ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

29 / 45
13.ベースキャンプ
● 敗走して


「お帰りなさいですニャー!」

 雨水の流れる崖に囲まれたベースキャンプに戻ってくると、桃色毛に赤ブチ柄のアイルーが、両脚でとことこと走ってきた。

「遅かったですニャ! 肉焼きキットの整備は完璧ですニャ! 今なら最高の焼き加減をお届けできますニャー!」

 オレは片手を挙げて、彼に答える。

「それがお肉ですニャ!? 大量だニャー!」

 赤ブチアイルーが、オレの後ろからついてくる荷車に気付き、かけられたテント布の盛り上がりを見て飛び跳ねた。

「早速ご飯に致しますニャ? 部位はどこから焼かせて頂くニャ?」

「それはメシじゃない」

「ニャ? じゃあお肉はどこですニャ? 携帯食料がご所望ニャ? 私の腕を持ってすれば、いかに不味い不味いと言われるクズ肉でも――ニャ?」

 オレが対応しないでいると、赤ブチアイルーは首を傾げて言葉を切った。そのまま黙っててくれれば、言うことはないんだが――

「レシオさんはお疲れですニャ? ……そういえば、マーキさんはどこですニャ?」

 ――やはり、そこにいくか。

「遅れてますニャ? じゃあご飯の時間は後にして、お疲れのレシオさんは先にお休みしますニャ?」

「いや、そうじゃない」

「ニャ? マーキさんはあのガノスさんと別行動中ですニャ? じゃあマーキさんの分は出張肉焼きサービスさせて頂くニャ!」

 言わなきゃ解放されそうにないな。

 間断のない言葉に疲れたオレは、大きく溜息をついて、荷車を押しているアイルーに目を向けた。

「アキュート、見せろ。グラーヴェ、説明しろ」

 荷車を無言で押していた二人のうち、銀色アイルーがテント布をはいだ。

 赤ブチアイルーが息を呑む声が聞こえる。

「パティ、マーキ様は亡くなりましたニャ」

 金色アイルーが端的に伝えた。

 いかにも重そうだったマーキは、今や“半分くらい”になっていた。腕や脚はそのままだけど、でっぷりした腹にはなにもない。腹をえぐり取った傷は、“エリア1”で死んでいたルドロスと同じ、レイアの牙だ。絶命した獲物の腹を破り内臓を食べる性質は、一部の肉食動物と同じらしい。

 納刀できない『アクアンスピア』はバックパックと共に荷車の上で、持ち主に寄り添うように縛り付けられていた。

 浸食されて屋根のように張り出す形となった岩盤の下、更に雨を避けるための屋根を備えて敷設されたベースキャンプで、マーキは焚火のそばで荷車から降ろされた。あの巨躯がたった二人のアイルーの手でベッドに横たえられる様は、割りとショックだった。

 赤ブチアイルー――パティは、岩盤から流れ落ちてくる雨水の飛沫を浴びてることも気にとめず、その様子を呆然と眺めた。そして戻ってきた金銀アイルーに首を傾げる。

「なんでニャ? おかしいニャ。なんで君たちレスキューアイルーがいるのに、死人が出るニャ?」

 さすがアイルー、オレと違って即座にその問題に到達した。

「しょ、しょーがなかったニャ! あれはボクらのせいじゃないニャ!」

「だって私がサプライアイルーになってから五年経つけど、死んだ人なんていなかったニャ」

「そんなことボクだって分かってるニャ! でも死んじゃったからしょーがないニャ!」

「しょーがないってなんニャ!」

 赤ブチアイルーが大声を上げ、銀色アイルーに掴みかかった。

「なんのためにみんな、高いお金払って君たちを訓練させてると思ってるニャ! “ハンター”が死んじゃったら私たちどうにもできないニャ!」

「ボクらに言われたって困るニャ! やることちゃんとやったニャー!」

「やったんなら死んでるわけないって言ってるんニャ!」

 ああ、もう。

 雨水を避けて乾いた土の上でゴロゴロ転がる二人を、オレは摘み上げて引き剥がした。

「なにするですニャ! まだこの銀バカには言いたいことがあるんですニャ!」

「銀バカとはなんニャこのお肉猫!」

「オレのせいだ」

 オレが言うと、パティは目をパチクリさせる。

「オレがヘマしたせいだ。それで死んだ。マーキは」

 こいつらのせいじゃない、とは言えない。それでも、今のオレには、それが事実なんだ。

「で、でも――」

「――パティ。ボクらはギルドに指示された仕事を、正直にこなしましたニャ。それで死者が出たのですニャ。誰も悪くないですニャ」

 グラーヴェが遮って、たぶんオレに対して言った。

 パティはやっと矛を収めた。

「でもでも……あとで支給品取りに来るって、言ってくれたニャ……」

 赤いブチ柄の毛並みをしゅんと項垂れさせて、シクシクと泣き始めた。

 グラーヴェはその頭を撫で、アキュートも少し戸惑った後、背中をポンポン叩いている。

 オレは……蚊帳の外だ。

 パティも、オレを責めなかった。

 オレが悪いって言ったのに、そこを追求せず、自分たちの輪に戻ってしまった。

 金銀アイルーの方もそうだ。誰もオレを責めることなく、オレが落ち着いたあとは、黙ってマーキを運ぶのを手伝ってくれただけだった。

 家を出る前の一六年間なら、オレは無関係でも問題の中心に立たされていたのに、今は完全な傍観者。

 慰めに加わればいいのか、改めて謝ればいいのか、分からない。

 責めてくれれば、どんな罰でも受けるし、どんな責任でも負うのに。

 手持ち無沙汰で、落ち着かないんだ。

 結局オレは、マーキの横たえられた、横に四つ並んだベッドに向かう。

「ど……どこ行きますニャ?」

 湿っぽい声がオレに言う。

「寝る。ギルドの連中が来るまで」

「ご飯はどうしますニャ?」

 と、ぐしぐし顔を拭ったパティが、精一杯といった口調で明るく言った。

「携帯食料焼きますニャ? 肉焼きキットの調子は万全ですニャ。今までにない完璧なこんがり肉を提供致すニャ!」

「食欲がねえんだ」

「ダメですニャ! 食べる気がしなくても食べなきゃダメですニャ!」

「いいだろ別に。適当に寝て、腹が減ったら起きて食うって。放っとけよ」

「ク、クエストはどうしますニャ! レイア亜種とラギア亜種を討伐して、水没林の安全を確保しなきゃですニャ!」

「だから――」

(――保護対象のガノスが死んじまったら、そんなこと意味ねえだろ!)

 爆発しそうな頭を抑えつけて、オレは深呼吸を繰り返す。

 ベッドの、半分のマーキを睨み付けたまま。

「オレ一人じゃ無理だ。武器はねえ、技能もねえ、ランスもまともに扱えねえ。マーキが一緒だってレイアには負けたし、ラギアにも一対一じゃもう負けることは分かってんだ。このままオレが出てったって、アキュートとグラーヴェにクエスト報酬の残りをたんまりやるだけだぜ」

「そんなことないですニャ、シスの旦那は『今回は現世代最高の“凄腕ハンター”を寄越す』って仰ったニャ。マーキさんはやられちゃったけど、レシオさんはまだ戦えるはずですニャ……!」

 なんだそりゃ。

 また買いかぶりを。

 たとえガノトトス希少種が生きていたって、オレは『どこかに隠れててくれ』としか言えない“ヘボハンター”なんだぜ。

 パティはまだオレになにか言っていたけど、オレは無視して横になった。

 少しして、またすすり泣きが聞こえてきた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。