大盾をレイアの右頬に力を込めてぶつけ――その反動で身体を反転させて流す。レイアの腹の下に入り、その比較的柔らかな鱗をランスで突き、股の間をくぐって反対側に抜け、再度盾を構える。
これだ。
大きく避けられないなら、ガードと回避を組み合わせて抜けるしかない。
(焦るなよ、シェイム)
『レムオルニスナイフ』が『アクアンスピア』に変わって、小盾が大盾に変わって、短小な片手剣が長大なランスに変わって、受け方も攻め方も違うんだぞ。
オレは右腕の痛みが引くのを感じながら、レイアが急停止して振り返えるそこに歩く。
右腕は緊張し、左腕は楽に。
数歩踏み込み、思いっ切り大盾を振る。
レイアの顔面に向かって、大盾を振り抜く。
円を描くように大きく振って、右脇を締める。
右腕にかかる負荷は、盾の円運動で吸収する。
レイアの甲殻の一部が砕け、首が右に逸れる。
勢いを殺さず踏み込んで、ランスを突き出す。
ごく軽く、切っ先を正確にコントロールして。
マーキがつけた傷のすぐ横を、力まず突く。
レイアが身じろぎし、オレは一歩引く。
攻撃に備え、大盾を構える。
短時間にガードと攻撃に使った右腕は、長年に渡って力任せに片手剣を振るってきた筋力のお陰で、まだまだ余裕だ。左腕に至っては、疲労の“ひ”の字もない。
「やっぱ、そうか」
ランスを左腕で抱え込んで構え、自然に三点で支える。
だん、とレイアが地を蹴り、飛び上がった。右、左、右、前、と低空を飛び回り、オレを煽るように口から炎を軽く吐き、ぶら下げた尻尾で威圧する。
威圧しようとしている。
『よく見ろ』、だ。
見て、聞いて、嗅いで、感じろ。
ふ、とレイアの姿がオレの視界から消え、直後、空気の圧力が背中に加わった。
後方宙返りからの尻尾攻撃――サマーソルト。
並行状態から振り下ろされる尻尾が、死角からオレの背中を狙い――
――レイアがサマーソルトを終えた時、オレはあいつの視界にいない。
一歩ズレて尻尾を回避すると同時に、月明かりから逃れるように彼女の影に入ったオレは、獲物の到着を待っていた。
つまり、一回転して戻ってくる尻尾を。
大盾を右腰に固定し、左半身でランスを突き出す。
棘の生えて一回り太くなった根元の部分を目がけて。
突く。
軽く突く
ごく軽く突く。
ごくごく軽く突く。
甲殻を打ち貫く力は込めず。
四つ叉の先端で花びら一枚を貫くように。
全身をしなやかに動かして。
ごくごく軽く突く。
ごく軽く突く。
軽く突く。
突く。
力は入れない。数と、スピードと、正確さで、ただ突く。
瞬間的に六回の突きを尻尾に受けたレイアは、身をひねり、悲鳴を上げて地面に墜落する。
追撃はしない。
相手の動きをよく見て、常に脚を動かせるだけのスタミナをたもて。
そうすればこいつは、今のオレでもついていけない相手じゃない。
「これでいいんだよな、マーキ」
もうどこにもいない、でもこの冷たい夜のどこかにいるヒゲ面に言葉を投げる。
マーキは逞しく発達した筋肉で覆われた肉体で、数々の狩りをこなしてきた。それは否定しない。
ただ、ランスを扱う技能が、それと密接に関係しているとは、どうしても思えなかったんだ。
だってランスはハンターズギルドが公式に認定した、一一種の武器の中の一つだ。それが、あんなピーキーな身体してるヤツにしか扱えないなんて、あり得ないだろ?
でもオレはそんなレクチャーは受けてないし、知識を得ている余裕もない。
だからあいつの肉を“食べ比べ”た。肉質の差をチェックしてみたんだ。オレにできることとできないことを見極めるために。
結果は、左腕はほどよく脂の載った筋肉で、右腕は太くて強靱な“肉”の塊だった。
肉質が違う――それはつまり、両腕の使い方が違うってことだ。
結果はオレのいい方に転んだ。
左腕は持久力を重視した肉質で、右腕は瞬発力を重視した肉質だったんだ。
マーキはオレの想像よりずっと小さな力でランスを扱っていた。あの筋肉が逆に邪魔になるくらい小さな力で。普段は正確な狙いで何度も同じ場所へ攻撃を蓄積させ、ここぞという時に必殺の一撃を加える。
むしろ、瞬発的に腕力を発揮しなきゃいけなかったのは、大盾でのガードの方だったはずだ。ロアルやレイアを受け止めた時なんか、最たるものじゃないか。
だからオレは、マーキよりずっと上手くランスを扱えるはずだ。大盾のガードは考えないといけないけど。
立ち上がったレイアは両脚を軸に、血の滴る尻尾を地面スレスレに振り回した。オレは一歩引いてその毒を帯びた尻尾を回避し――
――反作用で回ってくるレイアの顔に合わせて、大盾を振り抜いた。
がちん、と響く硬い音がしてなにかが弾け飛び、レイアの足がすべって翼を泥で汚す。
追撃はしない。いや、さすがに右腕にかかった負荷は大きくて、攻勢に移れなかった。腕と肩をかばいながら、左膝をついて後方に転がった。
その脇の水たまりに、桜色のなにかが落ちてきて飛沫を上げた。
オレの腕くらいの太さのある、両端に層構造の断面を見せた筒のようなもの。
それがなにか思い至る前に、オレは上半身を総毛立たせ、咄嗟に大盾を持ち上げる。
がん、とシンプルだが鋭い衝撃に足を滑らせ、湿った土の上に尻餅をついた。
レイアの頭がさっきと同じように回転して戻ってきて、オレがガードしたものが二回転目の尻尾だったと気付く。
ただし、パワーもスピードもさっきの比じゃなかった。
見てからじゃ避けられなかったし、避けられなければ首がなくなってた。
レイアは傷付いた尻尾を振って、オレを見ている。
オレの脇、根本からへし折られた逆鱗を見ている。
口の端から燃え盛る炎を見せて、オレを見ている。
体内にガスを溜めこんだ状態で炎を灯せば、口内どころか内蔵まで炎に焼かれるはずだ。
でもその炎に照らされた、桜のレイアの蒼い目に、苦痛の色はない。
全ての感情を吹き飛ばす、激情の光だけがある。
「ヒュウ……!」
無意識のうちに、息を鋭く吐く。
衝撃に痺れた腕が、彼女の逆鱗を破壊した。
その認識はあった。