死んだ直後のパートナーを食すことには反対されるかと思ったけど、アイルーたちは割りと平然としていた。そういう人もいると、知っているんだろう。
オレも、所々の村落に身を隠していた時は、死亡した人間を解体して、コミュニティ全員で食べる人たちを何度も見ていたから、別に抵抗はなかった。
レイアとの戦いに完璧な状況で赴くためには、携帯食料なんかじゃ全然足りない。大量の食料を確保する時間も当然足りない。
だから、消去法で行けばこれしかなかった。
それに――オレの中に、ある種の考えが生まれていたこともあった。
今はうまく言葉にできないけど、なんか、そうせざるを得ないと思えたんだ。
オレと、三人のアイルーに先導された一〇人近い見習いアイルーは、マーキの両腕両脚を切り離し、更に関節ごとに三分割した。左腕の上腕はレイアの毒が回っているから除外して、全部で二一の部分になったわけだ。さすがに腕でオレの胴体くらいの太さがあるマーキだから、これくらいの分割でちょうどいい。
ほとんど五体満足の姿で死ねたのに、解体されちまって、悪いな。
でもまあ、トレードマークのヒゲがなくなっちまった時点で、もう似たようなもんだし、堪えてくれよ。
そう考えて、オレは少しだけ笑う。
大丈夫、まだ笑える。
大きくて細長い肉焼きキットにパティが火を付けて、薄暗いベースキャンプにオレたちの影絵が広がる。
その炎の前に立ち、赤いブチ柄の毛を揺らめかせながら、パティはかしこまってお辞儀をした。
「それじゃ、わたくしパティがお肉を焼かせて頂きますニャ。部位と焼き加減はどうしますニャ?」
「左腕前腕、右腕前腕、左脚腿、右脚腿の、それぞれ真ん中。ミディアムで。肉は叩くな、そのままだぞ」
即答すると、パティは目を丸くした。
「そ、そんなに食べますニャ!? 量が多いから細かくしたんじゃなかったんですニャ!?」
「全部は食えねえよ、少しずつ食いたいんだ」
「ニャ……じゃあもう少し小さくしますニャ?」
「いや、そのサイズでいい。残りはまとめてあとで食べる。どうせ焼くんだろ?」
「残りは燻製にしようと思ってましたニャ」
「それは任せるわ。じゃ、頼むぜ」
「畏まったニャ!」
オーダーを聞いたパティが該当の部位を取り上げ、骨がついたままの肉に針金を通して鉄芯にくくりつけて、火にくべた。
腕の毛が橙色に燃えて独特の焦げ臭い匂を発すると共に、炙られた皮膚がところどころで裂け、桃色の筋肉繊維とそれを巡る腱が剥き出しになった。
これがマーキか。
オレは“こんがり肉”が焼き上がるまで、肉焼きキットの揺らめく明かりで身の回りの整理をすることにした。
二つのバックパックの中身を開けて、支給品の内容と併せてチェックする。
持っていくものは絞る。できれば後ろからアイルーに運んでもらえる程度の分量が望ましい。肉は……見習いアイルーの連中が荷車で運んでくれないかな。
応急薬、ペイントボール、解毒薬は一つずつポーチに入れて、携帯食料なんかはバックパックに詰める。地図や投げナイフは不要、閃光玉や音爆弾も、ランスを納刀するタイムラグを考えれば使ってられないか。ボウガンのための弾頭や火薬セットももちろんいらない。知識のない人間が下手に調合でもしたら、ベースキャンプが吹っ飛んじまう。
バックパックはマーキのものを使うことにした。ランスを固定するための金具を背負うと、オレのバックパックじゃ干渉するからだ。
次は武具のチェック。
防具は痛みが激しい。磁鉄鉱を鋳造した補強パーツは半分以上砕けてるし、ケルビとファンゴの革でできたスーツも、色んな“モンスター”の攻撃ですっかりすり切れてしまった。ぶっちゃけ、あってもなくても似たようなレベルなんだけど、それでもインナーや全裸よりましか。
肉焼きキットの方に目を向けると、パティが真剣な面持ちで、肉を固定した鉄心を回転させていた。見習いアイルーたちはその周りでダンスを踊っていて、それがなにかの儀式にも見えてちょっと怖い。
次は武器、『アクアンスピア』のチェックだ。大盾は問題ない。マーキの腕にあった時に、ロアルとレイアをほぼ真正面から受け止めていたのに、骨盤を削りだしたらしき重いベース部分にはなんのダメージもない。周囲を並ぶヒレは、焦げて黒くなった場所があるけど、強度と柔軟性に問題はないだろう。
ランスは……正直なところ、痛んだのか痛んでないのか分からなかった。柄の部品に使い込んだ以外のキズは見られないし、特に曲がったり歪んだりもしてない。してなきゃいけないのかもしれないけど、それは元がないから分からないんだ。
ただ、斬れ味が落ちてるのは確実だろうから、一通り研いでおく必要はありそうだ。
抜刀した状態で腰を下ろし、支給された砥石で四つ叉の切っ先を一本ずつ研ぐ。右手で研ぐのは変な感じだけど、これも慣れなきゃいけないんだろう。
「ああ……そうか」
右手で持った武器の刃を左手で研ぐなら、研がれる刃は左側を向く。
左手で持った武器の刃を右手で研ぐなら、研がれる刃は右側を向く。
研がれる向きが変わるなら、それは当然痕跡として武器に残る。
だからマーキはオレの武器を見ただけで、これが密造品だと――少なくともモグリの鍛冶がメンテしてると見抜いたんだ。
『よく見ろ』か。
あいつはクエストなんて関係なく、日常的にそれを実践してたんだな。
死んでから教わることばっかりじゃねえか。
ランスを納刀して立ち上がり、炎の方を見る。
赤ブチアイルーは相変わらず肉を焼いている。
肉汁のしたたるその肉片はもう、元が人間とは思えないほど、ただの肉だった。
燻製の煙をモクモク吐き出す肉燻しキットのそばで、グラーヴェに監督されて見習いアイルーが肉を処理していく様も、普段の燻製作りと何ら変わるところはない。
まあそうだよな。オレが色んな低脅威“モンスター”から生肉を剥ぎ取って、焼いたり燻製にしたりした時も、それがなんの肉かなんて意識してない。胃に入って、オレの体力とスタミナになればそれでいい。そう考えれば、人間の肉だって、別に特別なことなんてないのか。
(そう割り切れないのも、人間なんだけどな)
そう考えながらオレは、唯一食されずゴミみたいに処分されるのを待っている、マーキの左腕上腕の肉を取り上げた。
オレたちが切断した関節部分はまだ瑞々しいが、レイアに切断された部分はすっかり乾き、毒々しい紫色の断面を見せている。生きていれば体外に排出される毒も、死んだらもう抗う力は失われるってことか。
「……毒か?」
今のオレじゃ、レイアのスピードにはついていけない。オレが強くなるか、レイアが弱くなるかしか、勝つ見込みはない。
何らかの方法でレイアにロアル亜種の毒を打ち込むのはどうだ?
継続的な傷みを覚えさせれば、あいつの行動能力は落ちるはずだ。
そこをチャンスに戦えば、勝機はあるかもしれない。
「…………」
いや、ロアルの死骸はガノスの熱で殺菌されちまってる。オレが食ったロアル肉も、若干舌にピリピリくるだけだったろ。
いい案だと思ったんだがなあ。
せめて、ロアル亜種に毒性を植え付けた食べ物の原因が特定できれば――
「――アキュート!」
名前を呼ぶと、崖の上から銀色の毛並みが落ちてきて、スパッと着地した。
「お薬のご用命ニャ!? 今ならこのどんな毒でも一発で消し去る解毒薬が、一ビン九〇ゼニーニャ!」
「いや逆だ。お前、ロアルの亜種が身体を紫色にしてる理由って、知ってるか?」
「へ? そりゃ知ってるニャ! ロアルが好んで食べる動植物は雨期に――」
「――ああそういう意味じゃない、どんな食べ物であの色と毒性がつくんだって話だよ」
「最初からそういって欲しいニャ!」
流石に言葉が足りなかったか、と苦笑する。
「あれはベノバインって毒ブドウの色と毒性ニャ! ここよりもっと南の雨の少ないところに生えてて、主にお酒を作るのに使われるブドウニャ! でも“ハンター”が採取できる場所には生えてないから、収穫が少なくて普通出回ってないニャ」
「マジかよ。この辺りには生えてないのか?」
「ブドウがこんな雨の多い地域に生えてるわけないニャ! そもそもロアルの亜種は食べ物の少なくなった乾期に、泣く泣くそれを食べてるんだから――」
「――そういう詳しい話はいいんだよ。オレが聞きたいのは、それを手に入るとしたら、どれくらいかかるか、だ」
「今からニャ!?」
「今からだ」
アキュートは『マジですかニャ』とでも言いたげに眉を大きく歪めたけど、ややあって銀色の毛で覆われた手を叩いた。
「毒がいるんですニャ?」
「ああ。レイアから毒の棘を引っこ抜くのは無理だろ? ならロアルの毒を、ってな」
「むむむ……。“エリア8”の毒テングダケは、まだ有効成分が抽出できるサイズじゃなかったしニャ……」
いくらギルドの連中がこないからって、一日も二日もかかるようなら、このプランは捨てざるを得ない。タイムリミットの午前三時まで、もう八時間を切ってるんだから。
毒に感染させても、一〇〇パーセント効果が見込めるわけじゃないしな。
アキュートは首を限界まで横に曲げて、ほとんど縦に並んだ目でオレを見る。
「うまくいって五時間、ってところニャ!」
「五時間……。ギリギリだな」
「ボクらのネットワークをフル活用して、その辺のベンダーアイルーから高値で買い取るんニャ! 手に入らない可能性だってあるって、考えてて欲しいニャ!」
「分かってるよ」
「じゃあ早速行くニャ! 見習いアイルーを七~八人借りてくニャ!」
「あ、おいちょっと待てよお前」
移動しかけたアキュートが、振り返ってオレを見る。
「なんニャ、急いで欲しいなら早くするニャ!」
「だってお前、オレに協力していいのか? だって――」
この水没林にいる“モンスター”に討伐許可が下りてるのは、ガノトトス希少種を保護する必要があったからだ。だからそのクエストが失敗した時点で、オレが殺そうとしているレイアは、もう討伐“しちゃはいけない”部類に入っているはずなんだ。『弱い“ハンター”が手を出したせいで怒った“モンスター”を討伐する』なんてお題目のクエストが発注されるとしても、それはこの場でオレが受けるべきもんじゃない。
だから、このタイミングでレイアを殺すための手伝いをするってことは、つまり、密猟ってことだ。焼肉や燻製肉を“ハンター”に手渡すのとは、わけが違う。
「――ギルドにバレたら、どうなるか分かってんのか?」
「バレなきゃいいんニャ!」
アキュートは銀色の毛を震わせて胸を張った。
「マーキの仇を討って、レシオにも生きて帰ってきてもらって、ちゃんとクエストを成功させるニャ! そのためなら、ちょっとくらいルール違反したってかまわないニャ!」
その発言に、オレは言葉を継げなかった。
なんて返していいか、分からなかった。
アイルーがガノス希少種の遺骸を運んでた以上、クエストが失敗してることなんて周知の事実なのに。
こいつが動くのは、マーキのためで、オレのためなのか。
オレの“恥”のためなのか。
まったく……。
「分かったよ。じゃあアキュートへの報酬は、クエスト成功報酬の半額にしてやるか」
「えっ!? ほ、ほんとニャ!?」
「ああ。ブドウ買ってくるのにも金がいるんだろうしな。頭揃えて払ってやる」
「やったニャ! あれだけあれば、どれくらいマタタビ買えるニャ!? どれくらいかニャ!?」
成功報酬はゼロだから、半額にしてもゼロなんだけどな。
本人も知ってるだろうそのことは、敢えて口にはしなかった。
「じゃあ行ってくるニャ! あとは宜しく頼むニャー!」
アキュートはパタパタと走り回って見習いアイルーを連れて、ベースキャンプを取り囲む崖をよじ登って去っていった。