ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

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● 桜舞う季節 ― 左手に槍を、右手に盾を

 大盾をレイアの右頬に力を込めてぶつけ――その反動で身体を反転させて流す。レイアの腹の下に入り、その比較的柔らかな鱗をランスで突き、股の間をくぐって反対側に抜け、再度盾を構える。

 これだ。

 大きく避けられないなら、ガードと回避を組み合わせて抜けるしかない。

(焦るなよ、シェイム)

 『レムオルニスナイフ』が『アクアンスピア』に変わって、小盾が大盾に変わって、短小な片手剣が長大なランスに変わって、受け方も攻め方も違うんだぞ。

 オレは右腕の痛みが引くのを感じながら、レイアが急停止して振り返えるそこに歩く。

 右腕は緊張し、左腕は楽に。

 数歩踏み込み、思いっ切り大盾を振る。

 レイアの顔面に向かって、大盾を振り抜く。

 円を描くように大きく振って、右脇を締める。

 右腕にかかる負荷は、盾の円運動で吸収する。

 レイアの甲殻の一部が砕け、首が右に逸れる。

 勢いを殺さず踏み込んで、ランスを突き出す。

 ごく軽く、切っ先を正確にコントロールして。

 マーキがつけた傷のすぐ横を、力まず突く。

 レイアが身じろぎし、オレは一歩引く。

 攻撃に備え、大盾を構える。

 短時間にガードと攻撃に使った右腕は、長年に渡って力任せに片手剣を振るってきた筋力のお陰で、まだまだ余裕だ。左腕に至っては、疲労の“ひ”の字もない。

「やっぱ、そうか」

 ランスを左腕で抱え込んで構え、自然に三点で支える。

 だん、とレイアが地を蹴り、飛び上がった。右、左、右、前、と低空を飛び回り、オレを煽るように口から炎を軽く吐き、ぶら下げた尻尾で威圧する。

 威圧しようとしている。

 『よく見ろ』、だ。

 見て、聞いて、嗅いで、感じろ。

 ふ、とレイアの姿がオレの視界から消え、直後、空気の圧力が背中に加わった。

 後方宙返りからの尻尾攻撃――サマーソルト。

 並行状態から振り下ろされる尻尾が、死角からオレの背中を狙い――

 ――レイアがサマーソルトを終えた時、オレはあいつの視界にいない。

 一歩ズレて尻尾を回避すると同時に、月明かりから逃れるように彼女の影に入ったオレは、獲物の到着を待っていた。

 つまり、一回転して戻ってくる尻尾を。

 大盾を右腰に固定し、左半身でランスを突き出す。

 棘の生えて一回り太くなった根元の部分を目がけて。

 突く。

 軽く突く

 ごく軽く突く。

 ごくごく軽く突く。

 甲殻を打ち貫く力は込めず。

 四つ叉の先端で花びら一枚を貫くように。

 全身をしなやかに動かして。

 ごくごく軽く突く。

 ごく軽く突く。

 軽く突く。

 突く。

 力は入れない。数と、スピードと、正確さで、ただ突く。

 瞬間的に六回の突きを尻尾に受けたレイアは、身をひねり、悲鳴を上げて地面に墜落する。

 追撃はしない。

 相手の動きをよく見て、常に脚を動かせるだけのスタミナをたもて。

 そうすればこいつは、今のオレでもついていけない相手じゃない。

「これでいいんだよな、マーキ」

 もうどこにもいない、でもこの冷たい夜のどこかにいるヒゲ面に言葉を投げる。

 マーキは逞しく発達した筋肉で覆われた肉体で、数々の狩りをこなしてきた。それは否定しない。

 ただ、ランスを扱う技能が、それと密接に関係しているとは、どうしても思えなかったんだ。

 だってランスはハンターズギルドが公式に認定した、一一種の武器の中の一つだ。それが、あんなピーキーな身体してるヤツにしか扱えないなんて、あり得ないだろ?

 でもオレはそんなレクチャーは受けてないし、知識を得ている余裕もない。

 だからあいつの肉を“食べ比べ”た。肉質の差をチェックしてみたんだ。オレにできることとできないことを見極めるために。

 結果は、左腕はほどよく脂の載った筋肉で、右腕は太くて強靱な“肉”の塊だった。

 肉質が違う――それはつまり、両腕の使い方が違うってことだ。

 結果はオレのいい方に転んだ。

 左腕は持久力を重視した肉質で、右腕は瞬発力を重視した肉質だったんだ。

 マーキはオレの想像よりずっと小さな力でランスを扱っていた。あの筋肉が逆に邪魔になるくらい小さな力で。普段は正確な狙いで何度も同じ場所へ攻撃を蓄積させ、ここぞという時に必殺の一撃を加える。

 むしろ、瞬発的に腕力を発揮しなきゃいけなかったのは、大盾でのガードの方だったはずだ。ロアルやレイアを受け止めた時なんか、最たるものじゃないか。

 だからオレは、マーキよりずっと上手くランスを扱えるはずだ。大盾のガードは考えないといけないけど。

 立ち上がったレイアは両脚を軸に、血の滴る尻尾を地面スレスレに振り回した。オレは一歩引いてその毒を帯びた尻尾を回避し――

 ――反作用で回ってくるレイアの顔に合わせて、大盾を振り抜いた。

 がちん、と響く硬い音がしてなにかが弾け飛び、レイアの足がすべって翼を泥で汚す。

 追撃はしない。いや、さすがに右腕にかかった負荷は大きくて、攻勢に移れなかった。腕と肩をかばいながら、左膝をついて後方に転がった。

 その脇の水たまりに、桜色のなにかが落ちてきて飛沫を上げた。

 オレの腕くらいの太さのある、両端に層構造の断面を見せた筒のようなもの。

 それがなにか思い至る前に、オレは上半身を総毛立たせ、咄嗟に大盾を持ち上げる。

 がん、とシンプルだが鋭い衝撃に足を滑らせ、湿った土の上に尻餅をついた。

 レイアの頭がさっきと同じように回転して戻ってきて、オレがガードしたものが二回転目の尻尾だったと気付く。

 ただし、パワーもスピードもさっきの比じゃなかった。

 見てからじゃ避けられなかったし、避けられなければ首がなくなってた。

 レイアは傷付いた尻尾を振って、オレを見ている。

 オレの脇、根本からへし折られた逆鱗を見ている。

 口の端から燃え盛る炎を見せて、オレを見ている。

 体内にガスを溜めこんだ状態で炎を灯せば、口内どころか内蔵まで炎に焼かれるはずだ。

 でもその炎に照らされた、桜のレイアの蒼い目に、苦痛の色はない。

 全ての感情を吹き飛ばす、激情の光だけがある。

「ヒュウ……!」

 無意識のうちに、息を鋭く吐く。

 衝撃に痺れた腕が、彼女の逆鱗を破壊した。

 その認識はあった。

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