● 敗走して
「お帰りなさいですニャー!」
雨水の流れる崖に囲まれたベースキャンプに戻ってくると、桃色毛に赤ブチ柄のアイルーが、両脚でとことこと走ってきた。
「遅かったですニャ! 肉焼きキットの整備は完璧ですニャ! 今なら最高の焼き加減をお届けできますニャー!」
オレは片手を挙げて、彼に答える。
「それがお肉ですニャ!? 大量だニャー!」
赤ブチアイルーが、オレの後ろからついてくる荷車に気付き、かけられたテント布の盛り上がりを見て飛び跳ねた。
「早速ご飯に致しますニャ? 部位はどこから焼かせて頂くニャ?」
「それはメシじゃない」
「ニャ? じゃあお肉はどこですニャ? 携帯食料がご所望ニャ? 私の腕を持ってすれば、いかに不味い不味いと言われるクズ肉でも――ニャ?」
オレが対応しないでいると、赤ブチアイルーは首を傾げて言葉を切った。そのまま黙っててくれれば、言うことはないんだが――
「レシオさんはお疲れですニャ? ……そういえば、マーキさんはどこですニャ?」
――やはり、そこにいくか。
「遅れてますニャ? じゃあご飯の時間は後にして、お疲れのレシオさんは先にお休みしますニャ?」
「いや、そうじゃない」
「ニャ? マーキさんはあのガノスさんと別行動中ですニャ? じゃあマーキさんの分は出張肉焼きサービスさせて頂くニャ!」
言わなきゃ解放されそうにないな。
間断のない言葉に疲れたオレは、大きく溜息をついて、荷車を押しているアイルーに目を向けた。
「アキュート、見せろ。グラーヴェ、説明しろ」
荷車を無言で押していた二人のうち、銀色アイルーがテント布をはいだ。
赤ブチアイルーが息を呑む声が聞こえる。
「パティ、マーキ様は亡くなりましたニャ」
金色アイルーが端的に伝えた。
いかにも重そうだったマーキは、今や“半分くらい”になっていた。腕や脚はそのままだけど、でっぷりした腹にはなにもない。腹をえぐり取った傷は、“エリア1”で死んでいたルドロスと同じ、レイアの牙だ。絶命した獲物の腹を破り内臓を食べる性質は、一部の肉食動物と同じらしい。
納刀できない『アクアンスピア』はバックパックと共に荷車の上で、持ち主に寄り添うように縛り付けられていた。
浸食されて屋根のように張り出す形となった岩盤の下、更に雨を避けるための屋根を備えて敷設されたベースキャンプで、マーキは焚火のそばで荷車から降ろされた。あの巨躯がたった二人のアイルーの手でベッドに横たえられる様は、割りとショックだった。
赤ブチアイルー――パティは、岩盤から流れ落ちてくる雨水の飛沫を浴びてることも気にとめず、その様子を呆然と眺めた。そして戻ってきた金銀アイルーに首を傾げる。
「なんでニャ? おかしいニャ。なんで君たちレスキューアイルーがいるのに、死人が出るニャ?」
さすがアイルー、オレと違って即座にその問題に到達した。
「しょ、しょーがなかったニャ! あれはボクらのせいじゃないニャ!」
「だって私がサプライアイルーになってから五年経つけど、死んだ人なんていなかったニャ」
「そんなことボクだって分かってるニャ! でも死んじゃったからしょーがないニャ!」
「しょーがないってなんニャ!」
赤ブチアイルーが大声を上げ、銀色アイルーに掴みかかった。
「なんのためにみんな、高いお金払って君たちを訓練させてると思ってるニャ! “ハンター”が死んじゃったら私たちどうにもできないニャ!」
「ボクらに言われたって困るニャ! やることちゃんとやったニャー!」
「やったんなら死んでるわけないって言ってるんニャ!」
ああ、もう。
雨水を避けて乾いた土の上でゴロゴロ転がる二人を、オレは摘み上げて引き剥がした。
「なにするですニャ! まだこの銀バカには言いたいことがあるんですニャ!」
「銀バカとはなんニャこのお肉猫!」
「オレのせいだ」
オレが言うと、パティは目をパチクリさせる。
「オレがヘマしたせいだ。それで死んだ。マーキは」
こいつらのせいじゃない、とは言えない。それでも、今のオレには、それが事実なんだ。
「で、でも――」
「――パティ。ボクらはギルドに指示された仕事を、正直にこなしましたニャ。それで死者が出たのですニャ。誰も悪くないですニャ」
グラーヴェが遮って、たぶんオレに対して言った。
パティはやっと矛を収めた。
「でもでも……あとで支給品取りに来るって、言ってくれたニャ……」
赤いブチ柄の毛並みをしゅんと項垂れさせて、シクシクと泣き始めた。
グラーヴェはその頭を撫で、アキュートも少し戸惑った後、背中をポンポン叩いている。
オレは……蚊帳の外だ。
パティも、オレを責めなかった。
オレが悪いって言ったのに、そこを追求せず、自分たちの輪に戻ってしまった。
金銀アイルーの方もそうだ。誰もオレを責めることなく、オレが落ち着いたあとは、黙ってマーキを運ぶのを手伝ってくれただけだった。
家を出る前の一六年間なら、オレは無関係でも問題の中心に立たされていたのに、今は完全な傍観者。
慰めに加わればいいのか、改めて謝ればいいのか、分からない。
責めてくれれば、どんな罰でも受けるし、どんな責任でも負うのに。
手持ち無沙汰で、落ち着かないんだ。
結局オレは、マーキの横たえられた、横に四つ並んだベッドに向かう。
「ど……どこ行きますニャ?」
湿っぽい声がオレに言う。
「寝る。ギルドの連中が来るまで」
「ご飯はどうしますニャ?」
と、ぐしぐし顔を拭ったパティが、精一杯といった口調で明るく言った。
「携帯食料焼きますニャ? 肉焼きキットの調子は万全ですニャ。今までにない完璧なこんがり肉を提供致すニャ!」
「食欲がねえんだ」
「ダメですニャ! 食べる気がしなくても食べなきゃダメですニャ!」
「いいだろ別に。適当に寝て、腹が減ったら起きて食うって。放っとけよ」
「ク、クエストはどうしますニャ! レイア亜種とラギア亜種を討伐して、水没林の安全を確保しなきゃですニャ!」
「だから――」
(――保護対象のガノスが死んじまったら、そんなこと意味ねえだろ!)
爆発しそうな頭を抑えつけて、オレは深呼吸を繰り返す。
ベッドの、半分のマーキを睨み付けたまま。
「オレ一人じゃ無理だ。武器はねえ、技能もねえ、ランスもまともに扱えねえ。マーキが一緒だってレイアには負けたし、ラギアにも一対一じゃもう負けることは分かってんだ。このままオレが出てったって、アキュートとグラーヴェにクエスト報酬の残りをたんまりやるだけだぜ」
「そんなことないですニャ、シスの旦那は『今回は現世代最高の“凄腕ハンター”を寄越す』って仰ったニャ。マーキさんはやられちゃったけど、レシオさんはまだ戦えるはずですニャ……!」
なんだそりゃ。
また買いかぶりを。
たとえガノトトス希少種が生きていたって、オレは『どこかに隠れててくれ』としか言えない“ヘボハンター”なんだぜ。
パティはまだオレになにか言っていたけど、オレは無視して横になった。
少しして、またすすり泣きが聞こえてきた。