ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

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● “恥”

 ――気付けば日は遠ざかり、焚き火の方が明るくなっていた。

 雨はすっかりやんでいて、太陽を振り払った夜闇が星を瞬かせ始めつつある。

「はあ……」

 息を抜き、オレはランスを下げた。

「やったニャ! カッコいいニャ! もうランスを使いこなせるなんて、さすが“凄腕ハンター”レシオニャ! ほらパティも元気だすニャ! これでレイアもラギアもけちょんけちょんニャー!」

 知ってか知らずか、アキュートは妙にオレの感情をくすぐる言い方をした。

 手のひらの負荷は、マーキの左手と似た状態に近い。使い方はこれでいいはずだ。

 でも――

「いや、そんなことは……ねえな……」

 ――ランスを置いて座り込んだオレは汗だくで、完全に息が上がっていた。

 ただの基本的な攻撃で、だ。

「クソ……」

 左前腕の外側を触る。まだ緊張したままの筋肉は、雨水を蒸発させそうなくらいの熱をもっていた。“モンスター”相手に立ち回るには、マッサージして少し休ませる必要があるけど、それでも一五分が限界だろう。

 左手はずっと盾しか扱ってなかったから、筋肉の付き方がおかしいのかもしれない。右手に持ち替えようにも、大盾の重量バランスと固定具は右腕用だし、そもそもランスの立ち回り自体はもう左腕で慣れつつあるのだ。

 それにオレは、“ハンター”を――“モンスターハンター”を目指すって決めたんだから、マーキの武器を使うのに、『ハンターになるなら盾は右手で使え』を破れるわけもない。

 どっちにしても、今日明日の訓練で、まともに戦えるようになるのは無理だ。

 ……無理か。

 ランスを静かに地面に置くと、銀色のアキュートが景気よく手をパンパンと叩く。

「お疲れなレシオにはこれニャ! 強走薬ニャ! 一ビンで三〇分は全力疾走ができるすぐれもの、一本五〇〇ゼニーのところを、今ならたったの二五〇ゼニーニャ!」

「ただし、その後一時間は行動不能、だろ? 二年前メラルーから買って、その後身ぐるみ剥がされたぜ」

「そ、それまでに勝負を付ければいいニャ!」

「無理ですニャ」

 オレの代わりに否定したのは、グラーヴェだった。

「なんでそう言い切れるニャ!」

「さっきの殺陣でレシオ様が想定したのは、おそらく今回二頭目に狩った“紫水獣”ロアルドロス亜種ですニャ。レシオ様の動きじゃ、レイアのスピードについていくのは無理ですニャ」

 さすがレスキューアイルー、よく見てる。って、この銀色アイルーもそのはずなんだが。

「で、でも強走薬があれば――」

「――強走薬は疲れを感じなくするだけですニャ。身体能力をパワーアップするわけじゃありませんニャ」

 へえ、その事情は知らなかった。まあどっちでもいい。

「そいつの言う通りだ。今のオレの力じゃ、ロアルには勝てるかもしれんけど、レイアはまず無理だ。オレが強くなるか、レイアが弱くなるかしか、勝つ見込みはねえ。無理だろ? レイアを弱くする薬なんてあるか? ラギアはたぶん、もっと無理だぜ」

 銀色アイルーは残念そうに、金色アイルーは『ほれ見ろ』と言いたそうに、いずれも黙った。

 オレは土の上に寝転がり、両腕を伸ばす。ベースキャンプのそばを流れる川に左腕が浸かり、革に水が染みこむのを感じる。

 しょうがねえ。

 マーキはこの世界から解脱した――望み通りか?

 オレは最後まで、自分の“恥”を雪げなかった。

 それでも最後に、ランスを通じてあいつの狩りを垣間見たような気がするから、それでよしとしようぜ。

 瞼を閉じて、肺の中の空気を出し切るような長い溜息を吐いて。

 ぱちゃり、ぱちゃり、と軽い水音を聞いて。

「なんでそんな弱気なんですニャ?」

 薄目を開けると、目の前に赤ブチ柄のアイルーがいた。

「レイアと戦ったレシオさんも、真っ白なラギアと戦ったレシオさんも、まさしく“凄腕ハンター”だったって、アキュートが言ってましたニャ。シスの旦那さんが仰った通りの人が来たんだって、私は期待してたニャ。なのになんで、そんな後ろ向きなんですニャ?」

 ああもう、クソ、面倒くさそうな話が始まった。

「ペッコとロアルを討伐して残り半分なのに、勿体ないですニャ! せっかく急なクエスト開始に合わせて急いで持ってきてた支給品だって、まだ見てないじゃないですニャ! まだ諦めるには早いですニャ!」

 なんだ支給品を使って欲しいのか?

「なんで諦めちゃうニャ、やればできますニャ。今まで私がお世話してきた“ハンター”は、一度もベースキャンプに戻ってこない人も、私の前で仲違いしたり乙って運ばれてきたりする人もいたけど、でもやっぱり最後はまた“モンスター”に立ち向かってましたニャ。なのに、なんでレシオさんは諦めちゃうニャ?」

 まったく、お前もあのピンク髪のシスみたいに、オレに勝手な期待をして、勝手にブチ切れて、オレを逆に覚めさせるタイプなのかよ。

「レイアを討伐してマーキさんの仇を討ちたくないんですニャ? ラギアにリベンジしないんですニャ? そんなんじゃ“凄腕ハンター”の名がすたりますニャ!」

「うるせえな!」

 気付けば起き上がって、赤ブチアイルーの両頬を掴んでいた。

「なにが“凄腕ハンター”だよ! オレを見ろよ! 昨日“ハンター”になったばっかの死刑囚だぞ! マーキなんか二〇年以上投獄されてた凶悪犯だぞ! それが無理矢理こんなところにぶち込まれて、たった二人で大量の“モンスター”と戦わされて、これが体のいい死刑執行以外のなんなんだよ!」

 冷静じゃいられなかった。

 冷静でいるには、オレは、オレとマーキに向き合いすぎてた。

「二人いたってガノスは食われたじゃねえか! オレの“恥”のせいで! お前の支給品はマーキの代わり以上になるのかよ! なんねえだろ! どっちにしろ無理なんだよ!」

 オレの言葉にパティが目を見開いても、言葉をとめられなかった。

「殺してえよ! マーキが死んだんだぞ! オレのせいでレイアに殺されて、食われたんだぞ! 殺したくねえわけねえだろ! でもどうしろってんだよ! 武器はねえ! ランスも使えねえ! もうなにもねえだろうが!」

 頭の奥に籠もっていた熱が、表面に浮き出してくる。

「オレには……もう“恥”しかねえだろうが……」

 鼻がじんわりと熱くなって、喉がえずく。

 パティの頬を離す。

 雨はやんでいる。

 流すものはない。

 オレの“恥”だけが流れる。

 どうしたら雪げる。

 どうしたら、この“恥”から抜け出せるんだ。

「恥ってなんですニャ?」

 物怖じしない金色のグラーヴェに問われ、オレは現実に引っ張り戻される。

「なにって……恥は恥だろ」

「だから、よく分からないんですニャ。レシオ様がなにか恥ずかしいことをしていたから、マーキ様が亡くなったのですニャ?」

「いや、そういうわけじゃねえけど……」

「じゃあ、なんですニャ」

 突っ込まれて、オレは返答に窮する。

 いや、この気持ちは間違いなく“恥”だ。

 母親の命を奪って産まれたオレが、一六年間泥を飲んで生き延びて、行き着くべきところに行き着いたオレが、ずっと手放したかった感情。

 つい昨日、ガノスの生態系に大きな影響を与えたと言われた時、久々に覚えた感情。

 『お前が産まれちまったのがオレの一番の“恥”だ』が口癖だった父親がつけた、オレの名前。

 ……父親が名付けた概念だ。

「レシオ様の“恥”の使い方って、違和感がありますニャ。恥って、誰に顔向けできないとか、名誉が汚されたとか、そういうものだと思いますニャ。レシオ様に残されたのが“恥”なら、マーキ様の死も、レシオ様にとっては“恥”なのですニャ?」

 頭を上げる。

 グラーヴェは、金色の毛の中に埋められた黒い大きな瞳で、オレを見据えている。

 マーキを死なせたことが“恥”?

 父親の死をオレの“恥”と思っているように、マーキの死もオレの“恥”と思うのか?

 オレのせいで誰かが命を落としたことは、オレの“恥”なのか?

 違う。

 もっと相応しい言葉があるはずだ。

 汚点とか、後悔とか、自責とか、やましさとか、罪悪感とか、そういうんじゃあなくて――

「――代償」

 言葉にしたら、なんか違う気もする。

 だけど、“恥”よりはしっくりきた。

 オレが生き延びるために、誰かに払ってもらった命、だもんな。

 オレは一度、深く俯く。

 赤いブチ柄の両脚を川の水に浸したパティが、ゆっくりと呼吸をしているのが見える。

 その手前に、星の瞬きだした空を背景にして、俯いたオレの顔が見えた。

 恥故に、頭を垂れたオレの顔が、オレを見ている。

「やっぱりオレにはもう、“恥”しか残ってねえな」

 呟いて顔をあげると、パティは赤い毛を通してでも分かるくらい顔を上気させて、首を傾げていた。

 まだだ。

 まだオレは、行き先を決められる。

 水を含んだ泥の上から立ち上がる。

 オレの後ろには、マーキと、ガノス希少種と、一六頭のガノス原種と、たくさんの人たちが並んでいる。

 オレの“せいで”命を落とした人たちじゃなくて。

 オレの“ために”命を落とした人たちが。

 ここで諦めて死を待っても、マーキの敵を討ちに行って死んでも、この世界への差はない。

 でもオレの中に“恥”が残っているなら。

 その“恥”に恥じないよう、オレのために死んだヤツらが満足できる生き方を目指すべきだろ?

 そうしなきゃ、マーキのところには行けない。

 ここはまだ、オレのプラットフォームなんだぜ。

「パティ、メシにするぞ」

 すぐにパティは顔を輝かせて、敬礼をした。

「それでこそ“凄腕ハンター”ですニャ! すぐに準備させて頂きますニャー!」

 パティは支給品ボックスの方へ走っていき、しまってあった肉焼きキットを準備し始めた。

「さてと……」

 そうと決まれば、ギルドの連中が来る気配のない現状が、ありがたくなった。

 とはいえ古生物書士隊がやってくるタイムリミットは変わらず、あと九時間後だ。

 さっさと準備を終わらせて、そして、もう一度桜のレイアと会おう。

 オレは、オレの発注したクエストで、ヤツを殺そう。

 『アクアンスピア』を持って、マーキと同じ動きで、マーキと一緒に。

 と、革のスーツをツンツンとつつかれる。

 見ると、金色のグラーヴェが立っていて、オレを見上げていた。

「折り入って相談がありますニャ」

「なんだよ」

「あれ、掴みかかって大声で叫ぶの、ボクにもやって欲しいですニャ」

「は?」

 掴みかかってって、“エリア7”とさっきの、アレか?

「アキュートとパティだけじゃ不公平ですニャ」

「……アホなこと言ってないで、燻製肉の準備でもしてろ」

「了解ですニャー」

「まったく……あー、おいおい、食うのは携帯食料じゃねえぞ!」

 パティが携帯食料のパックを切ろうとしているのを見て、オレは慌ててとめた。

「じゃあ、今から狩りに行かれるニャ?」

「肉なら持ってきたじゃねえか」

 パティが首を傾げるのを見て、

「そこにあるだろ」

 オレはベッドの方を指さした。

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