうなら、失敗したオレを拘束する時に必ず姿を見せるはずだ。

「殺してやる」

 マーキを殺すお膳立てをしたあいつを、オレがそこで、殺してやる。

 アキュートを締め上げる手に力がこもる。

 ナイフに身を縮こませながらも、オレを見上げるアキュートと目が合う。

 目の中にある、オレが見える。

「でも最後のトリガーを引いたのは、お前だろ?」

 そいつが言った。

 誰が?

 レシオが? シェイムか?

 腕から力が抜けるのが分かった。

 アイルーが助けなかった。シスがそう指示した。それはそうなんだろう。

 だけど、その状況を作り出したのは、オレなのか。

 やっぱりオレ――なんだよな。

 『食われるぜ』

 ぽつん、と一人残された身体に、いつか言われて食い込んだままの言葉が痛む。

 身体が震える。

 なにも変わらなかった。

 ガノスから受け継いだ命は、オレの恥を雪いでくれなかった。

 いや、“レシオ”なんてレッテルじゃ、なにも受け継げてなかった。

 食われに食われ、挙げ句誰かを死に追いやる、産まれたままのオレだった。

 “モンスターハンター”にも、“凄腕ハンター”にも、結局なれなかったのか。

 眉間に皺が刻まれ、気付けば咆哮が漏れている。

 拘束を解かれた銀色は、オレの下で震えている。

 金色は視界の隅で動かず、オレを見つめている。

 感情が逆巻く。

 乾いた目が、咆哮に震える世界を見る。

 そこに落ちてくる桜の花びらを見る。

 ランスを手に取り、花びらめがけて突く。

 空気が揺らぎ、花びらが舞い、オレは転ぶ。

 また何枚かの花びらが落ちる。

 桜じゃない、名前も知らない花びら。

 突く、当たらない。

「チクショウ!」

 “モンスター”の甲殻の隙間は、こんな花びらよりずっと小さいんだぞ!

 こんなんで、誰と戦えるって言うんだよ!

 花びらは各々の色を泥に透かせて、二度と注目されない汚れになる。

 泥だらけの革のスーツを草の汁まみれにして、左腕の持ち上がらなくなったオレみたいに。

 でも、立ち上がらずにはいられない。

 オレはどうすればいい?

 復讐したいのか?

 誰に? レイアに? シスに? レシオに?

 どうやって?

 精算したいのか?

 何を? 死を? 責任を? “恥”を?

 どうやって?

 この感情の鍵を開けたのは誰だ?

 どうすればいいんだ!

 そんなの知るか!

 誰も知ってるわけねえ!

 分不相応も分相応も関係あるか!

 オレはどうしたいんだ!

 答えろよシェイム・ダウン!

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